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第36話「学園長の願い」
しおりを挟む学園長に呼ばれていると聞き、シェリル先生とともに学長室へと向かう。
俺、学園長に呼ばれるようなこと何もやってないよな? それ以前に入学式で見ただけで直接会ったこともない。そんな俺になんの用があるんだろうか。
階段を下りて1階の学園長室の前まで来る。シェリル先生はそのドアをノックした。
「学園長、クロード君をお連れしました」
「入りたまえ」
ドアを開けると、正面に入学式で見た強面が待っていた。
「こうして話すのは初めてだねクロード=グレイナード君。ワシが学園長のバルバトス=ガーランドである!」
今回は威圧感は感じない。入学式ではやられたからなぁ。警戒しておいて損はないだろう。
「はじめまして学園長。クロード=グレイナードです。以後お見知りおきを」
右腕を胸に当て礼をする。危ないじいさんとは言え礼は尽くさねばならない。一応学園長だし。
「それで、俺に何か用があると伺っているのですが」
「うむ。回りくどい話は好きじゃない。単刀直入に聞こう。君は呪いを解く術を持っているな?」
…シェリル先生を見る。目を合わせないところを見ると学園長に喋ったのはシェリル先生らしい。
「シェリル先生を怒らないでくれよ? 彼女は私のために教えてくれたのだ」
「怒るつもりはありませんよ。教室でクラスメイト達の前で使ったんですからどこに情報が漏れてもおかしくはありませんからね。それで確かに解呪の魔法は使えますが、それがなにか?」
「うむ…君に力を貸して欲しい! 頼む!!」
学園長は机に手をついてガンッと額を叩きつける。机にちょっとヒビが入った。
「!! いやいやいや、学園長がそんなことしちゃダメでしょう! 頭を上げてください!」
「う、うむ…すまぬな。事は一刻を争うのだ」
「…詳しく聞かせていただけますか?」
「うむ。私には今6歳になる孫娘がいてな。名前はルーテシア。こともあろうにこの子に呪いを掛けた者がいたのじゃ。その者はワシに恨みを抱いていた人間でな。その者はすぐに捕らえたのだが、呪いの解除は法術師でも出来なかった。その者が言うには徐々に衰弱していき、最後には死ぬ呪いなんだそうじゃ」
本格的な呪いか。そいつがただの人間なら余程学園長を恨んでいたのだろうな。
「孫娘はもうかなり衰弱していて余命幾許もない状態なのじゃ。頼むクロード君! 孫娘の呪いを解いて欲しい!! 孫を救ってくれ!! 頼む!!!」
再び机に頭をガンガン叩きつける学園長。それ以上やると机がヤバイ。
「俺に解呪出来るかわかりませんよ? シャルロッテの時はたまたま上手く行っただけかもしれませんし」
「今は藁にも縋りたい思いなんじゃ。もちろんこれは生徒としてではなく冒険者クロード=グレイナードへの依頼として報酬も出す! だからやってみるだけでもいいからお願いできないだろうか!」
「報酬はいいですよ。これから世話になる学園長なんですから。だから『貸し1』ってことで承りましょう」
「…いいだろう。もし君が孫娘を救ってくれたならワシはどんなことをしてでもその貸しを返すつもりだ」
「わかりました。それじゃそのルーテシアさんのところに行きましょうか」
「うむ。シェリル君、馬車の用意を頼む。すぐに家に向かう」
「既に正面に馬車を用意させてあります。お急ぎください」
「さすがだな。行こうクロード君」
シェリル先生、俺がこの依頼を受けることまで計算して用意していたのか。食えない先生だ。
学園長達と俺は馬車に乗り学園長邸を目指す。学園長邸は学園から少し離れた場所にあるらしく、到着するのに少し時間がかかるらしい。
「シェリル先生も一緒に行くんですね」
「ええ。私はバルバトス様の家のメイドも兼ねてますから」
メイド!? 先生なのに!?
