魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第五章:プリンセス、最果ての地に散る

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 夜の海は僅かな星の光すらも飲み込んで何処までも落ちていきそうな得体の知れない怖さがある。せめて月が出ていれば違って見えたのかもしれないけれど、今はその闇夜が必要でもあった。

 全力でただし出来る限りの隠密性を考慮して飛ぶ事小一時間。遠くに見えていた魔王国が段々とはっきりしてくると浜辺に陣を敷く連合軍の灯りがハッキリと認識できた。
 焚き火の数は大小合わせると百くらいありそうだけれど……各国の騎士団全てが来ている訳ではなさそうだ。それに聖王国軍は後方待機だそうだから騎士団は最高で八百人プラス補給等の支援部隊。
 勇者様の情報では損害は皆無らしいから軍隊は開戦時のままということになる。それでも物資の消耗が激しければ今後の展開が少しは……。
 いいえ、ダメだわ。明日の朝には竜族が障壁を破壊してしまう。そうなれば多勢に無勢。魔王城は確実に蹂躙されてしまう。物資が意味を成すほどの長期戦にはならない。
 いくら魔王とその妃たちが強くても数には敵わない。次第に疲弊していき各個撃破されてしまうだろう。
 その前に何とかしなくてはならない。
 落ち着いて。落ち着いていこう。焦っても仕方がない。出来る事、やれる事、やらなくてはならない事を確実に遂行する。そして常にそれ以上を考える事。諦めない。諦めたらそこで終わりよ。
 ……なんかそういうセリフよく聞くけれど、追い込まれるとよくわかる。本当にその通りなんだって。
 諦めてしまうのはとても簡単で辛い現実から逃げられるのなら……思わず選択してしまいそうになる。
 そんな弱い自分を叱咤しつつとにかく魔王国へ飛ぶ。
 自分に何が出来るか考えながら。
 考えたってそう簡単にはいいアイディアは浮かばない。起死回生の一手なんて私が考え出せるだなんて思えないもの……ダメよ、ダメダメ。弱気になるな!
 得意の魔法で……それこそもういっそ隕石召喚でも使ってしまおうかしら?
 ……などと思ったりもするけれど、アレだとこの島もろとも……いいえそれどころか周辺の大陸や海を隔てた遠くまで様々な形で被害が出てしまう。敵軍を撃退するために自軍ごと壊滅させてしまう。完全に自爆だわ。
 やっぱりゲームと違って高威力すぎる魔法は役に立たないわね。こんなの核ミサイルみたいなものだわ。使われた事がないから牽制や威嚇にもならないし……。

 連合軍を壊滅に追いやるか、竜王をどうにかするか。
 人族相手だったら私なら一方的に戦える。でもそれは……今までの魔族を否定してしまうような気がする。
 ふふふ……違うか。私が怖いんだ。人を殺す事が怖いんだわ。
 考えただけで体が震えてしまう。今自分たちが滅びようとしているのに……それでもダメなの? 私に一線を越える勇気はないの?

「姫様……落ち着いてください。これだけの軍隊に竜王までいるとなるとどうやって逃げ延びるか、なかなかいい案が浮かばないのも無理はありません」

 ニゲル? ……アレ? 私なんで正面から取っ組み合う事ばかり考えたんだろう? そうよね、逃げればいいじゃない! いつのまにか自分の思考が止まっていたみたい。何も直接戦わなくたっていいんだ。私のーー魔族の目的は人族と戦う事じゃない!!

「ーーそうよ! 逃げたっていいんだわ! 何よ! 私ったらそんな事にも気がつかなかっただなんて……ふふふ。ありがとうアン。あなたがいてくれて本当に良かった。そうよね、わざわざ戦わなくたっていいじゃない。ここはいい島だったけれど、他にもきっといいところがあるわ!」

 よし、そうと決まればまずは魔王城へ。陛下に話をするべきかしら? それとも魔族の民たちを避難させるべき? どうするにせよもう時間は残り少ない。急がなければ……。

「ーー姫様!? 何かが高速で接近してきます!!」
「ーーッ!?」
「真っ直ぐ一直線に……速い!? ダメです来ます!!」

 見えた! いいえ見えてはいないわね。強大な力を感じたと言うべきだわ。
 空中にいる私に正面から飛んでくる相手なんて考えるまでもない。竜族が来た。

 ……大きい。青竜セロの倍以上はありそうだ。そんな巨体がもう目と鼻の先まで迫っている。
 暗闇の中だというのにその存在を主張する漆黒の翼が大気を切り裂いた。ただの羽ばたき……それが風の魔法のように私を翻弄する。
 まさかフィールドでボスとエンカウントするだなんてどれだけク○ゲーなのよ! ふざけないで欲しいわ!

