底辺声優の私が、遠い未来で神声優になっている件

大橋東紀

文字の大きさ
上 下
1 / 1

底辺声優の私が、遠い未来で神声優になっている件

しおりを挟む
「写真お願いしまーす」

 その声に応え、沙織はチラシを胸に抱えると、笑顔を作った。
 笑う時は歯を見せること。
 ファーストフードのバイトで叩き込まれた事が、今でも役に立っている。
 まるでバズーカの様な、太いレンズを向けた青年が、バシャバシャとシャッターを切る。

「こちらもお願いしまーす」

 沙織の今日の衣装は、メイド服をアレンジした戦闘服。
 一人終わると、別の声がかかる。

 同じ格好をしたCGキャラクターが、背後の巨大モニターで動き回っている。
 スカートは短く、当然、下にはサポーターを履いているが、撮影者を引きつけるには充分な衣装だ。
 撮影を希望する客が一段落すると。沙織は再び、行き交う人々にチラシを配り始めた。

 ここは臨海地域にある巨大コンベンションセンター。
 休日の今日は、五つある展示場すべてを使い、ゲームの新作発表イベントが開催されていた。
 天井近くにキャラクターの巨大風船がいくつも浮かび、コスプレ・コンパニオンや着ぐるみが場内を闊歩している。
 チラシを配っている沙織に、スーツ姿の青年が歩み寄った。彼女が所属する事務所のマネージャーだ。

「沙織ちゃん、お疲れさま。お昼の休憩入って」
「川本さん!ありがとうございます」
「一般日だから人が多いね。ちゃんと水分取ってる?」
「はい、大丈夫です」

 手にしたチラシを近くのラックに置き、休憩を取るべくバックヤードへ向かおうとした沙織に向かい、川本は気マズそうに言った。

「それでね。沙織ちゃん、ちょっと話があるんだけど……」



 そして、先日のオーディションの落選を告げられた。
 一般客は入れない、展示場奥の関係者控え室で。沙織はテーブルに突っ伏した。
 事務所に入って九ヶ月。そろそろ実績を出したかったのに、

 沙織は弱小声優事務所に所属している。
 テレビアニメや洋画の吹替を得意とする大手の声優事務所と違い、もともとは美少女ゲームの音楽制作からスタートした事務所だった。
 ゲームに出る声優のマネジメントだけでなく、コスプレ衣装の販売、メイド喫茶の経営まで、幅広く手がけていた。

 また沙織の様に、役が付かない新人の受け皿として、平日はメイド喫茶のウェイトレス、休日はイベントコンパニオンを派遣する業務も行っている。

 あきらめようか……。

 十九歳なら、大学でも専門学校でも。まだ間に合う年だし。
 ギュっ、と両こぶしを握り締め、沙織は顔を上げた。
 今日を最後に辞めよう!
 やっぱり声優なんて、簡単になれる仕事じゃなかったんだ!
 決めたら、逆にスッキリした。涙が流れた頬を両手で軽くはたき、沙織は自分に言い聞かせた。

「最後のお仕事、あと三時間、頑張ろ!」



 その後も何回か休憩を鋏み。沙織はチラシを配り続けた。

「間もなくサイン会が始まりまーす!整理券をお持ちの方はお並び下さーい」

 チラシ配りから写真撮影の対応、ブースで行われるイベントの呼び込みまで。コスプレ・コンパニオンは何でもやらされる。
 今日のイベントは、これが最後……。
 気が緩みかけた沙織の前に。
 いつの間に来たのか、若い女が立っていた。

 最初は、自分と同じコスプレイヤーかと思った。
 腰まで伸ばしたロングヘアー。
 体に密着したスーツは、ロボットアニメのパイロットを思わせた。
 その右手には、これまたSFアニメで出て来る様な、大きな銃を持っている。
 端正な顔立ちに、気の強さを感じさせる釣り上がった目。
 そのブルーの瞳に見据えられ、沙織は吸い込まれる様な気がした。

「お前がサオリ・ヘキミズ。やっと見つけた」
「えっ」

 今まで無表情だった顔を歪めて笑うと、女は、右手に持った銃を構えた。
 私、撃たれるの?
 その時。
 耳元で風を切る様な音がしたかと思うと。
 後ろから前へ、衝撃波が走り抜け、沙織の髪がフワッ、と舞い上がった。

「!」

 飛びのいた女の背後にあったガラスケースが、粉々に砕け散った。
 避けるのが一瞬遅かったら、彼女自身が吹っ飛んでいただろう。
 床に散らばるガラスの破片を踏んで。
 沙織の前に、もう一つの人影が現れた。

