魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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「本当にすまぬ。この通りだ。姫様にはよく言い聞かせるゆえどうか命だけは容赦して欲しい」

 深々と頭を下げるガラードラとその隣で首根っこを掴まれた白いワンピース姿の美女。若干乱れた黒髪が妙に艶かしい。姫を姫とも思わぬ扱い方だけれど中身がアレな姫だから別にいいか。

「この通り。姫様も反省しておる故何卒……」

 ガラードラに押さえつけられて渋々頭を下げる変態。
 明らかに不満そうなその様子にこめかみがヒクヒクと痙攣する。一体何処が反省しているというのか?
 ガラードラの方は土下座まで始める始末だというのに……。

「はぁっ……いいのよガラードラ。ほら、立って。あなたがそんな事をする必要はないわ」

 手を引いて彼を立ち上がらせると服の裾や膝についた埃を払ってあげる。

「すまぬ」
「いいのよ。あなたが気にすることはないわ……。悪いのは全てこの女。助けてもらった礼も言えず、こうしてあなたに頭まで下げさせるだなんて……。大丈夫心配いらないわ、悪は滅ぼすわ!!」
「待て待て待て!? おいキラリ! わかってくれたのではないのか!?」
「ええもちろんよ! もちろんわかったわ!! コイツがクズだということがね!! 助け出しちゃいけなかったのよ!! だから私の手で始末をつけるわ!!」
「だから待てと言っておる!! おいキラリ! 待て! 待ってくれ!!」
「離してガラードラ! こういう女の子の敵みたいな奴は野放しにしちゃいけないのよ!! 何が魅了して食べちゃうよ!? ふざけないで!!」
「何が悪いのよ!? 相手を魅了して愛し合うなんて普通でしょ!? きゃっ!? ちょっとガラードラ! 早くその娘を止めてよ! 殺されちゃうじゃない!?」
「世の中の女の子の為に今ここで悪を討つ!!」
「キャァァァァッッッ! コロサレルゥッ!! タスケテ~」
「煽るような事をするな!! キラリもいい加減落ち着け!」
「いやぁぁぁぁっっ! おかされるぅぅっ!!」
「この変態! 大人しく成敗されなさい!!」
「だから二人ともーー」
「ダレカタスケテェェ~ン」
「天誅っっっ!!」
「ーー落ち着けと言っておるだろうがっっ!!!」

 突如、ゴンという鈍い音と共に頭に激痛が走った!

「「イッッッッッッタァァァァイッッッッ!!??」」

 それがガラードラの怒りの鉄拳だとわかるのは少ししてからの事。
 今はただ強烈な痛みに頭を抑えて蹲るしかない。
 涙で視界が滲んでいる。

「ーーとにかく落ち着け! いいな!!」

 わかったわよ、大人しくするわよ!
 だからちょっと首を押さえないでよ!?
 逃れようにも全く歯が立たない。そもそも彼に力で叶うはずがない。ジタバタしても全く意味がない。これじゃまるで親猫に咥えられた猫みたいじゃない。
 それでも少しだけ頑張ってみたけれどやっぱり無理だった。
 だいたい片手で容易く私の首を掴んで抑え込めるガラードラ相手に可憐な美少女である私が何をどうしろというのか。少なくとも掴んだ相手を傷つけてまで逃れようという気がない私にはこの拘束を解くことは出来ない。
 ……大人しくするしかない。

「ううう……」
「少しは落ち着いたか?」
「痛い……」
「悪かった。だが貴様が人の話を聞かぬからだぞ!」
「わかったから大きな声を出さないで。まだ頭に響く……」

 手加減してコレなのよね? ズキズキと痛む頭のてっぺんをさすりながら恨みがましい目を向ける。
 せっかく睨んだのにガラードラはこちらを見ていなかった。何故ならまるで鏡に映るかのような光景が目の前、彼の右手の方でも繰り広げられていたからだ。
 黒髪美少女ーー黙っていればーーが首を掴まれて床に押し付けられている様は憐れではあるが同情はしない。
 それを見れば胡座をかく彼の足に押し付けられていた私の方がまだ待遇が良かったのかもしれない。
 まぁ石の床よりはマシ……という感じの固さではあったけれど。

「姫様もいいですな? 態々煽るような言動はおやめください! わかりましたか?」
「ツーン」

 あの状態でまだ抵抗するとは……意外と根性があるわね。

「ーー姫様!!」

 しかし更に強く押さえつけられるとあっさりと折れた。

「イタイイタイ!? わかった、わかったからやめて!?」

 無益に逆らおうとして一層キツく掴まれたのか身悶えしている。ふん、いい気味だわ。

「全く何故こうなったのだ……」
「「この女が悪い!!」」

 奇しくもセリフが被ってしまった!?

