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第五章:プリンセス、最果ての地に散る
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あらゆるものを覆い尽くす虚無の闇が全てをかき消した。まるで最初から何もなかったかの様にポッカリとアクアキューブに包まれた空間からその中心部分だけが消え去った。
何もない中心部分を包囲する無数の歪な形に成り果てた水の立方体が欠けた月の様に浮かんでいる。
やっぱり私が放つこの魔法は強力すぎる。あの竜王でさえ跡形もなく……。
「でも……本当に消えてしまったの? 竜王でしょっ!? そんな簡単に倒されないでよ!!」
声も体も震えている。魔物を殺した時とは違う感情。何がどう違うのかわからないけれど、やっぱり私はそういう人間なんだと実感してしまう。人を殺すことに忌避感を強く感じている。アレは竜だと、魔物と変わらないと言い聞かせてみても心は納得できないでいる。下手にゲームとしての情報があるから、竜王が人の姿になれる事を知っているから……。
「……仕方がなかった。魔族を守る為には仕方がなかった。まだダメよ。まだやる事がある。でも……竜王がいなければきっとなんとかなるわ……」
「ーーそれは残念だ。我はこうしてピンピンしておるからな。しかし娘よ、貴様心が弱すぎるぞ。敵を討ったにも関わらずあのような様ではいかんな」
恐る恐る声を振り返ると……目の前にはそそり立つアレが!?
「いやぁっ!?」
なんで、なんで、なんでーー!!
「なんで裸なのよぉっ!!??」
「おっと我とした事が失念しておった。人の姿になるのは久しぶりだからな。許せ娘よ。……ふむ。これで良いだろう」
事もなげに腕を振るえばその逞しい肉体を衣服が包み込んでいく。短く刈った髪と同じ夜のような……真っ黒な武道着(?)。
「ふむ。我ながら良い筋肉だ」
私の腰くらいある腕を組み満足そうに言い放つ目の前の男……いやこれは漢と言うべきねきっと。
竜の姿に比べれば遥かに小さいけれど、それでもどう見ても二メートル以上ありそうなんですけど……? これを人とカウントしていいものなのか判断に迷う。でも生きていた。殺してなかった。
それじゃいけないのにホッとしている私。いつのまにか震えも止まっていた。
「『虚空』などという物騒な魔法は使わぬ方が良いぞ。アレは我でも少し痛いからな。がっはっはっは」
「痛いで済むの!?」
「ほれここを少し擦りむいておるではないか。我にキズをつける魔法などあれくらいのものだぞ」
「えっ!? 傷って手の甲のそれ!?」
嘘でしょ!? まさかその爪で引っ掻いたような薄い跡が!?
「その通りだ。あれを拳で殴り飛ばしたからな」
「殴り……(嘘でしょ!?) ……でもどうしてわざわざ人の姿に?」
「娘よ貴様の作り出した四角いものが邪魔して動きずらかったからだな。力が入らねばアレを吹き飛ばすなど無理ではないか。我をなんだと思っておる」
竜王……ここまで常識がない相手だなんて……。
こんなのを相手にどう戦えばいいの?
無理でしょ……どう考えても勝てるわけがない。
「では第二ラウンドといこうか」
「えっ!?」
私の腕を持ち引っ張り上げられた。まるで釣られた魚みたいに竜王の眼前にぶら下げられた。
「離してーー!?」
「フン!!」
「ーーっぐぅっ!?」
体の中心から衝撃が全身を走り抜けた。
何かが体の中を駆け上がって口から溢れ出す。
「ゴボッ……」
あ、あ……。
「やはり筋肉が足りんな。軽く撫でたようなものだが……死にかけておるではないか」
溢れたのは血だ。たった一撃で私は死にかけている?
「ゴボッ……ステー……タス……」
目の前に現れたウィンドウには私の今のステータスが表示されている。HPは全く減っていない!? それなのにこのダメージ!? 最早意味がわからない。たったの一撃でかけていた盾も砕かれ私自身は瀕死の重傷それでも減らないHP……つまり死なないのに体はズタボロにされていく事になる!?
冗談じゃないわよ!!
痛みも恐怖も何もかもあるのよ!? ゲーム的なご都合主義でゼロにならなきゃ平気という話じゃないんだからっ!!
