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第42話「王女とのお忍びデート 前編」

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「クロード、あれはなんですか?」

「あれはオクトール焼きだな。俺の故郷にもあったけど結構美味しいよ」

 俺とリムルは今、王城から出て生誕祭で賑わう街の中を散策している。リムルはいつもの煌びやかなドレスではなく、薄い空色のワンピースにポニーテールという出で立ちで、あの服屋のベルちゃんに教わった変装メイクを施して堂々と街の中を歩いている。

「クロード! あれ食べてみませんか? あの平べったいもので包んだ食べ物!」

「あれは…クレープか。いいよ。買ってくるから待ってて」

「いえ、私に買いに行かせてください!こういうのも勉強なので!」

「わかった。じゃあ二人で買いに行こう」

「はい♪」

 クレープを買って、近場に設置されたテーブルセットで食べてみる。果物とハチミツとクリームがいい感じに甘くて美味しかった。黒屋で出すのもありかも知れない。カレーにクレープ…ないか。
 それを食べたら今度はイベント会場へと足を運ぶ。そこでは今、生誕祭限定の演劇が上演されているはずだ。

「これはなんていう演劇なんですか?」

「えっと、『勇者スバル救世の唄』っていう演劇みたいだな。異世界から召喚され、勇者の力に目覚めたスバルは魂で惹かれあった仲間たちを見つけ出し、憎き魔王ルシファリスを打ち倒してクリスティア王国をともに支えていくっていうストーリーらしい」

「勇者様の物語を劇にしたのですね。楽しみです!」

 舞台が始まると周りから雑音が消えた。
 劇は神からの神託を受け、スバルが異世界転移するところから始まる。

『おお神よ! 私に魔王を倒せというのですか!』
『その通りです。これはあなたにしかできないこと。ほかの誰でもない、あなたがやるのです』
『…わかりました! その役目はこのスバルが命をかけて果たして見せましょう!!』
『ならばあなたに力を与えます。勇者としてふさわしい力を!』

 王城に転移してきた勇者を出迎えたのは、クリスティア王国の姫アメリアだった。その姫こそ魂で惹かれあった勇者パーティの一人であり、後の勇者の妻となる人だったのだ。そして、その城で出会った戦士のリキュール、魔道士のアンシャンテ、聖女で勇者の第2夫人になりたがっているカシスが出会い、魔王打倒を誓い合い共に旅をしていく。

 そして勇者スバルに悲劇が襲いかかる。魔王ルシファリスの力に敗れてしまったのだ。

『やめろ魔王! アメリアを離せぇ!!』
『ふはははは! この娘は我が崇拝する邪神アンサルヴァディアの贄となるのだ! もはやお前の元へ帰ることはない!』
『いやあああ! 助けて! 助けてスバル!!』
『アメリアアァァァァ!!!』

 アメリアを攫われ、魔王に敗れ、失意に染まったスバルを残った仲間は激しく叱咤し勇者を立ち直らせることに成功する。そして怒りと勇気に満ちた勇者は怒涛の勢いで魔王城に迫る。

『魔王! アメリアを返してもらうぞ!!』
『ふははは! よくも懲りずにきたものだな勇者! 来れるものなら来てみるがいい、この魔王の元までな!!』

 そして舞台は佳境。魔王城に配備された四天王を打倒し、魔王をとうとう追い込んだ。

『覚悟しろ魔王! 貴様を倒し、世界と共にアメリアを救い出す!』
『ふっ、やってみるがいい! この魔王ルシファリスに対して!!』

 仲間と共に力を合わせ、辛くも魔王を後一歩まで追い詰める。だが魔王の間の奥…そこで見たものは、魔王が崇拝する邪神に取り込まれそうになっているアメリアの姿だった。

『貴様ァ! アメリアを離せ!!』
『無駄無駄、無駄だよ勇者スバル。アメリアはもう二度と貴様のもとへは帰らない。さぁ邪神アンサルヴァディアよ! 我が命をも喰らい、この世に現輪せよ!!』

 そして蘇る邪神アンサルヴァディア。その姿は取り込んだはずのアメリアそのままの姿だった。しかし力は邪神。あっという間にスバル達は窮地に追い込まれる。アメリアの姿をした邪神を攻撃できないスバルは最後の手段に出る。

『さぁ一緒に逝こう。最終魔法アポカリプスノヴァ!!』

 それは禁断の自爆魔法。己の全てと引換えに周囲にあるものを対消滅させる。全てを犠牲にして放った魔法は邪神すらも消滅させた。落ちていく勇者の意識。そしてそこに現れる神。

