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森へ帰ろう
87.守護
しおりを挟むズガァァン・・・・・
火薬による発射音が、辺りに響き渡る。
身体強化が効かない状態で踏ん張りが利かず、発砲の衝撃を逃がしきれない。
おかげで、照準がズレた。
心臓を狙ったハズの銃弾は、奴の肩口を掠め、その先の地面を抉った。
火薬の匂いが漂い、周囲の空気が固まる。
白鎧達も、奴も、目を見開き動きを止めた。
「・・・ちっ、外した。」
もう1発。
次は外さない。
呼応するように、また手の中に、スラッグ弾が1発現れる。
銃身を開放しようと手をかける。
上手く力が入らない。
見ると、小刻みに手が震えていた。
『あれ・・・』
だんだんと息が荒く浅くなる。
上手く息が吸えない。
呼吸って、どうするんだった。
過呼吸?
そんなの、
構ってられるか。
ーーー アイツを、殺らなきゃ。
何で、手が動かない?
息が、苦しい。
視線が、定まらない。
視界が白くなりかけた、その時。
この世界に来て、一番聞き馴染みのある声が、頭上から降ってきた。
「ーーー リンさんっ!!」
背中に大きな体躯を感じる。
後ろから伸びた手が、私の震える手を抑え、抱き止めた。
「殺しちゃダメだ!この銃は形見なんだろ!?そんな大事な物で、あんな奴の命を取る必要無い!」
「離してっ!アイツはっ!あんな奴は居ない方がいいんだ!!助けた所で、仇で返されるなんてっ騎士団なんか信用ならない!だったら私が殺るしかねーべや!」
「それでもっ!心を殺すほどに泣いてすることじゃ無い!」
「だって!そうじゃないと、今度はカンがぁっ!!」
振りほどこうとする私を抑えつけるように、腕の拘束がキツくなった。
「・・・俺の為に、リンさんが汚れを被る必要無いっス。俺だって貴女に守られるだけじゃいられない。」
優しい声の後、暖かい優しい気配が流れる。
「ありがとうリンさん。俺は大丈夫だから。
だから、おやすみーーー 【睡眠】」
懐かしいような、暖かい気配に包まれて、私はぷつりと意識を落とした。
******
カンは、くたり、と力の抜けたリンの身体を横抱きに抱え直す。
リンの持つ銃が、一瞬ふわりと発光する。
「ヴェル、まだそのまま銃でいてくれないか?」
これだけ、騎士団の人間がいる中で、猫形態になるのは得策ではないだろう。
カンの申出を理解するかのように光は消え、リンとカンの間にある右腕の中に収まった。
「落ち着いたか。」
「はい。」
カンの肩越しに、ファーマスが覗き込む。
カンの胸に擦り寄るように眠るリンは、眉間に皺を寄せたまま、苦悶の表情を浮かべる。
頬には涙の跡。
そして、だら、と垂れた左手首に嵌められた腕輪を確認すると、ファーマスは顔をしかめた。
イーベも顰めっ面をしながら、近づいてくる。
「ファーマス、カン。一体どういうこった?夜も明ける前から騒がしいと思ったら、何でリンがこんな事になってる?」
「あとで詳しく説明する。集落のみんなにも、な。今はそれよりも・・・」
ファーマスはケネックに向き直る。
「ケネック、魔力制御の腕輪は副隊長以上の取り扱いだと思うが、お前に解除は無理か?」
「失礼します・・・申し訳ありません。やはり、この腕輪は純正ではなく、シグルドの改造品です。私には解除が出来ない代物になっています。」
腕輪を確認したケネックは、申し訳なさそうに話す。
ファーマスの目が剣呑に光る。
それを見た白鎧の騎士たちは一瞬身構える。
「では、どうする。」
「・・・ただ今第3部隊隊長を通し、団長へ連絡を入れておりますが。シグルドはこの後、第4部隊寄宿ではなく、本部預かりとなる予定です。リン君の腕輪については、団長の前でシグルドに解かせるのが一番早い方法と考えられます。」
