魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第五章:プリンセス、最果ての地に散る

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「……さま……どうか……めください。姫さま……うぅっ……どうして……」

 私を呼ぶ声がする……。

 この声は……アン?

 もう朝なのかしら?

 でもとても疲れているの。もう少し寝かせてちょうだい……。私はもう何もしたくないの……。
 このままずっと眠っていたい。嫌な事は全部忘れて……このままぼんやりと微睡んでいたい……。

 ーー!?

 違う!? そうじゃない!!
 起きなきゃ!!
 このままじゃ終われない!!
 私はーー。

「ーーアン!!」
「きゃっ!?」
「ごめんなさい! でもどれくらい経った!? 状況はどうなっているの!?」

 まだ明け方? 陽が登り始めて間もないわね。
 それほど時間は経っていないのかしら?
 それに体もかなり辛いわ。あまり回復していないみたい。

「アン……私はどれくらい意識を失っていたの? それと……ここは?」

 今気がついたけれど、私は岩陰に寝かされていたみたい……。誰が……いいえ、竜王しかいないわね。でもどうして? わからない……。

「姫さま……よかったです姫さま……アンは!アンは……姫さまが死んでしまうかと思いました。でも目を覚まされた……よかったです……グス……」
「心配をかけたわね……大丈夫よ。そう簡単には死んだりしないわ。それで私はどれくらい気を失っていたの?」
「………………」
「どうしたの? 教えてちょうだい」

 アンの強張った表情にとても嫌な予感がした。

「っ……です……」
「えっ!? よく聞き取れなかったわ?」
「三時間! うぅぅっ……。姫さま、三時間です。ですが……三時間も経ってしまいました」
「ウソ……だって空はまだ薄暗いし……」
「姫さま……」
「体の具合も随分悪いわ」
「姫さま……」
「それに……それに……気を失っている時間なんてないじゃない!! そうよ、陛下を、お母様をお救いしなくては!! 私がしなくちゃ誰がするのよ!!」
「姫……さま……」
「ウソよウソよ! 嫌よ! いやっ!! 聞きたくない!!」
「申し訳ありません……私だけでは誰もお救いする事が出来ませんでした……姫様を岩陰に隠す事くらいしか出来ませんでした……ぅぅう……」
「アン……教えて頂戴。魔族はどうなったの? 陛下は、お母様は……どうなったか教えて!!」

 肩を落として泣くアン。その姿をよく見ればあちこち泥に塗れていた。今更彼女が人の姿になっている事に気がつき、恐らくは私を抱えて必死に逃げてくれたのだろう事に思い至る。竜王に敗北した私を彼女が救ってくれた。
 こんな時こそ落ち着かなくては。彼女は私の大切な人だ。無二の味方で親友。落ち着こう……。私は大丈夫。キラリ、俺くん……私を支えて。

「アン……私は大丈夫だから……だから教えて頂戴。あの後どうなったのかを。どうやって魔族は滅びたのかを教えて頂戴」

 そうわかっている。わかってはいる。竜王を止められなかった時点で魔族の未来が途絶えてしまった事を。

「ぇぐ……ひめさま……私……何も出来ませんでした……。今こうしているのも竜王のお陰です。彼は人目に触れにくい場所に私たちを隠すように下ろしてくれました。そうでなければ私たちも今頃は……」
「そう……竜王が逃してくれたのね。それで魔王城は竜王によって障壁を解かれて……。そのあとは?」
「ううう……お城は……お城は竜王の攻撃によって障壁ごと破壊されました。凄まじい攻撃で……障壁もろともお城も……。竜王はそれだけするとどこかへ去りました。ですが障壁がなくなった魔王城では人族の軍勢を押しとどめられず、僅か一時間程で決着が着きました。……魔王討伐の勝鬨が上がりました……そのあとはわかりません。私は姫様を背負って少しでも遠くへ逃げようと思い……ぇぐ……」
「そう……辛かったわね。ありがとうアン。私の為に見ておいてくれたのでしょう? ありが……とう……」

 肩を震わせるアンを抱きしめた。
 私ももう堪え切れない。涙が溢れている。
 キラリ姫の記憶の中で魔王とその妃たち、そして幾人かのメイドや執事、騎士などの顔が浮かんでは消えてゆく。
 今や私の記憶でもある彼らとの思い出が胸を締め付ける。

「ぅくっ……ぅう……」
「姫様……」
「アン……ごめんね……私が負けなければ……竜王を抑える事が出来ていれば……こんな事にはならなかった。私のせいよ……」
「姫様……」

 魔王城が陥落した今その先にある魔族の町もただでは済まない。
 泣いている場合じゃない。一人でも多くの民を救わなくてはならない。でも……少しだけ……少しだけ時間をください……。



 魔王城の目と鼻の先に魔族の民達が暮らす町がある。この広くない島のちょうど中央付近に町があり、その周囲に僅かな森と。温暖な気候でただ過ごすだけならば十分に快適な生活が送れる。

 私がもう一度立ち上がり空に舞い上がった時、木の実や山菜、薬草のような薬の素材など沢山の恵みをもたらしてくれた大切な森が燃えていた。

「姫様!?」
「酷い……」

 何故森まで焼いてしまうの?

 まさかこの島の全てを蹂躙するつもりなの?

「アン……マップを……『探索』」

 海岸に無数にあるのは連合軍の拠点。でもそこには思いのほか軍勢はいない様子。
 嬉しくない状況ね。順にマップを確認していけばそこから魔王城へといくつも光点が点在している。
 残念ながら廃墟となった魔王城には味方を示す光点はなかった。つまり陛下やお母様も……? それともどこかに捕まっているの?
 すぐにでも確認したいけれど、今はその術がない。
 さらに島の様子を確認していくとーー。どうやら真っ先に手を伸ばさなくてはならない事案があった。
 町から火の手が上がっている。
 しかも、町の中にまだ味方を示す光点がある!
 私に救える命がある!!
 行かなくては!!

「アン! 町へ向かいます!! 一人でも多くの民を救います!!」
「はい! 姫様!!」

 元の妖精の姿に戻っていつもの肩に留まる。
 そっと手を伸ばせばまるで抱きしめるように指を握ってくれた。
 私はまだ頑張れる!
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