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柵(しがらみ)と自由と
235.乙女ゲー疑惑
しおりを挟む「トゥルーラブ?聞いたことないなぁ。」
まぁ、乙女ゲーは押さえてないから、知らないだけなんだけど。
「まぁ、ありがちな乙女ゲーで、平民の女の子が、彼氏作って幸せになります、ってのは定石。攻略対象が確か6人。王子やら貴族やら教師やら幼馴染やら、あとは忘れた。ハーレムエンドは無し。バッドエンドでも、誰かが死ぬ様な残酷表現無しの、全年齢対象の優しいゲームだった筈っスね。」
「あら、珍しい。」
「・・・乙女ゲーとギャルゲーが、全て18禁みたいな偏見持たんで下さい。リンさんがヤったってゲームだって、家庭用ゲーム版で焼き直しされた時は、全年齢対象になった筈っスよ。」
「詳しいね。」
「中の人の関係です。」
「流石。」
「・・・別に、それはいいっス。で、そのゲーム、実はその後15禁バージョンも出て。それは、全部クリアした後、隠しルートが出現。それが悪役令嬢側のルート。」
「はぁ。」
「攻略対象はヒロインと同じく6人の筈なのに、ハッピーエンドは1人しか無くて、後の5人は全てバッドエンド、残酷シーンしかないという鬼畜仕様。」
「・・・そりゃまた、鬼だね。何、ディスクの空き容量の関係かい?」
んーと、と思い出す様に、目線を天井に向けたカン君は、整理をしながら話しを進める。
「多分。制作サイドの大人の事情でしょうねぇ。で、当時は、『ヒロインじゃなくて、悪役令嬢の真の愛、と言う意味だったのか』と、物議を醸したらしいですね。で、その1つだけのハッピーエンドルートが、見目の良い幼馴染の貴族の令息が、政略や色香に翻弄されるのを悪役令嬢が助けていくけど、その意味が理解されず断罪を受ける。しかし、離れた令息が彼女の献身を後から理解して、騎士になり迎えに行く・・・という話だったかと。」
「「「へぇ~~」」」
「反応薄っすっ」
気の抜けた様な私達の返答に、カン君は苦笑いを見せる。
「ンなこと言われても、それしか言いようがないっていうか、さぁ。」
ポツリ、と呟いてみる。
「まぁ、何が燃えたかって、その6人目に行くまでに、5人のバッドエンドを越えなきゃ辿り着かないって話っスよ。」
「え?何その、ひぐ●しが~的な進行。」
「プレイヤーの心折れた頃に辿りつくハッピーエンド。それにより、悪役令嬢と騎士の人気が、ヒロインを凌駕したとか。」
「詳しいね。」
「大学時代居たんすよ、詳しい奴が・・・」
何処か死んだ魚の様な目をしたカン君は、ふぅと息を吐くと、窓の外に目をやった。
すると、頭をガリガリと掻きながら、師匠が溜息を吐く。
「・・・それで?ヒルデ嬢は、その悪役令嬢とかいう立場だと。それで、相手役がコウだって話か?」
「でしょうね。お嬢様から見た、幼馴染の美男子貴族令息。コウさんでビンゴでしょ。」
カン君の容赦ない言葉に、こーくんが頭を抱え込む。
「・・・でもさぁ、こーくんが騎士じゃなくて、冒険者になってる時点で、その話が、破綻してると思わんのかね?」
「それなー。」
紅茶を啜りながら呟いた私の言葉に、こーくんが指差しながら激しく同意してくる。
「思い込みなんじゃないっスかねぇ?さっきの独り言だと、コウさんの姿が、ゲーキャラのスチルのまんまだったみたいっスからねぇ。ま、俺も話だけ知ってて、キャラデザ知らんスから、何とも言えんのですけど。」
「何にしても、話が違う責任を、コウに求められても、何の仕様もねぇよな。」
「前世の記憶があった所で、今ここに生きる人間なんですから。ストーリーがどうとか関係なしに、好きに生きれば良いんですけどねぇ。」
カン君の説明を聞き、呆れた様に言い放った師匠の言葉に、こーくんが頷き返す。
まぁ、そうだろなぁ。でも一応最終確認。
「・・・で、こーくん。今後お嬢様を、お迎えに行くご予定は?」
「・・・ンなもん、無い。鈴、ナチュラルに抉るのやめて?なぁに、さっきの仕返しなの?」
へにゃり、と眉尻を下げて、こちらを見る顔は、捨てられそうなチワワみたいだ。
仕方ない、これ以上ちょすのは止めておこう。
「したっけ、当面の課題は、お嬢様に現実を見てもらう?」
