魔法の国のプリンセス

中山さつき

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幕間5

EP10:いくつかの選択肢とその結末

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「エターナルソード!!」

 無数の斬撃を放つこの技は俺の会得した剣技の中でも非常に使い勝手がいい。相手に掠らせるようなほんの僅かな切り傷をつけることも容易にできる。
 見た目の派手さと違い剣の技量次第で多種多様なシーンで活用できる。

 今この瞬間にこの剣技を選んだのはひとえに彼女を殺めたくないから。
 何とか話し合いのテーブルにつかせる為に……いつでも殺せる事を示す必要がある。

 無数の剣閃がキラリの体を切り裂いていく。

「ーー!?」

 おかしい!? 確かに無数の切り傷を与えた。だが何故だ? キラリのあの表情ーー驚きと満足そうな微笑み。そして安堵した様な視線を俺に向けてきたかと思えば申し訳なさそうな表情へと変わるーー。

「キラリッッ! キラリーッ!!」

 ソフィスの悲鳴。。
 まるで時間がゆっくりと流れるように彼女の体がフワリと浮いてそして軽い音を立てて落ちた。
 駆け寄るソフィスの悲痛な声が妙に響いた。
 スキルの反動から解き放たれると即座にキラリの側に屈み込む。

 力なく宙を彷徨った彼女の腕が地に落ちた。

 ほんの一瞬また彼女と視線が交わる。
 僅かに動いた口元は……ありがとう? そう読み取れた……気がした。

 それっきり彷徨う彼女の視線とは合うことなくやがてゆっくりと瞼を閉じた。まるで眠るように……。

「キラリ!? 何で!? どうして!? キラリ! 起きて!!」

 彼女の体に刻まれた傷は俺の意図した通り浅く皮膚を切り裂いた程度。何故だ!? 一体何が起きた!!

「………………」

 腕を取ったメルが首を横に振った。
 馬鹿な!?
 たかだか十数箇所程度の切り傷で死ぬ筈がない!!

「……何が起きたんだ?」

 やはり困惑しているノインが聞いてきた。聞いてきたが……俺にもわからない。

「わからない……。ソフィス……少しキラリの体を見せてくれないか? 可能性は……俺が未熟で致命傷を与えてしまったのか?」

 そんな筈はない。遮蔽も何もないベストな状態で技を放った。あの状況で殺めてしまうほどのミスはありえない。己の剣に誓って言える。
 だが! それなら何故この状況になっている!?

「落ち着け……お前のミスではない。私の目から見ても見事な剣技だった。言わば無数の擦り傷。だが何故かキラリは……死んでしまった……」
「どうして……どうしてなの……? 完璧だった。狙い通りこの娘を捕まえて取り押さえたのに……私が油断したから? あの一瞬彼女を捕まえていられたらーー」
「よせ!」

 このままではソフィスが自分を責めてしまう。無用な責任を抱え込んでしまう。
 人を殺める事ができる武器を使って戦ったんだ。確実なことなど誰も保証は出来ない。
 
「でもっ!! 私が離さなければその後の事はなくて良かった!! 私が……私が……ぁぁああああぁぁぁぁっっ!!!!」
「ソフィス……お前のせいではない。いいから落ち着け」
「ああああああああああ!!!」

 これほどまでに取り乱すソフィスは見たことがない。
 まるで最愛の人を失ったかのように顔を覆い泣き声をあげ続けている。

「クソッ……何故なんだ!? 何がいけなかった!?」

 俺がもっと頑張っていれば何とかなったのか!? 俺の力が足りなかったのか!? だがッ……俺に何が出来たというんだ!? 連合軍? 竜族? たかだか一人の人間にどうこう出来るレベルじゃない!!
 勇者だなんだと言われても俺はたかだか一人の人間に過ぎない……。出来ることには限りがある。
 その中で最大限努力した……した筈だ……それなのに……。

「ルクス……君は良くやったよ。私の目から見ても完璧な仕事だった。しかし……一つ気になることがある。倒れた時彼女は何かを呟いていたように見えた。君に向かって……横からではその口元を読み取れなかったが、表情から考えると……感謝か愛か……それとも別の何かかわからないが、恨み言や罵声のようなものではなかった。ルクス……どうだ? 気がつかなかったか?」

 いつもとは違う真剣な表情と口調のメルに僅かに気圧されてしまったが、その内容には思いたるものがある。
 あの時の表情や言葉なんだったのか。俺の勘違いか妄想か……。
 死にゆくものが己を殺すものに贈る言葉が感謝の訳がない! 「ありがとう」などという筈がない!!

「ルクスーー」
「……ありがとう」
「何!?」
「彼女の言葉だ。いや、そう言ったように聞こえ……口元が動いた。他にも何か言ったように見えたがハッキリとは読み取れなかった。しかし……」

 ありがとうーーごめんなさい。

 そのように読み取れた。

「そうか……そういう事か……」

「メル?」
「何がわかったんだ!?」
「うぅぅっ……キラリ……」
「ソフィス……よく聞いて。この娘は……キラリは……最初から私たちに殺されるつもりだった」

 ゆっくりと語り始めたメルの言葉は何故か納得がいくものだった。俺の感じた違和感が僅かな狂いもなく噛み合っていくような感覚。

「ウソ……どうして……なんでよ……キラリぃ……」
「理解は出来る……だが納得出来ない! 何故だ!? 私たちは共に旅をした仲間ではなかったのか!? 何故頼ってくれなかった!? 何故なんだっ!!」
「俺たちでは頼りにならなかったのか……?」
「やれやれ……これじゃキラリちゃんが報われないねぇ……情けない」
「なんだと!?」
「ーールクス!!」

 思わずカッとなってメルに剣を向けてしまった。
 ノインに腕を抑えられていなければどうなっていたか……。クソッ……俺はなんて未熟者なんだ!!