「「わ、私は悪くないし!!」」

 ーーまたもやセリフ被り!?

「とにかく、お互いに喧嘩腰は止めよ!! 良いな? 次は我も容赦せぬ。そのつもりでおるように」

「「………………」」

 お互いに睨み合いながらも渋々と頷く。
 
「ではまず姫様、彼女はキラリ。今回あなたの救出に力を貸してくれた冒険者です。我らの素性を知っておりますが心配無用です」
「あらそう。ありがとう。一応お礼は言っておくわーーイタイイタイイタイッ!?」
「姫様……」
「わかったわかった、わかりました! ちゃんとお礼を言います!! あ、ありがとうございました!!」
「すまぬキラリ。本来は……このような事はない……事もない事もない……といいのだが……。くっ……。そのあれだ……すまぬ」

 色々と、本当に色々と葛藤があったような苦悶の表情。一体どれだけこのバカに苦労させられてきたのか、脳筋英雄だけど面倒見がいいから苦労性なのねきっと。
 だからこれ以上私まで負担をかける訳にはいかないわね。よし、ちょっと冷静になろう。

「……いいわよそれくらい。そもそも私はガラードラに手を貸しただけ。よくよく考えればこの姫様の為にって訳ではないからいいわ。こうして無事に救出ーーまだここから出ないといけないけれど、それでも助けられたのだからよかったわ。少しはあなたの役に立てたでしょう?」
「ああ、勿論だ。お前には感謝している。我一人では姫様を救い出す為にもっと時間がかかったであろう。そうなればどうなっていた事か……」
「そうね……」

 多分あのワームの栄養になっていたでしょうね。若干その方が良かったかも……と思ってしまうけど、やっぱりそれはダメ。ダメなんだけど……苦肉の策というか苦渋の選択ね。あの国王よりはマシだから我慢できるけど……。

「ありがとうキラリ。改めて感謝する。我はこの恩に必ず酬いよう。貴様が困難に相対した時必ず力となろう」
「ありがとう……」

 この先まだ何があるかわからないけれど、英雄とまで呼ばれる竜族の力が借りられる事は必ずプラスになる。そして竜姫を無事救出。ミッションクリアにより竜王参戦を阻止……出来る筈。私にとっては助けた姫がどの様な人物だろうと関係ない。私の……魔族の未来を救えるのならそれでいい。

「……何よいい雰囲気出しちゃって……イ、イタイイタイ!」
「無駄口はお控えください姫様……。それでキラリよ、この方は間違いなく竜姫である。多少アレな人物ではあるが悪人ではない」
「ホントに? でもこの人さっき女の子を魅了して食べちゃうって……」
「何がわーー」
「姫様は黙って! キラリ、誤解があるようだ。姫様は何も無理やり手篭めにするわけではないのだ。あくまで双方の同意の上での話ーー」

 いや手篭めって時点で同意の元のことではないと思うのだけれど……私の勘違いかしら?
 それとも状況を言い表すのに適しているからそう表現しているだけ?

「待ってガラードラ、何だかんだ言っても魅了して誑かすんでしょ? その状態で愛し合ったとしてそれは本当に自分の意思だと言えるの?」
「我の言葉が足りぬ事は自覚しておるが……どう説明すればいいものか……とにかく違うのだ。姫様の力はお前が思っておるようなモノではないのだが…………」
「はいはい、ガラードラ、自分で説明するわよ。面倒だけど……」
「……面倒だけど一応聞いてあげるわ」
「「………………」」

 言い方! 私も負けてないかもしれないけれど、どうしてこう敵対するような言動をとるのかしら?
 まったく、どうにも相性が悪いみたいね。この竜姫とは。

「簡単に言うと、私のスキルは対象者の好感度を上昇させるだけよ。だからこれでも立ち振る舞いや仕草、言葉遣いなどなど、自分を魅力的に見せる術は積極的に取り入れてきたわ」

 ふーん……。確かに見た目は美人ね。否の付けようがないわ。でも言動? はどうかしら? 今私とここまで対立している時点でダメじゃないかしら?

