魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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「ーーちょっ!? いやっ! だめぇっ!! ガ、ガラードラ! お願いっ、あ、んんっ!? と、止めてよ!!」
「やれやれ……懲りぬ奴だな……」
「あーっっ! イタイイタイ! わかったから、わかったから頭を掴まないで!? ほら、あなたも混ぜてあげーーったたタタタタッってジョウダン! 冗談だからっ!!」

 引きずられるようにーー空中だけど、ガラードラに掴まれて軽く放り投げられる竜姫。浮遊の制御下にあるので彼の力であっても地上に叩きつけるような事はできない。精々風船遊び程度がいいところだ……。一瞬。ほんの一瞬だけ魔法を解除しようかと考えたのはナイショだ。別にバレてもいいけれど。

「ううっ……酷いわキラリちゃん。私の愛情表現を無下にして……」
「はぁはぁ……ふぅふぅ……。愛情の、押し売りはお断り、しております。それと……はぁはぁはぁ。心の結びつきよりも体の結びつきを重視する方とはちょっと……ふぅぅっ……」
「いやん。そんな冷たい事言わないで! キラリちゃんだって気持ち良さそうな声出てたじゃない」
「で、出てません!」
「出てたわよ?」
「出てませんから!!」
「ま、まぁそこまで言うならそれでもいいけれど……。体が辛くなったらいつでも言ってね? 私なら二十四時間年中無休よ、ウフ♪」
「結構です。間に合ってます!」
「あら? ガラードラったら意外と精力的なのね?」
「馬鹿な事を言うでない」
「えっ? だって夜な夜な抱き合ってーー」
「ーーいません!!」

 ガラードラに抱いてもらったのは……一度きり……よね? 未遂みたいなのは何度もあるような気がしなくもないような気がするのだけれど……。うん、一度だよね、うんうん。

「あらそうなの? それじゃぁなおさら若く熟れた体を持て余してるんじゃない?」
「あのね……あなたには私がどう見えているのかしら?」

 だいたい若く熟れたって表現おかしくない!? 若いってつまりは未熟って事でしょ? それなのに熟れたって……。まぁ言いたいことはわかるんだけれど、それを認めるつもりはない。

「そうね……ちょっと突つけば途端にエ□くなる美少女?」
「おい!?」
「何よ? 違うとでも?」
「ち、違うに決まってるじゃない!!」
「ふーん……それじゃぁ試してみましょうか?」
「いいわよ、望むところよーーとでも言うと思ったか!? そう何度も同じ手にのるわけないでしょ!?」
「チッ……さすがに気がつくわね……」
「馬鹿にしすぎでしょ。いくら私でもそれはのせられないわよ……」
「でも多少はのせられる自覚はあるのね」
「うるさい」

 敵地からの脱出だという様相が皆無なのは認める。便利な魔法のお陰で全く緊張感がなく、それこそ散歩に行こう……くらいのノリなのももう諦めた。
 やはり浮遊の移動速度ではこうした無駄口が増えてしまうのは仕方がないのだろうか……。それとも無駄に敷地が広い王宮が悪いのか……。
 でもこの城壁を超えてもまだ街が続くのよね。王宮ほど気を張らなくてもいいでしょうけど、それでも無警戒というわけにはいかない。人生山あり谷あり、楽あれば苦ありって言うしね。
 最終は街の外壁を超えてどこか落ち着いて解散できる場所へ移動すること。街の外に出れば飛行モードに移行してもいいかもしれない。歩く程度の速度だと時間がかかって仕方がない。

「あれ……なんかちょっとお腹痛いかも……」
「拾い食いでもしたんじゃないの?」
「姫様それはどうかと……」
「あんたたち私をなんだと思ってるのかしら? だいたいどこに拾い食いするタイミングがあったのよ?」
「タイミングがあればしたという主張でいいのね?」
「いいわけないでしょ! でも……ちょっとホントに痛いわ……」

 冗談じゃないのかお腹を抱えて蹲る。蹲っても浮遊の魔法効果でふわふわと浮かんで後ろを付いてくる。ちょっと風船みたい。犬とか動物の形をした車輪のついたアレを思い出す。
 でもまぁお腹が痛いというのは少しかわいそうだ。それに万一ここで漏らすと大変なことになる……。いいえ、まだ王宮の庭園だから今なら最悪……。

「姫様、しばしの我慢です」
「そうねいざとなったら適当な路地裏ででも……」
「うむ。どうせ他からは見えぬ故いざとなれば……」
「それか今ね」
「むっ? なるほど、確かにここならば丁度良い肥料になるな」
「でしょ?」
「あなた達好き放題言うわね。で? 二人は自分だったらどうするのかしら?」
「「もちろん我慢する」」
「だったら私だって我慢するに決まってるでしょ!? なんで私だけはしたない選択をするのよ!! いくら私でも野外放尿プレイに興味はないわよ!!」
「姫様……」
「ちょっとやめてよ、いくらなんでも品がないわよ」
「ああっっ、もうっ!! だから違うってば!! だいたいそういう痛さじゃないわよ。何かこう内側からズキンっていう感じで針で突き刺されるような痛みなのよ……」