「でも、ある意味それはしてきたんだろう?辺境伯達が。」
師匠が首をかしげる。
まぁ、確かに領主様は『こーくんが、ヒルデ嬢を迎えに来る、という事が妄言』とたしなめてはいた。
でも、根本が違う気がする。
「いえ、前世の記憶があるとか、それを前提にした話はしてないんじゃないかと。だから、領主様は彼女の言い分を妄言と一蹴してた。多分、彼女が勝手に必死こいてんだけかなぁ?って気がします。」
「まぁ、前世の記憶があるって、大っぴらにはできないからね。頭おかしいと思われるのがオチだろうし。」
私とこーくんの発言に、師匠が腕組をして考え込む。
そりゃそうだろう。だから、こーくんもレザ先生も黙っていた訳で。
「・・・したら、どうします?コウさんからお嬢様に説明するしかないっスか?前世の話も含め。」
カン君が眉を顰め、方法を提案してくるが、私はそれに首を振った。
「いんにゃ、それは止めといた方が良いと思う。それやると、逆にこーくんへの執着が酷くなる気がする。」
「執着?」
師匠が腕組みしたまま首をかしげる。
私は頷き、話を続けた。
「えぇ、彼女は、自分の存在意義を悪役令嬢である事に置いているわけですから。今更、それは違う、自由に生きて良い、と投げられた所で、露頭に迷うようなモンでしょう?じゃぁ、ってんで、前世の記憶があり、自分の境遇を理解してくれると思われる、こーくんに執着して当然じゃない?」
「・・・成る程なぁ。」
「じゃぁ、どうします?ほっとく?」
「うーん・・・まぁ、それが一番な気がする。」
「え、マジで?」
自分で言っておきながら、カン君は驚いた顔をする、
「うん。現実問題、どんなに手を尽くしても、こーくんは振り向かない、って、どっかで本人が気づくしかないんじゃない?外野がとやかく言っても、現状聞く耳持たんでしょ?まぁ、気付いた時に話が出来れば良いけどね。」
どんなに周囲が気付いて忠告したって、のめり込んでいる時は誰もが聞く耳なんて持たない。
こちらに余力があれば、対峙することも出来るが、基本、労力と気力を使い続けるのは得策じゃない、と思う。
結局の所、自分の腹積もり一つなんだよな。
・・・助けになればいいと、どんなに良かれと思ってアドバイスしても、大きなお世話と言われ、徒労に終わる事も多かったから。
だから、引く事を覚えた。
今、必要としていないなら、今言う必要はない。前フリするだけで、そのタイミングを待つしかない。
勿論そんな事言ってられない事もあるけれど。
命がかかる事じゃなきゃ、自己選択による自業自得、という考え方も必要なんだ。
『役場職員だからって、馬鹿真面目に全員を何とかする必要なんて無いんじゃない?良かれと思ってやったって、たまには感謝もされなきゃやってらんない。ウチらが疲弊するだけだもん。それに、その人が自分で選ぶ力をつけてもらう事も必要だよ。その人の人生なんだから、ウチらが全部責任取れるわけじゃないでしょ?公僕と言われたって、ワークライフバランスは大事だよ。自分の事も大切にしなきゃ、良い仕事出来ないよ?』
青年部飲み会で良く面倒を見てくれた先輩の言葉を思い出す。
保健師だった先輩は、福祉現場で、どうにも出来ないケースを数多く見てきたんだろう。
苦しい思いも、やり切れない思いも、沢山してきたから、もがく私にアドバイスしてくれた。
・・・そんな私も、その意味を本当に理解したのは、戸籍に移動した最近だったけど。
「・・・でも、それじゃ、鈴が危険に晒される率が高くなるかもしれない。それは嫌だ。」
俯いたまま、ぽつり、と漏らしたこーくんは、ゆらりと顔を上げると、泣きそうな顔で私を見る。
「僕が『唯一』と表現した君を、消せば何とかなると思うかもしれないだろう?アイツはそういう奴なんだ。そうしたら・・・」
また口にする、過保護の様な発言に、思わず首を傾げたくなる。
不自然なまでの怯えと頑なさが気になる。やっぱり、前世記憶を取り戻す前にあった何かが、こーくんの根底に影を落としているのかもしれない。
根が深そうだなぁ。
「・・・ンなもん、全部返り討ちにすりゃいいべや。」
被せるように言い切った私に、こーくんは目を丸くする。
今更どしたの?
