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チェスター家の男
【閑話】希望の鐘が鳴る朝に・肆*
しおりを挟むチチ・・・
小鳥のさえずりが聞こえ、朝日がカーテンの隙間から差し込む。
「ん・・・」
差し込んだ細い光が、メイアの瞼を掠め、メイアはのろのろと、その瞼を開けた。
「なぁっ?」
目に飛び込んできたのは、朝日に照らされキラキラと輝くライトグリーンの髪。
その下の整い過ぎた顔立ちは、眼鏡も外し、眠っているせいで、少し幼くも見える。
ーーー そんな事よりっ
がばり、と起き上がったメイアは自分の姿に驚愕する。
ーーー 裸、だと?!
何故、自分は、裸で、この男と??
メイアが、あわあわと慌てていると、グレイドが少し身動ぐ。
「ん・・・あ、メイ、おはよ。」
とろん、とした眼差しで、ふわりと微笑む男は、色気をだだ漏らせながら、メイアの腕を掴む。
「なっ、なんでっ」
「ん?ココは僕の部屋。腕輪外すのも手順いるし、治療室に預けて何かあっても嫌だから連れてきたんだぁ・・・にしても。」
「な、なんだ?」
「あー、絶景。朝日に映えて綺麗だぁ。」
「ばっっ・・・なぁっっ?!」
くすくすと笑うグレイドの腕を振り切り、掛布を手繰り寄せる。
メイア自身の身体は隠れたものの、掛布の下から現れたのは、グレイドの肌色。
「ーーー っ!!!」
可愛いなぁ、と笑いながら、グレイドは起き上がる。
ーーー 細いと思っていた身体だけど意外にも筋肉があり、均整が取れている・・・ってそうじゃない!
メイアの頭の中はある意味、混乱を極めていた。
その刹那、どくり、と心臓が跳ね上がり、全身が逆立つような感覚に襲われる。
「あぁぁっ!」
「やっぱり、抜けてない、ね。」
心配そうに、グレイドはメイアの頬に触れる。
その刺激だけで、びくり、とメイアの身体は跳ねた。
「昨晩あの薬を打たれた時は、腕輪で魔力が抜けているにもかかわらず、防御反応で、身体ごと発火する事で身を守ったんだね・・・でも、薬の効能自体は抜けきってない。」
『ーーー あの女もよがり狂って、逝った。』
昨晩の、嘲笑しながら放たれた、ゼファの言葉が蘇る。
霊安室に安置された、痛々しいマーヴェルの遺体が脳裏に浮かぶ。
「グレ・・・イ・・・ド、私・・・も、死ぬ・・・のか?」
息も荒く、胸が苦しい。胸を押さえ、ぽろぽろと雫が落ちる目をぎゅぅ、と瞑る。身体はガタガタと震えていた。
でも。
親友を助けられず、無様にも捕まり、醜態を晒した己が身の末路としては、妥当なのだろう。
「ーーー んぁっ?!」
不意に、唇に、びり、と暖かい痺れが走った。
驚いて目を開けると、優しい色を湛えたライトグリーンの垂れ目が、じぃ、とメイアを見ていた。
「メイ・・・落ち着いて?大丈夫、君は死なないよ。マーヴェルさんの分まで生きて、女性騎士の地位向上を図るんでしょ?そのために、僕はいくらでも君を支援する。」
「だがっ・・・」
「その苦しさは、打たれた麻薬のせい。媚薬としての効果なんだ。だから・・・」
グレイドは、震えるメイアを、ぎゅ、と抱きしめると、額に優しくキスを落とす。
「・・・僕に、その熱を放散する手伝いをさせて?ね、メイ・・・君を傷つける事はしないよ。甘く蕩ける時間だけあげる。怖くない・・・から。」
とさり、と、2人の身体は、ベッドに沈みこむ。
「僕と、一緒になろ?」
そう言って、グレイドは、メイアの唇に自分の唇を押し当てた。
遠くに響き渡る、朝を告げる鐘の音を聞きながら、メイアは、グレイドがもたらす甘やかな時を過ごした。
自分の奥底から湧き上がる熱が、グレイドから与えられる優しい熱と一つになって、まるで、自分の身体が根底から作り変えられていくような。
そんな幸せなひと時だった。
***
その後。
