転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢

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妄想乙女ゲームに終止符を

276.乙女ゲームに終止符を 其の八

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翌日の昼下がり、私達4人は、領主様のお邸へと向かった。

領主様と奥様である辺境伯夫人、アイザック団長さんとヨルク副団長さんに、ロメル第1部隊部隊長さん、そしてこーくんのご両親であるチェスター夫妻にお兄さんであるケネック第3部隊副部隊長さんが同席した中で、説明を行う事となった。

彼らへの報告は、ヒルデ嬢の転生事情は伏せ、妄想状態が酷いと言うことにして説明すると、口裏は合わせてある。


まず、こーくんが暴れた原因の、アルの中継映像が途切れた件は、魔導具不具合という事にした。そもそも、中継できる事自体がこの世界では有り得ない話だし、アルの調子が悪かろうが、誰も修繕できないから、不具合(真相は闇の中)で押し通した。

で、ヒルデ嬢の件については。
彼女はどうも、幼馴染の騎士とツンデレ令嬢の恋物語的な『何かの物語の主人公』だと思い込み、行動していたようだ、と。
物語については、『薔薇の君と真実の愛を』とかいう、適当なタイトルをでっち上げておいて、自分達は恋愛小説なんぞ読まんからワカンネ、って、最終的にはぶん投げた。これで調べられても、“興味ないからタイトル間違えてるかも”で乗り切る事に。

そして。
彼女は、私やカン君に対して、奴隷に落とそうとしたことは何とも思っていない様子で、謝罪はなかった、とも伝えた。

領主様と奥様の悔しげな表情に、申し訳なさが募った。

彼女への処罰についてはお任せする。
私とカン君は、これ以上ヒルデ嬢については深追いしない。こーくん・・・と、いうか、チェスター子爵家に任せる。
今後必要なことはチェスター子爵家側と、領主様・・・ファルコ辺境伯爵家側と双方で話し合う。
この件があった所で、領主様側と、チェスター家側の関係に亀裂が入ることもなく。
結局のところは、いつも通りの対応、という結論に落ち着いた。

これで、こーくんの婚約者候補に絡む一連の騒動のアレコレについては、ひと段落した、と思って良さそうだった。




***




報告が終わった私とカン君には、特にすることは無く。ぷらぷらと、領都ファルクスの繁華街を、連れ立って歩いていた。
領主様からは、子爵家へ向けて馬車を出してくれると申し出されたが、頭を整理したい事もあり、街歩きをする事にして断った。カン君は何も言わず、付いてきてくれる。

こーくんは今回の件で、領主様達と事の顛末を擦り合わせる為に、あの場に残った。事後処理のため、数日は拘束される事になるらしい。

また、師匠もロイドさんに依頼されて、これまでの騒動に加担した冒険者達や、冒険者ギルド職員達の処遇整理をするらしい。


その間は領都から出られないので、冒険者ギルド出張所にある、高ランク向けのクエストでも暇つぶしに片付けようかと話していて、ふと沈黙が降りた。

繁華街の端にある、小さな噴水のある広場に出た頃には、夜の帳が下りてくる。
喧騒が遠くに聞こえ、繁華街から忘れられたような場所。
周囲にある、ガス灯に似た魔石の街灯りが、ポツポツと灯りはじめた。
噴水の水飛沫に煌めく、柔らかな光が幻想的で、私は立ち止まって眺めていた。



「リンさん。」

「ん?」
 


不意に呼びかけられ振り返ると、そっと大きな影に捕らえられた。



「リンさん・・・もしかして、アイツが言った言葉が気になってるんじゃないっスか?」



急に核心を突かれて、身体がビクリ、と反応してしまう。
目も合わせられず、そのまま腕の中でじっとしていた。



ーーー『お前なんかっ絶対にっ!幸せになんかっなれないんだからぁ!!!』



あれからずっと、彼女の金切り声が、頭の中に鳴り響いている。



ーーー 分かっている、そんな事は。



人を呪わば穴二つ。

あの時、どうでもいいって思って。
彼女を傷つけるつもりで、あんな事を言ったから。
私にも返ってくることは、重々承知で。



「ねぇ、リンさん・・・俺らは一連托生です。」

「カン、君?」 



言われた意味がわからず、聞き返すと、彼は屈みこんで私の首元に顔を寄せた。
ぎゅ、と抱きしめられたまま、耳の後ろ辺りで低音が紡がれる。



「アイツを傷つけたって思って、貴女が幸せになれないって言うんなら、それは・・・俺もコウさんもおんなじっス。貴女は俺らを守る為にあんな事を言ってくれた。俺らの為に、リンさんに嫌な役をさせたんっスから。だったら、俺らだって、その責を負わなきゃなんない。」

