魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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 扉の先は真っ暗な通路。突き当たりにボンヤリとオレンジ色の灯り。

 ズズ……ズズズズ……。

 その奥から聞こえてくる不審な音。

「何の音かしら?」
「わからぬ……がこの臭い……糞尿か?」
「拷問されて垂れ流しとか?」

 自分で言って気分が悪くなる。
 僅かな灯りは炎のような暖かな色味だけど部屋の中の空気はドロッとした生温さと鼻を塞ぎたくなる臭いが満ちている。

「奥へ向かうほど臭いはキツくなるわね」

 ハンカチで鼻と口を押さえていてもキツイ。

「まさかこの様な場所に姫を監禁しているのか!?」
「落ち着いて! まだわからないわ。とにかく奥を見ましょう」
「………………」

 グチュチュチュズチュズチュ……。

 泥の中を這いずり回る様な音。
 見なくていいものなら見たくない。

「灯りを先行させるわよ」

 手元の魔法の灯りを真っ直ぐに飛ばす。部屋に光が入った瞬間音が一気に大きくなった。

「ーー何!? 何なの!?」
「行くぞ!」
「う、うん……」

 こちらに向かってくる気配はない。廊下の奥でズルズルと引きずる様な音が響く。

「我が先に行く!」
「わかった!」

 ガラードラが部屋に侵入する。少しだけ間を開けて私も続く。
 何かに襲われるーー様な事はなかった。
 大きな背中越しにガラスケース……水槽? の様なものが見えた。
 酷く汚れていて中は見え辛いけど何かが入っているのは分かる。それ以外この部屋には何もない。

「大きな……水槽ね……」
「中で何かが蠢いている……」
「ひぃっ!?」

 慌てて距離を取る。
 中を見ようと近づきかけていたけれど急に怖くなった。

「ぃやっ!? 何か動いた!!」
「何かがぎっしり詰まっておる。正直我も嫌な予感しかせぬ。もしこの部屋に姫が囚われているとしたら何処にいる?」
「えっ……この部屋に……」

 もう一度部屋の中を見回す。出入り口は一つだけ。水槽以外には何もない部屋。いやでももしかしたら水槽の向こうの壁にも出入り口があるかもしれない!

「向こうの壁を見てみましょう。そこに扉があるかもしれないわ」

 何かが蠢く水槽の横を通って奥へ。
 相当大きな水槽で部屋の殆どを占領している。ガラードラよりもかなり高い。奥行きもかなりのもの。人を一人捉えるにしては大きすぎる。でも中の人を何かに嬲らせるのには都合がいいのでしょうね。

 ズズズズ……。

「ひぃっ!」
「おい! そんなにしがみつくでない。歩きにくいではないか」
「だってぇ……何か触手みたいなのがモゾモゾしてるのよ!!」

 そうよ、触手よ触手! エ□の定番のアレよアレ。こんなものに捕まったらアレをアレしてアレされちゃうじゃない!? 冗談じゃないわよ!? 触手で気持ちよくされるのなんて世界樹のおじいちゃんのだけで十分よ。アレは見た目蔦だったからいいけど、何よコレは……ドス黒くて臭くて汚らしい……とにかく気持ち悪いわ!!
 ああっ! イヤダイヤダ!! 想像するだけで気分が悪くなる。ううぅっ……鳥肌たってるし……。

「中がハッキリ見えぬが何か生き物がおる事は間違いないだろう」
「……扉ないわね」

 水槽の向こうにも扉はなかった。ここが最下層で最後の部屋。だから竜姫はこの中にいる……もしくはそもそもの前提が間違っていた。いいえ、まだ王宮のどこかにいる可能だってある。
 こんな訳の分からないモノがギッシリ詰まった水槽の中になんて囚われていないほうがいい。

「どうするの?」
「中を見る」
「………………わかったわ」

 わかりきった事を聞いた。ここまで来て確認しないなどという事はありえない。

「でもどうやって?」

 壊して中をーーっていうのは嫌よ?
 視線で問う。

「わかっている。離れた所から破壊しよう」
「っバカっ!! わかってないじゃない!! こんな何が入ってるのかわからない水槽を壊さないで!!」
「ではどうするというのか。破壊せねば中は確認できぬ。ここまで来て確認せぬわけにはいかぬ」
「それはそうだけど……でも……」

 嫌すぎるぅぅ!! 今もぐにゅぐにょって動いてるっ!!

「あ、そうだ! 水槽ごと魔法で燃やしましょう!」
「中身はどうなる」
「上手くやるわ! 最悪生きてさえいれば魔法で何とかなるから!」
「却下だ。もしこの中に囚われているのが姫様だったらどうする気だ」
「だって……気持ち悪いんだもん」

 呆れたようにため息を吐くガラードラ。
 上目づかいでおねだりポーズ。

「ダメだ。しかし貴様にも人並みに女らしい部分があったのだな」

 ダメだった。

「うるさい。こういうのは好きじゃないのよ……それにコレは男も女もなくない!? みんな好きじゃないでしょう!?」
「うむ。確かにそうかもしれぬな。我はワームの群れ如き気にもせぬが……」

 ああ、この触手ってワームかもしれないわね。
 種類によっては……死なせずにいたぶれるかしらね?