「ですから、バルバトス様が常に気にかけていらっしゃるルーテシア様を治す手段が見つかったため、真っ先にクロード君のことを教えたのです。情報を漏らしてしまって申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。そういう事情なら仕方ありませんから」
「お心遣い痛み入ります」
「彼女はとても優秀なメイドでな。教師との二足の草鞋をきっちり履きこなして見せている。ワシには過ぎたメイドじゃよ」
「そ、そんなことありませんわ! 私はバルバトス様に仕えられて幸せに思っております。そのようなこと仰らないでください!」
「うむ。ありがとうシェリル君。ワシは幸せ者だな」
「バルバトス様…」
学園長とシェリル先生が手を取り合って見つめ合っている。な、なんだろうこのピンク空間は。この二人ってそういう関係でもあるのか? でも主人とメイドらしいしどうなんだろう。うーん…。
そんな話をしているうちに学園長の家へと到着した。馬車を降り中へと入る。そのまま2階にある一室へと通された。
「この部屋の中に孫が眠っている」
ドアをノックすると女性の声が聞こえてきた。
「キャロライン、中に入るぞ」
「はいどうぞ、お父様」
ドアを開け中に入ると、ベットに寝ている紫色の髪の女の子とその子を見守る女性がいた。
「あら、お父様。その子は?」
「こちらはクロード君と言ってな、学園の生徒でルーテシアを救ってくれる者じゃ!」
「救ってくれるって、何を言っているのですかお父様! この子は呪いにかかっているのですよ!?」
「ああ。だからこのクロードくんに呪いを解いてもらう」
「本気…なのですか?」
「ああ、ワシは本気じゃ」
2人はお互いに見つめ合う。長くなりそうだから間に入るか。
「すいません。正直やってみないとわからないので確かなことは言えないのですが、俺にできることを全力で頑張りますので、やらせてもらえませんか?」
「…わかりました。このままでは後数日でこの子の命は尽きてしまいます。どうか、ルーテシアを治してあげてください!」
ルーテシアの母は勢いよく頭を下げる。
「わかりました。あ、学園長、念のためマナポーションを大量に用意してくれませんか? 手持ちのものだけじゃ足りなくなる恐れがありますので」
「いいだろう。他に何かいるものはあるかね?」
「いえ、あとは何も。彼女のために祈っていてあげてください」
「わかった! すぐに用意させよう!!」
高級品っぽいマナポーションを用意してもらい、学園で減った分を回復してからベッドで寝るルーテシアの横に立つ。様子を見るともう限界まで衰弱している感じだった。なので解呪を始める前に回復魔法で体力の回復を図ってみる。
『水神の癒し!』
ルーテシアの体が光り、その光が体内へ吸収されていく。、すると多少血色は良くなった気がした。
「それじゃ始めますので、見ていてくださいね」
「ああ、頼む。孫を救ってくれ!」
「お願いします…お願いします!」
「【状態異常解除】発動!」
淡く優しい光がルーテシアの体を包む。それと同時に強烈な倦怠感が俺の体を襲った。やっぱり強力な呪いだとこっちにも反動が来るようだ。シャルロッテの時も同じような状態になったからな。しかしシャルロッテの時よりも軽い呪いらしく、そこまで激しく魔力を消費せずに魔法を使うことができた。マナポーションを飲みながらしばらく魔法をかけていると、ルーテシアの光る体の中からシャルロッテと同じ様な黒いモヤが出ていく。しかし、それは霧散することはせずに部屋の上空に集まっていた。
「ルーテシアの体から…なにか黒いものが!」
やがて、ルーテシアの体からすべての黒いモヤが排出され、寝息が普通に戻った。その寝顔は処置する前とは違い、穏やかで安らかにすやすや寝息を立てていた。
だが空中に集まった黒いモヤは形を変え、人型になり始めていた。
「なんだこれ…シャルロッテの時と違うぞ! 【重雷障壁】!」
俺とルーテシアの前に障壁を張り様子を見る。学園長もシェリル先生とお母さんを守っている。
『ケキャアアアアアア!!』
形を変え暴風を巻き起こしながら現れたのは、全身黒い体に翼と大きな爪が生えた、まさしく悪魔のような形相の者だった。
『フゥ、ヤット出ラレタカ。感謝スルゼ坊主』
「意思があるのかこいつ…感謝ってどういうことだ!」
『フハハハ、俺ハソコノガキヲ殺シタラ消滅スル宿命ダッタンダガナ。オ前ガ出シテクレタオ陰デアノ馬鹿野郎トノ契約ガ解除サレ、俺ハ自由ニナッタンダヨ!』
要はこいつがルーテシアの呪いの元凶ってことか。そんなヤツを野放しにいちゃまずいだろう。色んな方面から苦情が来そうだ。
『アー…腹減ッタナ。トリアエズ飯デモ食ウカ。オイオ前達、俺ノ糧ニナッテモラウゾ?』
そう言ってその悪魔が指を向けてきたのは…俺達かよ!?
『餓鬼ノ肉ガ一番柔クテ美味インダ。食ワセロ!!』
悪魔が襲いかかってくる。だがルーテシアがいる以上、むやみにここを動くわけには行かない。こんなところで攻撃しても学園長の家壊しちゃうし。
「【魔法融合】発動! 『四精障壁』!!」
さっき張った重雷障壁と合わせて手持ちの属性4重の属性シールドだ。悪魔に効くのか不安だったが、なんとか侵入を阻んでいるようだ。
『グオッ、ナンダコリャ! 近ヅケネェ!』
「…のぉ悪魔よ。誰か忘れてりゃせんかね?」
『アン? グボァ!! グッ、テ、テメェ何シヤガル!!』
先生達を避難させた学園長が悪魔の背後から一発かましたようだ。頑張れ学園長!