「ディアさん!サオリさんは殺させませんヨ!」

 大きなバイザーで両目を隠し、体に密着したスーツを身に付けたその人物は、右手に持った銃をディアと呼んだ敵に向けた。
 それを見て、ディアが驚く。

「反重力銃?この時代にレジスタンスの野郎がいるだと?」
「野郎じゃないデス!」

 二人の戦士は、床を蹴って走り出すと、反重力銃の打ち合いを始めた。
 銃から放たれた重力波が、展示ブースの巨大モニターを直撃する。
 CGキャラクターが踊っていたモニターは、火花を散らして倒れ、周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。

「犯人は武器を、何か武器を持っています」

 展示物である痛車の陰に隠れた警備員が、トランシーバーに向けて怒鳴っているのが聞こえた。

「このままじゃ、マズいデスね!」

 後から現れた人物は、銃をホルスターにしまい、沙織を抱き寄せると。
 紫のリップを引いた唇を開き、沙織に囁いた。

「跳びマス!捕まって下サイ!」

 風変りなイントネーションに、沙織が驚いた瞬間。
 二人は軽やかに、空中へと跳び上がっていた。

 ホールの天井近くまでジャンプした二人は、そこに浮かんでいたゲームキャラクターの巨大アドバルーンの上に落下する。

「きゃああああ!」
「喋らないで下サイ!舌を噛みま……はがっ!」

 巨大なカエルをかたどったバルーンの上に着地した二人は、ボヨン、ボヨンとバウンドした。
 不安定な足場で四つん這いになり、必死でバランスを取る。

「はうっ!舌を噛んでしまったのデス!」
「あ、あなた、一体何なの?」
「私、ケイトリン!ケイトでいいデスよ」
「名前を聞いてるんじゃなくてぇ!」
「いいから、外へ逃げマス!」

 そのまま壁沿いのキャットウォークに飛び乗ると。
 再び跳躍し、窓ガラスを割って。
 沙織を連れたケイトリンは、展示ホールの外へ跳び出した。
 展示場の脇を走る、臨海鉄道の屋根に着地する。

「やっと一息つけたのデス」
「つけてない!全然つけてない!」

 走る鉄道の車体の上で。沙織はケイトリンに説明を要求した。

「あの、ケイトリンさん?」
「ケイトでいいデスよ!さおりサン!」
「じゃぁ、ケイトちゃん。あなた私の事、知っているの?」
「はい!私たちの時代では、さおりサンは有名人デス!」

 ケイトリンの語った事は、俄かには信じられなかった。

 遠い未来。
 人類は全ての文化活動を制限させられた。
 本、歌、演劇、映画。
 全ての創作活動に検閲が入り、体制側に都合の良い内容しか認められ無かった。

 当然、各地でレジスタンス運動が起こったが。
 体制側の圧倒的な武力に、レジスタンスが敗れそうになった時。
 誰かがネット上に流した、一曲の歌が、戦局を変えた。

 有名なシンガーでも、専業のアーティストでもない。
 アニメのヴォイス・アクターが歌った、キャラクター・ソング。

 その歌で描かれる、ポップで自由な生活に、人々は魅了された。

 歌は消されても消されても、ネット上で拡散され。
 自分で歌ったり、合わせて踊ったり、歌に合わせた動画を作るなどの「文化」が復活した。

 それと同時に。
 レジスタンス側も、民衆の応援を受ける形て、息を吹き返し。
 体制側は押されまくり、敗北寸前だった。

「歴史を変えた一曲の歌。それを歌ったのが、サオリ・ヘキミズ」
「わっ、私?」
「体制側は、サオリさんのいる過去に、暗殺者を送り込みまシタ。声優になる前のサオリさんを殺せば、歌は存在せず、逆転は起こりまセン」
「ちょっと待って。なんだか、ややこしい」
「暗殺者は、様々な時代に送られまシタ。それを察知した我々レジスタンスも、サオリさんをガードする戦士を、様々な時代に送ったのデス。そしてビンゴ!私ケイトリンが、当たりを引き当てたのデス。おっと、来ましたヨ!」

 その言葉に、後ろを見た沙織はギョッとした。
 空飛ぶ円盤。最初はそう思った。
 直径2メートルほどの円盤の上に、ディアが直立している。

「反重力で飛ぶ兵器。この時代の人たちに見られる事を気にしないなんて、大胆不敵なのデス!」

 そう言うとケイトリンは屋根に立て膝をつき、ホルスターから銃を抜いた。
 ディアは重心移動で円盤を操り、ケイトリンの放つ重力弾を、いとも簡単に避ける。
 みるみるうちに列車との距離を縮めてきた。
 追いつかれる!と思った瞬間。
 列車は駅に到着しようとしていた。

