魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

(6)

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 難しい事は一度時間を置けばいい。そうする事で新しい何かに気付くこともあるし、自分自身の捉え方が変わることもある。時間とはそういうものよ……。
 そう、これは考える事を放棄したわけではないわ!
 戦略的撤退! 後ろに向かって前進!! ……みたいなものよ!!
 だって、しょうがないじゃない!? なんでこの時点のアンがこんなにもヤンデレになっているのよぉっ!!??

 ーーと内心の葛藤はさておき、タートスの街ですべき事は終えた。時間は有限。一秒だって無駄に出来ない……。そう、無駄には出来ないのよ!!
 ついさっき無駄にしてたじゃん? みたいなツッコミはやめてぇぇぇっっ!! そんな酷いこと言わないでぇぇぇっっ!!! ……というのが無駄な時間なのよね、気付けよ私。(笑)
 いやほんと笑い事じゃないから。

 ……はぁぁぁ……。

 一人でボケてツッコンで……これでホントに時間の無駄遣いをしていたら笑えないわね。

「姫様! まもなく到着です」
「早いわね。やっぱり空を飛ぶって凄いわね」
「そうですね」

 どれだけ急いでも間に合わないかもしれない。それでも此処へ寄らない訳にはいかない。

 アリーシャお姉様……。
 初めての街で出会った素敵な冒険者チームの一人。
 双子の姉妹とおっさんとインテリ眼鏡の四人のチーム。
 私が出会った時には三人のチームだったけれど、たった一度のクエストだったけれど色々な思い出がある。仲間っていいな、素敵だな……。そんな思い出。
 今から私はその思い出を上書きする。今度は四人の彼らと出会いたい。そしていつかまたーー。

 今の私なら救える。ただし……間に合えばの話。
 時間の壁は私でも越えられない。だから急ぐしかない。最初まで巻き戻された私が言うのもおかしいかもしれないけれど。
 色々考えつつもそこはそれ、ちゃんと次の目的地に向かって移動はしている。それも高速で。私偉い!
 夜の闇に紛れて飛行魔法を用いて一気に移動。遮るもののない空を目的地へ向けて一直線。
 そして想像していたよりもずっと早く着いてしまった。この場所へ。

 アリーシャお姉様の墓標……という感じはしないけれど、お姉様が命を落とした場所。出来れば救いたい。でもそうすると私と彼らの接点は生まれないかもしれない。それは心にあるこの思い出を夢にしてしまう事なのかもしれないけれど……それでも! それでも救えるのなら救いたい。お姉様とミレーヌさんの……ついでにジェイクさんとラーサスさんも。みんなの笑顔の為ならっ!! 思い出なんてまた新しいものを作ればいい!!
 何度も繰り返す意味のない葛藤。仮に何度巡ってきても私の選択は変わらない。
 お姉さまを救いたい!!

「よし!! 行こう!!」
「えっ!? 夜明けを待たないのですか姫様? 昨日から一睡もされていませんよ? せめて仮眠を取った方がよろしいのではありませんか?」

 決意を新たに一歩を踏み出そうとしたそのタイミングで……アンのその指摘に私の体は急に疲労を感じ始めた。一度自覚してしまうとダメだ。高揚していた色々なものが冷めていくにしたがい空腹や眠気に抗えなくなってきた。

「……そうね……一度休みましょう」

 彼女の提案を拒否する事は出来そうもなかった。
 急いては事を仕損じる。自分にそう言い聞かせて。私は暫しの休息をとる。



 遠い地平線の向こうから朝日が顔を出す頃。

「元気百倍!!」
「なんですかそれは?」

 何ってそれはもちろん……言えないけれども、とにかく凄い人なのよ。彼ほど凄い人を私は知らないわ。

(……ちょっと言いすぎかしら? うふふ)

 仮眠とそして軽い食事を終えて私とアンはしっかりリフレッシュしていた。
 そして思わず両手を掲げてそんな事を叫んでしまうくらいには回復した事は間違いない。

「なんとなくよ、うふふ」

 アンの質問には適当に笑ってごまかしておいた。だって言えない事なんだもの、仕方がないわよね。
 それでは改めてこの地での目的を果たしましょう。
 此処「水晶の洞窟」での目的を!!