メイアの魔力制御の腕輪は、第7部隊の部隊長によって外され。
今回の騒動の主犯である、ゼファ=グラズル第7部隊副部隊長、そしてそれに迎合し協力していた騎士達は、全員捕縛。
領主直々の断罪の元、全員が処刑された。
結局動機は、女性騎士の台頭を忌ま忌ましく思うという、男尊女卑の思想形態。
実力も無いのに、貴族的地位や家の権力を用いて入団した者は、なれて各部隊の副部隊長クラスまで。その現状に腐っていた者達が、どんどんと成果を上げる女性騎士小隊の状況に焦り、犯行に及んだものだった。
それでもいくつかの実家から、異議申し立てが出たが、庇いようがないほどの証拠を叩きつけられ、申し立ては却下された。
また、中には実家自体の不正や悪事まで突きつけられ、国からの御達しで、お家取り潰しにまで至るモノもあった。
お家取り潰しに至ったモノは、家自体が男尊女卑の思想だったこともあり。被害女性や女性騎士達への侮蔑の言葉をあげつらっていた。
そのため、これが好機とばかりに潰された感も否めない。
それでなくても厳しかったはずのファルコ領の騎士団の空気は一変し、男でも女でも、貴族でも平民でも、その実力と才によって評価されるのが当たり前となっていった。
全ては、メイアの仕事がしやすいようにと、グレイドの暗躍があったからに他ならない。
そして、このファルコ領領主の国まで巻き込んだ断罪劇は、国民が多く知るところとなり、好意的に受け止められた。
男女平等の空気は国全体に一気に広がりはしなかったものの、徐々に平民サイドから、じわじわと広がっていくこととなる。
***
「ーーー 有難う、メイア。そして、グレイド=チェスター特殊諜報部長。これで、マーヴェルも浮かばれます。」
とある、領都の教会併設の孤児院。
メイアとグレイドと対峙した、フォル=ナットは、騎士団を辞め、聖職者となり、幼少期より世話になったという孤児院の院長となった。
フォルもマーヴェルも、同じ孤児院出身であり、元々結婚したら、騎士を辞め孤児院に勤める予定だったのだという。
「すまない、フォル。私がもっと強ければ、マーヴェルは・・・」
「メイア、それは言っても仕方がない事だ。マーヴェルの夢だった、女性部隊の活躍を果たしてくれ。私は、影ながら応援させてもらうよ。」
「また、来てもいいか?」
「構わないさ。いつでも顔を出してくれ。子ども達も、マーヴェルも喜ぶ。それに、教会は市井の情報が集まりやすいからね。必ず、君の手助けになると思う。・・・グレイド様、どうかメイアの事を頼みます。」
「あぁ。任されたよ。だから君も、どうか幸せに。」
「ありがとう、ございます。」
深々と礼をしたフォルへ、別れを告げる。
孤児院を後にした2人が振り返ると、塀の向こう、フォルは大勢の子ども達に囲まれ、穏やかな笑みを浮かべていた。
*
孤児院から騎士団の寮への帰り道。
夕焼け空が見える桟橋で、メイアはふと立ち止まった。
「メイ?どうしたの?」
俯くメイアを、グレイドは覗き込む。
顔を上げたメイアは、痛みを堪えるような表情を浮かべ、グレイドの首元へと手を当てた。
「・・・グレイド、すまない。私の炎は、貴方の綺麗な肌をこんなにしてしまった。」
グレイドの左側の顎から鎖骨のラインに沿って、皮膚が火傷で引き攣れたようになっている。
あの時、メイアを抱きしめた際、グレイドのローブと制服は火耐性の効果があり、燃えはしなかったが、その分露出していた首から鎖骨の皮膚が焼かれたのだ。
メイアの怒りの魔力で湧き上がった炎は強力で、騎士団に居た治療師の治癒魔法でも、上級ポーションでも、グレイドの火傷の跡は完治は出来なかった。
「ん?それがどしたの?」
眼鏡の奥の垂れ目が、きょとん、と見開かれ、メイアの顔を見つめたまま、本当に不思議そうに首を傾げた。
