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閑話 欲深き人魚達

【双子】①追い掛けてはいけないもの

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わたし達は9歳になった時、初めて真珠を流した。

「きれいだねぇ、光ってるねぇ」
「うん、キラキラ、お星さまみたい」

二人でピカピカの真珠を手に、ママに自慢しにいったら取り上げられた。

「あんた達早いねぇ。もう初潮がきたのかい」

ママはわたし達が流した真珠をなでて大事そうに布にくるんで、これはママの宝物にするから、そう言って金貨を500枚ずつくれた。

「あんた達、それは将来の為に使うんだよ。お金の使い方も学ぶんだ」
「「はぁーい!」」


人魚が初めて流した真珠は、金貨500枚の価値があるらしい。

……それが始まりだった。




「キャー!  今日は屋台のお菓子を大人買い!  帰りにケーキも買っちゃおっかなー!」
「飴玉もクッキーもありったけー!  後ろに並んでた子、睨んでたねー!」
「お金が無いと物が買えないと思ってたけど、お金があっても先に買われると買えないんだねー!」
「ねー、勉強になったねー!  睨んできた子も、きっと勉強になったねー!」
「ねー!」


  ◇ ◇ ◇ ◇


「……お金が欲しい?  あんた達先月あげた金貨はどうしたのさ?」
「……それは、その」
「まさかあんた達……」
「ち、違うの!  全部貯めておこうと思って!」
「そ、そう!  使っちゃったら無くなるから!  だからお小遣いが欲しいの!」

……そう。
お金は使っちゃったら無くなるの。
全部使っちゃったから、もう無いの。

「小遣いか……まぁ、そろそろあげようとは思ってたところさ。エメラルドは元々働いてて稼ぎがあるし、アリエルは親から好きなだけ金もらってるだろ?  皆で遊ぶ時とか、オヤツ代くらい持ってないと友情に格差が出ると聞いたことがあるからね」
「ママー!」
「大好きー!」
「でもよそはよそ、うちはうち。あんた達も、働いて金を稼ぎな」
「「えぇー!?」」
「小遣いはやるよ。月に銀貨5枚。あとは歩合だね。今日は泥貝の収穫をするが、人手が足りていないんだ。あんた達、やってみるかい?」
「歩合……う、うん」
「お金……う、うん」

泥貝……大きな巻き貝で、きちんと処理すると美味しい高級珍味だけど、肥溜めの悪臭がするエリアにある貝だ。


「臭い……鼻が辛い……もうやだぁ~!」
「あーん!  泥が鼻に入った!  くさぁい!」
「あんた達!  夜までには終わらせるんだよ!」
「「えぇー!?」」
「当然だろう!  あんた達先月から買い食いしまくって最近肥えてきたからね!  きびきび動きな!」

お金使ってたの……バレてる。
ママが鬼みたいな顔になって目を光らせてる。

「あーん!  だってお金使うの快感だったんだもーん!」
「ねー、お小遣い握りしめてケーキ買いにきた兄妹を押し退けて全部ホール買いした時は爽快だったよねー!」
「ねー、人間ってあんなに泣いても真珠出ないんだね、勉強になったねー!」
「ねー!」
「やっぱりあんた達、夕方までには終わらせるんだよ!  じゃないと飯抜きだ!」
「「えぇー!?」」


  ◇ ◇ ◇ ◇


お金を使う楽しさに目覚めて二年。
わたし達は11歳になった。

「えー……今夜だめなの?」
「マリン達の奢りだよ?」
「ランチならいけるけど……夜はママと一緒にご飯作って食べるから」

せっかく都心のフルコース料理、予約したのに。エメラルドは手を振って去っていった。これだからママっ子は。大人に混じって豪遊を見せつける楽しさをまだ知らないのね。

二人で手をつないで歩いていると、アリエルを見つけた。

「あ!  アリエル!  ねぇ、今夜さー」
「ごめん!  今夜は彼氏にオイスターバー誘われてるから!  また今度!」

ちぇっ。
とりあえずまだ朝の7時だから家に戻る。

エメラルドはマザコンだしアリエルは男狂いだし、もうなんで皆なにかに執着しないと生きていけないんだろうね!

