魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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「……右から来ます……」

 ムスッとした声でアンが魔物の出現を伝えてきた。
 前方右の通路からキマイラの巨体が姿を見せるが、もう今更驚きもしない。出現即討伐。一瞬で氷漬けになって絶命する。何だか逆に申し訳ないくらいだ。

「ちょっと、まだ怒ってるの? いい加減に機嫌を直しなさいな」
「怒っていません。ちょっと不機嫌なだけです」
「それじゃその不機嫌を直しなさいよ。ちゃんと謝ったじゃない。街に着いたら何か美味しいものを食べさせてあげるわよ。だから機嫌を直しなさい」
「そんなことくらいで誤魔化されませんから! あんな事をされて……私もうお嫁に行けません!! あんな……あんな目に遭わされるだなんて……」

 あんな事? クスクス。あんな事かぁ……。うふふ。
 自分で言うのも何だけれどちょっとブラックキラリが目を覚ましそうだわ。(笑)

「お大袈裟ねぇ。ちょっと揉み揉みされて逝っただけじゃない」
「いっ!? 言わないでください!! だいたいどうして姫様はそのように平然としておられるのですか!?」
「えっ? 言わなかったかしら? 私にはこの先の未来を経験した記憶があるって……」
「ーーまさか!? まさか姫様は……」
「何よ、そんな深刻そうな声を出して……?」
「深刻も何もまさか、姫様は経験済みなので御座いますか?」
「経験って、エ○チのこと?」
「いけません!! 姫様ともあろうお方がそのような言葉を口にするだなんて!!」

 顔を真っ赤にして可愛らしいわね。そんな顔をされたらなおさら苛めたくなるじゃないのよ。

「そんな事を言われてもねぇ……」

 そう今更なのである。陛下から渡された秘薬を飲んで目を覚ましたら既に一度未来を体験していた。しかも言ってみればバッドエンドを体験した訳だ。
 そしてそれよりも強烈なのは目を覚ましたら私の記憶には覚えなのないアレやコレな情報が満載なのである。
 それこそお嫁にいけないような事が出るわ出るわ。何が一番ショックって自分があんなにもエ○チな人間だったという事よね。最初の方はともかく途中からは自分から積極的にガツガツと……。サキュバスも真っ青よねきっと。
 もうホント呆れちゃうわね。でも……興味はあるわ。だってあの表情……どれだけ!? って思うじゃない?
 さっきのアンの顔も凄かった。トロンとしてて……。でも怖いのも本当。もう少し……。体が記憶の中の姿に成長するまでは我慢しようと思うくらいにはね。

「……私の記憶にはすっごいのがたくさんあるのよ? あなたにも見せてあげたいわこの記憶を……」
「い、いりません! わ、わ、私にはまだ早いですからっ!!」

 ほんと見せてあげたいわ。あなたが私に何をしたのかを特に。でもそんな事をこの娘に言ったら大変な事になりそうね。それこそ今度こそ本気で私の前から姿を消してしまうかもしれないわ。それは私にとって辛すぎる事だから、この事は絶対に秘密にしなくちゃね。

「こ、この話はもう終わりにしましょう! いいですね姫様!!」
「そうね。そうしましょう。いい加減緊張感を持つべきだしね。『氷結の矢』」

 第三層を巡りながら発見した魔獣を次々と討伐していく。臭いと見た目の凄惨さの対策で全て氷の魔法で
対応した結果、この階層は氷の美術館のようになってしまった。キマイラばっかりだけど。

「……うーん。あらかた片付けたみたいね」
「そのようですね。もう一つ光点が残っていますね。どうされますか? そちらに向かいますか?」
「そうね……」

 どうしたものかしら。予想に反して戦闘の痕跡がなかった。それはつまりまだ彼らはここに来ていないという事? 記憶と時間的なズレがあるように思うのだけれど、どうしてかしら? まさか私の何らかの行動で未来が変わってしまった……とか?
 いずれにしろそんな事は検証できないから考えても仕方がない。仮にこれから来るとしても残るキマイラは一体だけ。これなら十分に対処できるはず。
 次に進むべきかそれとも……。

「……下を確認するわ。アン、マップを見せてちょうだい」

 そうよね、ここまで来たら念の為下を確認しておきましょう。戦闘の痕跡だってもしかしたら私が見落としたのかもしれない。だとしたらアリーシャお姉さまは四層の水晶の所に居るはず。今ならまだ助かる可能性がある。



 緩やかなカーブを曲がった先はキラキラと紫の煌めきが溢れていた。
 まるでアメジストドームの様な空間。そこに包まれる幸せ。魔法の光を反射してそこらじゅうが輝いている。
 でもーーこれは命の煌めき。生命の水晶はこの地で命を落としたものが変じたもの。ある意味でこの煌めきは命の煌めきそのもの。生命は美しい……この光景を表している訳ではないけれどそう思わずにはいられない。不思議で美しいある種神秘的な輝きがそんな事を考えさせるのだろうか。

「とても綺麗ですね……」

 場の空気に飲まれていたアンがようやく言葉を発した。何も知らなければ壁面が水晶に包まれた神秘的な洞窟でしかない。
 これ程までの水晶窟は私だって他では見た事がない。

「そうね。これが全て生命の水晶と呼ばれる貴重なものなのよ。この一欠片でも相当な価値があるわ。そう考えるとキマイラを壊滅させたのはマズかったかもしれないわね。ここを訪れる冒険者に荒らされてしまうわ……」
「そんな……」
「でもそれは仕方がない事よ。冒険者とはそういうものよ。良くも悪くも世界を切り開いていくのだから」

 最奥まで進んでも目的の人物は見当たらなかった。やはりまだ訪れていないのだろう。
 キマイラはほぼ駆逐した。残るはあと一体。大丈夫なはずなのに妙な胸騒ぎがする。

 この後私がすべき事は……。世界樹は多分間に合わない。あれは一年二年の話じゃない。シーラくんは……恐らく彼一人でも成し遂げるだろう。協力出来ないのは辛いけれど、時間的な問題がある。
 ハデス様に至ってはいつでもいける気がする。でもあの関係はちょっと……。出来れば普通に出会って恋をしたい。
 それならまずは王都? いいえ、あそこはそれこそいつでもいいわよね。別に何かあの人達に危険が迫っている訳じゃないし……。
 そうね、やっぱりそれしかないわね。

 ーー竜王グラングルン。

 彼の参戦を止めなければ私にも魔族にも未来はない。
 しかも竜王参戦の理由すらわからない状況で立ち回らなくてはならない。時間は一秒でも惜しい。

 だからこそ急いで立つべきなのに……この胸騒ぎをどうするべきなのか……。
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