58 / 393
第2ラウンド開始前
56.咎
しおりを挟む眉間に皺を寄せ、厳つい顔のまま固まる師匠。
「34?・・・そのナリ、しかも鑑定でも、19と。」
「この世界に来た時に、何故だか若返ってました。だから、ここでの肉体年齢は19です。でも中身は34なんです。」
「マジか・・・」
はぁ、と、彼は大きく息を吐いた。
「・・・成る程な。そりゃ達観してんのも納得だ。イズマ達よりも年上かよ。・・・つか、坊主は?」
「彼も、実の所は24歳。あちらでも働き始めて1年目でした。」
「そうか・・・」
「すみません。騙していて。」
思わず眼を伏せる。
怒るだろうか。それとも、呆れるだろうか。
覚悟は決めたけど、やっぱり・・・
「いや、それはいい。最初の段階で、その姿で34歳と言われても、信じられんかっただろうし。
お前達が、知らない世界で身を守るために決めた事、だろう?それを責める理由はねーよ。」
そう言って、ふ、と表情を緩めた。
・・・うわぁぁぁ。
安心感で、泣けてくる。
やべぇ、小娘扱いが心地よかったなんて、もう言えねぇ。
「それよりも、お前が既婚だった方の衝撃が凄えわ。・・・そりゃ、経験もありゃ、下の話も動じねーよな。」
「感心するのはソコですか。・・まぁ、その点は、働いてた場所も特殊でしたから。男性陣の下ネタの取り扱いは慣れてます。」
ツボに入ったのか、彼は急にくくっ、と笑い出した。
「・・・冒険者になったばかりとは思えない、決断力、判断力、駆け引きに先見か。全部、お前が経験から培ったものだったんだな。納得した。」
そうですかね?
駆け引きに先見・・・小狡い考え方になってる自覚はありますが。
師匠は、ひとしきり笑った後に、また真面目な顔に戻る。
「・・・で、話戻すが。お前の所為で、夫が死んだってのは何だ?」
私は一息吐くと、先を続けた。
「ーーー 私のいた世界で、治すことが難しい病があって。夫はそれに侵されました。・・・結婚して、1年で。」
師匠は眉を顰め、首を傾げる。
「その病自体は、治すのは難しくとも、食い止めたり、進行を遅らせたりすることもできる病でもあった筈なのに。・・・夫のそれは、見つかり難い部位にできて。見つかった時には、すでに周りの臓器にまで広がっていて。どうにもできない状態だった。」
思い出すだけで泣きそうになる。
告知を受けた時の、個室の空気。
日に日にベッドの上で弱っていく身体。
・・・それでも笑顔だったあの人。
『ありがとう』と言う彼に、『ごめんなさい』しか言えなかった、あの日。
「それは・・・そんなことまで、お前の所為なのか?」
「みんなっっ・・・みんなそう言うんです。最初は。『気にするな』『たまたまだ』って。でも・・・」
思わず、下唇を噛んでしまう。
動かしにくい腕を無理矢理に振り上げ、顔を覆う。
「夫の“がん”は、見つかって半年で悪化して。そして、逝ってしまいました・・・残された私に付きまとうのは、『持っている』所為で夫の死すら招いた妻、という称号。」
「それは・・・」
「だって、そうでしょう!今まで色々やらかして、行き着いたのが配偶者の死なんだよっ!付き合ってた5年間何でもなくてっ!結婚した途端なんだもんっっ!だから・・・」
ダメだ。涙が止まらない。
感情的にならないと思っていても、やっぱりまだ無理だ。
「・・・だから私は、誰とも繋がらない方が良いんです。繋がっちゃダメなんです。想った人を失いたくないんです。」
込み上げる涙を抑えるように、息を整える。
喉の奥が塩辛い。
静かな部屋に、私の嗚咽だけが響く。
「なぁ、リン。」
しばらく黙っていた師匠が、落ち着いた低音声で口を開いた。
「その話は、カンも知ってることか?」
「・・・たぶん。誰か彼かからは、聞いていると、思います。」
「俺には、カンが、それを知った上でも、お前と一緒に居ようとしているように見えるが・・・それじゃあ、ダメなのか?」
顔を腕で覆い隠したまま、私は首を振った。
「・・・だって。彼とは10歳差ですよ?それに、本来の彼の好みは、私みたいな人間では無いです。この世界で危険な目に遭ったから。ただの吊り橋効果なだけですよ。」
「そうか・・・お前はそう思っているんだな。」
「私の目的は、カン君だけでも無傷で元の世界に返すこと、ですから。・・・私が狂暴化した事なんて気に病んで欲しくないです。」
バーサクしようがどうでもいい。
私がどうなろうが。
巻き込んだ以上、ちゃんと帰す。
「そうか。」
それだけ呟くと、師匠は黙ってしまった。
腕の隙間から、ちらっと見えた師匠は、腕を組み、目を伏せて、何事かを考えているみたいだった。
10
お気に入りに追加
1,009
あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。



婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

幸子ばあさんの異世界ご飯
雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」
伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。
食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる