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森へ帰ろう
78.三十六計逃げるに如かず
しおりを挟む治療院から離れた所で、馬の歩みを早める。
ニースの森へ向かう、北の門まであと少し。
日暮れも近づいてきた。
日が落ちてしまうと、門は閉められてしまう。
早く行きたい。
焦っても自分ではどうしようもならない。
大人しく、イズマさんに体を預けるようにする。
「大丈夫だ。間に合う。」
顔を上げると、彼は目を細めてこちらを見ていた。
ぽんぽんと頭を撫でられる。
焦ってんのバレてた。恥ずかしい。
「そうだ、これを渡しておく。」
そう言って、イズマさんは、手のひらサイズの小さな香炉とピラミッド型の置物を手渡してきた。
「魔獣除けの香と、結界用魔道具だ。結界は魔力を込めれば3m立方で張ることが可能だ。この後、お前1人で森に向かう可能性もあるから。一応渡しておくな。」
「ありがとうございます。」
そか。
騎士団側が絡み、イズマさんが囮になってしまったら、私1人で森に向かうのか。
ミッドランドの街から、ニースの森までは馬車で4時間。単騎で駆けても3時間以上。
車だったら、3~4時間程度なら、一気に走り切っちゃうけど。
馬だしなぁ。野営も考えなきゃならんのか。
そんなことを考えていると、北門に到着。
今の時間は若い衛兵さんが3名。
私たちが魔獣暴走対策で近郊の森に出てた際に、よく顔を合わせた人たちだ。
「止まってくださーい。」
彼らは手を振り、私たちの進行を遮る。
「もう日暮れですよ?これから街の外に出るのは危険です。街で泊まって、明日出発されてはいかがですか?」
本当に私たちのことを心配してくれている声掛け。ありがたい。
イズマさんが馬を降り、彼らにドックタグを見せる。
「『グレイハウンド』所属、イズマとリンだ。ニースの森でのクエストのために、これから出発する。変装については、追及しないでいてくれると助かる。」
彼らは、イズマさんと私の顔をきょろきょろと見やる。
私も馬上からドックタグを見せて頷いた。
「お2人とも、ライセンス昇格されたのですね・・・わかりました。気を付けて行ってきてください。」
「任務中すまない。・・・あと、騎士団が絡んでくるかもしれない。もめ事になった時には、冒険者ギルドへ走ってもらえないか?うちのリーダーがいる。」
イズマさんのただならぬ雰囲気に、衛兵さんたちは何かを察し、頷いてくれた。
「では、行こうか。」
私を見上げ、頷くと、彼は馬に乗ろうとした。
その時、背後からプレッシャーを感じた。
「そこの2人、待て!」
***
ニースの森に向かうためには、通らなければならない北門。
そこを目指し、コルトとダグは走っていた。
コルトは先程までの治療院でのレザリックとのやり取りを思い出す。
変装した2人のことを聞き出そうとしても、のらりくらりとかわされ。
『黒持ち』の不利な情報を流し、脅そうと試みるも。
『騎士団が彼女をどう取り扱おうとしているのかは知らんが。
彼女は、この私、治療師レザリックの単独依頼受注者だ。
騎士団の対応により、彼女の依頼遂行に支障が出た場合・・・騎士団への物品納入が無くなると思え。』
逆に、脅し返されてしまう、という結末。
レザリックの回復薬は効能が高く、重宝されるもの。
それが卸されないのは痛手となるのはわかっている。
それでも。
――― 何なのだ、一体。
これまで第4部隊は数多くの武器を取り扱い、検証を重ねてきた。
時には敵国の武器を、
時には迷宮や遺跡から発掘された物を、
また時には自作の武器を・・・
それが騎士団の戦力増強に貢献してきたと自負している。
それなのに。
今回の件に関しては 。
『グレイハウンド』も、
冒険者ギルドも、
宿屋の店主たちも、
治療師レザリックも、
なぜ『黒持ち』の肩を持つ。
――― 何故だ。
隣を並走するダグほど激昂しているわけではないが。
コルトは次第に苛立ちを募らせていた。
「見えた!北門!」
ダグの声に、思考が戻される。
北門を見やるとそこにはちょうど、探していた2人の姿が。
今まさに、馬に乗ろうとしている所。
「そこの2人、待て!」
***
索敵が遅れた。
というか、凄い勢いで迫ってきたから、間に合わなかった、という方が正しいか。
・・・見つかったかぁ。
『そのまま降りるなよ。』
イズマさんが、相手に見えない位置で、口パクで伝えてくる。
そのまま彼は、声をかけてきた2人の騎士に向き直る。
「騎士様が何用でしょうか?我々は、これから向かう所がある身です。日が落ちきる前に、歩を進めておきたいのですが。」
インテリ眼鏡らしく、優雅な動作で問いかける。
ねぇ、イズマさん、誰それ。
「取り繕う必要はない。『グレイハウンド』のイズマ殿。」
2人の騎士のうち、真面目そうな顔の方が、剣呑な雰囲気を醸し出す。
「・・・じゃぁ、なんだ。騎士団は、ギルマスに言われた事を反故し、冒険者ギルドと対立するということで良いのだな?」
イズマさんは、先程の柔らかな雰囲気を一転させ、戦う気満々なオーラに変わる。
その空気の変化中に、衛兵さんの1人が、そっとその場を離れてくれた。
「うるせぇ!コチラをおちょくりやがって!いいから、ソイツの武器を寄越せってんだ!」
「騎士のクセに、何盗賊の様な事を言ってやがる。コイツの武器はコイツしか扱えない代物だ。そして、技術提供する気など、ない。そう伝え終わっているはずだが。」
「くっ!」
「ダグ、」
激昂している、チャラ系な騎士を抑え、真面目騎士がイズマさんと対峙する。
「そちらの言い分はどうでも良いのですよ。彼女は第4部隊に同行願うまで。」
そう言うと、真面目騎士は、すら、と腰の剣を抜き、イズマさんへ向ける。
「はっ、誘いが下手だ。無理矢理になど喜ぶ奴がいるか。・・・兄として到底許せんな。」
「黙れぇ!」
鼻で笑い返したイズマさんに、激昂した2人が襲いかかった。
「今だ!リンっ、行け!!」
その声を合図に。
馬に跨り直した私は、一気に北門を駆け抜けた。
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