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新たな関係
170.再会
しおりを挟む突如として現れた美丈夫は、ゆっくりと私達に近づいてくる。
私は、カチリ、と剣先を出し、いつでも構えられるように銃剣を両手で抱えた。
「・・・どちら様、ですか。」
この人が誰かは、分かっている。
でも、お互いに名乗った事はない。
ーーー これは、必要な手順。
敵意も害意も感じられないけど、切っ先を足元に向ける。
それ以上は、近づいて欲しくなかったから。
美丈夫は2メートル程離れた場所で立ち止まる。
その顔は、益々悲しげに歪んだ。
・・・そんな顔を向けられる理由が分からない。
すると、胸に右腕を当て、彼はす、と頭を下げる。
「・・・私は、モースバーグ国王都冒険者ギルド所属A級ライセンス冒険者『コウラル=チェスター』と申します。以後、お見知り置きを。」
「・・・ご丁寧にありがとうございます。ミッドランド支部所属のB級ライセンス冒険者、リンと申します。」
銃は抱えたまま、私は軽く頭を下げた。
沈黙が、間を支配する。
・・・用がないなら、サッサと居なくなって欲しい。
「・・・なぜ、こちらに?」
居た堪れず、思わず口を開いてしまった。
はっとした顔で、コウさんはこちらを向く。
「・・・先程、大きな魔力の動きを感じ、氷壁が全て消えたので、何があったかと調べに来た次第です。」
「そうでしたか・・・氷壁を消したのは私です。それで、よろしいですか?」
「わかりました・・・あの。」
何処までも他人行儀に成らざるを得ない私の態度に、彼は戸惑いを見せながらも、謝罪を口にした。
「昨日は申し訳ございません。・・・あの様な真似を」
「・・・いえ、犬にでも噛まれたと思っているので大丈夫です。」
「犬、ですか・・・」
食い気味に答えた私に、彼は少し困ったような顔をして、こちらを見ていた。
はた、と思い、私は口を開く。
「・・・すまないと思って頂けるなら、1つ頼まれて頂けますか?」
「頼み、ですか?」
「えぇ・・・カン君、私と同じくB級ライセンスの『黒持ち』である彼を、今の状態のまま、貴方の庇護の下に置いていただければ。」
「それは、どういうこと、ですか?」
コウさんは、眉間に皺を寄せ、訝しげにこちらを伺う。
「彼が、師匠・・・ファーマスさんと、貴方の庇護下にあれば、私が安心できる。それだけです。」
「・・・何故か伺っても?」
「彼は、私の転移に巻き込まれただけの被害者です。・・・彼を返すための方法を探す為に、私はこれから此処を離れますから。彼の安全が確保されているなら、その方が動きやすい。」
すると、私を訝しげに見ていた表情が、次第に悲しそうな表情へと変わっていった。
「・・・何で?」
「は?」
急に、彼の声色が変わる。
「何で、君は・・・すぐ、そう言うかな?自分の事は後回しにして。自分だって傷ついてるのに、どうしてそうやってムリすんのさ。」
どこか怒っているような、苦しさを押し殺すような、そんな声色で。
「君は人を手伝い、助けるだけ助けて。それでいて、自分の領域には踏み入れさせない。それは、助けられた方は、恩を売られただけで、君を助けられない事に苦しくなるんだって・・・教えたよね?」
その声色は、私を叱っているのに、何処か懐かしくて。
「『君と一緒に幸せになりたい物好きだって居るんだ。どうしてその手を振り払うのさ。』」
いつか聞いた、優しい言葉。
ーーー やめて。
聴きたくない。その言葉は。
「ーーー 私と一緒に居たら、死ぬかもしれないのっ!これ以上誰も失いたくないの!!勝手な事言わないでよっっ!!」
