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モースバーグ国横断、1/3の夢旅人
279.屋台村にて その三
しおりを挟む「あぁ。ウチの冒険者ギルド支部で、劣竜種が、ファルコ領に出た、という噂があるのに、討伐情報が来ていない、って話になってな。噂の真相確認で来た。本当なら、そのまま討伐依頼を請負いだな。」
に、と、口角を上げて、ヴォルフさんは笑う。
どちらかといえば、爽やかというよりは、不敵な、という表現が合いそう。
やはり、ミッドランド支部に属するクラスAパーティーは、『駄犬』しかいない、と踏んでいるみたいだ。
「なぁ、アンタ。ミッドランド支部所属なら、劣竜種について何か知ってんだろ?さっきから、俺に対して探る様子があったからな。」
髪から離されていた手が、今度は顎を掴んできた。
俗にいう、顎クイですか?
だから、馴れ馴れしいっつーのな。
しかも、さっきから、私の身体周りで、ちょいちょい魔力の流れを感じる。何となくゴツゴツした感じ?
んー・・・これって、触られてる?
「えぇ。知っていますよ。ただ、その情報を出した所で、貴方が信じるか信じないかは別な話ですけど。」
にっこりと、営業スマイルで対応する。
すると彼は、少し驚いたような顔をした後、また不敵な笑みを見せた。
「ふぅん?聞かせてもらえるか?」
「構いませんよ?・・・えぇと、ミッドランドより10キロ南西寄りに位置するルイジアンナという村、そこから更に2キロ近く進んだ所に劣竜種が1頭居ましたが。クラスA2パーティーの共闘により、すでに倒されています。」
「あ゛ん?!」
『倒された』と聞いた途端に、ヴォルフさんの眼力が強まった。
威圧もあるのだろう。周囲に座っているお客さん達が、ビックリしてこちらを見ている。
離れた方に座っている、冒険者風情の人達が、がたっと立ち上がるのが目端に見えた。多分、お仲間さんだろうか?
「オィ、本当か、それは。倒したってのは、どこのパーティーだ?」
「・・・後は、明日にでもギルド出張所にてご確認頂ければ宜しいかと。そのご様子では、今ここで私がパーティー名を言った所で、信じられないでしょうから。」
「あ゛?」
威圧に、若干の殺気が混ざった気がする。
普通の冒険者ならビビってしまうんだろうけど・・・師匠やこーくんに比べたら、大したことねぇなぁ。
彼は威圧、私は営業スマイルで、じ、とお互いに見つめ合ったまま、微動だにしない。
完全に、睨めっこだ。
すると、ぷ、と吹き出す音と共に、突如として圧が緩んだ。
「はは、すげぇな、アンタ。ますます気に入った。」
「は?」
思わず首をかしげる私の顎を、彼は少し擽り、ニヤリと笑う。
「劣竜種の話は言われた通り、明日ギルドに確認するさ。俺らもさっきこっちに着いたばかりだからな。それよりも・・・」
顎にあった人差し指が、首筋を這い、鎖骨の辺りで止まった。
先程までの威圧感のある目から、妙に色のある目に変わり、私を見下ろしている。
「俺の威圧をモノともしねぇ女に会うなんて、ほとんどねェからな。それに、さっきから触ってンのに、何とも言わねぇしよ。・・・なぁ、やっぱりウチに入れよ。」
彼の手が、するりと首筋を上がって頬へと伸びてきた。
と、その時。
ビクッと手を止めた彼は、何かに弾かれるように、バックステップで遠のいた。
「なんだっ?!」
私の足元・・・彼が立っていた場所を見ると、人1人分の狭い範囲の地面に、薄っすらと魔方陣が描かれている。
感じ取るのは、無属性・拘束系の術式。いつも感じている魔力の気配に、思わずくすりと笑ってしまう。
「くっ、誰だっ?」
彼は、背負っていた大剣のグリップに手を掛け、術者を探すように、周囲を見回す。
多分、魔力残滓で私がその陣を構成したのでは無い事を直感理解してるんだろう。
・・・うん、この人は、強い。
術の設置を感知して発動前に回避し、しかも、残滓を感じ取れる程だ。やはりA級ライセンス持ちは伊達じゃない。使えねぇ『駄犬』とは大違いだ。
そして・・・自分が、相変わらず、魔力垂れ流しなんだという事実に気づく。
おっかしいなぁ?だーいぶコントロール出来るようになって、『駄犬』掃討のころよか、漏れなくなったハズなんだけど。
うーん。カン君と飲んでて、気が緩んでたかな?
