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妄想乙女ゲームに終止符を
259.釣り上げ準備 其の二(第三者視点)
しおりを挟む十数分で、カンは出張所へとたどり着く。出張所の重厚な扉を開け、カンは中へと入って行った。
ミッドランド支部ほどでは無いものの、夕方は、それなりにクエスト報告や換金のために冒険者が集まっている。
入り口から突如現れた、黒髪の背の高い男の様子に、一瞬その場が静まりかえった。
洗いざらしの薄青いカラーシャツに、黒革のパンツ。鎧は付けておらず、冒険者の出で立ちではない。
しかし彼は、脇目も振らずカウンターへ向かう。
その、鬼気迫る様子に、モーゼの十戒の様に道が開けられる。
カウンターまでたどり着いた彼は、受付嬢に用件を告げる。
「急ぎ、ロイドギルドマスターに取り次いで頂きたい。」
物腰は柔らかだが、有無を言わせない様な迫力に、彼を目の前にした若い受付嬢は、口をパクパクと動かすだけで、固まってしまっていた。
隣にいた、ベテランの受付嬢が代わりに答える。
「あ、あの、ギルドマスターは、ただいま来客中でございまして。誰も通すなと言われております。」
「あぁ?何だテメェ?割り込みして、ラウリーちゃんを脅しやがって!」
ガッ、と肩を掴まれた方向を見ると、青い鎧に身を固めた男性冒険者と、その取り巻きのごつい集団に囲まれている。
受付嬢達は、その様子を見て、明らかに何処かホッとした表情だ。
その様子を見て、カンの口からは溜息が出かかる。
「それに、ギルマスに通せだぁ。テメェみてーな優男、誰が相手にするって言うんだ、よっ?!」
問答無用と、ぶん、と顔をめがけて拳が飛んできたのを、即座に身体強化をかけた右掌で受け止める。
「・・・貴方がたには関係のない話です。」
「テメェ・・・舐めやがって!!」
簡単に拳を止められた冒険者は、ワナワナと震え、再度カンに襲いかかった。
彼は溜息混じりに、魔力を練り上げる。
「 【 重力緊縛 】」
「ぐはっっ!?」
「きゃぁっ?」
襲いかかろうとした、5~6人程の屈強な男達が、一斉に床に沈んだ。
周囲の冒険者達と受付嬢達は、怯えた目でカンを見る。
その様子に、頭を掻きながら大きな溜息を吐き、カウンター向こうの受付嬢達に身体を向けた。
「・・・名乗りもせず、申し訳ありません。私は、クラスAパーティー『旅馬車』メンバー、A級ライセンス冒険者のカン=マーロウと申します。ロイドギルドマスターの面会相手が、クラスAパーティー『猟犬』リーダー、ファーマス=ベレッタ氏であれば、同時に面会を希望したいです。急ぎの事案が発生した、とギルマスに伝えて頂ければ。」
礼儀正しく、そこまで話したところで、ベテラン受付嬢が弾かれた様に立ち上がる。
「しっ、失礼致しましたっ!ただいま確認して参りますので、しばしお待ちくださいっ!」
バタバタと走り去る後ろ姿を見送ると、カンはカウンターの端にある、跳ね上げ天板近くに場所を移す。
『いつもの、担当さんが居ないとコレかぁ・・・』
ミッドランド支部では、クラスAパーティ担当である、スタッドとエミリオが居たように、出張所では年配の男性職員が担当してくれていた。コウとも気が知れているようで、信頼が置ける人物だったのだが、たまたま居なかったようだった。
場所を移動したのは、他の冒険者の邪魔にならないように、と気遣ってみたのだが、ザワザワと遠巻きにこちらを見ているだけで、カウンターに誰も寄っていかない。
中には、カンがA級、しかも『旅馬車』メンバー、と名乗った途端、目の色が変わった者も多くいたが、攻め込んでくる人間は居なかった。
衆人環視に晒され落ち着かないが、カンは大人しく待っていた。
数分して、ベテラン受付嬢が息を切らせて戻ってくる。
「おっ・・・お待たせ、致しました。どうぞ中へ。」
「ありがとうございます。」
カンは、アワアワしたままの受付嬢を横目に見ながら中に入ろうとして、絡んできた冒険者を放置していたことに気がついた。
パチン、と指を鳴らし、術を切る。
「すみません。忘れてました。」
座り込んだまま茫然とする冒険者達にぺこり、と頭を下げ、カンはカウンターの中へと進んでいった。
「・・・化け物、かよ。」
何人もの屈強なB級冒険者である男達を、杖も魔道具も使わず、数分であれ捕縛魔法で縛り付けたままで涼しい顔をしていた、新人A級ライセンス冒険者である男。
その場にいた男性冒険者達は、冗談抜きで二度と喧嘩は売らないと心に決めたようだった。
そして、そんな様子を傍目に見た冒険者達は、突如現れた優良物件を自分の仲間に引き入れるべく、中でも女性冒険者達は如何に彼に取り入るべく、画策を始めていた。
それが徒労に終わるとも知らず・・・
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