「アンはマップの確認をお願いね。『探索』ーー結構な数の魔物がいるわね。一層、二層の雑魚は無視していいとして、三層は殲滅するわ」

 現時点でどれほどの数のキマイラが生息しているのか? それはわからないけれど、全部討伐してしまえばいい。
 それからお姉様を救出してあの温泉宿にでも送り届けよう。
 裏口ーー大きく裂けた亀裂から直接三層に入って程なくして肩に座るアンから警告の声が上がった。

「姫様! 前方に魔物です!!」

 立ち止まり暗闇の奥を見つめる。岩肌が剥き出しの自然洞窟。亀裂の先は天井が高く他よりも広い空間。
 そこから今までよりも濃い血と獣の臭いがこちらまで漂ってきた。そしてズシンと低い音を立てて光の照し出す中へと魔物がその姿を現した。
 魔法の灯りが照らしだしたのは間違えようのない姿。ライオンとヤギと蛇が合体した魔獣キマイラ。少し小さめーーと言っても子供のゾウくらいのサイズ。
 そいつは私の姿を見つけると餌でも見るような視線を向けてきた。小さな人間が一人。確かに魔獣にとってはそんなちっぽけな存在は餌以外の何物でもないのだろう。
 ただし、それが普通の人間なら。
 残念がら私は普通ではない。もちろん魔族だから! などというくだらない事実をもってそう言っているわけではない。かといって馬鹿みたいな方向に捻じ曲がったスキルのことを指しているわけでもない。断言するが私は変態ではない!!
 あんなスキルは私の望むものではない!!

 ……。思考が逸れた。それ過ぎてしまった。
 私はあくまで普通の人であり、変態ではない。

 ……あれ?

 訳が分からなくなってきたわ? 普通の人間ではないから始まって結論が普通の人って……私って意外とおバカだったのかしら?

「ま、まあいいわ。今は目の前の子猫ちゃんをどうにかしなくちゃね!」
「こ、子猫……ですか?」
「そうよ? それとも……子ヤギの方が良かったかしら?」

 ライオンだものネコ科でいいわよね。それとも意外性をついてヘビーーは何科かしら?

「い、いえ、あの、そういう問題とは……少し違うかと……」
「そうよね。別にどちらでもいいわよね。どうせすぐに討伐するわけだしね」

 目の前の魔獣が涎を垂らしながら私に向かって一歩を踏み出してきた。それは強者が弱者を捕食する傲慢な歩み。逃げられる訳がないと奢ったモノの愚かな歩み。
 たった一歩。愚かな魔獣に許された最後の行動。強者の愉悦に浸りながら己が弱者であった事を知ることもなく散るある意味幸せな魔獣。
 キマイラが二歩目の歩みを進める事は未来永劫訪れない。

「『氷結の剣アイスブランド』」

 醜い笑みを浮かべた愚者は断末魔の悲鳴すらあげる事なくその命の炎を消した。
 無数に突き出した氷の剣のような氷柱が魔獣の体を一瞬にして氷漬けにしてしまったのだ。

「えっ、あ、えっ、ええっっ!? ど、どうなって……」
「心配いらないわ。氷漬けにしたから無残な死体を見ることもないし、匂いだって気にならないでしょ?」

 でもちょっと威力はおかしいわねこれは……。
 中級レベルですらこの威力。やっぱり私の魔法はどれもこれもバカみたいな威力。殺すつもりがなければ人間相手には使えないわね……。

「それはそうなのですが……姫様? 姫様は一体どうなってしまわれたのでしょうか? いくらなんでも秘薬の力ではありませんよね? 少々……いいえ、少々どころではなくおかしいです! でも姫様は姫様ですよね!? だとしたらその力は一体……」
「………………」

 どう答えるべきなのかしら?

 私は私。

 これから先の未来を知る私と、これまでの私は確かに同一人物ではないのかもしれない。でもその両者の記憶に、共通する記憶に齟齬はない。ちょっとやばい人(笑)の記憶も混ざっているけど、どちらも私。でも……今の私は今まで一緒に育ってきた今のお世話妖精アンが知る今のキラリ姫ではないのかもしれない。

 どう答えるのが正解なのだろうか。そして何をもって正解とするのだろうか。明確な答えのない問いにはどう答えるのか。そのような問いに対して私は……私ならどう答えるのか。

