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モースバーグ国横断、1/3の夢旅人
【閑話】恋心・壱(第三者視点)
しおりを挟む※ 『牙狼』 カイリの独白です。
※ 屋台村で側から見たら、リンはこのように見えてました、という話。2話ほど続きます。
※ 人によっては、イラっとさせるかもしれませんが・・・すいません。
***************
「ーーー では、失礼します。」
何とか退室の言葉を捻り出した俺は、パタン、と会議室の戸を閉めると、口元に手を当て、深く息をついた。
左手には、白い布の小袋。
『ーーー 彼らのお守りをしながら、斥候役もって、お疲れ様です。これは、最近売り出された、ミッドランドの特産品。小回復携帯食です。少しで申し訳ないですけど、上手く使って下さい。』
『ーーー これですね。商業ギルド・ミッドランド支部で、安価で売り出し始めたトコなんです。広めて頂ければ、売り上げ上がるかなーって下心なんで、もらって下さい。』
『ーーー えぇ、食べてみて良かったら、今度は買って下さいね?』
白い指が一本、赤い唇の前に立てられる。片目を瞑り、俺と秘密を共有するように言葉を紡ぐ唇の動きが、とても艶かしくて。物語に出てくるような禁断の果実とは、こんな感じだろうかと夢想した。
優しい目を向けられ紡がれた、柔らかな労りの言葉が心地よくて。
彼女から漂う、暖かく甘い魔力の気配は、まるで陽だまりのようで。
・・・きっと、彼女は、あの態度が普通で。裏表もなくて。
こんな優しさに触れて、夢を見ない奴はいるのだろうか?
でも、この恋心は、実るはずもなく。
認識した途端に、失恋を迎えてしまう儚いものだった。
***
彼女を見かけたのは、ヴォルフの思い込みとワガママで、 劣竜種の情報を取りに、領都ファルクスへ入ってすぐ立ち寄った屋台村に行った時だった。
『黒髪?』
目の前を、大きな体躯の黒髪の男が、コップを2つ手に持ち、嬉しそうに歩いていった。
彼から漂う、今までに感じた事のない、穏やかで甘く暖かな魔力の残滓に、目を見張る。
ふと、彼が来た方向を見ると、屋台村の雑然とした机配置の隅の方に、その魔力の持ち主がいた。
黒く艶やかな長い髪を、後頭部の高い位置で一つにまとめた女性。
酒を飲んだせいなのか、白い肌がふんわりと赤みを帯び、少し憂いを帯びた表情で、テーブルの上をぼんやりと眺めていた。
初めて見る黒髪は、月明かりの下に現れた黒いレグルパードを連想させるようで。ゾクリとするほどに艶やかで綺麗だった。
決して美人とは言えない、平凡な容姿。なのに、目が離せない。
腕組みをした両腕をテーブルの上に乗せているが、その腕の上に乗っているモノも、うん、なかなか・・・
漏れ出ないように魔力調整しているのだろうが、ほんの少しだけ漂ってくる。この甘い魔力を感じ取れるのは、きっと高ライセンスで魔力探知に長けている者だとは思う。
しかし、この少量の魔力の心地よさだけで『黒髪』が全属性を使え、魔力量が多いという伝承はホントなのかもしれないと、ふと思う。
周囲に居た、自分と同じようにライセンスが高めであろう冒険者達も、ちらちらと彼女を気にしているのが丸わかりだ。
しかし、誰も声をかけない。何かに遠慮をしているような、そんな雰囲気だった。
先程の黒髪の大男だろうか?凄い感じはあまりしなかったが・・・
「おぃ、カイリ。アソコの女『黒』だぞ?ホントにいんだな、『黒』って。」
「ん?あ、あぁ。」
ヴォルフも、彼女に気づいてしまった。内心舌打ちをしてしまう。
奴は近頃妙に女グセが悪くなっている。来るもの拒まず、強さをひけらかす様に、至る所で食い散らかす。
こないだだって、ギルマスのニコラスさんに怒られたばかりだ。
そんな奴を止めきれない俺も、情けない限りで・・・
「美人ってワケじゃねェけど、何か・・・イイな。」
にやり、と口角を上げて、彼女を見る目は、おもちゃを見つけたような、タチの悪いもので。
「お前・・・ここは自分の庭じゃない。来て早々問題起こそうとするな。」
「は?何言ってんだよ。あんな珍しい色見たことねぇし。声かけて乗ってくりゃ問題ねぇだろ?」