それはかえってマズイんじゃないだろうか。だって……。

「……ワームに卵でも産み付けられたとか?」
「………………」
「………………」
「………………」

 ちょっと冗談にならなかったかもしれない。さすがのファアでもワームのお母さんになるのは嫌みたいね。
 ただ冗談ですまない可能性があるという点がなんとも言えない。異種姦凌辱モノの定番だものね。主演が自分じゃなくてよかったわ。

「まぁそれはないわよ……(たぶん)」
「そ、そうよ! そうに決まってるわ。だって私中までは許してないもの! うん、だから大丈夫よ。それはないわ……イッ……」

 許すも何もあなた意識を失っていたじゃない……。
 言いかけてやめた。振り向いた先の彼女の具合が本当に悪そうでこれ以上不安を煽る行為が憚られた。
 受け答えは余裕そうに見えていたけれどよくよく見れば額に髪が張り付くくらいに汗が滲んでいる。実際はかなり辛いのかもしれない。ワームの話もあながち間違いではないかもしれないけれど、その場合はどう対処すればいいのか? 病院で腸洗浄みたいなものがあるのかしら? それともエ□の定番あれで掻き出す的な展開? ……ガラードラ頑張ってね。私には無理だから。
 でもそういう事以外は魔法で回復したから大丈夫だと思うんだけど……。あとは絶食状態だったから空腹からくる胃痛みたいなものという可能性はあるかもしれない。ほぼ間違いなく違うだろうけれど。
 ただ可能性という話ならいくらでもある。ワームにしろ空腹にしろ、その他の可能性にしろ……。何だったら水か食事に毒を混ぜていたとか? あ、それだとダメか、逆に解毒剤……というか効果を弱める薬とか?
 回復と解毒はかけてある。私の魔法なら不足を疑う必要はない。だからそれらに該当しない他の何かなのよ……それが何なのか?
 解れば苦労はしないわね、
 とにかく、いよいよとなれば突風の事を無視して飛ぶしかないけど、どこへ向かえばいいのか。
 ファアの様子を見れば先ほどよりも更に辛そうだ。得意の軽口も出ないほどだから相当弱っている。

「えっと、もう城壁は超えるから後は街の外へ出るだけよ、頑張ってね」
「ええ……ありがとう。大丈夫よこれくらいの痛みはどうって事ないわ」
「ーーキラリ、回復しきっていない可能性はあるか?」
「うーん……怪我の類はまず問題ないと思う。あと毒とかそういうのも大丈夫よ。逆に可能性があるとしたら絶食状態で活動したことによる極度の空腹とか、拘束中のなんらかの後遺症的なものとか……ワームの……とか……とにかく魔法で癒せない事は可能性があると思う」
「そうか……我に出来ることがあれば言うが良い。何でもしよう」
「ありがと。必要になればお願いするわ。とにかく今は何処か落ち着ける場所へ移動しましょう」
「頼む」

 原因がわからない以上それが気休めなのは互いに承知している。それでも具合の悪い人を落ち着ける場所で休ませてあげたいと思うのは当然のことだと思う。
 それと移動しながら何か対処方法を考えておこう。きっと何か出来ることがあるはず。

 王宮の城壁を超えて少し離れたら『突風ウインドブラスト』の魔法を使う。威力と方向を考慮すれば街への影響を最小限に出来ると思う。
 ファアの様子を見ればドンドン悪くなっているように見える。強がってはいるけれど腹部を抑えて苦痛を堪えている。まさか本当にワームの卵じゃないわよね……お腹だけに疑念が拭えない。

 しばらく無言のまま時間が過ぎやっと城壁の上を通過した。有事の際はこの城壁の上にも兵士がたくさん立つのだろうけれど今は遠くに明かりが見える程度。巡回警備くらいしか平時はしないみたいね。お陰でこちらとしては大助かりだけれど。
 さぁ、このまままっすぐ進んで最短で町の外まで。もう少し離れたら飛行モードに変えて一気にーー!?

「ーーイッ!? ぅあ……んぐっ、ぁぁぁああああああっっ!!!!」

 突如として背後からファアの叫び声が!?

「姫様!?」
「ファア!?」

 振り返った私達の目の前でーー。

 ドパン。
 バシャッ……。
 ビチャビチャ……。

「………………?」

 え……。

「な……に……?」
「ーーっ! 姫様ッ!!」

 一体何が起こったの?
 赤黒い何かがベチャベチャと霙のように降りかかる……。

「うっーー」

 濃い血の匂いが猛烈な吐き気を引き起こす。
 今まで目の前にいた人間が血飛沫を舞わせ細かな人だったモノへと変じた光景に感情が追いつかない!

