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しおりを挟む料理人さん達にも手伝ってもらって、シャケおにぎりと、枝豆おにぎり、唐揚げに、鳥の照焼き、アスパラやナスのような野菜に、エリンギのようなキノコの肉巻き。
鳥は、鶏を二回り大きくした《クックル》という魔獣がいて。その養鶏がうまく行った。鳥肉も卵も使えるようになった。
付け合わせは、ほうれん草様の野菜の胡麻和えに、彩りでブロッコリーとミニトマト・・・も、原種があったのが改良されて、元の世界のと遜色ない。
そして、最後に出し巻き卵。
クックルの卵は、こっちの世界の飼料の所為か色が濃くて。
巻いた玉子の黄色が鮮やか。
御重のような容器に詰めて、料理人さん達にも『美味しそう』と褒めてもらって。
出来上がりを見て、ふと気づく。
・・・琥太郎くんの練習や試合の時に、差し入れてあげたお弁当のメニューばかり。
忘れた、忘れようと思っても、不意に思い出が現れて、胸が苦しくなる。
帰れなくなって、当然のようにティグレさんの側に置いてもらっているけれど。
キス以上には進めていない。
ティグレさんも、無理に先に行こうとはしない。
前に、先に進まないのかと聞いたけど、『サクラの気持ちが大事だから』って言ってくれて。
・・・待たせていることも申し訳なくて。
ぐるぐるとする思いを振り切るように、頭を振って。
出来たお弁当を抱えて、調理場を後にした。
***
「ふわぁ・・・綺麗・・・」
お屋敷から馬に2人乗りで出かけて、小一時間。
連れてきてもらった丘陵には、シロツメクサのような花が咲き乱れていた。白だけじゃなくて、ピンクや黄色のような色もあって。色とりどりの圧巻な風景。
「サクラ、おいで。」
言葉を無くしていると、冒険者姿のティグレさんが、何時の間にか馬を繋いだ一本木の木陰に、敷物を敷き終えていて。
その上で、両手を広げて待っていた。
おずおずと側に寄ると、ぐい、と引き寄せられ、背後から抱き留められる格好になる。
「なぁ、サクラ。・・・サクラが居た世界の話、聞かせてくれないか?」
耳元でポツリとティグレさんが呟いた。
「無理に忘れようとしなくていい。思い出すことに引け目を感じなくていい。申し訳ないなんて思うな。それよりも、俺は、サクラ自身を形作った話が聞きたい。大切な思い出を聞かせてくれ。」
ーーー 何でだろう。
本当にこの人は、欲しい時に欲しい言葉をくれてしまう。
私が悩んでいたこともお見通しで。
「ーーー ありがとう。」
素直に感謝の言葉が出た。
涙目になりながら、ポツリポツリと思い出話をする。
家族の事、友達の事、楽しかった事、嬉しかった事、虐められて苦しかった事・・・琥太郎くんが助けてくれた事。
ずっと話し続けていても、ティグレさんは静かに話を聞いてくれた。
途中、2人のお腹が同時に鳴ったから。
笑いながらお弁当を広げた。
「ーーー この卵焼き、彼が好きだったんだ。」
ポツリと呟いたら、ティグレさんは一瞬だけムッとした顔をして。
大きな口に卵焼きを放り込んだ。
「ソイツは、こんな美味いモン独り占めしてたんだなァ。・・・なァ、サクラ。その、彼氏の名前はなんて言うんだ?」
ぽろっとティグレさんの口をついて出た言葉に、どきりとする。
じ、と、真剣な顔で、ティグレさんは私の顔を見つめていた。
答えなきゃ・・・諦めて、思い出にする為に。
「彼の名前・・・は、ね。“臼井 琥太郎”くん。」
「“ウスイ コタロウ”・・・っ、ぐァっ!?」
その名前を復唱した途端に、ティグレさんが急に頭を押さえて苦しみ出した。
「えっ?ティグレさん!?どうしたの??しっかりして!?」
二人きりで来たから、周りに誰もいなくて。
慌てて『回復』を唱えても、彼は頭を押さえて蹲って苦しんだままで。
その間が、数分なのか、数十分なのか分からないくらいだったけど。
『回復』をかけ続けていたら、苦しんでいたティグレさんの様子が少し落ち着いてきた。
荒げていた息が落ち着く頃に、彼はようやく目を開いて、私の方を見て・・・
「ーーー 桜?」
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