『よくぞ役目を果たしてくれました。魔王は堕ち、邪神アンサルヴァディアは倒され世界に平和が訪れました。世界を救った勇者に祝福を与えましょう。蘇るのです勇者スバルよ!』

 そして最終魔法の爆心地に蘇った勇者は、あたりを見て愕然とする。もうそこにはアメリアも仲間たちもいない。勇者は涙した。しかしそこに光が満ちて、目を開けるとそこにはともに戦った仲間たち。そして自分の腕の中にアメリア姫を抱いていることに気付き、再び勇者は涙した。
 そして勇者はアメリア姫と結婚し、クリスティア王国の王となる。

『これからは王として、お前の夫としてこの国を繁栄に導こう!』
『はい! 私もずっとあなたと共に…』

 2人はいつまでも仲睦まじく、クリスティア王国で平和に暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。



 演劇が終了すると、歓声とともにあたりを拍手が包み込んだ。リムルも一緒になって拍手をしている。俺もちょっと感動して涙が出そうになっていた。話はテンプレだけど演技が秀逸で見ていて引き込まれてしまった。侮っていてごめんなさい。

「はぁ…面白かったですねクロード。ちょっと涙が出ちゃいました」

「あぁ、最初はありきたりって思ったけど、凄く面白かったよ。演技も凄く上手くて引き込まれたしね」

「私演劇で感動したの初めてでした。すごかったです!」

 時刻は午後4時。演劇に2時間近く使ってしまった。とりあえずそろそろご飯にしようか。

「リムル、そろそろ夕食食べに行かないか?」

「いいですね、演劇見てお腹すきました。何処へ行くんですか?」

「ちょっと行きたいところあるんだ。こっちきて」

 路地裏の誰も見てなさそうな所へリムルを誘導する。どんどん人気のないところへいく俺をリムルが怪しんでいたが仕方ない。

「あの、こんなところへ来てどうするんですか?」

「リムル、ちょっとだけ目を閉じてくれる?」

「えっ、な、なんでですか!?」

「なんでも! 俺を信じて、5秒でいいから。お願い!」

「…わかりました。5秒ですね?」

 そう言って目を閉じるリムル。よし、転翔の羽発動。場所はファルネス領黒屋前!
 黒屋前に転移すると、店の中に明かりはついていたが中に客は誰もいない。店主権限で午後から俺の貸切にしてあるからだ。リムルの目がゆっくりと開き、周りの景色が変わってることに驚愕する。

「…えっ!? クロード、ここはどこですか!? さっきまで私たち路地裏に…」

「ここは俺の店だよリムル。さぁ中に入ろう」

「クロードの店? え?」

 リムルの手を引き中に入ると、ウェイトレスのミクにゃんがお出迎えしてくれる。ミクにゃん達には前もってリムル王女がお忍びで来ることを伝達してあるから大丈夫だろう。

「いーいいいらっしゃいまっせせにゃ! く、く黒屋へよ、よようこそにゃ!!!」

 全然大丈夫じゃなかった。

「えっと…」

「ミクにゃーん、落ち着いて落ち着いて」

「店長! ミクに王女様のお相手なんて荷が重すぎにゃあ!!」

「大丈夫だって。リムルは取って喰ったりしないから。ね、リムル?」

「あっはい。大丈夫。怖くないですよー」

「ほんとにゃ? いじめたりしないにゃ?」

「しないですよ。大丈夫です!」

「わ、わかったにゃ。すーはーすーはー」

 深呼吸して落ち着きを取り戻したのか、ミクにゃんはなんとか普通になった。

「改めて、いらっしゃいませ! 黒屋へようこそにゃ!」

「今日は貸切で食事できるようにしてあるから気楽に食べられるよ。俺が作ったレシピで驚愕のカレー世界にお連れしよう!」

「わざわざ貸切にしてくれたんですね…ふふっ、楽しみにしてますね」

 ミクにゃんの案内で個室に用意した一番いい席に座る。この席は俺が接客用に用意した、指定した人物しか座れないVIP席だ。

「王都にこんな素敵な店があったんですね。知らなかったです」

「ここ王都じゃないよ?」

「えっ!?」

「ここは俺の実家のあるファルネス領。俺の魔法で飛んできたんだ」

「魔法でって…そうなんですか!?」

「ああ、でもこのことは誰にも秘密な。周りにバレたら何言われるかわかったものじゃないから」

「それは…そうですよね。一瞬で王都からファルネス領の距離を移動する魔法なんて。うちの宮廷魔導士が知れば卒倒しちゃいそうですから。わかりました。クロードと私の秘密ですね」

