魔法の国のプリンセス

中山さつき

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幕間6

EP14:守護騎士も姫の寵を欲してしまうのか?

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 大上段から振り下ろされる漆黒の大剣。
 相対する漢はその刃を両腕をクロスして受け止める。
 まるで格闘家のような道着を着た漢の鍛え抜かれた筋肉が今躍動する。剥き出しの剛腕が身の丈ほどもある大剣の刃を難なく受け止めた。
 そしてただ受け止めただけでは満足できず大剣を振り下ろした男ごと弾き飛ばしたのだ。豪腕一閃、風切り音が唸りを上げて再び筋肉が躍動した。

「ーーッッ!! 相変わらずデタラメだなおい!?」

 黒髪黒目。漆黒の大剣を軽々と使いこなす男は容易く着地してそうボヤいた。

「鍛えておるからな。貴様も鈍ってはおらぬようで何よりだ。地下でハーレムを築いて遊んでおるものとばかり思っておったが鍛錬は怠っておらぬようだな」
「当たり前だバカ野郎。しかしまぁわかっちゃいたがお前の肉体はどうなってんだ? 生身の腕で剣を受け止める意味がわからねぇ」
「うむ。鍛えておるからな」
「そういう次元じゃねぇよバカヤロー。ったく、こいつは骨が折れる仕事だなぁ……」

 やれやれ……。面倒ごとを押し付けられた。とでも言わんばかりの表情の男は道着を着た巨漢と向かい合う。
 彼自身も相応に立派な体格の男だが相対する漢と比べると一回りも二回りも小さく見える。

「しかし貴様久し振りにやって来たかと思えば何のつもりだ?」
「さてね。俺が受けた命令はお前と遊んでろって事だけだからな。それが何の意味があるのかはしらねぇよ」

 まぁ信じたりはしねぇだろうがな。男は心の内でそう呟いた。少なくとも男が知る彼であるのならば、男が目的も意味も知らずに他者の思惑に従う事などないと理解しているはずだ。
 一見軽薄そうに見える男だがその実全くそうではない。長年の付き合い故に彼が男の言葉を鵜呑みにする事はないだろう。
 しかしだからといってその目的が分かるわけではない。男が語らぬ以上推測するしかないし、その可能性も多岐にわたる。特に今日いきなりやって来た久し振りに会う相手の真意など分かるわけがない。
 ついでにそういう細かいことを考える事が漢は苦手であった。まぁ見た目通りの性分なのである。よく言えば豪快な漢といったところか。

「そうか、 ならば事態が発展するまで貴様と遊ぶとしよう。儂の本気を受け止められる者は限られておる。存分に楽しませてもらおうか!」

 そう言い放つと同時に漢は瞬時に間合いを詰めた。
 まるで瞬間移動のように一瞬のうちに男の前に移動した時には腰だめに構えた拳を真っ直ぐに突き出していた。

「ーー冗談じゃねぇよ! お前と本気でやりあったって無駄じゃねぇか。どうせ何やったってその体に傷一つつかねぇだろうがっっ!」

 突き出された拳を剣で横から払って反らしつつ律儀に文句で応える。

「そう言うな。儂も好き好んでこの様な体になった訳ではない」

 腕を払われた勢いを利用してそのまま回転して後ろ回し蹴りに変化する。巨漢ながら漢に鈍重さは微塵もない。どころか常人を遥かに上回る俊敏さで風を切る丸太のような脚。決して人の蹴りが放つものではない唸る様な音。

「嘘つけ! 鍛えれば鍛えるほど強くなる肉体に大喜びしてたじゃねぇかよッ!!」

 その回し蹴りをバックステップで交わした後に鋭い突きで反撃する男。こちらの技量も只者ではない。

「ふん! 当然だ。鍛錬は裏切らぬ。鍛えたこの筋肉はあらゆる困難に打ち勝つのだ!!」

 鋭い突きを胸筋で受け止め弾く。最早人間技ではない。というか意味がわからない。いくら大剣が突く事に特化していなくとも切先が鋭い事に変わりはない。それを生身の肉体がカキン!? と弾くのだからたまったものではない。