「くそっ!」

 ディアは駅舎への激突を避ける為に、円盤を列車から離した。

「今デス!」

 列車がホームに滑り込む直前。
 ケイトリンの放った重力弾が、駅を避ける事に気を取られていたディアに命中した。

 乗っていたディアは吹っ飛ばされ、高架のそばに建っている屋内型テーマパークにガラスを破って突っ込んだ。
 操縦者を失った円盤は、回転しながらテーマパークと隣接するビルとの隙間を飛んで行った。
 観光客で賑わう人造ビーチを越え、屋形船が浮かぶ横に、水しぶきを上げて落ちる。

「このまま逃げまショウ!」
「ここからだと地下鉄に乗り換えた方が……」

 液のホームに止まった車両の屋根から飛び降り、沙織とケイトリンは、駅の外へと駆け出した。



「いただいていきます。ありがとうございます」

 音響会社の受付に声をかけて、沙織は自分の分のアフレコ台本と、練習用の白箱ⅮⅤⅮを受け取った。
 三日後の収録に向けて、練習に励まないと。
 いつ、どんな形だかわからないが、私はアニメに出演して、キャラクターソングを歌う。
 そして遠い未来、それが世界を救う。
 まさにアニメみたいな話だが。
 一度、折れた心を蘇らせるには十分だった。

 私が声優になれる未来が、あったんだ。
 地道に練習して、オーディションを受け続けるうちに、ポツポツと役が付く様になった。
 今回のお仕事も、小さな役だけど頑張るぞ!

 帰宅した沙織が、ワンルームのドアを開けると。

「サオリさん!お帰りなサイ!」

 沙織のお古のジャージを来たケイトリンが飛びついてきた。
 ケイトリンは「過去に送り込まれたっきりで、元の世界に還れない」一方通行のタイムトラベラーであり、沙織の家に居候していた。
 そして、もう一人。

「おう、バイト先から余りもん貰って来たぞ」

 ディアがお惣菜の入ったビニールを手に言った。

「いつもありがとう。ディアちゃん」

 あの後、数回、沙織の命を狙って襲って来たディアだが。
 彼女も同じく、帰る手段の無い、一方通行のタイムトラベラーであり。
 何回も何回もケイトリンと戦ううちに、帰れるわけでもないのに、命を賭けて戦うのが馬鹿らしくなり。
 なし崩し的に、沙織の家に同居していた。

「メンチカツなのデス!今日のご飯は豪華デス!」
「いいからお前も、バイトして生活費を沙織に入れろよ」
「はうぅ、未来人は雇ってもらえないのデス!」
「おめぇは履歴書を偽造しても偽造しても、ドジだからすぐクビになるんだろうが!」
「まぁまぁ、ご飯食べてから考えましょ」

 沙織は思った。
 ここも手狭になってきたから、そろそろ引っ越さなきゃね。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

幻の鳥

空川億里
SF
バード・ウォッチングが趣味の主人公は、幻の鳥を追い求めるのだが……。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

天つ乙女と毛獣

あわ☆さくら
SF
巷のニュースで話題の"地方応援(再生)"と"絆"をテーマとした天つ乙女と毛獣という小説です。 西暦2010年の千葉県館山を舞台に百合子という少女が天女となり、ヨモツと名乗る獣とその首謀者らに立ち向かいつつ、仲間などの絆に気付くことを通して成長してゆく地域応援型和風SFファンタジーストーリーであります。 pixivでも公開しております。 ■全体のあらすじ 千葉県館山、海と森などの自然に恵まれた街に広瀬百合子という女の子が住んでいた。 彼女は14歳で、君津にある私立中学校に通う""ごくふつうの中学生""だった。 しかし、ある時、学校から帰ろうと館山銀座商店街を歩いていた時、ゴリラのような獣の襲われ、迷子となっていた少女とともに拉致されそうになる。 百合子は、絶望の淵にさらされる中、突然発生した炎に包まれて茜色の衣を纏う天女タキリとなる。 それとともに、色違いで真紅色の衣を纏い、従妹と名乗る天女のトヨタマと協力し、獣やそれらを操る首謀者を館山の街から退ける。 このことをきっかけとし、彼女は天女として獣と闘いながら仲間との絆の大切さに気づいてゆく和風SFファンタジー小説です。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ユニーク職業最弱だと思われてたテイマーが最強だったと知れ渡ってしまったので、多くの人に注目&推しにされるのなぜ?

水まんじゅう
SF
懸賞で、たまたま当たったゲーム「君と紡ぐ世界」でユニーク職業を引き当ててしまった、和泉吉江。 そしてゲームをプイイし、決まった職業がユニーク職業最弱のテイマーという職業だ。ユニーク最弱と罵られながらも、仲間とテイムした魔物たちと強くなっていき罵ったやつらを見返していく物語

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

処理中です...