魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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 今この時点の私が手をつけるべきはこの森に巣食う盗賊団の壊滅だろう。
 あんな物は百害あって一利なし。マロちゃんを捕らえる前にとっとと片をつけるべきよ。
 記憶通りの状況なら今なら色々と先手を打てるはず。スライムと遊んでいた分の日数だけ余裕があるはずだから。おそらく魔狼の子供マロちゃんを捕らえる前に壊滅させられるはず。
 あの子にはあんな酷い目にあって欲しくないわ。
 だから盗賊団にはここで退場してもらいましょう。


 例え鬱蒼とした森であったとしても空から行けば迷う事もなくあっという間に視界に入る盗賊団のアジト。マップに示された光点は十。全てが盗賊確定ならいっそこのまま魔法で一撃必殺しちゃうんだけど、万一囚われている一般の人がいたとしたらその人たちも一緒にサクッといっちゃうので、面倒だけれど可能性を考慮するとやむを得ない。安全策といきましょう。
 ホント面倒だわ……という訳でーー。

「『眠りの霧』」

 ーーとなるのよね。
 力ある言葉によって私の魔力が世界に満ちたマナに干渉を始める。何処からともなく湧き出した霧の微粒子がアジト全体を覆い尽くす。今回は目視していないので状況把握は出来ないけれど全く問題ない。だって私の魔法に抵抗できる人なんてそうそういるはずがないのだから。

 結果。

 制圧は予想通り完了。盗賊は全て捉えて拘束した。ストレージに様々なアイテムが入っているあたりやはり二周目と考えて良さそうだ。以前はここでボロボロのシャツを拝借したのだったわね……嫌な思い出だわ。
 それにしてもストレージのアイテムは大助かりだわ。これは良い意味で予想外の事だけれど、非常に助かる。あとでいつもの服ーーは無理だから体に会う服を探して着替えよう。森の中でドレスはない。
 そして悪い方の予想外が一つだけあった。例の地下牢に女性が二人も捕らわれていた。
 そこそこ仕立ての良い服を着ているところを見るとその辺の村娘という訳ではなさそうだ。不幸中の幸いか衣服にアレな感じの乱れはない。
 眠っているからハッキリとは言えないけれどまぁ可愛い部類に入ると思う。私が来ていなければ十中八九性奴隷行きね。それはもうあんな事やこんな事を毎日のように繰り返し繰り返し……。
 んぃやだ、ちょっとハデス様を思い出しちゃったじゃない。少しだけ恋しいような気がしなくもないような違うような……。
 そんな酷い目に遭わなくて済むのだからよかったわね。そう思う反面、面倒な事になった。そんな風に思う自分がいた。その事に少しだけ驚いたけれど、その理由はわかっている。
 夢ーーじゃなくて前世……でもなくて……一周目? まぁ何でもいいわ。前回の人生での経験が私の思考を大きく変えた。一年にも満たないほんのわずかな期間の記憶でもそれは私に重くのしかかっている。経験の質が違いすぎて幼いキラリの心が飲み込まれてしまいそうで怖い。その飲み込もうとしているモノもまたキラリ自身であることに違いはないのだけれども……。
 今も現在進行形でまるで子供の頃のイタズラを思い出すみたいに次々と思い出している。何よりも辛いのはこの森で目覚めてからのわずか数時間で私は相当な耳年増になってしまった事かしら? まだ花も恥じらう蕾の乙女だというのにアッチ系の知識と経験が酷すぎる。穢れを知らぬ乙女にこの記憶は本当にキツイわ。気を緩めると熱く火照る体が私を惑わせる。

 ーーっと!? ダメダメ。また自分で触れたくなってしまうわ。今はダメよ今は……もうっ!