「よろしくな。じゃないと俺捕まえられて解剖されかねないから」

「ふふっそこまでしないと思いますよ?監禁して実験に使うぐらいじゃないですか?」

「それはそれで怖いわ!」

 そんなことを話していると、ミクにゃんが料理を運んでくる。今日は対リムル用に考えたスペシャルカレー。俺の考えた最適な材料を手間暇かけて処理し、それをじっくりコトコト煮込んだ逸品だ。

「お待たせしましたにゃ! 店長特製のスペシャルカレーにゃ!」

「わぁ、いい匂いですね! 美味しそうです!」

「それじゃ食べようか。気合入れて作ったから味の評価もしてくれると嬉しいな。今後の参考にするから」

 俺の今持てるカレー力の全てを注ぎ込んだカレーだ。これでマズイって言われたら俺は1週間は立ち直れないだろう。

「それじゃ頂きますね。あむあむ…」

「…どうだ?」

「うん! すっごく美味しいです! こんなに美味しいカレーを食べたのは初めてかもしれません!」

 よっしゃ!!

「喜んでくれてよかったよ。頑張った甲斐があったってもんだ」

「このカレーってクロードが作ったんですよね。すごいです!」

「ありがとう、まだまだあるから好きなだけ食べていいからね」

「はい! いただきます!」

 俺とリムルはカレーを食べ続ける。そしてリムルがカレーに夢中になってる隙に、ミクにゃんに合図を送る。ミクにゃんはそれに気付き、奥に下がっていった。リムルのカレーの器が空になった頃に、ミクにゃんが再び現れた。

「失礼しますにゃ。こちらデザートになってますにゃ!」

「デザートまで用意してくれたんですか」

「ああ、黒屋印の特製濃厚ミルクプリンだ。美味しいから食べてみて」

「ぷりんですか? 初めて聞く食べ物ですね」

 リムルは器からスプーンでプリンを一口食べる。食べた瞬間目を大きく開けてプリンを食べ進めた。

「これっ! なんなんですか? すっごく美味しいですよ!」

「美味しいでしょ? ミクにゃん、もう一個リムルにあげて」

「かしこまりましたにゃ!」

 プリンを食べ終わると、リムルが恥ずかしそうに俯いていた。

「はぅ…恥ずかしい…あんなにパクパク食べちゃうなんてぇ」

「いや、それだけおいしく食べてくれたら、作った身としては凄く嬉しかったんだけどね。それに、ここには俺しかいないから問題ないと思うぞ?」

「…ミクにゃんさんもいます」

「み、ミクのことはただのカカシに思って欲しいにゃ! 気にしたら負けにゃ!」

「そ、それに一応ミクにゃんは俺の奴隷だから黙っておけって命令できるし」

「え、ミクにゃんさん奴隷なんですか? クロードの?」

 突然のことに驚きそしてジト目で俺のことを見てくる。いや、やましい事とかしてないから!

「そうにゃ。ミクは店長に命を救われたのにゃ」

「命を…ですか?」

 ミクにゃんの突然の自分語りにびっくりする。だがすぐに俺のフォローだと悟り、その言葉に耳を傾けた。

「ミクはここに来る前はミクの村で幸せに暮らしていたにゃ。でも、そこに奴隷狩りが現れたにゃ」

「奴隷狩り…獣人を奴隷にするために捕まえようとする人達ですよね」

「そうにゃ。その奴隷狩りにミクの家族は殺されたにゃ。そしてミクも奴隷として売られたにゃ。それからは過酷な毎日だったにゃ。ご飯は少なくて何もしてないのに叩かれる毎日にゃ。そのせいで怪我をして、怪我のせいで病気になって…ホントに死ぬ寸前のところで店長に拾われたにゃ」

「クロードは、どうしてミクにゃんさんを?」

「たまたま奴隷商に用があって行った時にズタボロになったミクにゃんを見つけてね。この子を見捨てたら俺はなんでかはわからないけど後悔するって思ったんだ。それでミクにゃんを買い取って、魔法で治療してご飯食べさせてここまで元気になりました」

