魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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 己の無力感に苛まれた先程と違い私の体から膨大な魔力が抜けていく。
 もしも立っていたならその場に蹲っていただろう。急激な魔力の消費に意識を失いそうになった。

「ーー何をした!?」
「何って……ファアの……ファアが死んじゃったの」
「それはわかっておる! だがそうでは無い! この現象はなんだ!!」
「さっきまで笑ってたの。別に本気で嫌ってなんてなかった。鬱陶しいくらいに私に絡んできて……」
「あ、ああ! そうだな。姫様はそういうお方だ。いつの間にかそこにいる。当たり前のように側にいる。そんな方だ! だが今はそれは良い! 何をした!? 言え!!」
「……竜王が来る。彼は姫の死を許さない。彼の怒りは世界の怒り。この大地は滅びるでしょう。でも……でもね……それでも私だって生きたかった! 私だって大切な家族を守りたかった! でもだからってこんな事……こんな事望んでない!! ねぇ! どうしてみんなで仲良くできないの!? みんなで手を取り合って幸せな世界を築けないの? 世界はそんなにも魔族が嫌いなの? 私たちが何をしたというの? 今も果ての島で細々と暮らす私たちがそんなにも憎いの? ……もう疲れたよ……。だから……もういっそ全てが滅びた方がいいのかもしれない。ふふ……ふふふ……ふふふふふ……」
「キラリ……お前は魔族だったのか。……いやだが共鳴は!? 我らと共鳴するのは何故だ!? 竜族ではないというのに何故共鳴するのか……違う!! そうではない!! そんな事はどうでも良い!! 今すべきなのは貴様が使った魔法を止める事だ!! 一体何をすればあのような空になる? 何なのだあの禍々しい空は……」

 見上げた空は紅く昏くそして渦を巻く雲に覆われていた。綺麗だった星の海と下弦の月は今はもう見えない。昏く淀んだあの雲の向こうから大地を滅ぼすモノがやってくる。
 直径百メートルの隕石。その破壊力は途方も無い。この世界の街程度なら跡形もなく消し飛ぶだろう。

「……そんなに嫌じゃなかったの……。友達ってこういうものかと思った……。あんなに短い時間でもこんな気持ちになるんだね……。ねぇガラードラ……私……わたし……ワタシ……」
「……姫様の死に憤っておるのは貴様だけではない。貴様が如何なる魔法を用いたのかは分からぬが尋常ならざる魔法だという事は察せられる……止める事は出来ぬのか?」
「……出来ない」
「姫様を想ってくれるのは良いが、この街には貴様の友がいるのではなかったのか! その者達をも巻き添えにするのか!!」
「………………」

 考えなかった訳じゃない。でもそれ以上に色々な事が許せなかった。いっそ全部なくなってしまえーー。
 そう思ってしまった。体の奥底から湧き上がってくる怒りと憎しみと……悲しみに心が折れてしまったのかもしれない。
 今ガラードラの言葉を聞いても感情が動かない。
 この街で知り合った人たちの事を思い出しても心が……心が……。

「本当に良いのか?」

 顔を上げた。私を覗き込む彼の顔は暗くてよく見えない。それなのに……それなのに……彼の目が、表情が分かる気がした。

「短い時間でも貴様の事は分かっているつもりだ。もっと割り切れたのなら楽であろうと何度も思ったぞ。だが貴様は見捨てられない。情が深すぎるのか……見捨てられぬであろう。我も貴様同様怒り悲しんでおる。姫様を無事に連れ帰る事ができずに己の不甲斐なさを悔いておる。しかしその事とこの街の民とは無関係だ。我は無関係のものに恨みを押し付けるつもりはない。貴様はどうなのだ? このままで良いのか?」

 低い声が染みるように私の中に入り込んでくる。

「貴様が使ったこの魔法は罪を贖うべき者達だけに行使したものか?」

 違う……。この魔法はそんなものじゃない。ただ単に私の中の黒い気持ちが溢れた結果だ。
 選りに選ってこの魔法を選んでしまった。広域破壊殲滅魔法。禁断の魔法……『隕石召喚メテオストライク』。

「ガラードラ……私……」
「本当にどうにもならぬのか?」

 宇宙から落ちてくる隕石をどうやって止めるというの!? そんなの無理だ。出来るわけがない。

「……ムリ……だよ。宇宙から隕石を落とす魔法……なの。私でも……私の魔法でも……それを受け止める事なんて出来ない……」
「我が力を貸そう。それでもどうにもならぬか?」
「ムリだよ。竜王にだって止められない」
「ふむ。竜王にも無理か……。ククク。それは凄いな。そんな事が世の中にあるとはな、ククク」
「ガラードラ?」
「ならば問おう。それは受け止めるしかないのか? 打ち砕く事は出来ぬのか? 落ちる前に打ち砕く。我らにはその方が向いていそうであろう?」
「打ち……砕く……?」

