魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第五章:プリンセス、最果ての地に散る

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 後方待機の勇者パーティーは早い時間に夕食を済ませて各自部屋で体を休めることになった。
 今回も私はお姉様と同室。特に無理はしていないのだけれど随分と気づかわれている。
 でもお姉様やノインさんは私が魔族だと知っているのだし仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。

「体調はどう? おかしなところはないかしら?」
「大丈夫ですよお姉様。先ほどもお風呂でしっかり温まりましたから」
「それならいいのだけれど……。気持ちの方はどう? 大丈夫?」
「そっちは……少し苦しいですね。今も魔王城が攻撃に晒されているかと思うと……私に何か出来ないかと考えてしまいます」
「そう……よね。でも無茶はしてはいけないわよ。竜王がいる以上いくらあなたでも簡単に戻れないでしょう?」
「そうですね……」

 竜王を含めた五人の竜族の戦士。恐らくまともにやりあって勝てる相手ではない。でもまともではないやり方でもどうこう出来るかどうかはわからない。
 正直お手上げ感はある。
 でもだからといって何もしないという選択肢はない。今夜、私は動く。

「………………キラリ……」

 ふわりと石鹸の香りがした。私の隣に座ったお姉様と見つめ合う。まるで私の考えを見透かすかのような視線に思わず目を逸らしてしまった。

「ーーんっ!?」
「キラリさん……」

 また抱き締められた。そしてそのままベッドに押し倒される。

「……戻る気ですね」
「………………」

 確信したようなハッキリした声。
 これは誤魔化せそうにない。

「キラリさん……私が行かないでとお願いしてもダメですか? 私はあなたが好きです。友人のように、妹のように、恋人のように……。色々な想いがあなたと一緒にいたいと望んでいます。私の側に居てくれませんか? あなたを死なせたくないのです」

 抱きしめてくれる体はとても温かくてそして震えていた。お姉様なりに考えた精一杯の引き止め工作。その想いが嘘だとは思わないけれど、無理はしないでほしい。

「お姉様にそうまで仰られると私としては断れないですよ……。私もお姉様のことを愛していますからね。それこそ恋人のようにですよ? 抑えていた気持ちは止められないですよ? 覚悟は出来ていますか?」

 お姉様の背に手を回す。背中をスッと撫でるとビクリと反応した。

「ぁん……擽ったいです。お姉様、このような体勢で抱き合っていると我慢できませんよ……もう今夜は眠らせませんからね?」
「ぁ……わ、わかっている……わよ……」

 腕の力が緩んでいく。穏やかな呼吸が寝息のそれに変わる頃私はお姉様の腕をすり抜けた。

「……ありがとう、アン。気付いてくれると思っていたわ」
「どういたしまして。ですがあらかじめ感度をゼロにしておいて良かったですね。そうでなければきっと大変な事になっていましたね」
「そうね……」

 お姉様に懇願されたら私の硬い決心も緩んでしまうかもしれないわ。恐るべし巨乳!

「冗談は程々にしていくわよ!」
「はい姫様……ですがその前に着替えをされた方がよろしいのでは?」
「………………」

 狙ってないのにどうしてこう決まらないのかしら? この先もこのコメディー体質みたいなのがついてまわるのかしら? おかしいわね。どこから見ても絶世の美少女なのに何故か微妙に残念臭がするのよね私って……。どうにかならないものかしら?

「さあ余計な事を考えてないでお召替えですよ!」
「わ、わかってるわよ」
「はいはい」
「どうしてお世話妖精のあなたにまで呆れられるのよ!?」
「ささ上着を脱いでくださいませ。時間はあまりありませんよ姫様」
「……覚えてなさいよアン。絶対に後でお仕置きしますからね!」
「はい。楽しみにしております。必ずお仕置きして下さいませね? 約束ですよ?」
「……約束……するわ……」



「アン、マップオープン。『探索サーチ』」
「……ダメね。やっぱり街の中では役に立たないわね。光点だらけで何が何だかわからないわ。『気配遮断アンチエンカウント』『浮遊レビテーション』『静寂サイレンス』……念の為『神々の祝福ゴッドブレス』……これでよし」

 いつもの冒険者ルックに革の胸当てと紫紺の外套。腰にはガルム様の短剣を装備している。ブーツやグローブも身につけたし魔法も付与した。今できる最高の装備に身を包み夜の街へと繰り出す。
 ち、違うわよ!? 歓楽街とかそういう意味じゃないからね!?

