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柵(しがらみ)と自由と
223.虫除けのお仕事 其の二
しおりを挟む「まぁまぁ、これ見ながら突入タイミング計りましょう?リンさんも気になってたでしょ?」
に、と、糸目が無くなりそうなほど細めて、私を見るカン君。
ドヤ顔気味でちょっとイラッとするけど、助かるのは事実。
思わずくすり、と笑いながらお礼を言う。
「うん、ありがとね。」
「いえ・・・あ、何か一段とゴージャスなのが出てきたっスねぇ。」
ふぃ、と目を背けた彼は、また映像に目を向ける。
見ると、周囲のお嬢様達よりも、一段と煌びやかな女性が現れた。
その方の登場に、周囲の女性達がざっと道を開ける。
「わぁ、演劇みたいっスねー。」
「お話の中だけだと思ってたよ。」
「お前らなぁ、貴族を何だと・・・」
「で、あのゴージャス令嬢が、ここの領主様んトコの娘さんですか?」
「・・・ん、あれはヒルデ嬢じゃねぇな。ありゃ、隣のモスク伯爵領のお嬢様か。」
私達の阿呆なやり取りにため息をつきつつ、映像を見ていたロイドさんが眉を顰めた。
ん?モスク領・・・何か聞いた事あるなぁ。
映像では、ゴージャスお嬢様が名乗りを上げている所だった。
『わたくしは、ルベリアナ=モスクと申します。コウラル=チェスター様、やっと御目通りが叶って嬉しく思いますわ。何度も何度もチェスター子爵様へお手紙をお持ちしましても、なしのつぶてでございましたから。これで、お話を進めさせていただけますわ。』
『・・・ルベリアナ嬢、お初にお目にかかります。私なんぞを気にかけていただき、ありがとうございます。』
『まぁ、そんな他人行儀な。リアナ、とお呼びくださいませ。』
『ルベリアナ嬢、私は一介の冒険者である身。国内を渡り歩いております故、予定も何も立たせる事が出来ないので、子爵家では、私宛の面会希望については、全てお断りさせて頂いていた筈ですが?』
『そんな事ありませんわ。だって、コウラル様とわたくしの婚約のお話ですもの。』
自信満々のその発言に、周囲が騒つく。
『婚約ですか?私に、そのような話は来るはずはありませんね。』
『だって、子爵家に戻られていないのでしょう?戻られましたら、すぐその話になる筈ですわ。』
・・・何だろうこの違和感。自分が優位と信じて疑わない感じ。
険しい顔をしたカン君が、ロイドさんを見た。
「嫌な魔力の流れ、っスね。ロイドさん・・・あの女、もしかして『駄犬』のタルマンの身内っスか?」
「あぁ、そうだ。モスク伯爵家は奴の実家で、あのご令嬢は妹だった筈・・・まさか、精神干渉してる感じか!?」
はっとしたロイドさんが、声を上げる。
カン君はこくり、と頷いた。
「コウさんですから、レジストしてますけど。・・・精神防御、付与しときゃ良かった。」
「何だと?モスク伯爵ンとこの精神干渉魔法持ちは、タルマンだけだと。」
カン君とロイドさんが眉を顰める。
ガタリ、と音を立てて、師匠が立ち上がる。
「・・・リン、出番だ。これ以上は、コウは兎も角、外野が不味い。」
「はい。」
私も立ち上がり、師匠の後に続いて個室の扉へ向かう。
取手に手をかけた師匠が、一度私の方を見る。
私が頷いたのを確認すると、ガチャリ、と扉を開けた。
扉を開け放したまま、師匠は廊下に出た。
いきなりの『英雄』ファーマスの登場に、令嬢たちは驚き黙り、遠巻きに見ていた男性陣がどよめく。
師匠は、そんなギャラリーを気にも止めず、こーくんに声を掛ける。
「・・・コウ、まだかかるのか?お嬢が心配している。」
その言葉を合図に、師匠の陰から半身を覗かせた。
私の姿を確認した令嬢達に、不穏な空気が流れる。
「ファーマスさん・・・リンっ?」
振り返ったこーくんは、私の姿を確認して目を丸くする。
「コウ?折角のデザートが乾いて美味しくなくなってしまうわ?」
心配するような表情を浮かべ、小首を傾げる。
・・・うん、自分でも鳥肌が立つ程にあざとい感じ。キモいわー
こーくんはモスク伯爵令嬢から身体を離し、私の方に向かって来た。
笑いたいだろうに、それを押し留め、つかつかと近寄るこーくんは、色気ダダ漏れで私の左頬に右手を添える。
「リン・・・先に食べていてくれて良いんだよ?」
「だって、折角貴方が整えてくれた場でしょう?みんなで頂きたいの。」
添えられた手に左手を重ね、擦り寄りながら、笑みを浮かべてみせる。
左腕のブレスレットが、レストランのライトを浴びて、キラリと輝く。
「それは・・・わざわざ待っていてくれたんだね。ありがとう。」
「我儘言ってごめんなさい・・・だってね?この間、貴方の為に採ってきた、ニースの森の氷楓の蜜を、あのシフォンケーキにかけたら、美味しそうなのよ?紅茶も香り高くて、とっても合いそうなの。さっぱりとした甘味がお好きでしょ?さ、紅茶が冷める前に、早く食べましょう?」
そう適当な事を言って、嬉しそうに見つめてみる。
・・・こんなもんだろか、作り笑い。
途端に男性陣が騒めく。
そう、今の私の台詞は適当だけど、情報が入っている。
1つは、私がニースの森に入る事を許可されている者であること。
もう1つは、ニースの森でしか見られない氷楓という木から採れるメープルシロップ風の蜜の情報。これは、冬季にしか採れず、採取方法も難しいとされるため、中々出回らない超高級品。それを自分の裁量で放出が可能である立場だと言うこと。・・・まぁ、鑑定さんのおかげで、普通に採取できてんだけどね?