「やっぱ世の中お金だよねー!」
「金さえあれば、なんでも買える!」
「去年のマリンの年収は金貨200枚と、お小遣いで銀貨60枚!」
「去年のシリンの年収は金貨200枚と、お小遣いで銀貨65枚!」
「なんでシリンのがお小遣い5枚も多いのよ!」
「だってママに頼まれたおつかい行ったもん!  お釣りくれるって言ったもん!」
「そっか!  今年の目標年収は金貨300枚!」
「そう!  成人する前に!  税金がっぽり引かれる前に!」
「おう、非課税の内にがっぽり稼ぐぞー!」
「えいえい、おーっっ!」
「ぎゃっ!?」
「ぎゃん!?」

後ろからきたママにゲンコツくらった。

「あんた達五月蝿いよ!  宿題はしたのかい!」
「……今からしよーかと」
「……そう思ってたところー」
「ったく、今すぐやりな。明日はミラのとこに手伝いにいくんだろ?  さっさと宿題終わらせないと、今夜は都心にも行かせないよ!」
「「えぇー!?  やりますやります今やります!」」

二人でそそくさと自室に戻った。
ミラさん金払い良いから手伝いにいけなかったら困るぅ。それに今夜行くレストランだめになったら全額キャンセル料で取られるから困るぅ。

ママから毎月渡される算数ドリル。四則演算はできるようになったけど引き算は嫌い。

「引き算ってなんか性に合わないんだよね」
「ねー、足し算とかけ算は得意なんだけどねー」
「ねー」
「明日はエメラルドより稼ぐぞぉ」
「アリエルは今年から全然参加しないしね。稼ぎ枠が増えたねー」
「ねー、最高だねー」

さっさと宿題終わらせて、夜はとびきり美味しいフルコース。明日もがっぽり稼ぐぞぉ。



翌日。

「いやぁ~、豊穣の海だね。スプラッシュもすぐは最上質だし、珊瑚キノコは大群生で、海中の栄養が凄いんでしょうね~」

…………凄いのきた。
その凄いのは人間だった。まるで魔力の塊みたいな人間だった。今朝、フィックスさんが大事にしてる人族も参加するってミラさんから聞いてはいたけど、ここまで超人がくるとは聞いていない。

今日の引き揚げは、半日はかかる収穫量だったのに。小一時間で海から上がってきた。

(ねぇマリン。ママとリリーおねいさんだと、どっちが強いかなぁ?)
(わかんなーい。ママは怖いけど結局優しいし、でもリリーおねいさんは優しそうだけど本性は怖い気がする)

ママは養殖場を営む経営者。
商売気質で豪快な性格。腕っぷしも強い。
遠い祖先に繁殖力の強い八頭亀の血がまざっていて、ママはその先祖返りの為、通常の人魚より頑丈で体力も多く寿命も長く繁殖力が強い。世界でも初めて双子の人魚のわたし達を生んだ。

一方リリーおねいさんは、わたし達が半日かけてする作業を小一時間で終らせる体力があり、おまけにテリーさんやフィックスさんみたいにどこからともなくポンポンと収穫した海産物を出してきた。

(怖いよね。テリーさんみたいに、逆鱗に触れなきゃ大丈夫な性格かな?)
(わかんなーい。フィックスさんに襲いかかるくらいだから、強いんじゃない?)
(じゃあさっき言ってた神ってほんとかな?)
(わかんなーい。フィックスさんが口止めするくらいだから、邪神の部類じゃない?)
(じゃあ今日の売り上げどうなるの?  請求したらやばいかな?  神は呪うっていうし……)
(ちょっと怖いけど……リリーおねいさんに聞いてみる?)