 まるで白昼夢のように私の頭の中にある光景が浮かぶ。勇敢な男達が飛来する隕石に乗り込み爆破して砕く。まるで映画のようなーーいや、映画のクライマックスシーンだ。私の知らない私の記憶。俺の記憶。

「できる……かもしれない。あなたがいれば出来るかもしれない!」
「ならば我を使うが良い! 我は貴様に力を貸すと約束した。今ここにその約束を果たそう。姫を連れ帰ることは出来なかったが、救い出す事は出来た。ならば我が貴様に力を貸すのは必定。キラリよ、我を使え!!」

 カッコ良すぎだよ……。




 厚い雲を抜け竜は天へと駆け登る。

「ーーガラードラっ!! 大丈夫!?」

 彼の長い首にしがみつきながら声を上げる。
 飛行魔法と同じ組み合わせだから強い風や冷えた空気の影響はないけれど、それを遥かに上回る速度と角度が想像以上の恐怖となって私の精神を削ってくる。
 まるでロケットのようにほぼ垂直に宇宙へと駆け上がる一匹の竜。
 その姿は夜空を翔ける一筋の流星。艶やかな漆黒の鱗が月明かりを弾き煌めいている。
 叶うのならもっと優雅な空の散歩と洒落込みたいものだと切実に願う。
 ーー今は全く真逆の様相だけに……。

「グゥッ……どこまで昇るのだ!!」
「出来るだけ高く!! 隕石のくる方向はわかってる。何故かはわからないけれど、私には分かる!!」

 多分きっと私自身が発動した魔法だからだと思う。こっちからくる。そういう感覚がある。

「ガラードラ、ありったけの魔力で……全力で撃てる最高の魔法を使うから……あとはよろしくね。多分気を失ってしまうから……」
「任せておけ! 貴様は落ちぬように我に括り付けておけ! 我を縛ったあの魔法ならば可能であろう?」
「そうね……そうしておくわ」

 会話をする間もグングンと上昇を続けている。魔法による補助があるとはいえ生身の私たちが何処まで行けるのか……成層圏を突破して大気圏の限界まで翔ける。そして星の海を間近に感じる世界にまで至る。

 ああ……来た!

「キラリ!!」
「見えてる!!」

 私の全部を注ぎ込むからっっ!!
 自分のやった事くらい自分で責任をとるわ!!

「ガラードラ、あとはお願いね!!」

 真っ直ぐに落ちてくる隕石に向けて私は私の全てを込めて魔法を紡ぐ。

「……『ドゥーべ』!?」

 一つ目の魔法陣の展開。究極魔法の発動の為の第一鍵の開放でさえかなりの魔力を必要とする。これをあと六つ……。

「これはキツイわね……」

 それでも鍵の開放を続ける。

「『メラク』『フェクダ』『メグレズ』『アリオト』『ミザール』……『ベネトナシュ』!!」

 派手な魔法陣のエフェクトが私の周囲に浮かび上がるとその中心に光が生まれる。
 持てる魔力を全てーー私の全てを賭ける。中途半端に破壊すれば砕けた隕石が無数に降り注ぐ事になる。規模は変われどそれでは私の願いには届かない。
 だからもっと強い力で、私の魔法の中で最も適した魔法で私の願いを阻もうとするモノを打ち砕く。

 私の周囲に顕現した無数の魔法陣が時計の歯車のように重なり回転を始める。その中心で太陽のように輝きを放つ光がギュッと収束して小さな小さな玉のように圧縮されていく。宝石のような玉の中には燃えさかる炎のような揺らめきが見えた。
 消滅の弾丸。
 美しくも恐ろしいまるで研ぎ澄まされた刃物のような冷ややかさを感じさせるそれを迫り来る隕石へと向けて解き放つ!!

「ーー『全テヲ撃チ砕ク神々ノ断罪セプテントリオンズ・フルバースト』!!」

 閃光が尾を引き光が隕石へと至る。
 次の瞬間。巨大な隕石が一点に吸い込まれるようにして跡形もなく消滅する。
 最初から何もなかったかのように直径百メートル級の隕石は一片のかけらも残さず消えて無くなり、あとにはオーロラのような光の渦が広がっていた。
 その光景を私は確かに見た。
 ちゃんと自分のしでかした事にケリをつけたわ。その代償は高くついた……かな? それとも逆に……。
 私の名を呼ぶガラードラの声が聞こえたような気がした……。
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