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ドジっ娘死神のせいで、甲子園を目前に、九回裏、二死満塁から異世界転生

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 カキン、という金属音と共に、白球が夏の空に吸い込まれて行った。
 バッターボックスに取り残された俺は「入れ!」と心の中で念じた。
 俺たちを、甲子園へ連れて行ってくれ!

 だが、九回裏、二死満塁という映画の様な劇的な舞台で。
 逆転満塁ホームランは起こらなかった。

 打球は、敵のライトのグローブに納まり。
 絶望で目の前が真っ暗になり、胸に激痛が走った。

 甲子園に賭けた、俺の十七歳の夏は終わった。
 それとついでに、実は俺の人生も終わったのだ。


 
 コンセプトに失敗した地下アイドル。
 それが彼女を見た時の、第一印象だった。

「アダチ・ナオトさん。残念ですが、あなたは球場でお亡くなりになりました」

 ヒラヒラが過剰な、ゴスロリ服を着た少女は、それが似合う位には可愛かった。

 ただ、顔と服装に似合わない、大きな鎌……。
 よくアニメとかで、デスサイズって呼ばれる奴を、左肩に担ぎ。
 少女は偉そうに語り続ける。

「外野フライを打った瞬間、《死者の書》に記された、あなたの寿命が尽きたので。死神である私、ミア・デアボリカが、このデスサイズで魂を刈り取りました」

 あ、デスサイズって言うんだ、やっぱり。
 しかしミアちゃんとは。死神にしては、えらく可愛い名前だね。デアボリカはソレっぽいけど。

「おや、十七歳ですか。高二で高校野球のレギュラーとは。決勝で負けたのは惜しかったですね。あなたはそのショックで、心臓麻痺を起こした事にしました。無念でしょうが、諦めて下さい」

 俺は右手を上げて、ミアに尋ねた。

「はい質問。これ異世界転生?」

 ミアは可愛い顔を歪め、面倒くさそうに答えた。

「は?ただ死んだだけですよ。三途の川の渡し賃は持ってきましたか?」
「えらく和風だな。もう一つ質問」
「何ですか。これで最後にして下さいよ」
「俺、アダチ・ナオトじゃないんだけど」

 鳩が豆鉄砲を食らった様な顔というのは、ああいうのを言うのだろう。

「え?」
「俺の名前はアラキ・ナオヤ」

 ミアは、急にソワソワしだした。

「ああ、はい。日本語は難しいですね。足立直人と書いて、アラキ・ナオヤと読む」
「読まない。荒木直也と書く」

 ミアは、宙に浮かぶ、《今月の死者の書》と書かれた分厚い帳簿をめくりながら、「アラキ・ナオヤ。ない、ない」と焦っている。
 
 嫌な予感がした。

「あのさぁ、お前もしかして……」
「ちょっと待って!私に一分、時間を下さい」

 マナー講師の様な事を言うと。
 ミアはスカートのポケットからスマホを取り出して、どこかへ、かけ出した。

「お疲れ様ですぅ。お迎え第三事業部のミアです。え~、やだー!そんな、巨乳じゃない方のミアちゃんですよぅ」

 何の話をしてるんだ。

「それでぇ、この前、魂を刈り取ったアラキ・ナオヤの肉体って、まだ残ってたりします?そう、野球場の。え?もう告別式が終わって、火葬して、骨になってる」

 自分が焼かれて骨になってる。
 こんな会話を聞く機会は、そうそうあるまい。

「いぇ特に問題ありません。はい。今度飲みに行きましょうね。ありがとうございました~」

 ミアは通話を切り「ちっ、電話する度に、セクハラしてくんじゃねぇよ」と呟きながら、スカートで液晶画面を拭くと、スマホをポケットにしまい。
 クルッ、と一回転して、それらしくデスサイズを構えると。
 急に、声に威厳を込めて言った。

「勇者ナオヤよ!汝は異世界転生すべく召喚され……みぎゃっ!」

 女の子相手ではあったが、俺は思わずドロップキックで突っ込んだ。

「おめぇ、俺を間違って死なせたから、異世界転生で誤魔化そうとしただろ!」

 デスサイズの陰に隠れるようにして、ミアが「チッ」と舌打ちした。

「お前じゃ話になんねぇ。責任者を出せ!」
「ちょっと待って、旦那、話し合いましょう」
「どうすんだ俺の命!春のセンバツまでに生き返らせろよ!責任者出せ!」
「責任者はマズい、いやホント、マズいっす」

 そんなこんなでミアと押し合いへし合いしているうちに。
 ドーン、と物凄い衝撃に襲われたかと思うと。
 俺は意識を失い。
 次に覚醒した時は、ミアと深い森の中にいた。

 ここは……異世界という奴ですか?