「ちょっとぉ、ヴォルフ。『黒』なんか居るわけないしぃ。どーせ、気を引こうと黒く染めてんのよ。あんな平凡顔だし。」
「そうですよ。構う必要なんてありませんよ。」
シャナティが、直ぐに彼女の悪口を言った。そして、それに同調するドッツ。
シャナティは、自分以外の女に、ヴォルフの気が向くのを良しとしない。途端に不機嫌になる。対して、ヴォルフはシャナティの事を何とも思っていないのだが・・・
ぎゃぁぎゃぁとシャナティが騒ぐも、どこ吹く風で、ヴォルフは黒髪の彼女の下へと向かっていった。
その背中を視線で追いながら、薄情だが、ヴォルフがあの彼女に冷たくあしらわれる事を願っていた。
そんな事は到底無理なんだろうと、諦めながら・・・
*
彼女の居た位置は、会話が聞こえないくらいに離れていたため、風魔法を使い、2人の会話を盗み聞く。斥候役として磨いたスキルだ。
ヴォルフは、いつもの如く、高圧的に関わっていく。俗に言う『俺様』って奴。強さを前面に出し、野性味ある綺麗顔で迫れば、大抵の女性はなびいてしまう。この世は魔力量の多く、顔の良い、強い男はモテるから。
でも、『リン』と名乗った彼女は、そんなヴォルフに対して、媚びも、屈しも、諂いもせず、穏やかな笑顔を貼り付けたまま対応している。
威圧を、殺気をかけても、どこ吹く風。髪に触れたら、一瞬だけ眉を顰めた。
王都にいる、ベテランのギルド受付嬢を連想するような、見事なあしらい方だった。
『牙狼』 に入れと迫るヴォルフに対して、やんわりと断る彼女から、あの『英雄』ファーマスと、魔境と言われる『ニースの森』の単語が飛び出してハッとする。
彼女の所属パーティー名『旅馬車』は聞いたことがないが、最初の名乗りで、パーティークラスも、自分のライセンスクラスも言っていない。
『英雄』がB級になったとはいえ、『ニースの森』の守護役を解かれたわけではない。経験則や精神的強さなど、自分達よりも持っているものは沢山あるはずで、軽んじるのは些か軽率だと思う。
そんな彼に師事をしてる、ということは、彼女自身が高位冒険者なのではないか?
だとすれば、アレだけ魅力的なのに、誰も寄っていかない、この周囲の反応についても説明がつく。
俺がそんな事を悶々と考えている間、シャナティとドッツが、黒髪の彼女の事を悪し様に言っている。何にも知らないのに、想像だけで、よくもそんな悪口が出るもんだって感心してしまう。
「カイリさん、マズくないですか?アレ。」
フォルクーレが、小声で話しかけてきた。
見ると、彼女があまりにもなびかない事に業を煮やしたのか、ヴォルフは魔力操作でちょっかいをかけ始める。
周囲の高位冒険者達も眉を顰めているのが見て取れた。
しかし、彼女は意に介していない様子。何だろう?触られている事に気がついていない?
そんな彼女から指摘がない事をいい事に、ヴォルフの行為はエスカレートする。
『あンの、馬鹿!』
何も言わない事を、OKサインととったのか、奴は彼女に手をかけようとした。
止めようと立ち上がった俺の横を、先程見かけた黒髪の大男が、颯爽と通り過ぎる。
すれ違いざま、ぶわり、と、一瞬にして大きな魔力が立ち上がり、また一瞬にして消える。
それは、初めてクラスAの魔獣と向かい合った時の恐怖が蘇るようで、肝が冷えた。
すると、彼女の頬に触れようとしていたヴォルフが飛び退くのが見えた。
奴が居た場所には、人1人分のスペースに配置された、高精度だと見て分かるほどの拘束魔法。
あえて、ド派手に演出をして、ヴォルフを牽制する意思が見て取れた。
ダメだ。あれは。
あんなのに喧嘩を売ったらマズイ。
黒髪の大男は、何事も無かったかの様に、彼女に飲み物の入ったコップを渡す。そして、ヴォルフの目の前で、これ見よがしに、彼女に【 清潔 】をかけた。
彼女の方も、少しだけとろんとした表情で、彼を見ている。幸せそうな魔力がまた漏れ出した。
やはり彼らは、そういう関係なんだろう。
ヴォルフに対して、ザマァ見ろという気持ちと。よく分からない、チクリとした胸の痛みを感じながら、俺は奴を止めるために彼らに近寄っていった。
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