「だって、私は貴方を傷つけたんだ。私はそうやって、大事なものを傷つけて無くしてしまう・・・だから、んっ?!」
一緒には居られない、と、紡ごうとした言葉は、グレイドの唇によって防がれた。
「ーーーっ!」
「メイ・・・だから、僕は、君と一緒にいるよ?」
無理矢理に身体を引き剥がし、泣きそうな顔を向けたメイアに、グレイドは蕩けそうな微笑みを向けた。
「君の魔力暴走は、僕が止める。この痕は、君を助けることができた証拠なんだから、誇るべき傷だし、少しでも遅れたらこうなるっていう、戒めの痕だ。」
グレイドの話を聞いても、メイアはふるふると首を振った。
「だって、それは私の所為だろう!?貴方が負う枷ではなかった!」
「メイ、言ったでしょ?『君に何かあったら、僕は僕自身を許さない』って。・・・ねぇ、それでも、僕を傷物にしたと気に病んでくれるのならさ。」
グレイドは、ぽろ、と涙が溢れたメイアの眦に、柔らかなキスを落とし、コツンと、メイアと額を合わせる。
「・・・責任とって、僕を貰ってよ。」
その言葉に、潤んだ目のままポカンと見つめるメイア。
してやったり、と、グレイドは嬉しそうに微笑み、メイアの左手を取ると、その指先に愛おしそうに口付ける。
「ね?メイア=ブローニン嬢。この僕、グレイド=チェスターと共に歩んで下さい。」
「ーーー っ!」
再度紡がれた、甘やかな求婚の言葉に、メイアの両目から再び涙が溢れ出す。
「メイ、返事は?」
「ーーー わかった。責任は取る。よろしく頼む。」
「うん。頼まれました。」
グレイドは、つい、とメイアの眦から溢れる涙を親指で拭い、その身体をぐ、と抱きしめる。
「幸せになろうね。」
メイアの耳元で、グレイドは囁く。
グレイドの首元へ顔を埋めたメイアは、返事を返す代わりに、背中に回した手に力を込め、抱きしめ返す。
ーーー もう、充分幸せだ。
閉じた瞼の裏で、ふんわり笑う親友が見えた気がした。
*******
『愛されている事に気づいて、受け入れるだけで、世界の見え方は変わるのだけれどねぇ。』
バックヤードを歩きながら、メイアは、頑ななまでに人に頼ろうとしない隣の娘を見つめた。
昔の自分を見ているようで、何とかしたくなる。
『・・・でも、まぁ。』
それを気づかせるのは、自分ではなく、息子達、なのだろう。
・・・かつて、夫が自分に愛を伝えてくれたように。
『しっかし、クセが強い女に惹かれるのよねぇ。チェスター家の男達は。』
夫を始め、長男も、次男も、強いては義父もだが、一般的には『面倒臭い』とカテゴリーされるだろう女性を相方に選んでいる。そして周囲が引くほどに可愛がり、甘やかす傾向にある。
『ここまでくると、因果よねぇ・・・ま、頑張れ、三男坊。』
それまでは、意地っ張りな彼女の理解ある友人であろうと心に決め、明るく声をかける。
「さぁて、リンさん。何食べよっか。」
**************
※ これにて、おかーさま過去編終了です。52話「帰還」、97話「『黒持ち』との遭遇」にかかる部分と、これからの展開の前フリで、おとーさまを引き合いに出しました。
※ おかーさまのキャラが変わりすぎですが、ソコもまぁ、色々あったようですよw
※ おかーさまの所属は、当初ファルコ領騎士団→女性騎士先駆者として王国騎士団へ招聘され、単身赴任→ファルコ領に戻り、女性騎士への剣術指南役、といった状態です。
※ おとーさまの武器ですが、甘いマスクにミスマッチな武器として、鉄パイプ、釘バット、釘抜きで悩んだ末、釘抜きにしてみました。何処の時代のヤンキーだw
※ 因みに、ミスリル製の釘抜きです。魔力伝導が良いのだそうですw
※ また更新頻度が3日に開きます。ヨロシクです~
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