 それは……。

「アン……あなたが信じてくれるといいのだけれど……。今私には未来の可能性の一つを経験した未来の私の記憶があるの。そこで私は様々な経験をして様々な力を身につけたわ。今の魔法もその力の一つなの。身につけた多くの力のほんの一端なの……と言えばあなたは信じてくれる? 私のこんな妄想のような話を信じてくれる?」
「………………」

 沈黙。そして私のすぐ目の前に金の髪の妖精が姿を現した。じっと私の目を見つめるその表情は見たことのないくらい真剣な表情で彼女が今物凄く沢山の事を考え悩んでるいるのだろうと思えた。

「たとえどんな記憶があったとしても私は私のつもりなの……でもね、記憶がない時と同じ判断をしているかどうかは私にもわからないの。だからずっと側にいたあなたには私が別人にでもなってしまったように感じてしまうかもしれないわね……」
「……それは予言の様なスキルなのでしょうか?」
「違う……と思うのだけれど、私は予言がどの様なものかわからないから断言は出来ない。でも多分違うと思うわ。私は少し先の未来を実際に体験してきた。その上で今ここにいる。そう思っているわ。だからこの洞窟に来るのは二度目よ。一度目にやり残した事があるの。だから来たのよ」
「そうですか……」

 話すべきではなかったのかもしれない。でもいつまでも隠せはしなかっただろうと思う。ずっと側にいた彼女が私の変化に気がつかない筈がない。例え私自身が気が付かない様なことでも側にいる人なら気付くのではないかしら。
 だからこそ今異常な私の魔法を披露したこの時に話をしてみた。
 彼女にはこの途方も無い話を信じて欲しい。そして願わくば今まで通り私の大切な家族として側にいて欲しい。
 酷く揺れる彼女の瞳を見つめながら私はそう願った。



「姫様……」
「なぁに?」

 とても長い時間彼女の返答を待った。いえ、実際にはそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。それでも私にはとても……とても長い時間に感じられた。

「一つだけ質問があります」
「ええ、なんでも聞いてちょうだい」

 なんだろう? きっととても大切な事なのだろう。それ次第で私の話を信じるかどうかを決めてしまうほどの問いかけ。たった一つの質問で信じるに値する様なモノがあるのかしら?
 ……いいえ、きっとあるのね。アンにとってはただその返答だけで十分なそういう何かがあるのよ。
 だったら私はその想いに応えてみせよう。
 さぁ! 何でも聞いてちょうだい!!

「姫様の体験したその未来に私はいましたか? 姫様のお側に今と変わらず私はおりましたか? 姫様の経験した未来の全てに私はご一緒しておりましたか?」
「……なんだそんな事を気にしていたの? 私の側にあなたがいないなんて事はあり得ないじゃない。最初から最後までずっとあなたは私の側にいたわ。あなたに未来の記憶がない事がとても残念よ? 大変な事も沢山あったけれど、あなたと過ごす日々は私にとって最高に幸せな日々だったわ。もちろん今もそうよ?」

 どうかしら? この返答で正解かしら?
 視線で問いかけると彼女にいつもの笑顔が戻ってきた。
 よかった。きっと正しい回答だったのね。

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 そう言ってニッコリ笑うアン。あれ? でも何だかその笑顔はーー。

「やはり姫様は姫様です。私がずっと側にいたのであれば何も心配する必要はありません。きちんとお世話が出来ていたという事ですからね。今の姫様について何処かで一度確認致しましょう。お勉強やお作法などどの程度学んだか、上達しているのか、アンはとっても楽しみでなりません。ね、姫様?」
「ーーえ゛っ!?」
「え。じゃありませんよ姫様。これまで甘やかしていた分を取り戻すチャンスです。いいえそれどころか一気に挽回する事も夢ではありません。嗚呼! 私がこれまでどれほど苦労してきたことか……未来の私ありがとう!!」

 ミュージカル!? とでも思えるほどの大袈裟な喜びよう。あれぇ? ちょっと思っていたのと違うんですけどぉ……??

「いや、ちょっとアンさん?」
「頑張りましょうね姫様?」
「………………」
「ひ・め・さ・ま? よろしいですね? 頑張りましょうね?」

 笑顔が怖い……。

「姫様?」
「は、はい……わかりました……」

 笑顔の圧力に私は屈するしかありませんでした。
 あれ? なんでこんな展開になったのかしら? もっとこう胸がキュンとするような熱い友情? 愛情? そういうものを感じる展開だったと思うのだけれど……。
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