「ゴボッ……『治癒の光』」
「ふむ。あの負傷を容易く癒すとはやるではないか。そもそも軽くとはいえ我の拳を受けて死にもせんし気を失いもせんとは感動である。ふむ、どこまで耐えられるか試そうではないか!」
「まっーーんごぉぉっ!?」
体が吹き飛ぶような衝撃を受けてまるでサンドバッグのように揺れる。
口から溢れ出す血が呼吸を妨げ声を奪う。
「フン!」
「んんーー!!」
三度目の衝撃で目の前が真っ暗になる。ああ……このまま意識を失ってしまえば……楽に……。
「ゴボッ……『治癒の……光』」
「よもやまだ死なぬのか? 魔族とはこれほど強靭であったか? 否。そんなはずは無い。貴様ただの魔族ではないな……。ふむ。さては貴様が魔王だな!?」
どんな思考を経たらそうなるのか、さすがは脳筋。こんなのをまともに相手をしたらダメだ。
何か別の勝負に持ち込まないと勝てる訳ない。
どうすればいい……何とかしないと……時間だってない。私が勝てる勝負に持ち込まないと……私が勝てる……事。竜王が苦手な事。竜王の弱点……。
そうね……それしかないわよね……竜王の弱点。酒と……女。
やるしかないわ!!
「ふふふふふ! さすがは竜王ね。この私が手も足も出ないわ。でもアレね。そもそも竜族に戦闘行為で勝てる種族なんていないわよね? つまりあなたは勝って当然の勝負に勝っただけのこと。大したことはないわね」
「何?」
「ほら、喜びなさい。肉体的に劣る魔族の娘に殴り勝ったと誇りなさい。その恵まれた体でか弱い女に勝ったと勝利に酔うといいですわ」
「貴様……我を侮辱するのか?」
「とんでもない。竜族の力は素晴らしいですわ。私のようなか弱い体では全く相手になりませんもの……でも……どうでしょう? 私が得意な勝負でならもしかすると……」
「ありえんな。例えどのような勝負であろうと我が屈することはない。如何なる勝負でも我は負けぬ」
「無理する事はありません。私が最も自信がある勝負ですから、避けて当然でございます。いくら竜王様でも……」
「要らぬ心配であるな。よかろう受けて立とうではないか。魔族の娘よ、貴様の得意とする勝負で貴様を叩きのめしてやろう!」
「よろしいんですか? そんな事を仰って? いざ勝負の方法を聞けば逃げるのではありませんか? 最強である竜王が万に一つも負ける訳には参りませんからね。勝てない勝負はしないという事も重要でございますよ?」
「ありえぬ。我に敗北はない。例えどのような勝負であろうと逃げはせぬ。さぁ、言ってみろ!!」
「そうまで仰るのでしたら、もし勝負から逃げたなら負けでいいですね?」
「構わぬ!」
「では敗者は勝者のいかなる命令にも従うことにしましょう。いいですね?」
「クドい。我に敗北などない。貴様に竜族の強さを叩き込んでやろう!!」
「それでは勝負を致しましょう。先に逝ったほうが負けです」
「……ナニ!?」
「エ○チをして先に達した方が負けです」
何もない中心部分を包囲する無数の歪な形に成り果てた水の立方体が欠けた月の様に浮かんでいる。
やっぱり私が放つこの魔法は強力すぎる。あの竜王でさえ跡形もなく……。
「でも……本当に消えてしまったの? 竜王でしょっ!? そんな簡単に倒されないでよ!!」
声も体も震えている。魔物を殺した時とは違う感情。何がどう違うのかわからないけれど、やっぱり私はそういう人間なんだと実感してしまう。人を殺すことに忌避感を強く感じている。アレは竜だと、魔物と変わらないと言い聞かせてみても心は納得できないでいる。下手にゲームとしての情報があるから、竜王が人の姿になれる事を知っているから……。
「……仕方がなかった。魔族を守る為には仕方がなかった。まだダメよ。まだやる事がある。でも……竜王がいなければきっとなんとかなるわ……」
「ーーそれは残念だ。我はこうしてピンピンしておるからな。しかし娘よ、貴様心が弱すぎるぞ。敵を討ったにも関わらずあのような様ではいかんな」
恐る恐る声を振り返ると……目の前にはそそり立つアレが!?
「いやぁっ!?」
なんで、なんで、なんでーー!!
「なんで裸なのよぉっ!!??」
「おっと我とした事が失念しておった。人の姿になるのは久しぶりだからな。許せ娘よ。……ふむ。これで良いだろう」
事もなげに腕を振るえばその逞しい肉体を衣服が包み込んでいく。短く刈った髪と同じ夜のような……真っ黒な武道着(?)。
「ふむ。我ながら良い筋肉だ」
私の腰くらいある腕を組み満足そうに言い放つ目の前の男……いやこれは漢と言うべきねきっと。
竜の姿に比べれば遥かに小さいけれど、それでもどう見ても二メートル以上ありそうなんですけど……? これを人とカウントしていいものなのか判断に迷う。でも生きていた。殺してなかった。
それじゃいけないのにホッとしている私。いつのまにか震えも止まっていた。
「『虚空』などという物騒な魔法は使わぬ方が良いぞ。アレは我でも少し痛いからな。がっはっはっは」
「痛いで済むの!?」
「ほれここを少し擦りむいておるではないか。我にキズをつける魔法などあれくらいのものだぞ」
「えっ!? 傷って手の甲のそれ!?」
嘘でしょ!? まさかその爪で引っ掻いたような薄い跡が!?