「おいコラ非常識にも程があるだろうがっ!?」

 多少のことでは傷付かない事は承知していたとはいえ衝撃による揺動程度は与えられる。そう思っての突きだったが逆に突いた男の方が弾かれて姿勢を崩してしまった。

「ふはははは! 馬鹿者め! 鍛えた筋肉は鋼の如し! 剣撃を弾くことなど至極当然ではないか!!」
「バカヤローそんな訳あるか! 俺の様な普通の人間はそんな非常識な体をしてねぇんだよ!」

 この時点で男は斬る事を諦めた。少なくとも殺す気で相対していない以上目の前の漢に傷を負わせる事は不可能だと判断した。それにそもそも男の目的は彼をこの場に留めておく事であり、倒す事ではない。それは男の主がする事であり、男はそのお膳立てをしているに過ぎない。
 故に適当に斬り結び相手の攻撃をいなして時間を潰す事に切り替えた。

 豪腕が唸り、蹴りが大地を割る。それでもそれらが男の体に届くことはない。『力』対『技』の極限がここにある。柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。
 目の前の闘いを見ていればそんなものは言葉遊びに過ぎないと思い知るかもしれない。二人の闘いは既にその様な概念の次元にない。
 男は大地を割る蹴りを容易くいなしその上で反撃に転じる。一方で漢は大剣の斬撃を生身の腕で受け止める。その斬撃が岩を斬るにもかかわらず漢の肉体は斬れぬのだから呆れるほどだ。
 突出し過ぎた力は何であれ相手のそれを上回るかどうか。力の性質などは些細な事にすぎない。
 結果的に剛が勝てば柔を断ったのであり、柔が勝ったのならそれは剛を制したのである。
 しかし常識的な見地に立った時、今ここで相対する両者がどちらも剛である可能性は否めないのだが……。

 荒地が三倍ほど更なる荒地へと変じた頃、二人の闘いに決着の時が訪れた。
 この場に第三者が介入したのである。

「ごきげんよう、竜王様。ちょっと一息ついていただけないかしら?」

 突如として現れた桃色の髪の美少女が軽やかな声でそう告げた。
 それはまるで街ゆく人を呼び止めるかの様な場違いな空気感で。

「やれやれ、ようやく終わるのか……。ったく面倒な仕事をさせやがって……」

 男が大剣を下ろして間合いを取る。

「何者だ? そして何故お前が共にいる?」

 漢は現れた美少女へと正対する。腕を組んだその姿はまるで娘を嫁にくれとやって来た男を威圧するかの様な姿である。その姿を見れば推定99パーセントの男は撤退すると思われるが。

「やっほー久しぶりー。お父様はお元気かしら?」

 返事をしたのは二人目の美少女だった。
 美少女に絡みつく様に寄り添う美少女。特段扇情的な格好でなくとも鼓動が高鳴る光景ではある。それ程の距離感で接する二人のタイプの異なる美女。
 ついでにその後ろに静かに控える黒髪の執事。

「さて竜王様、お嬢さんの命が惜しくば私の軍門に降りなさい!!」

 と桃色の髪の美少女が言えば。

「きゃぁぁぁっっ!! コロされるぅぅっっ♪ だからお願いお父様降参して♡ お願い♡」

 その彼女に自らしがみつくもう一人の美少女がその様な悲鳴をあげる。

「「「………………」」」

 緊張感も何もあったものではない。
 どう控えめに見ても言葉の通りの状況とは思えない。頭痛を感じる男どもとは対照的に美少女たちは楽しそうにコロコロと笑う。それはもう甘いスイーツを前においしいお茶でも飲むかの様に……。