「………………」

 誰に言い訳してるのよ私は!?

「姫様何をお一人で悶えておられるのですか? いい加減おかしな妄想は卒業して下さいませ」
「もう少し優しくしてくれてもいいのよアン? 私は一応あなたの主人よ?」
「もちろんです。アンは姫様以外にはお付きしたくありません。いつまでも、どこまでもお側に置いてくださいませ」
「だったらーー」
「それとこれとは別でございます。では参りましょう姫様」
「……はぁ……わかったわ。いくわよ……」

 そっと窓を押し開き外の様子を伺う。飲屋街から少し離れているおかげで明かりも少なく、それでいてシンと静まり返っているわけでもない。自分の足元に『静寂』の魔法をかけているから私が立てる音は気にしなくてもいい。

 タイミングよく月が雲に隠れている。

「よし! 行こう!!」

 窓の外へ別れの一歩を踏み出した。

「おやおや? こんな時間にお散歩かねぇ?」
「……そ、そんな所で何をされているのですかメルさん?」

 待て待て!? テラスとかないのよ!? なんでそんな所にぶら下がってるのよ!? 意味がわからないわよ!? しかも声をかけられるまで全く気がつかないかったんですけど!?

「私は月見……かねぇ?」
「いや疑問を投げかけられても困ります」
「それで、キラリは散歩にでもいくのかねぇ? フル装備だねぇ? 一体どこまで散歩に行くつもりなのかねぇ?」
「まさか見つかるとは思いませんでした。しかし! ここはひとつ見逃してください! 私だって年頃の娘なんです! まさか堂々と歓楽街に遊びにいくわけのはいかないじゃないですか! だから人知れずこっそりとですね……」
「なるほどなるほど。確かにフィンの街の男娼は有名だねぇ。金で男を買わなくたってキラリなら選り取り見取りなのにねぇ……お主も好きだねぇ?」
「一夜の夢物語。女に生まれたからには美形男子をたくさん侍らせたりしたいじゃないですか! だからこの件はどうか内密に! そして止めないでください!!」
「私も鬼じゃないからねぇ。キラリのその欲望にも理解を示そうじゃないか。わかった。お姉さんに任せておきなさい。ちゃんと誤魔化してあげるからねぇ。安心して行っておいで……」
「感謝します。 さすがは持つべきものは類友ですね! では行ってきます!」
「ーーって出来たら良かったのにねぇ……キラリ、城へ行くのかい? 今向かえばあんた死ぬよ?」

 感情のない無機質な声。急な変化に一瞬息が止まりそうになった。
 でも……そうよね。誤魔化せる訳がないわよね。

「それでも行かなくてはなりません。メルさん……一緒に旅が出来て楽しかったです。あんな風に一緒になってふざけられたのはメルさんが初めてです。凄く、凄く、すっごく楽しかったです!」
「ふふ……。私もだねぇキラリと一緒になってバカな事をするのは案外気に入っていたさね。大事な思い出が出来てしまったよ。でもだからこそいかせたくないんだけどねぇ……」

 嘘でもそう言ってもらえて嬉しいです、メルさん。

「どうしても行くのかい?」
「はい」
「命を賭してもしなくてはいけないかい?」
「……はい」
「そうかい……」
「はい……」
「またどこかで会えるかい?」
「……は……い……きっと……」
「わかった。今日は月は見れそうにないから部屋に帰って寝ることにするさねぇ……」
「ぐす……ん……ありがとうございました」

 また一つ死ねない理由が出来た。私にこんなにも大きな荷物が抱えられるだろうか……。とても重くてそして暖かい荷物……大切にしまっておこう。
 お姉様、メルさん、ノインさん、勇者様……行ってきます!
 ありがとうございました!!
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