ぐるぐるとそんな事を考えていたら、ぬ、っと、目の前に木のコップが差し出された。
「リンさん、お待たせしました。」
「おかえり。ありがと。」
見上げれば、少しムッとした顔のカン君が立っている。
差し出されたコップを受け取ると、やはりヒンヤリしていた。
くすり、と、また笑いが漏れる。
先程までのやり取りで、少し気張っていたのだろう。
頬にコップを当てると、冷たい木の感触が心地よい。
なんか、幸せ、だな。
この状況で、不謹慎かもしれないけど、そう思う。
鼻歌でも歌い出しそうな私を見たカン君が、深いため息を吐く。
「ホントに、リンさん・・・駄目っスよ。」
「ん?なぁに?」
首を傾げた私の頬に、カン君の手が触れられる。
そして、困ったような表情で、私を見下ろした。
「・・・だって、まーた、簡単に触らせたしょ?ホント無防備っスね。」
「やっぱり・・・あの魔力の流れは、そうだった?」
「そっス。全く・・・感じ方が違うって言ったって、流されてる事は分かってんだから。身体にだって触らせちゃ、駄目っス。いい加減、怒りますよ?はい、消毒。」
「ん・・・。」
そう言って、カン君の手が私の頬をなでた。するりと、暖かいほわほわした感覚が通り過ぎる。
カン君が、無詠唱で【清潔】を私に使っているのが分かったんだろう。
目端に映るヴォルフさんが、驚愕しているのが分かった。
そして、こちらの様子を眉を顰めて見ている。
警戒し、カン君が何者かを見極めている様子だ。
まぁ、人に向けて【清潔】を使うってのは、こちらの人達にとっては、手で身体に触れられている感覚らしいから。本来なら、身内か、気心知れた仲間内でなければ、人には向けない。
ましてや、男女間。
という事は・・・肉体関係があると誤解されるヤツですね、はい。
それを分かった上で、カン君はあえてヴォルフさんの前で使ったようだ。
有難い。
めんどくさい誘いを断るのに、物理展開も考えていたトコだったしね。
「目を離した途端にコレだし・・・リンさんの魔力に寄せられるんだって、言われてるしょ?」
「・・・ゴメン。だいぶ魔力漏れは無くなったと思ったんだけどなぁ・・・ちょっと楽しくて、緩んでたかなぁ?」
「う・・・分かりました。【 魔力流出防御 】の術式、そのうちに改造しますから。」
テヘペロ的に謝ると、カン君は呆れたように息を吐いたけど、折れてくれたようだった。
そして、カン君は、ちらりとヴォルフさんの方を見ると、大きな身体を屈めて、耳元に顔を寄せてくる。
「・・・あの人は?」
「クラスAパーティー『牙狼』のリーダー、ヴォルフさんと仰る方。」
「ふぅん・・・リンさんは、何処まで名乗りました?」
「苗字なしの名前だけと、パーティー名のみ。ランクとかクラスは伝えてない。無論リーダー名も、ね。」
「接触の目的は?」
「劣竜種の噂を聞いて、この領に来たみたいだわ。『駄犬』が、まだ君臨してると思ってる。師匠がA級に戻ったことも、『猟犬』がクラスAであることも、『旅馬車』がいる事も知らんみたい。・・・まぁ、あとは、私の『色』が物珍しかったみたいね。勧誘された。」
「へぇ・・・了解です。」
口元が読まれないように、コソコソと早口で申し送る。
聴き終えたカン君は、ゆらりと背筋を伸ばす。
すると、ヴォルフさんは、ぎ、とこちらを睨んでいるのが見えた。
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