そう思ったら超人は収穫した海産物を小屋の収納箱に入れて後はお好きに~って感じでお金には興味なさそうだった。売り上げや歩合の話もしてこない。おまけにウニ料理まで作ってくれた。昨夜の都心のレストランとはまた違った、初めて食べる美味しい料理。

後日エメラルドが「リリーおねいさんが皆で分けてって」そう言って先日リリーおねいさんが一人で収穫した海産物の売り上げ、その分け前をくれた。

「リリーおねいさんがケチな人じゃなくってよかったねー!」
「ねー!  案外怖くないのかもねー!」


  ◇ ◇ ◇ ◇


「あー美味しかった!  やっぱり朝モーニングは美味しいねー。明日はトリガーさんとこのスペシャル鳥弁当にしよーねぇ」
「ねー、あそこ美味しいもんねー。でもシリン、早く帰って午前中に黒スッポンの捕獲しないと」
「そうだ!  フィックスさんが海水温上げちゃったからねー!」

黒スッポンは安価だけど数が売れる。
とくに解禁日は莫大な売り上げを叩き出す。早く帰って捕獲しないと。

そう思って急いで帰宅すると黒スッポンの生け簀が空になっていた。海水も抜かれてる。

「帰ってくるのが遅かったね。リリーが午前中に終わらせちまったよ」
「……凄い。マリン達が二人でやってようやく午前中に終わるのに」
「また一人で……凄い」

リリーおねいさんいくら稼いだんだろう。ママに聞くと光スッポン鍋だけを持って帰ったそうだ。捕獲楽しかったですー♪とだけ言ってフィックスさんに連れていかれたそうだ。

「ありゃ報酬関連は現物支給にした方が喜びそうな性格タイプだね」
「「えぇー!?  ありえなーいっ」」
「あんた達も少しは見習いな!  午前中っていっても、小一時間で終わらせちまったんだよ!」
「「また小一時間!?」」


  ◇ ◇ ◇ ◇


「ママー、高電ウナギの稚魚の捕獲してきたよー」
「もう西の川には殆どいなかったよー」
「ねー、とり尽くしたよねー」
「ねー」
「おっ、この一週間ご苦労だったね。またゴム生け簀に移しておいてくれ」
「「はぁーい!」」

ママにいわれた通り仕事を終えると今回は報酬が多かった。

「二人で金貨207枚~♪」
「とりあえず100枚ずつ分けて~、あとの端数はシリンの~♪」
「なんでよ!」
「だって最後まで半分こしても1枚余るじゃない!  きりのいい百で満足しときなさいよ! 」
「キイイイッ!  このごうつくばり!  詐欺師!  端数はこっちにぜんぶ寄越しなさいよ!」
「キイイイッ!  ケチ!  銭ゲバ!  しんぢゃえ!」
「……金貨103枚と銀貨5枚ずつにしたら?」
「「え?」」

かけられた声に振り返ると呆れた顔のリリーおねいさんがいた。ママから有り得ない数のオタマナマズの卵缶詰を渡されている。

「え、五百缶って……こんなに貰っていいんですか!?」
「なんせ百キロも回収してくれたからね。笑いが止まらないよっ」
「えぇ、なんか悪いですよぅ」

また超人がやった。
オタマナマズの卵を百キロ回収って……笑いが止まらない金額だ。

「……わたし達でも最高15キロなのに」
「ん?」

振り返ったリリーおねいさんと目が合って、その目に欲が無いことを知って、思わずわたし達は得体の知れない者を初めて間近に感じて後ずさった。

(あんな鴨みたいな人間、ほんとにいるんだね)
(……ねー)

「気にしないどくれっ、それに数を流通させると値崩れするんだ。オタマナマズは年に一度のご馳走だからこの値段でも売れるんだよ」
「そっかぁ……では有り難く。うっぷぷ」
「ああ、ほんとよく頑張ったよ!」

(百キロ……金貨四万枚の売り上げ)
(五百缶……金貨九千枚の報酬)
(残り金貨三万枚以上)
(ほら見て、リリーおねいさんが帰った後も笑いすぎてママの目尻に涙が溜まってる)
(そりゃ笑いが止まらないよ)

これが始まりだった。
わたし達は、お金の匂いがするリリーおねいさんを追い掛けることにしたのだ。

それが間違いだとも気付かずに……。
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