 ミアのポケットのスマホが鳴り、それに出た彼女は。
 しばらく話して通話を切ると、泣きそうな声で言った。

「あの~。ナオヤさんを生き返らせる為に、焼いちゃったお骨を元に戻すのには、時間を巻き戻すしかないので……」

 凄い話を聞いているな、俺。

「それをやると、時空の歪みで、並行世界にも影響が出るので……。影響を最小限に抑える為に、この並行世界の魔王を倒して欲しいそうです」
「ちょっといい加減な設定じゃね?そんな事を言ってるの誰よ」
「私の上司……全知全能の神様」
「いや神様だったら、俺を生き返らせるくらい、簡単に出来なくね?」
「今、お盆前の決算期だから、神様は忙しいんですよぅ!それに私のチョンボだから、私が始末しろって」

 魔王討伐を命ぜられたのはミアで、俺はオマケって所か。

「だったらサックリ、魔王を退治して、春のセンバツまでには生き返らしてくれよ。お前、死神なんだから、何か魔法とか使えるの」
「モンスターの召喚は出来ますよ。アンデッドとか、スケルトンとか……うーんと、ネクロ系?」

 いやな系だなぁオイ。
 それじゃ見た目、完全に悪役じゃねぇか。

 とりあえず、俺たちは異世界で、魔王討伐の旅に出た。

 まずは、その辺の野良モンスターを狩って。
 街のギルドに持ち込んで、賞金に換える。
 そしてギルドで新しい仕事を受注して、またモンスター狩りをする。

「くらえ、必殺の、甲子園目前斬り!」
 
 バットを剣に持ち替えて、俺も戦士として、少しづつスキルアップしていった。
 これで、おっちょこちょいな美少女魔法使いや、頼りになる美少女剣士が仲間になれば、異世界転生的に最高だったけど。
 ミアの召喚するネクロ系のモンスターを怖がって、誰も仲間になってくれなかった。

「私たちは、無敵の『死の旅団』よ!」

 開き直ったミアは、そんな事を言ったが。
 それ完全に、悪役のネーミングだろ。

 『死の旅団(俺も呼び慣れた)』は、街から街へと旅をして。
 モンスターを狩り、ランクを上げ、ギルドで賞金を得て装備を揃え。
 ついに魔王がいる、禁断の城へとやって来た。

 ようし。任務達成して生き返り、春のセンバツ出場に向けて猛特訓だぜ!
 野球への情熱に燃える俺が、城門を守るワイバーンとケルベロスを倒し、階段を駆け上がって、だだっ広い〝魔王の間〟へと入ると。

「遂に来ましたね。勇者たちよ」

 鈴を転がす様な、澄んだ声がした。

〝魔王の間〟に、デン、と置かれた、髑髏の形の禍々しい巨大な玉座に。
 雪の様に白い肌をした、抱きしめると折れてしまいそうな、儚げな少女が座っていた。

 これが世界を滅ぼす魔王?
 魔王ちゃんは、ミアが召喚した、骸骨や腐肉まみれの死体の軍団を見て、小首をかしげた。

「あら?随分、勇者のイメージと違うのね……」
「アッハイ、よく言われます」
「まぁ……。そんな事は、どうでもいいわ。」

 ファサ、と、その白い体が透けそうなくらい、薄いドレスの衣擦れを響かせて。
 魔王ちゃんは玉座から立ち上がると、俺に向かって言った。

「私はもう疲れました。どうぞ、お好きに討ちなさい」
「へ?」

 唖然とする俺の前で。
 魔王ちゃんは、瞳に憂いを湛え、問わず語りを始めた。

「物心ついた時から……。いいぇ、この世の中に生まれた時から。私は世界を滅ぼす存在として、何人もの勇者に命を狙われ続けました」

 その度に、彼女を警護する魔界のモンスター。
 そして彼女自身が、返り討ちにしてきたが。
 戦いばかりの日々に、彼女は虚しさを覚え。
 次に勇者が来たら、殺してもらおうと決めたという。