「私は、返り討ちにする力量はあるつもりだし、寧ろ、それによって、お嬢様が上手くいかない事を自覚して、話し合いに持ち込めたら良いんだけどね。」
「鈴・・・でも。」
「彼女から見れば、多分私はモブで。モブがこーくんとつるんでいて、全力で抵抗してくるんだよ?何か思う所ぐらいは生まれるんじゃね?」
「だからってっ!」
「だーかーら、私が囮になれば、色々やりやすいべさ?みんなで刺客を捕まえて、依頼主吐かせて、主犯を暴く。こーくんの憂いを取っ払うんだから、昨日のゴージャスお嬢だろうが、領主様んトコのお嬢様だろうが、やるこた変わんなくね?まぁ、お嬢様の方はお話し合いというオプションがつくかも、って事で。」
「く・・・あはははっ」
唖然とするこーくんと、熱り立つ私を見て師匠が笑う。
「そうだなぁ、やっぱりそれが手っ取り早そうだ。」
「ちょ、ファーマスさんっ!?」
笑う師匠に、こーくんが止めようとする。
すると、カン君がニヤリと笑い、言葉を続けた。
「リンさんが今お話し合いって言うと、肉体言語ってルビがつきそうですけど。」
「おぃカン、喧嘩売ったな?言い値で買うぞ?表でるか?」
「デートならいくらでも喜んで承ります。まぁ、コウさん。こないだ言った通り、リンさんには、常日頃アルを引っ付かせておいて、見張ってますから、大丈夫っスよ?」
ニヤニヤとしながら、また、トンデモ発言が出た。アルがヴェルと一緒に居たがるのはそれか。
「アルは可愛がるけど、盗撮はやめれな?」
「リンさん、俺そこまで節操なくない・・・」
「ま、ドライブレコーダー的なヤツと思っておこう。んじゃ、当面の目的は、『お嬢様にココは現実だと理解してもらう』。
行動指針は『こちらからは接触しない』『刺客は返り討ちにして証拠集め』『お嬢様のついでに、他の婚約者面してるのも片付ける』・・・こんなトコ?」
「表現が物騒な感じっスけど、結局行き着くのは、そーゆー事っスよね。」
「良いんじゃねぇか?辺境伯からも、冒険者活動を邪魔しねぇ、って言質取ってんだし。後は、チェスター子爵達にも了解貰っとけ。」
「みんな・・・」
くしゃり、と顔を歪めるこーくんは、何処か申し訳なさそうな、そんな表情でポツリと呟く。
「・・・ごめん、ありがとう。」
「どういたしまして。って、まだ何も片付いてねっけどね。」
「ん。」
両手を広げて笑顔でおどけてみせると、漸く少し笑ってくれて。
それを見て、少し安心した。
ちょうど話が終わり、カン君が【 完全遮音 】を切ったところで、執事さんが迎えにきた。
こーくんのご両親が帰宅されたとのことで、私達は夕食をご一緒することとなった。
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