ケネックは変わらず、ファーマスと対峙する。
第4部隊が行った所業は、決して許される事ではない。どんな信念があったにせよ、犯罪案件と言っても過言ではない。
これまでの事例や判例に合わせ、騎士団内部での処遇が検討され、団長が判断する所となるだろう。
今回実行犯であるコルトとダグ及び示唆したであろうシグルドは、本部へ護送されるのは確定と判断。
その上で、騎士団として取るべき最良の行動を考える。
そうしなければ、目の前の英雄は納得しない。
「先程の様子を鑑みるに、厚かましいお願いとなってしまいますが・・・リン君には本部にご足労願いたいです。」
「・・・そうか。」
「ダメです!!」
ケネックが声の方を向くと、リンを抱きかかえたカンが、真剣な顔でケネックを見つめていた。
「カン君?」
「ケネック副隊長や、第3部隊の方が“違う”というのは分かります。でも、騎士団本部にリンさんを連れて行くのは得策ではない、と思います。」
「いや、しかし・・・」
「続けろ。」
ケネックの言葉を制し、ファーマスは先を促す。
カンは、腕の中のリンをぎゅ、と強く抱きしめ言葉を続けた。
「・・・リンさんは、先程『助けた所で仇で返された。』『騎士団なんて信用ならない』こう言いました。
ここに来る街道の状況から考えて、多分、その男が魔獣に襲われていた所をわざわざ助けに引き返し、ここまで連れてきて傷の手当てをしたにも関わらず、こんな仕打ちを受けた・・・そう思いますが。」
白鎧の騎士たちは、憎しみのこもった目で一斉にコルトを見やる。
「俺・・・私は、皆さんの訓練に混ぜて頂いたから、こんな事するのは一部の馬鹿だってのは分かります。
でも、リンさんは・・・魔獣暴走の時も、『ケルベロス』捕縛の際も、皆さんとの関わりはほとんどない。『騎士団』の人となりを知ることは無かった筈です。」
カンは一旦言葉を切り、深呼吸をして言葉を続けた。
「冒険者ギルドのギルマス部屋の一件で、私達は第4部隊を警戒対象としていました。
そして、実際に警戒している通りのことが起こった。悪意と欲望をストレートにぶつけられた。
・・・私達の故郷の国民性は、比較的穏やかで、事なかれ主義で、でも困ってる人がいたら、なんとなく手を差し伸べる。以前嫌な事をされたとしても、見捨て切ることができない。リンさんなんて、その最たるもんです。
だから、その男を助けてしまった。
それに・・・どんな理由であれ、人を殺すことは犯罪という、殺人は忌避される国だったんです。
その彼女がその男を「殺す」決意するほどに憤慨した。・・・つまり、それだけのことをその男がしたと考えて然るべきです。
でも・・・きっと身体が拒否した。だから辛うじて、弾が当たらなかった。」
カンは白鎧の騎士たちに取り抑えられ俯くコルトを見やり、白鎧の騎士達を見回し、再度ケネックの顔を見た。
「ここに来て、彼女が関わった『騎士』は、第4部隊の人達です。それが代表であるならば、騎士団自体が腐敗した、ねじ曲がった集団であると判断しても仕方がないのではないですか?」
「そんなっ・・・こんな馬鹿と一緒にしないでくれっ!」
白鎧の騎士達から、嘆く声が上がる。
カンは悲しそうに首を振ると、言葉を続けた。
「私達の居た国でも、騎士は騎士道精神にのっとり、気高く、誇り高く、慈愛に溢れて、人を、そして国を守る。
そんなイメージで描かれていました。
それが・・・こんな最悪な形で、穢されたんです。
・・・私だって、皆さんのことは信じてます。でも、彼女がこんな目に遭ったら、他の会ったことの無い騎士達を安全だと信じる事は出来ません。
ーーー 故に私は、彼女を騎士団本部へ連れて行くことに反対します。」
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