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チェスター家の男
【閑話】希望の鐘が鳴る朝に・弐*
しおりを挟む※ 陵辱表現あり。胸糞です。
**************
グレイドと約束した日から数日後、事件は起きた。
騎士団詰所近くの川縁で、1人の女性騎士が死んでいた。
「マーヴェル!!!」
亡くなったのは、マーヴェル=ライ第7部隊女性小隊隊員。
平民出身で、メイアとは騎士団の同期。
人懐っこい笑顔で、メイアと周りの緩衝材にもなり、メイアを孤高の存在から救い上げてくれた無二の親友。
物言わぬ骸となったマーヴェルの身体は浮腫み。ある薬を使われた兆候があった。
「嘘だ!マーヴェルは、自ら麻薬など使うものか!!」
死相はある麻薬を使用したものと酷似。騎士団内では、麻薬使用による事故と処理されかけた。
メイアは親友の遺体にかじりつき、遺体が処分されようとするのを拒んだ。
怒りで叫ぶメイアの様子を聞きつけたのか、いつの間にかグレイドが現れ、なだめる。
これ幸いと、霊安室にメイアとグレイドを残し、他の者は出て行く。
誰も居なくなった所で、グレイドは、部屋を施錠、防音を施し、マーヴェルの遺体を暴いていく。
「貴様!何を!!」
呆然と見ていたメイアは我に返って、グレイドに掴みかかった。
「マーヴェルをこれ以上貶めるつもりか!!」
「・・・メイア嬢、ごめん。でも、これは調査なんだ。うん、これでハッキリした。彼女は自ら麻薬を使ってはいない。」
「・・・なんだって??」
「左手首のこの擦り傷に、魔力残滓が残る。これは魔力制御の腕輪をつけられた跡。左腕に注射痕はあるけれど、右肩背面にもあるんだ。これは、先に背後から打って、その後で自分で麻薬を打ったように見せかけるため左腕に痕を作ったんだろう。それに・・・会陰部が裂傷をおこし、爛れている。これは・・・無理矢理の性行為によるものだ。」
「ぁ・・・嘘だ・・・」
「彼女は、魔力放出の腕輪をつけられ身動きが取れなくなった所に、麻薬を打たれ、強姦されたんだ。この薬は媚薬にも利用される奴・・・犯人は、彼女を脅して、犯して、辱めて、騎士団から追いやろうとして・・・最終的に麻薬の過剰摂取で死に追いやり・・・捨てたんだ。」
「そんなっ・・・そんなっ!!嫌だぁっ!マーヴェルっ!!すまないっ!助けられなくてすまないっ!!!マーヴェルぅっ!!!」
遺体に縋り付き、泣き叫ぶメイアを、グレイドはただ見守るだけしか出来なかった。
しかし、その目は怒りに揺れ、獲物を殺らんばかりの迫力に満ちていた。
*
グレイドが作り上げた資料は、報告書として、密やかにファルコ領騎士団長、副団長及び各部隊部隊長のみに閲覧された。
無論、彼が属するとされる内省部署の上司、そして領主にも上がっている。
あくまでもトップシークレットとして挙げられたその内容は、先に上げられた騎士団からの調査結果と乖離していた。
明らかに騎士団内部の人間が行ったであろう所業。それを訴えるもの。
グレイド=チェスターは、領内運営の内省部署にいるが、実の所は間諜である。
あまり感情を面に出さず、昼行灯のようにフラフラしながら、人当たりの良さで情報を集め、精査する。
飄々と、淡々と、仕事を行なっているイメージの男なのだが、今回の報告書については並々ならぬ熱が感じ取れた。
次に予見される被害者は、メイア=ブローニン。
ここまで提示した上で、彼女に何かあった場合には、独自制裁を行う旨まで記されていた。
制裁権限を持つ領主直属の間諜、それがグレイド。
その立場を遺憾なく使い、建前を振り翳し、彼はメイアの為だけに動いていた。
*
メイアは疲弊していた。
女性騎士達を守りつつ、男性騎士達に目を光らせる。
マーヴェルの件に関して、詳細は下っ端騎士には何も知らされていない為だ。
仲の良かった男性騎士達にすら、疑いの目を向けなければならない現状に、精神を追い詰められていた。
「メイア=ブローニン女性小隊長。第7部隊、ゼファ=グラズル副部隊長がお呼びだ。至急副部隊長室まで行くように。」
「・・・わかった。」
消灯時間間際、自室にいたメイアは呼び出しを受けた。
マーヴェルの事件後から、部隊長が気にかけてくれる以外に、あまり介入される事はなかったのだが。
ここに来て、副部隊長の呼び出し。
「何だろうか・・・」
マーヴェルを貶めた犯人が分かったのだろうか。だとしたら良い。
しかし、一抹の不安が胸をよぎる。
机の上に手を置くと、かさり、と指に何かが触れた。