「それは違うよ・・・私は、私の為にやったんだ。あんな人に2人を渡したくないって・・・カン君やこーくんの為じゃない。だから・・・」


俯いたまま、ふるふると首を振る。


「うん、貴女にとってはそうかもしれない。・・・でも、それによって、救われたのは事実です。」


その言葉にも、反射的に首を振る。
くすり、と笑うような吐息が聴こえて、大きな身体が離れた。
代わりに、大きな手が私の頬を包む。



「ね、リンさん。・・・なんもかんも1人で背負しょいこまんで・・・俺にも、貴女を守らせて。付き合うとか、そんなんじゃなくていいっスから。・・・仲間として、貴女の背中を守らせて、下さい。」

「カン・・・くん・・・?」



屈み込んだカン君の顔が近づき、こつん、と私の額に自分の額を合わせて、目を瞑った。



「リンさんの中で、コウさんが一番なのは・・・分かってます。キャラ的好みが師匠なのも、分かってます。・・・だから俺は、それごと、守ります。・・・元の世界あっちにいた時から・・・貴女は・・・俺の心を、取り戻してくれたから。貴女の側で、その恩に、報いらせて下さい。」



きゅぅ、と胸が苦しくなる。

恩に報いられるような、そんな大それた事、なんもしてない。
私は・・・カン君を、縛り付けたくは、ない。

唇に何かが触れた。
いつの間にか噛み締めていた唇を解すように、大きな親指がなぞっていく。

見上げると、切なげな表情で糸目が私を見下ろしていた。



「私は・・・カン君に、何も返してあげらんない。」

「・・・うん?」

「・・・余計なことしかできなくて、足引っ張るよ?」

「・・・そう、思ってたんス、ね。」

「だって・・・私は、『持ってる』から、きっと迷惑かける、し。」

「・・・。」

「君を・・・幸せになんて・・・して、あげらんないんだよ。だから、」



その先を紡ごうとした唇を、彼の親指が抑えた。



「・・・リンさん、貴女は幸せになって良いんです。幸せを諦める必要はないんです。楽しい時を我慢しないで・・・誰よりも側でコウさんを支えてきて、最期を看取って。俺のこと、こんなにも暖かくしてくれて。あんな事を仕出かした紗奈の心配までしてくれた。・・・自分の事は後回しで、人の事ばっかりで・・・そんな女性ヒトが幸せになれない道理はありません。」

「でも、私の所為で、カン君が死ーーー!」



ぐい、と身体を引き寄せられ。

これ以上話させまいと、
ほんの数秒、唇が、塞がれた。

驚いて顔を離すと、強い光を帯びた糸目に射抜かれる。



「俺は、貴女より先には死にません。死ぬのは、貴女を・・・リンさんを看取ってからです。ここに居ようが、元の世界あっちに戻ろうが、俺は貴女より先には死にませんから・・・だから、リンさんは、幸せになって良いんです。」

「う・・・ぁ・・・」



少しずつ、視界がボヤけてくる。
頬に手を添えた彼は、真剣な表情を浮かべた。



「今、コウさんや、師匠や、俺と居ることは楽しくないっスか?俺らと一緒にいるのは義務だからっスか?無双ゲームみたいに、魔獣退治すんのは?北海道で・・・てか、日本でも見れないような景色を見るのは、楽しくない?」

「・・・たの、しい、よ?」

「・・・ん。それでいっス。楽しいこと、いっぱい探しましょ?俺は、辛い顔してるリンさんより、馬鹿笑いして、楽しそうにしてるリンさんがいいです。好きなもの、好きでいていいんだって教えてくれた、貴女が笑っている方がいいんです。・・・俺の幸せは、を側で見てる事だから。・・・ね?いっぱい笑って、旅しましょう?」



頬を撫でながら、眦が下がった糸目は、とても柔らかな雰囲気で。

その顔を見ていたら、自分の幸せを素直に感じても良いのかと、少しだけ・・・ほんの少しだけ、そう思えた。






*********************

※ 漸く、妄想乙女ゲー終了です。
※ そして、漸くカンが・・・長かった・・・w
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