悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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閑話 海王蛇の生態と習性

⑤緩やかに消失していくもの

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「──だから、二人とも番というのは、ありえないのよ。どちらか選んで、二人で仲睦まじく暮らす方がいいんじゃないかしらぁ?」
「で、ですが巫女様!  スピカとは幼少期に出会って、真の番だと本能で感じたのですが、マーミーと出会った時、体中に電流が走ったのです!  理性が、血が、マーミーを手に入れろと私に命じたのです!」
「それわぁ、下半身が優秀な肉体に惹かれただけで、恋ではないのよぉ?」
「……そ、そんな」
「それでもマーミーさんがいいなら、スピカさんは捨てる?」
「そんな事ありえません!  スピカを捨てるくらいなら死にます!  でもマーミーが他の雄に取られるのも嫌なんです!」

今日はテリーに頼まれてフィクサーナと吸血鬼一族の会談に同行した。ムンタリ大陸暗黒都市にいるコウモリだ。フィクサーナの予言を求めてわざわざ海の中にまでやってきて、どんな悩みかと思ったら下らない内容だった。早く帰ってリリーのご飯作りたいのに。

「なんで俺が……もう番がいるなら大丈夫でしょ」
「しかし一族の長になった若僧は、番がいるにも関わらず別の雌に手を出した異常者だ。美しいフィクサーナに目をつけないとは言い切れない」
「手を出せるとは思えないけど」
「フィクサーナに手を出そうとした瞬間、一族も暗黒都市も永遠に海の底へ沈めてしまいそうなんだ……もう耐えられない」
「……やめてよ。ムンタリ大陸の海域は今リリーの遊び場なんだから」

ふー、ふーっと浅く呼吸をして苛立つテリーを宥める。

フィクサーナはモンスターオクトパスの始祖だ。雌雄両性で、子は生まない。生命力が桁外れで、あの白い髪が一本でも海に落ちればそれが急激な速度でモンスターオクトパスに成長する。

今もコウモリの話を聞きながら指でくるくると髪を弄り、ぷつんと一本取れた。

「ぎゃあああああ!?」
「番同士はね、互いの弱点を見つけることができるの。だからもし番の前で暴れたり発狂したりしても、互いの弱点を知っているから大丈夫なのよ」
「ああああああ!」
「貴方は血液が不足すると狂暴になるでしょ?  身を引こうとしたマーミーさんを太陽の光で焼いて拷問したこともあるそうじゃない。だから貴方の弱点を知っている、真の番のスピカさんがいいんじゃないかしらぁ?」
「ぎゃあああああ!」

絹のようなさらさらとした白い髪の塊。そこから覗く、虹色の二つの目玉。それがコウモリの左羽をむしゃむしゃと食べ尽くした。

羽はコウモリの命の源だからね。右羽は残ってるから大丈夫。

「……っ、あ……あ……ぅ、ぁ、あ」

顔色の悪いコウモリの配下達が長を急いで引き摺っていく。会談は終わったみたいだね。

床で苦悶の表情でもがいていたテリーは新たに生まれたモンスターオクトパスの頭をよしよしと撫で「餌の豊富な海域に連れてってやろうな。強く生きるんだぞ」と抱っこした。優しく撫でられたモンスターオクトパスもなついてる。テリーの機嫌もなおった。フィクサーナも中断していた編み物を再開して仕上げにいそしんでる。俺もリリーのご飯を作ろうかな。


  ◇ ◇ ◇ ◇


養殖場から帰宅してきたリリーに、極僅かに、リリーのものではない、魔力の残滓がついていた。

またどこかで人間の雄に目をつけられたのかな。リリーは可愛いからね。じっと目を凝らして見ると、リリーの頬が赤くなった。

「ひゃ、絶景……」
「……リリぃ、今日は船乗るの?」

後ろから髪に鼻を埋める。
いい香り。俺の匂いもちゃんとついてる。
リリーの弱点は、髪に隠れて見えないつむじ。俺の声は耳に囁いても通用しないのは出会った時にわかった。けどこのつむじに囁くとリリーはふにゃふにゃになる。これを発情期に見つけて、興奮して、3日も腕の中に閉じ込めてしまった。

リリーが蕩けるような目で見上げてきた。
唇を塞ぎ、口内を舐めまわした。びくんびくんと可愛い反応を返してくる。

「フィックス、少し手伝ってくれないか?」

また?
リリーの喉奥を舐めあげて顔を上げようとした時、舌が嚥下された。ごくんと。その感覚に目を見開いて舌を引っ込めた。

「………………リ、リー」

体中の力が抜けたように舌先が痺れた。前のめりに倒れそうになると、リリーの姿が視界に入り、舌先に甘い痺れが染み渡っていく。

腕で顔を隠して座り込んだ。

ばくばくと、心臓が鳴り止まない。
暴れだしたい気持ちとは真逆に、口内の舌を僅かに動かしただけで体中の力が抜けてしまう。まるで見えない何かに優しく抑え込まれているみたいだ。

じっとしていよう。動かない方がいい。
ちらっとリリーを見ると、また舌先から全身に甘い痺れが降りてくる──これが俺の弱点か。

舌に、針先より小さな穴があるのがわかった。そこが弱い。リリーに舌を嚥下された時、的確にそこに当たったのだ。正確な弱点の位置が解った今の俺でさえ、その穴に触れることは出来ない。指で触っても、触れない。

「10kgの牛と10kgの馬です!」
「お嬢ちゃん、凄い光景だ」
「すみませんっ、後でそこらじゅう掃除しときます!」

……やっぱりリリーは俺の番だね。
これでもう俺が誤ってリリーを害してしまうことは無くなった。嬉しい。命を与えることができなかった先祖はよく番を殺してたからね。弱点を見つけてもらう前に、死なせていた。その後も未練がましく歴代の番を腹に溜め込んで、腐らないよう保存していた。