「どういたしましょうか?」

 アンの声で思考の海から引き戻された。

「……そうね……放っておく訳にもいかないでしょうし……」

 舌打ちしたくなるのを堪えながら思案する。
 答えなんてわかりきっている。街に連れて行き保護してもらうしかない。でも彼女らを救出した私の素性はどうなるのか? 何も問わず引き取ってもらえると考えるほど今の私は世間ずれしていない。だから面倒なのよ。まったく、せめて冒険者であればよかったのだけれど、残念ながら私はまだ冒険者ではない。
 引き継ぎーー今の私の状況を暫定的に『強くてニューゲーム』だと位置付けているのだが(条件的にそうに違いないと思っているけれど)誰も答えなんて教えてくれないから、他の可能性を否定しない為にも暫定としておく。
 それはさておき、引き継げていないモノの一つが冒険者としての身分だ。サービスで登録してくれていても何も文句はないのだけれど、さすがにそれはないだろう。いつどこで登録したのか、そういった記憶は私にはない。
 前回と同様に何処かで登録するつもりではいたけれど、あくまで何処かであってそれはタートスの街ではない。必要がないので街には立ち寄らないつもりだったのだけど……仕方がない。
 あそこの街で気がかりなのはクロスパイソンだけだから、早々に始末した上で先を急ぎたかった。
 特に水晶の洞窟。あそこだけは一刻も早く何とかしておきたい。急げばもしかしたらアリーシャお姉様を救えるかもしれない。その可能性の為ならミレーヌさん、ジェイクさん、そしてラーサスさん。彼らとの出会いや交流するきっかけを失ってもいい。ううん、あんな悲しいきっかけなんていらない! 無事なみんなと出会う別のきっかけを探せばいい。
 そうよ。だからこんな所で迷っている時間だって惜しい。盗賊の素性を示すような物を探してこの娘達を街へ連れて行こう。
 あとはその場の流れに任せるしかない。なるようにしかならないわ!



 タートスの街の衛士詰所に保護した女性を送り届けた。森の盗賊団を偶然壊滅させて囚われていた女性を救出したので近くの街に連れてきた凄腕の魔法使い……という設定で。

 女性は浮遊の魔法で浮かべて連れてきた。流石に見世物よろしく街の中ーー入り口の門の側とはいえ若い娘を好奇の視線に晒すのもどうかと思うので『幻惑の霧ミラージュミスト』で覆い隠してみた。我ながらよく気がきくわね。さすがは大魔法使い……あら? 凄腕だったかしら? まぁどちらでも良いわ。

「……という事でよろしいですかな?」
「そうですが何か問題でもあるかしら?」

 ちょび髭の衛士隊隊長(?)みたいな中年オヤジに私は尊大に問い返す。今回はまだ中学生レベルの容姿にしか育っていないので随分と訝しがられている。率直にいうとピンチである。

「それでお嬢ちゃーーんん。魔法使い殿がお一人で魔狼の森の盗賊団を倒して救出したのですかな?」
「先程からそうお伝えしているわよ? 何度目かしら……どうにも信じていただけない様ね。いいわ、魔法でこの建物を吹き飛ばして見せれば信じていただけるかしら?」

 少し苛立ったように言ってみる。それは子供らしからぬ事で、ちょび髭オヤジも随分と混乱している様子だ。実際私は今の年齢の倍程度の人生……でもないか。プラス一年もないわね。まぁいいわ、その分濃い時間を過ごしたと思うの。エ○チのテクニックなら同世代には負けないわよ!!

(ーーってアホか私はっ!? そんな事誰にも誇れないじゃないのよ!!)

「それで盗賊たちはどうしましたか?」
「ーーアジトに縛って転がしてきたわ。適当に捕らえに行って欲しいのだけれど? それとも殺してきた方が良かったかしら?」

 内心のドタバタを隠しつつも冷酷な女魔法使いを演じる。ふふふ。かっこいいわね。決まったかしら?

「いいえ。その処置で構いませんが……ですが報奨金を出すのはそいつらを捕らえてからになります。急ぎ向かわせますが……それでも数日は滞在していただくことになりますな」
「報奨金か……別にいらないわね。適当に孤児院にでも寄付して頂戴。それとは別に彼女らの救出に謝礼は出ないのかしら? ないならないでお金に困っていないからいいのだけれども、無償奉仕というのもどうかとは思うのよね……」
「確認は致しますが、そちらも多少の時間を要するかと思いますな」
「面倒ね……それじゃいいわ。もし謝礼があればそれも寄付しておいて頂戴。私は訳あって急いでいるから待つ時間がないのよ」
「そのように急いでどちらへ?」