「貴様は何者だ? 魔王以外にそのような魔力を持つ魔族がなぜ存在する?」

 眼前で優雅に翼を広げる漆黒の竜。その姿には覚えがある。目の前の竜は恐らく竜王グラングルン。この世界での名前は知らないけれど、多分きっとその名前を継承していると思う。魔狼王然り、天空王然り……そして冥王もそうだった。
 だから竜王もきっとそう。私が知るその名前を継承しているはずだ。出来ればその他も受け継いでいて欲しい。そうでないと対処のしようがない。あ、でも強さは受け継がなくてもいいです。

「そんな事知らないわ。それこそ私自身が知りたいくらいですもの。でも私が今ここにいるのは……のこのこ飛んできた羽の生えたトカゲを倒す為よ!! 『雷帝の剣サンダーブレイド』!!」

 力ある言葉に導かれて私の魔力がマナに作用して雷の剣を生み出す。瞬間的に弾けた闇夜を切り裂く閃光が漆黒の竜に突き刺さる!
 先手必勝! 最初から全力よ!! 

「まだまだいくわよ! 『巨石の尖杭パイルバンカー』!!」

 四方八方から鋭い杭を同時に撃ち込む。適度な遮蔽を作り出しておいて距離を取ろう。あとはもうとにかく何でもいいから色々な魔法を撃ち込むのみ!!

「『大気を伝う波ウェーブブラスト』! 『分子分解アトミックブレイカー』!」

 高魔法・物理耐性に全属性耐性。基本的なステータスも高く攻撃力もとんでもない。下手をすると『虚空ジエンド』すら耐えかねない……そんなのはもう生物って言わないんじゃないの!? 属性の縛りのない振動とか破壊の魔法を無数に放って牽制する。
 それから定番のコンボを繰り出す。

「『氷雪演舞ブリザード』!」

 竜の巨体の其処彼処に炸裂するパイルバンカー。その隙間を縫う様に振動波や破壊光線が殺到する。
 追加で放った凍気が漆黒の翼を白く包み込んでいくけれど、きっと耐える。
 だから更に効果を高めていかなくては!

「『凍結地獄コキュートス』!」

 さすがに完全には囲みきれていないっ!? 反対側からも展開して重ねはしたけれど……これでは冷やしきれないかもしれない……でもやるしかない!!
 離れているこちらにまで冷たい空気が流れてくる。氷の棺の中で吹き荒れる吹雪。超低温の嵐が竜王の体を凍りつかせようと猛威を振るっている。
 普通の生物ならこれで十分終わるはずだけれど……。終わらないわよね……。
 だからこそこれよ!

「ーー『太陽の祭典エールソレイユ』!!」

 灼熱の太陽が氷の棺の中で輝き始めた。
 超低温と超高温のコンビネーション。
 魔法だからこそ実現できる極限レベルの温度差。それは生物が生存可能な状況ではないはず。ないはずなのよ……でもどうせ耐える。竜王は耐えるはず。でも無傷ではないでしょう? さすがにないわよね?
 お願い……何とかなってよ!!
 この間に防御も固めておかなくちゃ!