そろそろフィクサーナに会わせようか。
海でボーンデビルドラゴンと戯れていたのはきっとリリーだろう。リリーもボーンデビル島に寄っていたと言っていたし。


  ◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、凄い美少女」

リリーとフィクサーナを会わせた。
フィクサーナの顔が興奮していたので、以前海中で見掛けた人間の女の子とリリーは同一人物であると悟った。それにしても今日のリリーは更に可愛い。たまに人の目をひく格好をするけど、見せたくないね。

気付くと朝になっていた。

「フィックスさんは私の大事な袴をこんなにしたんですよ!  これ1着しか持ってないんですよ!」
「えぇ……ごめんでも、破った時リリーの締め付けが今までで一番増して、俺、止まれなくて」
「ぁあああッ!?  あーっ聞こえない!  あっれぇ聞っこえないなぁ!」

リリーは顔を真っ赤にして両手で耳を塞ぎ部屋から出ていってしまった。嫌われたらどうしよう。耐えられない。狂暴な感情が腹から飛び出してきそうになる。膝を抱えて、舌先に集中して精神を落ち着かせる。

しばらくして、部屋にリリーが戻ってきた。顔を見たら力が抜けた。

「テリーがわたくしの大事なドレスを台無しにしたの!  あれ1着しかない、天の星空の素材なのにぃ!」
「また取ってきてもらえば?」
「ぅう……ぅ、ぅぅ、うぅ~……」
「フィックスさん、すみませんが二人きりに……あ、私ご飯食べたいです!  朝ご飯!」
「いいよ」


  ◇ ◇ ◇ ◇


今日は海から上がってこないと思っていたテリーが厨房に入ってきた。頬に小さな手型がついていた。リリーから貰った服を台無しにされて怒ったフィクサーナに追い出されたのか。
俺も気をつけよう。

……リリーは今ごろ沈没船に夢中かな?
海の中を視ると、リリーが海中で鮫と会話していた。中身は古龍か。雌雄両性で、神龍の種族。同族から呪いにかけられて鮫にされている。既に死んでいるのでリリーに害をなす者ではないようだ。

仲良さそうだね。
会話も弾んでる。
情報交換なんかしちゃって。
俺に言えば何でも呼んであげるのに。
でもリリーは自分の目で見てまわって手に入れるのが好きだから。

「そろそろ丸のみにしようかな」
「焦る必要はないだろう。好敵手もいないしな」
「……早く表の世界に飽きたらいいのに」
「ならそこらじゅうの生き物でものみ込んでみたらどうだ」
「大丈夫。少しずつ減らしてるから。いきなり減ったらリリーが不振に思うでしょ」

それにリリーには毎夜、俺の体液を摂らせている。人魚の原液も気に入ったようで、眠る前にねだってくる。飲むとよく眠れると言っていた。

まだ純血種が複数いた時代、好敵手に番候補を奪われないよう、海王蛇がしていたマーキングだ。毎夜欠かさない。

リリーが『星トリュフ』と呼んでいる物も俺の涙だ。流した涙がある一定の速度で海に落ちると変質する。それを胃に入れて朝になっても溶けないようにしている。夜になるとちらちらと俺の手を見てまだかまだかとそわそわしているので可愛い。

「あれだけ保護してるんだから……もう少し門限をゆるめてあげてもいいかな」

鮫と会話していたリリーが5時ぴったりに会話を中断した。鮫に手を振ってさよならしている。

「可愛い。明日は俺もリリーと泳ごうかな。あの鮫はあの船に憑依してるから、船をサリラン大陸に飛ばせば大丈夫だね」
「あまり嫉妬するなよ。幽霊はフィクサーナを見ても素通りするから気に入ってるんだ」
「あ、転移した。戻って来──」

リリーの気配が、……無くなった。


  ◇ ◇ ◇ ◇


「──、──!──おいフィックス!」

テリーが馬乗りになって俺の口元を押さえつけている。それでも喉元まできている叫びが止められそうにない。

「ここで狂化はするな。その声を聞いたら街中の人間が発狂する。ゆっくりでいいから飲み込め。お嬢ちゃんの顔を思い浮かべろ」

今はリリーの気配がする。額から血の気が下降するように体の感覚が戻ってくる。
テリーがゆっくりと手を離した。

「さっきのはどういう意味だ?  お嬢ちゃんならまだ海にいるぞ。視てみろ……少し、様子がおかしいが、海上に向かって泳いでる」
「俺の……保護がついてるのに……リリーがのみ込まれた」

それは俺より強い雄が現れたということ。
どこに?  海の中にはいない。どれだけ探しても今この海の中にフィクサーナより強い生物はいない。

「まさか……純血種はもういない」
「無くなったんだ。気配が消えたんじゃなくて。テリーがフィクサーナをのみ込んだ時みたいに。気配が無くなった」
「…………」

海中にリリーがいた。
切羽詰まった顔で、もがくように泳いでる。あれは俺の雌だ。誰にも渡さない。
手元に呼ぼうとしたら出来なかった。力が制御できない。何もかもが不安定な状態だった。

「……一度海に入れ。酷い顔だ」

頬に触れるとひびが入っていた。掌も深くひび割れていた。狂化の後遺症、その一歩手前。

テリーが俺を海に飛ばした。

空の青と海の青、その中間の水平線を眺めながらリリーが遠ざかっていく気がして頭の中がぐちゃぐちゃになった。
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