「そりゃぁあなたの場合はワームの方が逃げるでしょ!? 普通にしててもドラゴンの威圧感とか気配とかで魔物は寄り付かないでしょうしね」

 だからかもしれない。こいつらが騒がしいのもそういう気配とかを感じ取っているのかも。

「人間は平気なようだが?」
「魔物に比べたら気配とかそういうのに鈍いのよ。でも国王様とかはあなたの気配に反応したわよ」
「そう言えばそうだったな。全盛期がどうこう言っておったな……」
「そうね」

 まぁ己の全盛時ならどうこうできる程度の察知では意味がないけどね。私も魔力には敏くてもその他の気配は全然だから人の事は言えないけれど。最初は向かい合うまで彼の存在感に気がつかなかったわね。まぁ私の魔法を打ち消す事の出来る何かがいるのは分かっていたから無警戒ではなかったけれど。
 特に彼は魔力がそこまで凄くないから純粋に竜としての力が凄いんでしょうね。実際投石で障壁突破されたんだったわね……。よくよく考えると無茶苦茶よね。
 それでも上には上がいる。竜王様は全てがとんでもないから……。ホントよく何度も挑めるものね、さすが英雄ガラードラ様だわ。

「ふぅ……仕方がないわね。何処か隅の方を破壊して少しずつ中のウネウネを始末していきましょうか」
「面倒だな……一気に破壊すればよかろう?」
「絶対に嫌!! それするなら覚悟してね? 私も魔法で水槽ごとやるわよ!?」
「「………………」」

 流れる不穏な空気。
 場を支配する切り裂くような緊張感。
 一触即発。
 生きるか死ぬか、喰うか喰われるかーー。

「そう身構えるな。そこまでしてするつもりはない」
「ホントに?」
「ああ。これでも貴様の事は気に入っておる。貴様の意見を全く無視する気はない」
「そう、それならいいわ。許してあげるわ」
「偉そうだな」
「ふふん。あなたのご主人様だもの♪」
「役だがな……まぁいい」

 よかったよかった。凄惨な未来は回避されたわね。

「それじゃ上に穴でも開けて……ヒィッ!?」
「どうした!?」

 『浮遊レビテーション』で浮かび上がったそこには生首が……。
 いいえ違う! 頭だけが水槽の外に出てるんだ!!

「ガラードラ! 来て!!」

 天井との隙間はそれほど広くはないけれど多分彼でも大丈夫だと思う。

「何事か……狭いな……」

 後ろから彼の声。
 生首……じゃなかった、乱れた長い黒髪を払い顔が見えるようにする。女の人だ。血の気のない白い肌と唇。辛うじて息はしている。

「ガラードラ……この人?」

 魔法の灯りを操作して彼女の顔がハッキリと見えるようにする。

「ーー姫様!!」
「ちょっと!?」

 飛びかかるように突っ込んできた彼に押しつぶされそうになる。

「姫様! 姫様!!」
「ちょ……おも……つぶれ……どいて!!」
「おのれぇぇっっ人間共がぁぁぁっっ!!」
「まっ……ガラ……」

 体が熱く燃えたぎるように真っ赤になった肉体が隆起してボリュームが増していく!!
 まさか竜化!?
 怒りに我を忘れかけている!?
 冗談じゃないわよ!?
 こんな所でそんな事をされたら……。
 やばい!! これは本格的に死の危険が迫っている!?
 呼びかけも叩いてもダメッ!?
 くっ……。

「ま……って……って……ぁぁぁぁぁぁっっ!! 『雷撃の檻サンダーケイジ』!!」
「ぬぉぉぉっっ!!?? 貴様何をするっっ!?」
「うっさい!! 黙れ! 暴れるな!! 興奮するな!! 落ち着け馬鹿!! こんな狭い所であなたが我を忘れて暴れたらどうなると思うの!!」

 感電して仰け反った事で生まれたスペースにより私はどうにか命拾いした。
 死因筋肉に埋もれた事による窒息死ーーなどと言う意味不明な事にならずに済んでよかった。

「ーー大丈夫!! 彼女はまだ生きているわ!! さっき触れた時にまだ温もりがあった。そして言ったでしょ!? 生きてさえいればなんとかするって!! 既に『完全回復リザレクション』と『魔力の盾フォースシールド』で彼女を保護したわ。この中がどうなっているかわからないけれど早く助け出すわよ!!」
「すまぬ……我としたことがーー」
「あぁっっもうっっ! そんな事はどうでもいい!! 早くこの気色悪い水槽から助けるのよ!!」
「お、おう……」

 反省なんて後で一人で勝手にして頂戴!!
 私は女の子をこんな気持ちが悪い水槽に一秒だって居させたくないのよ!!