 何を不審に思う事があるのだろうか? 確かに年端もいかない美少女が一人で盗賊団を壊滅させて囚われていた女性を二人も救出してきたら……うん。不審に思うわね。
 ホントそうよね。これはもう特大の不審案件だわね。
 でもそうは言ってもせいぜいこんな小娘がどうやって? くらいの疑問よね? 何をこんなにも引き止めようとするのかしら? 私何かやらかしたかしら?
 何とはなしに横の大きな鏡を見て小さくため息を一つ。本当にお子様だな……。前回(暫定的にそう呼ぶことにしよう)はこの街に来た時はもう少し育っていたものね。JKくらいだったかしら。さすがに今の私は元の姿から目や髪が色付いた程度なのよね。早く大きくなりたいわ。
 どうすればいいのかしらね……。栄養が足りないのかな? せめて森でスライムをドレインしてくれば良かったわね 今の私なら別に体を許さなくてもなんとかなったかもしれない。あ、でも無理なのかしら? 成長タイプ「愛」だものね。やっぱりしなくちゃいけないわよね……きっと……はぁぁ~。

「どうしました? 何か考え事ですか?」

 おっと。しまったしまった。思わず物思いに耽ってしまった。美少女の思案顔だなんて絵になるわね……取調室(みたいな部屋)なのがあれだけど。

「いいえ、何でもありませんわ。それよりも、私の目的等を言う必要があるのかしら?」
「必要はありませんが……身元不詳の人物が盗賊を討伐して囚われていた一般市民を救い出してきた訳ですが……その人物が十かそこらの女の子ですからな……心配しない方がおかしいと思いますが」
「それはそうかも……ん!? 十かそこらって私はこれでも十六ですけど!?」

 思わず素で叫んでしまった。

「おっと、これは失礼致しました。十六歳でしたか。それにしてもお若いですな。はっはっは。私の娘と同じくらいかと思っておりました。そのせいでついつい心配が先に立ってしまいましたな。有能な魔法使い殿に対して失礼でした。お詫びします」

 やられた。今のは完全に私の素性を聞き出すためにワザとだ。ちょび髭木っ端役人風のクセにやるわね……。油断も隙もないわ。でもそう思えばなんだか視線や動作が只者では無いように思えてくるから不思議だわ……。気のせいでしょうけど。こんな田舎の小さな街にそれほど優秀な衛士が詰めている訳がない。そういう人はきっともっと出世して偉いさんになっているはずよね。

「それでは……おっとお名前も伺っておりませんでしたな。報奨金等を辞退するにしてもただ口頭でのやり取りで済ますわけにはいきませんので、ちょっと書類に一筆いただけますかな?」
「……面倒ですね……」
「そう言わずにお願いします。きちんと説明もせずに小さな女の子を追い返して報奨金を着服したーーなどと思われるのは心外ですのでな。『受け取りを辞退して寄付をする』という事を残さねば私があらぬ疑いをかけられてしまいます。この歳になって仕事を失うと辛いですからな、はっはっは」

 むぅー。そういう事を言われてしまうと無理を通し辛い。ほんの少しの事なら我慢するしかないか。

「わかりました。出来るだけ急いでください。それから小さな女の子ではありませんからね?」
「これは失礼。ですが助かります。ではしばしお待ちください。書類を用意してまいりましょう。何かあれば扉の所の彼に言ってください」

 ちらりと視線を向けると軽い会釈が帰ってきた。
 扉のそばの椅子に座るまだ年若い男性衛士。
 意外だけれどもこの取調室っぽい感じの小部屋に二人きりではなく、ちゃんともう一人が同席していた。
 最初は定番のアレを想像していたのだけれども、人の世も案外捨てたものではなかったらしい。
 ……単に私が幼すぎてその展開に発展しなかっただけかもしれないが……。くそぅ! もう少し成長すれば胸だってお尻だって!!
 いや、別にそういう目に遭いたい訳じゃないけど、そういう対象にすら見られないというのはそれはそれで何というか悔しいというか……。
 あとは今回の件で思い知ったけれどやっぱり身分を示す為の何かは必要ね。でもこの街で登録している時間はない……というか、先に済ませなくてはいけない事がある。うん。やっぱり出来るだけ早くここを出よう。
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