『メイア嬢。もし部隊長以外の誰かに呼び出される事があったら、必ず僕に教えて欲しい。』
そう言ってグレイドに渡されていた連絡用文書鳩の紙だ。
ーーー 結構高価なものの筈なのに、簡単に渡してくる奴の気が知れない。
「でも、まぁ・・・一応出しておくか。」
心配される事に慣れていないから、大事にしようとしてくれる事がくすぐったい。
自分には戦う価値しかないと思っていたから、突っ張るしか無かった。男勝りで、騎士団の中で爪弾きにあっても、食らいつくしかなかった。
知り合う男性で、自分を受け止めてくれる人など居なかったから、どう接して良いか分からず邪険にしていたのに。
それも否定せず、無理をする姿も、無様に泣いた姿も、ありのままを受け止めてくれた。それで良いと、全部が好きだと言ってくれた、あの垂れ目を思い浮かべる。
ふわり、と胸が暖かくなる。
この気持ちは何なのか。
ふと、『もうすぐ結婚するの』と、彼氏の隣で、花が咲いたような笑顔を見せた親友を思い出す。
「・・・マーヴェルに、相談したかったなぁ。」
男っ気のない自分が、こんな事を伝えたら、親友は驚きと共に喜んでくれただろうか。
昔、恋愛感情なぞ分からん、と呟いたメイアに、『必ずメイアにも、一緒に居たいと思える人が現れるよ。』と、微笑んでくれた彼女は、もう居ない。
じわり、と眦に浮かんだ涙を拭い、紙に筆記具を走らせる。
言われた通りに魔力を込めながら折り畳み、少し窓を開けて、紙の鳥を掲げる。
「『彼の元へ』」
鍵の言葉を呟くと、ふわりと鳥が浮かび上がり、月闇へと消えていった。
その姿を見送り、ひとつ息を吐くと、メイアは窓を閉め、部屋を出た。
**
消灯時刻を過ぎた部隊棟は静まり返っている。
メイアはその中を進み、副部隊長室の前で立ち止まる。
一呼吸置き、扉をノックした。
「メイア=ブローニン、参りました。」
『入れ。』
カチャリ、とドアノブを回し、中へと身体を滑り込ませる。
中にいるのは副部隊長のゼファだけであるが、数名何かが居る気配がする。
メイアは、それに気づいたそぶりは見せず、執務机の前へと立った。
ゼファは、メイアを舐めるように見つめた後ニヤリと笑う。
ーーー この男の視線は何時も神経を苛立たせる。
「・・・御用向きは。」
「警戒せずとも良い。先日麻薬なんぞに手を出して死んだ、ライ隊員の件だ。」
メイアのこめかみがピクリと動いた。
「彼女は、麻薬を渡されていたようだよ?フォル=ナット 第3部隊第1小隊隊員に、ね。」
メイアの目の前が怒りで赤く歪む。
「安心してくれたまえ。フォル=ナットについては、先程奴の部屋から今回使われた麻薬が出てきたそうだよ。今頃、無事に拘束されているだろう。」
嘲笑を浮かべ、ゼファは、メイアを見やった。
ーーー そうか。こいつが。
メイアは確信する。
目の前の男が、マーヴェルを貶め、彼氏であるフォルを嵌めたのだと。
フォルは、マーヴェルの仕事である女性隊員の見回りを支持し、自らの部隊である第3部隊内に声かけをして、支援してくれていた。
ーーー それが、邪魔だとでも言うのか。
メイアは、ギリギリと爪が食い込むほどに拳を握りしめた。
メイアは滾る怒りを露わにしないよう、無表情に努める。元々表情が豊かではない事が、功を奏する。
知ってか知らずかニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、挑発するようにゼファは言葉を続けた。
「メイア=ブローニン女性小隊隊長。これで分かっただろう?誰も貴君らの働きに期待などしてはいない。さっさと解散し通常業務に戻るといい。これ以上犠牲者を増やしたくなければ、ね。」
ーーー 巫山戯るなっ!
そう叫び出しそうになるのを堪え、メイアは必死で紡ぐ言葉を考える。
・・・彼のように、言葉でもって、相手を制することができればどんなに良いか。
「・・・辞めるものか。」
「何?」
腹から出した声は、メイアの隠しきれない怒りを滲ませる。
その怒気を滲ませたまま、メイアの目はゼファを射抜いた。
「ゼファ=グラズル第7部隊副部隊長殿。貴方に、我が女性小隊を制する権限は無い。我々は、あくまでもアレクス=ゴウン騎士団長の名で創設されたヴェクス=ヴェープル第7部隊部隊長直轄の小隊。貴方の権限でどうこう出来る小隊でない事は確かだ。解散しろなどと無理を通すと言うならば、今ここで貴方に言われたことも、全てヴェープル隊長と、アレクス騎士団長の前で全て開示するまで!」
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