「私には、何も無かった。この荒野から……この城からすら、出た事が無い」

 遠い目をして呟いていた魔王ちゃんは、俺を見てニッコリと微笑んだ。

「空っぽの人生など、終わらせてもかまいません」

 寂し気な微笑みが、俺の心に突き刺さった。

 終わらせてもいい人生。
 そんな事、言うなよ。
 必死で生き返ろうとしている俺が、バカみたいじゃないか。

 俺は自分が生きて来た、十七年間を思い出した。 

 春の芽の息吹。
 夏の日差しと命の躍動感。
 秋の満月と自然の実り。
 冬の身が引き締まる厳しさ。

 常に白球を追いかけていた、あの世界は。
 明るく、温かい光に満ちていた。

 魔王ちゃんは、それを知らぬまま。
 こんな寂寥とした城で。
 たった一人で過ごした人生を、終えようとしている。
 
 そんな彼女を討つのは、勇者のする事か?

 掠れた声で、俺は言った。

「なぁ……。止めないか?世界を滅ぼすの」

 何を言いだすの、という表情のミアを横目に、俺は魔王ちゃんに言った。

「そうすれば、俺もアンタを倒さず済む」
「勇者さんは優しいのですね……でも」

 フッ、と寂し気に微笑むと、魔王ちゃんは答えた。

「ダメなのです。これは魔王に生まれた者の宿命。風が枝を折り、流れが砂を削る様に。私は存在するだけで、この世界を滅ぼしてしまうのです」

 俺はグッ、拳を握りしめた。
 やはり戦う宿命なのか?

「私は自分の意志とは関係なく、世界を滅ぼしてしまうのです」

 魔王ちゃんは、悲痛に声を絞り出した。

「そう、今から五十六億年後に」
「そんな先かい!」

 ミアにツッコミ慣れたつもりではあったが、俺は魔王ちゃんにも、思わずツッコんでいた。

「え~と、あんた何歳なの?」
「今年で七百歳ですが……」
「それで五十六億年後に世界を滅ぼす、と」

 ガリガリと頭を掻いた後、俺はヤケクソ気味に言った。

「あと五十五億年くらい、気にせず遊んでても、よくね?」

 俺は、魔王ちゃんに右手を差し出した。

「連れてってやるよ。こんな退屈な城を出て、面白い事が沢山ある世界に」
「な、何を言ってるんですか、ナオヤ!」

 ミアが慌てて割り込む。

「この世界を滅ぼす魔王ですよ!それが例え、どんなに先でも!」
「お前、五十六億年後に、まだいるの?俺は間違いなく、いないからいいけど」

 ミアは「それはそうですね……」などと納得しかけたが、慌てて言い返してきた。

「魔王を倒さないと、ナオヤは生き返れませんよ!それに私だって死神に戻れません!」
「お前、死神と『死の旅団』、どっちが楽しかった?」

 そう言われて、ミアは「あ」と固まった。
 こいつ本当にバカだな。ま、そこが可愛くもあるんだけど。
 俺だって、冒険の日々は、まんざらじゃなかったしね。

 まぁ、生き返ってセンバツに出られないのは惜しいけど……。
 なんとか神様を誤魔化して、時間を巻き戻してもらう方法を考えよう。

「でも、神様になんと報告すれば」
「お前、いつも適当にスマホで『善処を尽くしてマース』とか言ってるじゃん。それを続けろよ」

 魔王ちゃんの手を取り、俺は言った。

「とりあえず、どこかの街の食堂で、魔王ちゃんの歓迎会だ!」
「私……存在しても、いいのですか?」

 涙を流しながら、魔王ちゃんは言った。

「ずっと嫌われて、ずっと憎まれてきたから……。こういう時、どういう顔をすればいいのか、わかりません」
「おっと、危険な会話はそこまでだ。さ、辛気臭い城なんか出て、どっかで美味いモノ食おうぜ!」

 この時、俺はまだ気づいていなかった。

 ネクロ系モンスターを召喚出来るミアと、世界を滅ぼす魔王ちゃん。
 我が『死の旅団』は、世界最強レベルのパーティーになってしまった事を。
 この後、俺たちは、何度も世界の危機を救う事になるが、それはまた別の話だ。
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