「その通りだ。あれを拳で殴り飛ばしたからな」
「殴り……(嘘でしょ!?) ……でもどうしてわざわざ人の姿に?」
「娘よ貴様の作り出した四角いものが邪魔して動きずらかったからだな。力が入らねばアレを吹き飛ばすなど無理ではないか。我をなんだと思っておる」
竜王……ここまで常識がない相手だなんて……。
こんなのを相手にどう戦えばいいの?
無理でしょ……どう考えても勝てるわけがない。
「では第二ラウンドといこうか」
「えっ!?」
私の腕を持ち引っ張り上げられた。まるで釣られた魚みたいに竜王の眼前にぶら下げられた。
「離してーー!?」
「フン!!」
「ーーっぐぅっ!?」
体の中心から衝撃が全身を走り抜けた。
何かが体の中を駆け上がって口から溢れ出す。
「ゴボッ……」
あ、あ……。
「やはり筋肉が足りんな。軽く撫でたようなものだが……死にかけておるではないか」
溢れたのは血だ。たった一撃で私は死にかけている?
「ゴボッ……ステー……タス……」
目の前に現れたウィンドウには私の今のステータスが表示されている。HPは全く減っていない!? それなのにこのダメージ!? 最早意味がわからない。たったの一撃でかけていた盾も砕かれ私自身は瀕死の重傷それでも減らないHP……つまり死なないのに体はズタボロにされていく事になる!?
冗談じゃないわよ!!
痛みも恐怖も何もかもあるのよ!? ゲーム的なご都合主義でゼロにならなきゃ平気という話じゃないんだからっ!!
「ゴボッ……『治癒の光』」
「ふむ。あの負傷を容易く癒すとはやるではないか。そもそも軽くとはいえ我の拳を受けて死にもせんし気を失いもせんとは感動である。ふむ、どこまで耐えられるか試そうではないか!」
「まっーーんごぉぉっ!?」
体が吹き飛ぶような衝撃を受けてまるでサンドバッグのように揺れる。
口から溢れ出す血が呼吸を妨げ声を奪う。
「フン!」
「んんーー!!」
三度目の衝撃で目の前が真っ暗になる。ああ……このまま意識を失ってしまえば……楽に……。
「ゴボッ……『治癒の……光』」
「よもやまだ死なぬのか? 魔族とはこれほど強靭であったか? 否。そんなはずは無い。貴様ただの魔族ではないな……。ふむ。さては貴様が魔王だな!?」
どんな思考を経たらそうなるのか、さすがは脳筋。こんなのをまともに相手をしたらダメだ。
何か別の勝負に持ち込まないと勝てる訳ない。
どうすればいい……何とかしないと……時間だってない。私が勝てる勝負に持ち込まないと……私が勝てる……事。竜王が苦手な事。竜王の弱点……。
そうね……それしかないわよね……竜王の弱点。酒と……女。
やるしかないわ!!
「ふふふふふ! さすがは竜王ね。この私が手も足も出ないわ。でもアレね。そもそも竜族に戦闘行為で勝てる種族なんていないわよね? つまりあなたは勝って当然の勝負に勝っただけのこと。大したことはないわね」
「何?」
「ほら、喜びなさい。肉体的に劣る魔族の娘に殴り勝ったと誇りなさい。その恵まれた体でか弱い女に勝ったと勝利に酔うといいですわ」
「貴様……我を侮辱するのか?」
「とんでもない。竜族の力は素晴らしいですわ。私のようなか弱い体では全く相手になりませんもの……でも……どうでしょう? 私が得意な勝負でならもしかすると……」
「ありえんな。例えどのような勝負であろうと我が屈することはない。如何なる勝負でも我は負けぬ」
「無理する事はありません。私が最も自信がある勝負ですから、避けて当然でございます。いくら竜王様でも……」
「要らぬ心配であるな。よかろう受けて立とうではないか。魔族の娘よ、貴様の得意とする勝負で貴様を叩きのめしてやろう!」
「よろしいんですか? そんな事を仰って? いざ勝負の方法を聞けば逃げるのではありませんか? 最強である竜王が万に一つも負ける訳には参りませんからね。勝てない勝負はしないという事も重要でございますよ?」
「ありえぬ。我に敗北はない。例えどのような勝負であろうと逃げはせぬ。さぁ、言ってみろ!!」
「そうまで仰るのでしたら、もし勝負から逃げたなら負けでいいですね?」
「構わぬ!」
「では敗者は勝者のいかなる命令にも従うことにしましょう。いいですね?」
「クドい。我に敗北などない。貴様に竜族の強さを叩き込んでやろう!!」
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