魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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「それで結局お前は何者だ?」

 おそらくパーティーリーダーであるはずのラーサスさんが問うてきた。
 一見無造作に短槍を下げているがその実かなり警戒しているのがわかる。そんな事が分かるくらいには強くなった。そっか……。あの時から随分強くなったんだな……私。
 他の三人も同様に警戒しつつ私の返答を待っている。

「……そうですね、偶然通りかかった天才美少女魔法使い……でいかがでしょう? そこのキングキマイラから討伐証明部位をお持ち頂いて構いませんので、私の事は見なかった事にしませんか?」

 あ。言ってから気がついたけれど、これではいかにも訳ありな感じでただでさえ怪しいのにそれに輪をかけてしまった様な気がする。

「ふざけているのか? それとも……」

 武器を握る手に力が込められた。

「待ってラーサス!」

 一触即発。寸前でアリーシャお姉様が止めに入った。視線は私に向けたままでラーサスさんを制止する。

「どいうつもりだ?」
「ごめんなさい。基本的にあなたに任せる事に変わりはないの……でも。彼女と戦ってはいけないわ。それだけは譲れないのよ。だからお願い、そのつもりで対応してほしい。ジェイクのは野生の勘だけれど私は違うわ」
「おいっ! ……って無視かよ!?」
「「………………」」
「まぁまぁジェイク、そう落ち込まないで……」
「いや落ち込んでねぇけどよ……」

 ラーサスさんが私をジロリと睨む。その視線はまるで私を値踏みする様で少し落ち着かない。後ろの二人が視界に入るとどうしても頰が緩んでしまう。前の二人との緊張感の差が凄い。
 ほんともう相変わらずで嬉しすぎる。でもでも、それを表情に出しちゃいけない。我慢我慢。真面目な表情でラーサスさんを見つめ返す。
 それにしても灰色のローブに身を包んで、顔だってフードで隠しているのだからじっと見たところで大して何かが分かるわけでも無いと思うのだけれど……。

「そちらの目的はなんだ? この魔獣共とは無関係なのか?」
「もちろん関係ないわ。それよりも……この洞窟がどういうところかご存知ですか?」

 ん? 槍の穂先が下がった? 一先ず私に敵意がない事が伝わったのかしら? よしよし。これで話をする土壌ができたってことよね。あとは用意しておいた言い訳が通用するかどうか……。

「いいや。魔獣の住処にしてはやけに広いが……」
「此処よりもう一つ下の階層にこれがあります」

 取り出して見せるのは紫色の透き通った結晶。
 まるでアメジストの様な手のひら大の輝石。

「それは……?」
「ーー姉さん!?」
「……ええ……まさか生命の水晶?」
「何!?」
「ただの綺麗な石……ってわけじゃぁなさそうだな。それで、それが何なんだ? 高値で売れるのか?」

 お姉様たち姉妹は知っている様子。ラーサスさんも聞いたことくらいはありそうね。ジェイクのおっちゃんは問題外ーーと。

「そちらのお姉様方が口にした様にこれは生命の水晶と呼ばれる貴重な素材です。私たち錬金術士にとっては……」

 いくつかの素材を合成させる事で貴重なアイテムを作り出すことができる錬金術士は鍛冶師を遥かに上回るレア職業だ。鍛冶師も魔法を付与した武具を作り出せるが、その技量によって出来上がるものに格段の差が出てしまう。凄腕の鍛冶師であればその価値は錬金術士に匹敵するだろう。
 もう一方の錬金術士が優れているのは素材さえ集める事が出来ればあとはレシピに沿って合成するだけ。鍛冶師に比べると完成する品は術者の技量に影響されにくい。
 実際には完成品にスキルレベルに依存した補正値が加算されるから影響がない訳ではないのだけれど、今はその事実は関係ない。

「ーーとても貴重なのよ。そこに転がるキマイラなどよりも遥かにね」

 キマイラの血液も素材といえば素材だけれど、私には不要だ。何せ自分の血を使った方がより良いものを合成できる。魔法錬金システム様さまね。
 ……まぁレベルがおかしいせいでアイテムに頼る必要がなくてあんまり活躍の機会がなかったけれども、本当なら色々と面白いモノが作り出せるのよ?