「ワシの超可愛いルーテシアをようも今まで苦しめてくれたなぁ。その行い、万死に値する!!!」
学園長の気力と魔力が高まっていき、それが融合して一つの力に変化していく。あれは父さんも使っていた技だ。
「ケッ、老イボレガナンダッテンダヨォ! オ前カラ先ニ始末シテヤル!!」
「我が奥義の前に滅びよ悪魔!!! 必殺『凰牙螺旋発勁掌』!!」
ドパァァァン!!
『ギャアアアアアアアアアア!!』
学園長の技をまともに喰らった悪魔は、あっという間に塵も残さないほど細かく弾け飛んでしまった。どうやら内部から破壊する技だったようで、周囲に被害は出ていない。
「ふははは! 成敗じゃ!!」
悪魔が消えたあとルーテシアさんの容態を見てみるが、特に問題なく寝ているのでもう大丈夫だろう。一応追加で回復魔法をかけておく。
「ふぅ…終わりましたよ」
「本当か! ルーテシアの呪いは解けたのか!?」
「ええ。もう大丈夫のはずです。彼女の顔を見ればわかると思いますよ」
学園長達3人はルーテシアの顔を覗き込む。
「おぉ…なんと穏やかな寝顔じゃ。いつも苦しそうにしていたのに…」
「本当に…本当に治ったのですね…よかった…よかったぁ…」
「お嬢様…本当に良うございました…」
3人は彼女の寝顔を見ながら涙を流して喜んだ。すると、そんな彼女の目がゆっくりと開かれる。周りで騒がしくしすぎたかな?
「おかぁさん…おはよぉ」
「ルーちゃん! 体はどう? 苦しくない?」
「うん。なんかすっごく体が軽いの。こんなに気持ちがいいの初めてかも」
「あ、あぁ…よかったね…良かったねぇ!!」
母親がルーテシアを強く抱きしめた。
「学園長、ルーテシアさんはまだ呪いから解けたばかりで衰弱状態なのは変わっていません。だから無理はさせないでくださいね。食事をちゃんと摂って、無理をしなければすぐに治ると思いますので」
「ああ、わかった! ありがとうクロード君! 本当にありがとう!!」
「いえ、俺は俺にできることをしたに過ぎませんから。元凶の悪魔を倒したの学園長ですしね。それよりも今は彼女に構ってあげてください。寂しそうにしてますよ?」
「おじーちゃん…」
「おおお、ここにいるぞルーテシアよ!」
「おじーちゃん、わたし元気になったよ。また一緒に遊んでくれる?」
「ああ!! いつでもおじいちゃんが遊んでやるからのぅ!」
なにはともあれ女の子の命を救うことができた。そのことは素直に喜ぼう。学園長に貸しを作ることも出来たしな。
「ルーちゃん、そこにいるお兄ちゃんがあなたを助けてくれたのよ」
「お兄ちゃん?」
「クロード君、孫に話しかけてやってくれんか」
催促されてルーテシアのベッドに近寄る。彼女の顔は痩せこけていたが、その可愛さは損なわれていない。クリクリとした大きい目が俺を見てくる。
「はじめまして、クロードって言います。よろしくね」
「お兄ちゃんが、わたしを治してくれたの?」
「うん、そうだよ。俺の魔法もそうだけど、君のお母さんやおじいちゃん、シェリル先生がいっぱいルーテシアちゃんが良くなりますようにってお祈りをして、そのおかげで治ったんだ。だからみんなにありがとうってしないとね」
「そうなんだぁ! みんなありがとう!」
その笑顔は何にも増して光り輝いてるような気がした。純粋って素晴らしい。
「バルバトス様、そろそろルーテシア様もお休みになりませんとお体に障るかと」
「む、そうだの。ルーテシア、おじいちゃんお土産持ってまた来るから、その時は一緒に遊ぼうな」
「おじいちゃん、もういっちゃうの?」
「ルーちゃん、ルーちゃんもそろそろ休まないとダメだよ。もう疲れちゃってるっでしょ?」
「うー、うん…わかった…」
悲しそうに頷く。おじいちゃんと別れたくないんだね。
「それじゃ俺も失礼しますね」
「クロード君、娘の命を救ってくれて…本当にありがとう!!」
母親は深々と頭を下げる。それに続いてルーテシアも頭を下げていた。
「お兄ちゃん、ちょっとこっち来て?」
「ん? どうしたの?」
ルーテシアに呼ばれて近づいてみると、優しくほっぺにキスされた。
「助けてくれたお礼だよ。ほんとにありがとねお兄ちゃん!」
なんかもうこれだけで頑張った甲斐があったと思ってしまう笑顔だった。
学園長の家を後にして馬車で学園へと戻る。その間、学園長とシェリル先生にひたすら感謝され続けてしまった。
「ワシはこの命に代えても、クロード君に借りを返すと約束しよう!」
「私も、授業の不正以外で恩をお返し致します!」
そんな大げさにしなくてもいいんだけどね。
学園まで送ってもらい、学園長たちと別れ家に帰ろうとすると、あたりはもうすっかり夜だった。俺もさっさと帰ってサクラのご飯食べたなきゃな。
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