「でもあなたみたいに私の事を何とも思っていないようだと何の効果もないわね。実際あなた私の事を好きどころか嫌いでしょ? 何が気に入らないのかわからないけど……」
「嫌いですね。女の子を無理やりってところが……。でも今の話だと違うの? 好感度アップするだけ? 何か行動を強制する訳ではないの? よくわからないけど、私でもあなたは美人だとは思っているけれど……それくらいじゃ影響しないの?」

 言ってる事が事実なら私が気に入らない点は誤解ということになる……のかな? 魅了と言われてすぐに思い浮かぶのが相手を意のままに操る能力。それがただただ抱いた好意を高めるだけだと言うのなら……そこまで忌避するようなものではない……と思う。

「へぇ……美人だとは思ってくれているのね。ありがと、あなたも可愛いわよ。でもまぁ実際そのくらいでは影響ないみたいね。私もよくわからないけど……。そもそも私自身完全に理解しているわけじゃないわ。ただ昔から誰にでも好かれやすいだけ。その為の努力も惜しまなかったけれどもね」
「……つまり、自分に好意的な相手を効率よく口説いて抱いてきたーーということ?」
「ミモフタモナイ言い方だけどそうよ。言ってみれば恋多き女というだけの事よ。それでも私は責められるべきかしら?」
「それは……」

 話を聞く限りでは強制力はないと思う。とするとお互いに同意の上でのことなら私がどうこう言う事ではないし、言う権利もない。例え女同士だろうと男同士だろうと制限する権利はない。
 そもそも私自身その対象に男女の区別はないのだから文句を言うつもりもない。
 だから彼女が女の子を好きだったとしても問題ない……というか彼女でいいのか? 女の子が好きなら彼でいい気がするんだけど……どっちも付いてるんだし……。

「………………」

 いや無理だな。どう見ても美女にしか見えない。何だったら美少女でいける。私よりは年上に見えるけれど、十分若い。竜族だけに実年齢は不詳だけど。

「誤解が解けたのならいいのだけれど……。それでガラードラ、ここはどこかしら?」
「王宮の地下である。王の悪趣味な場所といったところだな」
「ああ、拷問部屋とかでしょ? 私も最初されかけたわ。でもこの体の事を知ったらあのワームの水槽に放り込まれたのよね……」
「おのれ……人間め……」
「全身を這いずり回るワームの感触が何とも言えず気持ちが良かったわ……ちょっと酸のお陰で死にそうだったけれども……」
「ーーえっ!?」
「姫様……」
「何よ?」
「嘘でしょ? あんな気色悪いモノに嬲られて喜ぶだなんて……変態?」
「はっ!? 誰が変態よ!? 全身をヌルッとした柔らかいもので撫で回されたら気持ちいいでしょ!? あなたこそ不感症なんじゃないの!? 普通は気持ちよくって逝っちゃうに決まってるでしょ!?」

 セルフ抱擁で何を身悶えしているの!?
 何この変態オブ変態!?
 あんな所に放り込まれたら正しい意味で逝っちゃうわよ!!

「あんなグロいモノに嬲られて気持ちがいいとか……はっ! たかが知れているわ。よくそれで恋多き女とか言えたものね」
「お、おい……」
「はぁぁっ!? 試してもいないくせによく言えるわね? 確かに匂いはキツイわよ? でもねあのトロッとした手指とも違う不思議な柔らかさ……そうね近いもので言えば舌ね。無数の舌で全身くまなく愛されているような感覚。アレはちょっと他では味わえないわ。まぁあなたのようなお子様にはまだ早いのかしら?」
「待て落ち着け……」
「はぁっ!? 誰がお子様よ!? 私だってそれなりに経験してるわよ!! それにあなたさっき私に襲いかかっておいてよく言うわね? お子様に襲いかかる恋多き女?  プッ、そういうのまだ早いんじゃないかしら? クスクス……」
「キラリも煽るでない」
「言ったわね!? それじゃまだ早いかどうか試してあげるわよ!!」
「へぇぇ? どう試すの? あなたの魅了が通用しない私をどうやって口説くつもりかしら? スキル頼りのあなた如きでは女の子を満足させる事なんて出来ないんじゃない?」
「笑止! 私のテクでその減らず口を閉じてあげるわ!! 覚悟しなさい!!」
「望むところよ! 受けて立つわ!!」
「だから待てとーー」
「「ガラードラは黙ってて!!」」
「ぬっ!?」
「ひとの台詞を真似しないで欲しいわね!!」
「それこそひとの台詞よ? でもそんな事はいいわ。白黒ハッキリつけてあげるわ! さあ! かかって来なさい!!」
「そっちこそ覚悟しなさい。腰砕けにしてあげるわ」

 睨み合いながら少しずつ距離を縮める私と竜姫。
 手を伸ばせば容易に届く距離。そこから更に踏み込んで息遣いすら感じられるほどに近づく。

「「………………」」

 見つめ合う……というか睨み合う時間は長いようで短い。ふと彼女の表情が挑発的なそれから相手を慈しむようなものに変わった。
 不覚にもその変化に鼓動が跳ね上がった。やられた。表情の落差に反応させられてしまった。
 一度高鳴り始めた鼓動を落ち着ける時間は与えてもらえない。彼女(彼?)の手が私の頰に触れた。
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