「元気になったにゃ!」

 ちなみにその奴隷商には獣人の女の子をこんなにした罪で私刑リンチにしました。今頃は心を入れ替えて獣人愛に目覚めていることでしょう。

「そうだったのですね。すいませんクロード、あなたをちょっと変な目で見てしまいました」

「分かってくれたらいいよ。それじゃ次に行こうか」

「次? まだどこか行くんですか?」

「ああ。俺のとっておきの場所だよ。それじゃミクにゃん、オーリンさんにもよろしく言っておいてね」

「了解にゃ店長! ありがとうございましたにゃ!」

 店を出て、リムルの手を握って転翔の羽で再び転移した。

「…ここはどこですか?」

「言っただろ?俺のとっておきの場所だって。こっち来て」

 リムルの手を引き、その場所に移動する。そこは、クリスティアの王都を一望できる山の上を切り開いた展望台のような場所だった。この展望台を作ったのはもちろん俺だ。今日の日のために王国の見晴らしの良い場所を発見し、時間を見つけて地道に魔法で土木作業をしたのである。
 予め夜景を見るのにベストな位置に設置しておいたベンチに座る。

「わぁ…綺麗ですね…」

「今はお祭り中で、この時間でもそこら中に光が灯ってるから余計にね」

「こんな場所があったなんて初めて知りました…さすがクロードのとっておきの場所ですね。でも、よかったんですか? 私を連れてきて」

「むしろ逆だな。リムルだから連れてきたかったんだ。この景色をリムルと2人で共有したかったから」

「クロード…」

「リムルに渡したいものがあるんだ」

 そう言って懐の中からそれを取り出す。蓋を開け、中身を見せるとリムルの顔が赤くなった気がした。そこにはユリア先輩と共同開発した魔法の首飾りが入っていた。王女のドレスに合うようにミスリルにダイヤを散りばめたチェーンにハート型に加工した大きな赤い竜玉のペンダントをつけた特別仕様だ。

「この首飾りをリムルにもらって欲しいんだ。俺の代わりに持っていて欲しい」

「すごく綺麗ですね…」

「ああ、この首飾りにはその人がどこにいるかがわかる魔法が仕込まれてるから、仮にリムルが攫われたとしても見つけられるよ。それに危機が迫ったら自動で発動する魔法障壁の機能と、この首飾りを握り締めて俺に助けを呼べば、俺にそれが伝わる機能も付いてるから」

 王女だから危険な時とかすぐ見つけられるしな。会えない時でも多少安心できる。

「本当に…こんな素敵な物貰ってもいいのですか?」

「ああ、これを持つのはリムルじゃなきゃ意味がない。リムルじゃなきゃダメなんだ」

 他の人に持たせても意味ないし。陛下にも持たせた方いいのかもだけど男に贈るのは勘弁願いたい。

「わ、わかりました…着けてくれますか、クロード」

 そう言ってリムルが後ろを向いて髪を持ち上げ白いうなじが顕になる。俺は後ろからリムルに首飾りを付けてあげた。思わず後ろから抱きしめたくなったが我慢だ。

「ありがとうございます、クロード。私すごく…嬉しいです!」

「喜んでくれてよかった。それじゃ時間も時間だし、そろそろ帰ろうか」

「あ…もう帰っちゃうんですか? もうちょっとだけ…いいですよね?」

 リムルが俺の腕に抱きついて甘えたような声を上げる。一体どうしたリムル…王女的にその行動はありなのか? だけどこの雰囲気を壊したくはなくてリムルを受け入れる。

「…それじゃ、もうちょっとだけな?」

「ふふっ、はい!」

 二人寄り添いながらもう少しだけ夜景を見る。街の灯りが宝石の様に輝いていた。リムルはずっとご機嫌で夜景を見てたからあそこに連れて来て良かった。暫くの間夜景を見てから王城に転移する。いきなり謁見の間に飛ぶわけにもいかないから、王城の門の手前に転移した。帰ってきたことを陛下に報告したほうがいいのかな?

「!誰だそこにいるのは!」

「私です。お勤めご苦労様」

「り、リムル王女でしたか! おかえりなさいませ!」

「ええ。クロード、行きますよ」

 やっぱり行くのね。他にも人がいるので貴族モードで答える。

「畏まりました、王女様」

 王城の中に入り、そのまま謁見の間へと向かう。リムルは先程の兵士の前ではキリっとしてたのに、城に入ったらニコニコ顔に戻っていた。

「お父様、リムルです。入ります!」

 そう言って謁見の間の扉を開けると、額をピクピクさせ、笑顔だが明らかに機嫌が悪い陛下がそこに座っていた。



「随分遅かったなぁ…クロード」

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