それに気づいた男性陣が、色めき立つ。私の利用価値がうっすらと分かったよう。
まぁ、令嬢達は、こーくんが「さっぱりとした甘味が好き」としかインプットされなかったようだが。
え、適当だよ?むしろこーくんは、ご飯が進むおかず系が好き。
甘味を食べるなら、甘さ控え目の方が良いなー程度だもの。
各所の反応に、思わずくすり、と笑ってしまった。
するとこーくんは、蕩けるような笑みを浮かべ、流れるような仕草で、重ねていた私の左手を取る。
「こんなに愛らしい“子猫ちゃん”のお願いが我儘だなんて・・・そんなことはないよ?逆に気を遣わせてすまない。・・・そうだね。折角君が採ってくれた氷楓だからね・・・ご相伴に預かろうかな。いつも僕の為にありがとう。」
・・・子猫ちゃんって。
ねぇ、イタリア人でも憑依してる?
爆笑したいのを、奥歯を噛み締めて涙目で堪えていると、砂糖を吐き出せる程の甘ったるい雰囲気を醸し出しながら、ちゅ、と音を立てて指先に口付ける。
・・・わぁ、流石お貴族様。手慣れてんなぁ。
次の瞬間、ぎゃぁぁっ!と言う悲鳴のようなけたたましい声が湧き上がり。
私はご令嬢やご婦人達の妬む視線の矢に晒された。
はっはっはー
彼の側に居たいなら、自分自身で扱える力を誇示しなさいな。家でも親でもない。純然たる、自分の裁量でどうにかなる力だよ?
その力で、こーくんの為に何が出来るんだい?
さて、私を倒して行ける、根性のあるご令嬢は居るのかねぇ?俺の屍を越えてゆけってか?
ふと、例のゴージャス令嬢を見ると、嫉妬に顔を歪め、すんごい顔でこちらを見ていた。
あー。気持ち悪い魔力の流れがこっちに向かってんなぁ。
・・・つか、その顔表に出したらダメじゃね?
色々と放送コード引っかかっる感じで、千年の恋が覚めるってヤツだよ?
でも、ゴージャス令嬢の嫌な気配については、こーくんがちゃんと抵抗中。師匠がそれとなく威圧をかけているのもあり、勢いが弱まっている。
うん、こーくんの顔色も悪くない。
平気な顔して対峙しているけど、さっきまでは何処となく青ざめた顔で、緊張気味だったから。出てきて良かった。
私の指先から唇を離したこーくんは、また微笑みを浮かべる
そして、ゴージャス令嬢ことモスク伯爵令嬢やその他大勢のご令嬢がいる方へと向き直った。
「・・・私は、冒険者になった時点で、チェスター子爵家とは切り離された存在。家を繋ぐ政略結婚の駒にすらなりません。それに、そもそもチェスター家は、結婚相手は自分で選ぶという風変わりな風習を持つ家。ですから、私抜きで婚約などと言う話は起こり得ないのです。もし、チェスター子爵家名義で、ご令嬢方に私の名を騙った婚約話が舞い込むのであれば、それは全て偽物と断言できます。
・・・モスク伯爵令嬢、先程の婚約の件ですが、もしそのような話であれば詐欺ですので、直ぐに然るべきところへご相談なさる事をお勧め致します。
それに、今後婚約などという話は起こり得ませんよ。
・・・私は、“唯一”を見つけましたから。」
そう言って、こーくんは私の肩を寄せ、見せつけるように額に唇を寄せた。
再度沸き起こる地鳴りのような阿鼻叫喚。
それを気にすることもなく、こーくんは師匠を見る。
「ファーマスさん、ありがとうございます。また僕は、リンに要らぬ心配をかけさせるところでした。先に戻ってもらえますか?」
「あぁ、わかった。この借りは、そうだな・・・リンに何か酒に合うモノ作ってもらうで手を打つか。」
そう言って、師匠は私の腰に手を回し、ニヤリと大人の笑みを浮かべる。
「それなら、この間仕留めたイグバイパーで良いですか?蒲焼きと白焼きどっちが良いです?」
「あー、白焼きかな。こないだの白い葡萄酒に合ったんだよ。また作ってくれるか?」
こてん、と小首を傾げ、師匠を上目遣いで見つめると、師匠も目尻を下げた笑顔を見せ、悪ノリしてくる。
「んもぅ、飲み過ぎはダメですからね?」
「あぁ、分かってるよ。でもなぁ、お前が作る飯が美味いからなぁ。つい飲まさっちまってなぁ。」
「そんなこと言っても、ダメですよぅ。ファーマスさんは、止めないと、とんでもなく飲むんだから。」
「そう言うなって。」
くすくすと笑い合いながら、腰をホールドした師匠にエスコートされるまま、個室へと戻った。
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