「……一体何の茶番だ?」

 道着を着た巨漢ーー竜王グラングルンが問い質す。

「俺が知るかよ……」

 先程までの気迫が完全に失せた男がぞんざいに答える。

「ガルムよ! 貴様まで一体何をしておる!!」
「私はお嬢様にお仕えする執事に過ぎぬ。竜王よ問う相手を違えているぞ」
「バカな……。よもやお前たちはこの娘の軍門に降ったというのか?」
「まぁ協力者ではあるな」
「冗談ではないぞ……我らが何処かの陣営に与するなどあってはならぬ。世界のパワーバランスが一気に崩れるではないかっ!!」

 竜王の怒りの咆哮。

「ーーそれを貴方が言うと?」
「ーークッ!?」

 その場の空気が一瞬にして緊張感に包まれた。その圧迫する様な冷たい気配がここにいる全員の体を硬直させる。それは咄嗟に竜王が身構えてしまう程に……。

「何者だ貴様?」

 竜王は自らの反応に驚きながらも目の前のごく普通の美少女に問う。薄っすらと笑みを浮かべる彼女からはどこか普段とは違う畏怖を覚える。

「あら、ハデス様からは何も聞いていらっしゃいませんか? なるほど、では改めて自己紹介を致します。私はーー」

 話し始めた彼女の声はやはりいつもと何処か違う。
 何か竜王に対して思うところがあるらしい。それもあまり良くない方向の感情で。男に察せられるのはその程度だ。
 そしてもう一つ。彼女の目的が竜王自身であるという事。彼女は感情と目的とを決して混同しない。彼女自身が言った様に数多の可能性の一つに過ぎない過去よりも未来を取る。それが彼女の行動原理の一つなのだから。それでもこうして感情が漏れてしまうのはやはりまだ幼いという事なのだろう。
 どれほど強がっていてもまだ十六の小娘に過ぎない。子供が背負うにはアレは重すぎるのかもしれない。いや、俺の時とは違う。俺との間の記憶よりももっと深く重い何かがあったのだろう。
 若く美しくそして不幸せな彼女に男はーー冥王ハデスは同情せずにはいられなかった……。

 そして同情といえば目の前の漢だ。親しい間柄の彼が今から受ける仕打ちにやはり一抹の同情を覚えていた。特別仲の良い間柄ではなかったが、男と彼は間違いなく仲間であり、それは今も継続している。
 四人目の犠牲者ーー。男の脳裏にその様な言葉が浮かんで消えた。

 ほんの一瞬だけ彼女から放たれた気配は今はもう影も形もない。気のせいかと思い違えてしまいほどの出来事だが、彼らに限ってそれはない。
 正しく彼女から王である者たちが一瞬でも恐れを抱く様な気配が発せられた事を理解している。目の前の少女が自らに比する存在であることを認識している。
 だからこそ体は反応した。竜王ですら無意識に身構えてしまうほどに。

 男は思う。今は消えたあの気配を。少なくとも己が相対した時にはなかった感情が込められていた事は間違いない。彼女にそれ程の想いを抱かせる存在、出来事。好ましい方向ではないが羨む気持ちが僅かばかり男の胸に湧き上がった。嫉妬と呼べる程ではないが確かに羨ましく思いはした。
 ただし。今の彼女のあの笑みを見ればそれは間違った気持ちであると明確に認識することができる。アレはそういう類の笑みだ。間違っても恋や愛などというピンク色のそれではない。故にもっと別の事で彼女の関心を得よう。そう男に思わせたのであった。
 一応は仲間であり友である漢の無事(?)を祈りながら……。




ーーーーーー

お詫び

最終章に向けて登場人物の一人称や口調に修正をさせて頂こうと思っております。私が未熟なせいでわかりやすく書き分けられず、苦肉の策として主な登場人物に対して行おうと思っております。
今回の幕間であれば竜王の一人称が我から儂に変わっています。あとは元のイメージそのままのつもりですが……違っていたらすみません。

いずれ投稿済みの部分へも修正を行うつもりですが、一先ずは先へと進めようと思います。
ご迷惑をお掛け致しますがご理解をお願い致します。

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