「ああっ……あああああっっ!!!!!」

 必死に宙を掻き霧散して消える何かを集めようとした。目の前の彼女から胴体があった部分が丸ごと消えて体の向こう側が見えている。半身に分かたれたままそこに浮遊するファアだったモノ。
 掻き集めて掻き集めて。必死に手を動かして。でもそれで何かが得られる訳でもなく。宙を掻く私の手は何も救えない。
 視認した瞬間に分かっていた。いやでも理解するしかなかった。手遅れだと。この世界のいかなる魔法であっても一度失われた命を取り戻す事は出来ない。
 この世界に蘇生の魔法はない。禁断の魔術書にも載っていなかった。私に宿る何処かの誰かの記憶にも存在しない。他のゲームでは定番のその魔法がここにはない。
 今それを心の底から欲しているけれど……奇跡は起きない事を知っている。

「ああああっっっっっ!!! いや! いやよ!! お願いだからっっ!!」

 一縷の望み。藁にもすがる思い。『完全回復リザレクション』の魔法は蘇生魔法ではない。それでも私に出来る最善手がこれ。これしかない。
 ありったけの魔力を込めて魔法の言葉を口にする。
 溢れ出した桃色の魔力の輝きが私とファアを包み込む。
 完全回復の魔法はとてつもない魔法だ。失った肉体すら補完して命あるものを癒す。腕を無くそうが足を無くそうが……例え体に穴が空いたとしても命ある限りその身を癒し復元する。

「……あ……ああ……ああああっっっっっ!!!」

 抱きかかえたファアの体はとても軽い。抱き締めて願う。癒えろ! 治れ!! 死なないで!!!
 魔力が足りないのならいくらでも差し出すからっ!!

「お願いお願いお願いお願いお願いお願い……」

 私の有り余る魔力を全て捧げてもいい。だから……だから……。
 完全回復の魔法は途方も無い。生きてさえいれば如何なる怪我もたちどころに癒してしまう。その分多大な魔力を消耗する事にはなるーー。

「あぁぁぁぁっっ!!」

 ーーなのにいくら込めても減らない。魔法発動で消費した以外は魔力を消費していない。
 何度繰り返しても同じ。
 私の魔力がファアの体を包み込んで消える。
 ただその繰り返し。
 それはつまり何も癒せていないという事。
 それは目の前の彼女が既にこの魔法の効力の理の外のあるという事。
 それは……。

「ファア……なんで……さっきまで……」

 少しくらい煩くたっていいのにどうしてこんなにも静かなのよ……。
 目の前の彼女の無残な体を抱き締める。
 温もりが消えていく。

「キラリ!! 癒しの魔法は!?」
「かけた! かけたの!! でもダメなの!! 私何度も……でもファアは……ああああっっ……うくぅぅっ……あ、あああああっっっっっ!!!」
「落ち着け!! お前までーー」

 ーーまた救えない。

 これは違う。こんな未来は望んでいない。
 あれもこれも全部救いたいなんてそんな事は思ってない。それでも目の前の手が届く範囲なら救えると思ってた。
 現に竜姫を救い出した。運命を変えられたと思った。

 ーー違った。

 運命は変わってなかった……。
 変えられなかった。
 私たち魔族が滅びる未来は不偏なのか?
 足掻けば足掻く程他の誰かを巻き込んでしまうのか?
 私が来なければファアは死ななかったかもしれない。ずっと囚われの身だったかもしれないけれど、生きられたかもしれない。ファアが生きているからこそ竜王が加勢するのだから彼女がここで死ぬのは私のせいだ。私が関わったからだ。
 運命を変えようとすればその影響がでる?
 だとしたら私が生きようとする事は……私たち魔族が生きようとする事は……。
 許されない事なの?
 未来は変えてはいけないの?
 ………………。
 私が未来を望むことはどれだけの代償が必要なの?
 未来は変えられない?
 受け入れるしかない?
 ああ……違う、違うわ……。変わりはした。私たちが滅びるだけの未来から世界が滅びる未来へと。竜姫の死という竜の逆鱗に触れてしまった以上それは受け入れるしかない。
 未来は変わった。より一層悪い方向へとーー。

「ふふ……ふふふ……うふふふふ……」

 どうせ悪くなるのならいっそ行き着くところまで行けばいい……。もういっそみんな滅びてしまえばいい……。
 心の奥深くからドス黒い何かが溢れ出してくる。押し留めようとしてもそれは後から後から溢れ出してきて遂にはーー。

「ーー『隕石召喚メテオストライク』」
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