 『魔法障壁マナフィールド』、『魔力の盾フォースシールド』……それから魔防、物防上昇……。それらを幾重にも重ねていく。私の一番上等な防具はガルム様の紫紺の外套。守護の魔法が付与された伝説級の防具。竜王相手に不安がないとは言わないけれど、それを魔法で更に高めれば……。

「………………」

 灼熱の輝きで煌めく氷の宝石は重ねた隙間から炎を零す。何度見ても不思議仕方がない光景。相反する炎と氷が共存する奇跡。
 その美しさとは裏腹に凶悪な殺傷力を秘めている。
 今その中に世界最強の存在がある。
 その最強ーー竜王は沈黙している。
 今のところ何の反撃もない……。
 どういう事? まさかこちらの攻撃が効いている? 
 いいえ、楽観してはダメよキラリ。相手は世界最高の戦闘力を持つ竜王よ。いくら私の魔法が規格外だとしてもそれで倒せるだなんて思ってはダメ。
 もっと、もっと重ねていかなくちゃ!

「『水の方陣アクアキューブ』」

 一メートル四方の水の立方体を手加減なしの百個×十倍拡大消費=千個作り出し竜王の周囲に展開する。あの巨体で高速で飛び回られたらそれだけで十分驚異的だから可能な限り機動力は削ぎたい。

「そろそろ棺が砕ける……」

 もう一度!! ダメージ限界突破の特性を持つ『雷帝の剣サンダーブレイド』を!!

 コキュートスが砕け散り灼熱の業火が火花の様に舞い上がる。
 その中には未だ漆黒の何かが存在しているーー。

 やはり耐えている!? なんて非常識な!!

「サンダァァァッ! ブレェェェド!!!」

 再度闇夜を切り裂く閃光。
 灼熱の残火を吹き散らし漆黒の塊に突き刺さる!
 直撃!!

「……どうなの!? 効いてるの効いていないの!?」

 同クラスの魔法に『炎帝の槌クリムゾンハンマー』(防御貫通)と『氷帝の鞭プラチナチェイン』(行動阻害)があるけれど『雷帝の剣サンダーブレイド』(ダメージ限界突破)が一番強力だと思う。
 どうせ即死系は無効だろうし、残るは『虚空』かそれとも……。

「なかなかの攻撃であった。もう打ち止めで良いか?」

 視界がクリアになってきた。漆黒の竜は健在。ダメージの程は分からないけれど、あの口振りではどうにも嫌な予感しかしない。

「まだまだいける……といえば受けて貰えるのかしら?」
「もちろんだ小娘……いいや、魔族の魔法使いよ。貴様が魔王に匹敵する魔法使いであると我は認めよう。強者こそ正義。我はいついかなる時もその挑戦を受けて立つ。それが我が矜持である。貴様が諦めぬ限り我は貴様の相手をしてやろう。しかし……いつまでも受けてばかりはやれぬぞ? 我の攻撃にも耐えてもらわねば真の強者ではない」
「冗談でしょう? 貴方の攻撃を受ければか弱い女の私が生きていられる訳ないでしょう? それに私は痛いのは嫌なの。全力でお断りさせていただくわ!!」
「やってみるがいい。そろそろ我も動くとしよう」

「ーー!? アクアキューブ結集!!」

 羽ばたき一つでまるで嵐の様な突風が吹き荒れた。
 魔法の創造物であるキューブには影響はないけれど、その程度の拘束では竜王の動きは妨げられない!?
 強引にキューブを弾きながら翼を広げて動き始めた。
 でもだからと言ってこちらもそう簡単には自由にさせない。アクアキューブを操作して全力で動きを阻害する。

「『刺シ貫ク光レイスティンガー』!」

 無数の光が漆黒の巨体に当たっては弾かれる!?
 なんて非常識な!!
 物理系統も魔法系統も効果が期待できない!? やはり使うしかない!!

「……『虚空ジエンド』……」

 死んでも知らないからね!!

「なんと!? その魔法を使える者がいるとは驚愕である! それにしても……フン!! 全く煩わしい魔法だーー」
「当たれば死ぬわよ竜王! 降参してちょうだい!!」

 虚無の球体を竜王へ向けて振り下ろしていく。
 未だアクアキューブの檻の中から逃れられない竜王にこれを躱す術はない。
 いくら強靭な耐性や防御力を持っていてもこの魔法は防げない……はず。
 自由に動けない竜王をアクアキューブごと闇が呑み込んで消滅させた。
 文字通り跡形もなく消えた。

 ……殺した……私が殺した……。
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