「メル……どういうことよ! キラリが報われないって……どうして死ぬことを選んだの!?」

 泣き顔のままソフィスがメルを見上げた。

「そうさねぇ……最初から……じゃなかったのかもしれない。あの娘の感情は本物だったと思う。親兄弟友人……その全てを殺されて憎悪を抱かないなんてありえない。だから直接関わった連合軍は皆殺しにあった。でもそこから先はどうだろう? 悲しみや苦しみを晴らすために無関係な人や彼女自身の友人知人に手をかけるような選択肢を選べる娘かな? 私は彼女を知って魔族がなんなのかわからなくなった。知れば知るほど優しい普通の女の子でソフィスに戯れる様子は本当に微笑ましかった……ちょっとアレだったけどねぇ」

 いつになく優しい眼差しで語るメル。旅の思い出が明瞭に思い出される。
 どのシーンにも楽しそうな彼女がいた。

「そうだな……」
「ぇぐぅくっ……キラリぃ……」
「そんなキラリだからきっと随分悩んだだろう。自分の感情や一族の無念。晴らすためにどこまですればいいのか? 迷って、そして遂には決められなかった。だからここで待っていた」
「待っていた?」
「そう。ソフィスや私たちをね」
「ーーまさか!?」
「察しがいいねノイン。本人が話せないから私の予想。でもね、最後の表情とルクスへ向けた言葉から推測すると……私たちが彼女に最後の選択をさせた。そう思う」
「そんな……。それじゃ私たちがキラリを殺したって事じゃ……」
「そうじゃない。そうじゃないんだよソフィス。キラリは人族を……私たちを殺したくなかった。だから私たちの事を選んだんだ。恐らく彼女は生きている限り止まれなかった。人族を滅ぼすか自分が死ぬかだったんだ。でも彼女はこれまでの旅で出会った友人たちを傷つけたくなかった。でも自分では選べなかった。だから私たちを待っていた。もし私たちがキラリを討伐するために来ていたら……」
「ーー!? まさか!?」
「そういう事なのか? 俺たちのあり方次第では世界は……人族は滅びていたのか?」
「そうだ……と思う。偉そうに言っても推測だからねぇ。話半分で聞いて欲しいけどねぇ?」
「いいや……。キラリの性格を思えばありえる話だ。あの娘は優しすぎるからな。そうでなければソフィス、お前が認めた世界最高の魔法使いを相手にどうして我々が無傷なんだ? 誰一人として怪我はおろか擦り傷一つ……」
「ちょっと、そこで私を見ないでくれないかねぇ? 言っておくけれど、最後まではされてないからねぇ? 随分と私だけ特別扱いされたけれどもねぇ? これは絶対あの世で文句を言ってやるからねぇ! 覚えてろよ!!」
「……とにかく、皆無事などあり得ないだろう」
「それは……確かに……でも……」
「すまない、ソフィス……みんな。俺がもっと強ければ……こんな戦争を止められたかもしれない! そうすればこんな事には……」
「それはいくらなんでも背負いすぎだ。いくら勇者といえどもお前はただの一人の人間だ。大した権力を持つ訳でもない。仮にお前が聖王だったとしても此度の戦争を止められたか? 武神王国は竜族の力を得ていた。いくら聖王が窘めたとて引いたとは思えん」
「それは間違いないねぇ。これだけ大きな世界の動きは一国の王如きでは止められないねぇ」
「仕方がなかった……そう思うしかないの? その為に私たちはキラリという仲間を失い人族は手を取り合えたかも知れない近しい種族を失ったのよ……」
「人族の中にある魔族を恐れる感情は根深い。一般の民たちは魔物に怯える日々を送っている。いくら魔族が魔物を操っていないと言ったところで信じてはもらえないだろう……俺たちがキラリと出会えた事が奇跡なのかも知れないな……」
「奇跡か……もしも叶うのならもっと別の未来が良かったですわ……キラリともっと一緒にいられる未来が……」
「そうだな……ソフィス、キラリを弔ってやろう。最後の魔王は消し飛んだとでも報告すればいいだろう? ここには私たちしかいないのだから……メル……すまないがそういう事で頼めないか?」
「私にとってもキラリちゃんは大切な友人だからねぇ。頼み事は不要だねぇ」
「ルクス、お前のスキルなら魔王を消し飛ばすことくらい容易な筈だ。そういう事にするぞ?」
「わかった。皆で口裏を合わせよう」

 とても悔いの残る結末。

 俺に何が出来たのか……どうする事が最善だったのか……考えても答えは出ない。これまでを振り返ってみても正すべき事柄が見つけられない。

 人族の未来を勝ち取った英雄。それは裏を返せば魔族の未来を奪った大罪人。
 大切な友人やその家族を救えなかった俺は一体……。

「……ルクス。悔やむな……とは言わん。だがその想いはお前一人のものではない。仲間として、妻として私はお前と共に歩もう」

 ノインの言葉が沁みる。

 気持ちの整理をつけなくてはな……。生き残った我らが歩みを止めるわけにはいかない。キラリが最後に選んだのは俺たちの未来なのだから……。

「ーー行こう、どこか静かな場所で彼女を眠らせてあげよう」
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