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チェスター家の男

243.バックヤードにて

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師匠の背を追い、薄暗い道を歩いていく。
私の緊張を反映するかのように、肩にかけた銃剣相棒が、ズシリとその重さを主張する。

こーくんとカンくんは、師匠から客席へと行くように言われ、渋々と途中の通路から分かれた。

・・・客席なんぞあるんですか。完全に見世物だね。

次第に明るい光が見えてくる。あそこが、入り口。



「リン。」

「・・・はい?」



不意に師匠が歩みを止め、私の方に振り返る。
すると彼は、目を細めて、す、と腕を伸ばすと、私の頬にその大きな手を添えた。


「お前は強くなったよ・・・“あの日”よりも、確実に、な。」


どきり、と心臓が跳ねる。

“あの日”のことは、みんなが気を使ってくれていたのだろう。誰も口にしてこなかった。

こーくんと再会できた、2人に助けて貰った大切な日だけど。
だからこそ、私は“あの日”に囚われていて。

この世界に来て、初めてまともに向けられた、剥き出しの悪意。
自分では、どうにもできない恐怖。

埋められない性差が、
抗えない力の差が、
少しの油断で嵌められる罠が。

ふとした時に、フラッシュバックする。


ーーー どうして、この人には分かってしまうんだろう。


ビグベルー熊モドキを1人で倒せるようになっても、拭いきれない不安、焦燥を。
それらを振り切りたくて、足掻いていることを。



「・・・今のお前なら、“あの日”のあの状況を覆すことができる。だからもう、“あの日”に縛られなくていい。・・・それにな、今のお前は、チェスター子爵夫人あの方とも互角の力がある。いいか?この『手合わせ』で、お前はまだ強くなれる。だから大丈夫。自信持って闘ってこい。・・・いいな?」


はい、と返事をしたいのに、喉奥に声が張り付いて、出てこない。


ーーー どうして、欲しい時に、欲しい言葉をくれるのさ。ズルイ。格好良すぎでしょうが。


不安が溶かされることに安堵して、涙目になりながら、ぎこちなく、こくりと頷く。


「・・・こら、今泣くな。緊張が切れるだろう?」

「・・・はぃ。」

「腕試しだ。行けるトコまで、全力でやってみろ。」

「・・・はい。」

「リン。」

「・・・ふぁぃ。」


すん、と鼻をすすった私の顔を、節くれだったゴツい両手が包み込み、涙が浮かぶ眦を、ぐい、と親指で拭われる。


「笑え。」


綺麗な赤茶色の目が、じ、と私を見つめた。
泣き顔を無理矢理に歪め、口角を上げる。
その様子に満足してくれたのか、師匠は目を細め、頬から離した手で、頭を撫でてきた。


「・・・よし。それで良い。じゃぁ、行くぞ。」

「ーーー はい。」


今度こそ、力強く返事を返し。
先に進む師匠の後を追った。







眩しい光を抜けると、だだっ広いグラウンド、それを取り囲むすり鉢状の客席。
コロッセオ、と言うものなのだろうか。
大きさは、厚別の陸上競技場くらいだなぁ、とボンヤリ考える。

その中央に、メイア夫人お母さまが佇んでいる。

周囲から、ざわざわとした喧騒が流れてくる。
師匠の後ろに付いたまま、静かに歩みを進めると、すぅ、と頭が冴えてくる。
俯瞰で、この状況を見ているような感覚。

ふと振り返ると、客席からこーくんとカン君が心配そうに私を見ていた。


ーーー 心配しすぎ。大丈夫。私は頑張れる。


思わず笑みがこぼれた。


師匠がグラウンドの真ん中に立ち。
そこから、お互いに5メーターほど距離を取り、夫人と向かい合う。

銃剣相棒を肩から下ろし、右手に握りしめる。
剣先を振り出し、身体強化の為の魔力を身に纏う。

夫人も、レイピアを掲げ、魔力を巡らせている。

その準備が落ち着いたのを見計らい、師匠が声を張り上げた。


「これより、メイア=チェスターと、リン=ブロック両名による『手合わせ』を行う。制限時間はこれより3の刻の鐘が鳴るまでの約半刻(30分)。一本取るか、相手を無力化するか、参ったと言うまで試合は続行される。制限時間を越えた場合は、引き分けとする。宜しいか。」

「問題ないわ。」

「異論ございません。」


私と夫人は、それぞれ武器相棒を手に、身構える。

師匠が少し離れて、す、と右手を挙げた。


「始め!!」


その声と同時に風が舞った。




************

※ メンタルコーチ、ファーマス氏参上w
※ 短めで申し訳ない。

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