思わず頭を振って怒鳴っていた。
そして、切っ先を彼に向かって振り抜こうとする。
しかし、パシッ、と右手で銃身を掴まれた。
「ヴェル!」
発熱でも、電流でも何でも良い。
一撃、怯ませられれば。
しかし、猟銃は掴まれているのに、何も反応しない。
「なんでっ!」
銃身を掴まれたまま、ぐい、と引っ張られ銃剣の切っ先を逸らされる。
「・・・銃口を人に向けちゃダメだべさ。」
ふ、と、困ったような顔をして、彼は諭すように語りかけてくる。
「・・・ごめん。君を1人遺して逝った事で、君に辛い思いをさせたんだね。僕が死んだのは、君の所為じゃない。君の所為で命を削られた訳じゃない。ただ、寿命だっただけだよ。」
「嘘・・・だ・・・。だって、だって!」
「『持ってる』とか、関係ない。揶揄する言葉なんか聞かなくていい。そんな馬鹿げた言葉に振り回されないでよ。・・・僕は最期まで君の側にいられて、幸せだったんだ。」
ぐい、と銃身を引かれ、ぽす、と腕の中に捕らえられる。
そのまま、ぎゅ、と抱きしめられた。
知らないのに、知っている感覚。
「離してっ!」
腕の拘束から逃れようと、彼の胸を叩くが、ビクともしない。
「『鈴』・・・ごめんね?僕が最期に君に伝えたかったのは、感謝だったんだ。側にいてくれてありがとうって。泣いて謝ってなんて欲しくなかった。僕が死んだって、君は幸せになって良いんだって、そう、伝えたかった。」
ぼやける視界の中見上げると、綺麗な顔で微笑む彼が居る。
あやす様に頭を撫でられる。
姿形が全く違うのに、纏う雰囲気と仕草は私の良く知るそれで。
「こーくん・・・なの?」
「うん。『佐伯康平』です。」
「ほんとに?」
「うん。転生してたみたいだ。」
「ほんとに、こーくん?」
「うん。『佐伯康平』の記憶は、僕の中にしっかりとあるよ?・・・初めて君と行ったライブは、大御所の武道館だったとか。君のペースで日本酒呑んでたら、ワリと酷い目にあったとか。」
そう言って、目の前の人は、懐かしむ様にくすくすと笑う。
そっと右手を伸ばして、頬に触れてみる。その上から彼の左手が重なった。
少し骨ばってるけど暖かい。
「ほんと、に?」
「ホントだよ。今は、チートとまでは行かないけど。前世知識をそれなりに使って生きてるよ?」
「・・・A級トップなんて、ガチでチートだべさ。」
「何言ってんの。苦労の賜物だよ?色々けっぱったんだから。」
にぱ、と笑みを浮かべる。
顔の作りは全く違うのに、笑い方は同じで。
「ねぇ、鈴。」
「・・・なに?」
「約束してた、旅に出よ?」
「な・・・」
「元気になったら、旅行に行こうって言ってたしょ?まぁ、京都でも、金沢でも、沖縄でもない、異世界なんだけどさ。日本で見れない景色は沢山あるから。きっと楽しいよ?」
ね。と言って微笑む姿に思わず甘えたくなる。
私は彼の頬から手を離し、ふるふると、頭を振った。
「・・・ダメ、だよ。折角、転生したのに。」
「まーた、そやって、ごうじょっぱんだね。」
ぎゅ、と再度苦しいぐらいに抱きしめられた。
「大丈夫。今の僕はそう簡単に死なないよ?まぁ、《迷い人》の事もあるし、イリューンの問題もあるから、カン君も一緒で、2人きりとはいかないケドさ。・・・兎に角、君1人でなんて、行かせないかんね?逃げてもわかんだから。」
「・・・うぅ。」
胸に頬が当たるような姿勢で、腕の中に囲われる。かすかに聞こえる鼓動が、優しくて、暖かい。
有無を言わさない態度が懐かしくて、安心できて、私は縋り付くように、抱きしめ返していた。
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