「ーーでも私も触れたくないっ! だから『護りの風ウインドプロテクション』からの水槽に穴を……『穿水アクアスラッシュ』。うっ気持ち悪い!  半分くらい消し飛んじゃえっ!! 『分子分解アトミックブレイカー』。あとは少しずつ……『炎の槍フレイムランス』ーー収束噴射! フレイムバーナー!!」

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!
 グニョグニョグニョグニョ!!!!!!!!
 いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!

「ぁぁぁぁぁぁああああああっっっっっっ!!!!!!」

 キモチワルイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!

「我の出番は……」

「ーー目標確認!! 何かで宙吊りにされてる!! ええいっ面倒!! 『水の方陣アクアキューブ』ーー切り取るわよ!!」

 彼女を包み込む水の立方体。これなら怪我はしないでしょうから遠慮なくぶった斬れるわ!!

「お、おう……だから我の出番は……」
「『穿水アクアスラッシュ』!!」

 オッケー! 任務完了!!

「ガラードラ!!」
「応! 我の出番かっ!!」
「降りるわよ!」
「お、おう……」

 フワリと『浮遊』により舞い降りた私の後にキューブ続く。
 ドスン! と大きな音を立てて飛び降りてきたのはガラードラ。何だか少し元気がないように見える。

「何よ、姫様を無事(?)救助できたのにどうしたのよ?」
「い、いや……何でもない……」
「ふーん……そんなにも救助するときに活躍したかったの?」

 面白いから弄ってやろう。

「なっ!? 貴様気付いていながらあの仕打ちかっ!?」
「うふふ。シュンと凹んだあなたも可愛かったわよ? でもその前の暴走には死ぬかと思ったわ。全く……勘弁してほしいわね。という訳だからこれくらいで許してあげるんだからありがたく揶揄われてなさい」
「ぐぬぬ……貴様ーー」

 今にも飛びかかりそうな猛獣……猛竜? を横目にお姫様の容態を確認する。

「五体満足……欠損とかなくて良かったわ……」

 まぁそれはそうか。『完全回復』したものね。でも目を覚ますような気配はない。深い眠りならまだいいけれど……昏睡状態? もしくは脳に影響が出て植物状態だったらどうしようもない……のかしら? 魔法での癒しがどのレベルまで作用するものなのかわからない。確実なのは肉体的な損傷の回復だけ。でも精神的なものを癒す魔法はない。混乱とか魅了とか所謂状態異常回復系はあるけれど……。

「取り敢えず綺麗に洗浄ね。魔法干渉ーーせ……」

 ゴホン。口に出すと怒られそうだから心の中でだけ言いましょう! 洗濯機! スイッチオン!!
 右にぐるぐる、左にぐるぐる。渦の力でごーしごし! 華奢な美女を綺麗にしましょ♪ ヘイ!

「……少し悪ノリしたかしら……?」
「何か言ったか?」
「いいえ何も……ん?」
「どうした?」
「あれ……」

 私が指差したのは彼女の股間。そこには長い棒状のモノが付いている。ある意味見慣れてはいるけれども、女の私にはないモノだ。
 それにしても体つきはどう見ても女性。胸だって結構ある。股間のソレさえなければどう見ても女性にしか見えない。

「……姫様は特別なのだ……」
「なるほど……」

 いやいや、だから何が特別なのよ!? なるほどじゃないわよ!?
 これはあれか? 両性具有とかいうやつ? 男でもあり女でもあるとかいうの。

「………………」

 ジッと見つめるガラードラ。その表情には深い愛情……なのかなんなのかわからないけれど、慈しむような懐かしむような……それでいて何処か苦虫を噛み潰したかのような複雑怪奇な感情が見えた。
 特別な姫様。それに続く説明を待ったけれど、どうやらそれ以上は口にするつもりはないようでジッと洗われる彼女の姿を見つめていた。
 股間のモノさえなければ何処から見ても若く美しく魅力的な女性の一糸纏わぬ裸体をいい歳したおっさんのガラードラがじっと見つめていた。

「ーーところでいつまでマジマジと見つめているつもりなの?」
「ああすまぬ。姫様が無事でよかった。貴様にも感謝する」
「いやそうじゃなくて、女の子の裸を何マジマジと見てんのよ! 変態!! って事なんだけど?」
「「………………」」

 ちょっと何無言で後ろ向いてるのよ。

「彼女に言うわよ?」
「後生だ! 黙っていてくれ!!」
「……貸し一つよ」
「ムムム……」
「じゃぁ言うわね?」
「くっ……わかった! 条件を飲もう」
「うふふ。仕方がないから黙っていてあげるわ。ガラードラがあなたの裸を熱心に穴があくほど見ていたって事はね……」
「おのれ……」

 ワナワナと握った拳を震わせながら歯軋りするガラードラ……でもさ、そんなに嫌がらなくても良くないかしら? いくら私でもそこまで無理難題を吹っかけるつもりはないのに……ほんのちょっとからかってるだけなのに……ふーんだ。ちょっと傷ついたんだからね! 覚えてなさいよ!
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