「一ついいか?」

 ジェイクさんが真面目な表情で聞いてきた。ちょっとびっくりした。一番理解してなさそうな人が真っ先に質問とは……もしかして意外と頭まで筋肉じゃないのかしら?

「どうぞ。答えられる事ならお答えします」

 声の主、ジェイクさんへと向き直る。

「大した事じゃないんだがーーお前さっき魔法使いって言わなかったか? それとも錬金術士が本職で魔法使いはフェイクなのか? いや、逆か? そいつを一撃で屠った魔法の腕前……高レベルの魔法使いが何故人目を忍ぶ? 訳ありーーそれも世間様に顔向けできない様な類のものか? しかもただのキマイラじゃねぇ、キングキマイラを俺たちに譲ってでもとなるとただ事じゃねぇよな?」

 腕を組み自慢げに己の考えを語る短髪筋肉親父……確かまだ二十代半ばだったかしら? 予想に反して脳筋ではなかったけれど、それほど賢いキャラでもなかった筈よね? それなのに何よ、思ったよりもずっと頭が回るじゃない。これでどうして娘さんに嫌われる様なバカな事ばかり言うのかしらねぇ……。
 ただし! 今それを言う!? あなた最初は私の異常性に気づかないふりをして普通の子供扱いしようとしていたのに、今の発言は真逆じゃない。
 まぁ今更ふつうの子供扱いする必要も無くなったからいいと言えばいいのかもしれないけれど……。

「「「「………………」」」」
「……おい? 返答はないのか? それとお前らはその目をやめろ。普段俺をどういう目で見てたのかよくわかるな。覚えてろよ」

 意表を突かれてビックリしたのはやっぱり私だけじゃなかった。……と少し安心した。それと、変わっていない彼らが見られて嬉しくなってしまった。

「ごめんなさい。最初にお詫びします。戦士系クラスの方がそこまで頭が回るとは思っていませんでした。ジェイクさんでしたか、あなたのご指摘通り私は魔法使いです。正直錬金術士などとは名乗ったこともありません。ですが、全くのでまかせと言うわけでもありませんよ? この水晶は事実錬金素材として使用するつもりですし、ここへ来た目的も嘘ではありません。それと確かに訳ありですが、世間様から非難されるような後ろめたいものはありません。信じて頂けるとは思いませんが……」

 本命の目的は流石に言えないけれどこれくらいなら。

「それならどうして素性を偽った?」
「ラーサスさん……でしたか? あなたやそちらの魔法使いの女性アリーシャさん? ならお気づきでしょうけれどもこれでも私は魔法を極めておりますので、色々とあるのですよ」
「……極めているとはまた大きくでたわね。相当の腕前なのはわかるけれども……」
「試してみますか? 先ほどの魔法を見ても尚見たいというのであれば……。あ、そうだ。先にこのフロアを見て回ってみてはいかがでしょう? 結構たくさんの氷像が見れますよ?」
「………………」
「私は目的のモノを入手した。あなた方は討伐依頼を遂行した。それでいいではありませんか。何か問題がありますか? まさか自分たちが成していないーーなどと青臭い事は言いませんよね?」
「それは……くっ……」

 些か挑発的過ぎただろうか? でもこれ以上会話を続けると私の方がボロを出してしまいそうだから、早めに終わらせたい。本当はもっとたくさんお話をしたいけれど……。
 もっと上手く立ち回れたんじゃないか。そう思えなくもないけれど、犠牲が出る前に介入すると決めていた。その為なら今の私が少しくらい悪く思われても構わない。

「というわけで私は行きます。返事は不要です。私は他にもすべき事がありますから……。では皆様ごきげんよう……。そうそう、下の階層は必ず見ておいてください。それをどうするかはお任せします。とても貴重ですよ」

 言うだけ言って早々に立ち去る。
 身を翻して去る私に彼らは何も言ってこない。
 彼らの……アリーシャさんの命は救えたけれどあまり後味は良くないわね。
 目的の為なら手段は選ばない。そう決めていても心情的には辛いものがある。
 これから先私はいくつこの様な出会いと別れを繰り返すのだろうか。それでも私は……。
 願わくば私の大切な人たちが幸せに暮らせますように……。
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