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第五章:プリンセス、最果ての地に散る
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廃墟となった魔王城で私は半壊した玉座に座っている。ここには父である魔王が座していたが今はもう存在しない。
今ここから見る景色は幼い頃に想像していたものとはかけ離れてしまい、あの日見たいと願った景色とは何だったのか……。今のこの光景が焼きついてしまい思い出せない。
どことはなしに見つめる視界には破壊された天井から差す光が照らす争いの痕跡が映っている。それは誰のものなのかすらわからない黒く焼けた鎧や剣。毒々しいまでに赤黒いタールのようなシミ。
廃墟の中を吹き抜ける風が潮とは違う腐臭を運んでくる。焼け焦げた臭いと鉄錆のような臭いを含ませて。
魔族は滅びてしまった。
あの日ここへ戻った私が見たのは破壊された魔王城と焼け野原のような町。墓標のように突き立てられた板に貼り付けにされ焼き殺された魔族の民たち。
若い女は凌辱された挙句に殺されているものすらいた。
大人も子供も。男も女も。この小さな島でひっそりと暮らしていた魔族の民はその全てが殺された。
今こうして王の座に腰を降ろす私が最後の一人なのだろう。
何故?
どうして?
私たちが何をしたというのだろうか?
仮に何かをしたのだとしても滅ぼす必要があるのだろうか?
それならーー。
ーーそれなら。私が今から同じ事を実行してもいいのだろうか? 人族を滅ぼしてもいいのだろうか?
人族は魔族を滅ぼした。
彼らは私から家族を仲間を国を奪った。
ならば私のこの想いを解き放ってしまっていいのだろうか? 怒り、悲しみ、憎しみ……もう何がどの感情かだなんてわからない。
お腹の奥の奥にある得体の知れない黒い何かが私の心を蝕んでいる気がする。
「姫さま……また性懲りも無くやってきたようです」
「そう……。何度きても同じ事なのに……」
今度はどうやって殺そうかしら。
燃やしたり、凍りづけにしたり、切り裂いたり……。それとも深い絶望を与えた方がいいのかしら?
目の前で女を犯す? ダメね。私一人じゃできないわ……。ああ、その辺の屑肉から屍人でも作ればいいのだわ。仲間の前でおぞましいゾンビに犯されるさまを見せるのもいいかもしれないわね。
「うふ……うふふ……んふふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
ああ……私はもう狂ってきているのかしら。こんな碌でもない事を実行しようとしても何とも……ええ、何とも思わない。ただただ人間を苦しめて苦しめて苦しめたいだけ。
もう他はどうでもいい。
「さぁ、早くいらっしゃい。私の前にいらっしゃい。殺してあげるから……ふふふ……ふふふふ……ふふふふーー」
開け放たれた扉の向こう。暗がりの中から現れたのは……。
「キラリ……」
ああ……。ついにきたわね。
「キラリさんーー」
「これは酷い……」
「だねぇ……。ただ……この惨劇を引き起こしたのはーー」
「わかっている。ーー俺たち人族だ」
「ねぇキラリさん……帰りましょう? ね?」
……お……聖女。
「私が帰る場所はここです。今はもうただの屍しかありませんけれども……くふふふふ」
「ソフィス……あれはもうキラリちゃんじゃないねぇ……心が……」
「ーーキラリくん! 俺たちと一緒に帰ろう! 人も魔族も何も変わらない。この大陸に生きる同じ命だ。俺たちなら君を守れる! だからっ!!」
「……『刺シ貫ク光』」
四人の手足を狙って放った光線は魔法障壁に阻まれて消えた。
「何をするんだ!? 仲間だろっ!!」
「へぇ……仲間と話すのに魔法の盾が必要だなんて知らなかったわ……ねぇ仲間って何?」
「くっ……本当はこんな事はしたくなかった。しかし君が正気かどうかわからなかった。あくまで保険のつもりだったんだが……。しかし君は魔法で俺たちを殺そうとしてきた。もし備えていなければ俺たちは死んでいたかもしれない。君の事は仲間だと思っているが、無防備に命を危険にさらす事は出来ない」
「そうでしょうね。そうでしょうとも。だって敵同士なんだもの。仕方がないわ。惜しかったわね。仲間のフリをして近づけば私を殺せたかもしれないのに……くふふふふふふふふふふふふふふふーー」
絶望に歪む表情。一緒に旅をして泣いたり笑ったりした仲間……だった人たち。
そんな彼らの顔を見ても何とも思わない。いいえそんな事はないのかしら? 彼らと一緒にいた頃の自分を蔑みたくなるような黒い感情が溢れてくる。
「ここで私を止めないと今度は人族が滅びる番かしら?」
「キラリさん……」
ギシッ……。ああ心が軋む。
「そんな顔をしてもダメよ……」
「お願い……」
ピシッ……。もう遅いのよ。
「『水の方陣』」
百もあれば十分かしら?
「ーーなんという数だ!?」
「……これが彼女の本当の実力よ……あの時の彼女は本気どころか一割もその実力を発揮していなかったわ……」
「嘘だろ……」
「この場で嘘をついて何になるの? 言ったでしょう!? 説得できなければ皆んな死ぬわよって」
「………………」
「それでまだ説得するカードはあるのかねぇ……?」
「………………」
「最後のお別れは済んだかしら? ではサヨウナラーー」
『雷光の矢』ーー!!
跡形もなく消し去ってあげるわ……サヨナラみんな……。さようなら楽しかった思い出……。ああ……こんな事なら夢など見なければよかった。こんな事になるのなら……。
今ここから見る景色は幼い頃に想像していたものとはかけ離れてしまい、あの日見たいと願った景色とは何だったのか……。今のこの光景が焼きついてしまい思い出せない。
どことはなしに見つめる視界には破壊された天井から差す光が照らす争いの痕跡が映っている。それは誰のものなのかすらわからない黒く焼けた鎧や剣。毒々しいまでに赤黒いタールのようなシミ。
廃墟の中を吹き抜ける風が潮とは違う腐臭を運んでくる。焼け焦げた臭いと鉄錆のような臭いを含ませて。
魔族は滅びてしまった。
あの日ここへ戻った私が見たのは破壊された魔王城と焼け野原のような町。墓標のように突き立てられた板に貼り付けにされ焼き殺された魔族の民たち。
若い女は凌辱された挙句に殺されているものすらいた。
大人も子供も。男も女も。この小さな島でひっそりと暮らしていた魔族の民はその全てが殺された。
今こうして王の座に腰を降ろす私が最後の一人なのだろう。
何故?
どうして?
私たちが何をしたというのだろうか?
仮に何かをしたのだとしても滅ぼす必要があるのだろうか?
それならーー。
ーーそれなら。私が今から同じ事を実行してもいいのだろうか? 人族を滅ぼしてもいいのだろうか?
人族は魔族を滅ぼした。
彼らは私から家族を仲間を国を奪った。
ならば私のこの想いを解き放ってしまっていいのだろうか? 怒り、悲しみ、憎しみ……もう何がどの感情かだなんてわからない。
お腹の奥の奥にある得体の知れない黒い何かが私の心を蝕んでいる気がする。
「姫さま……また性懲りも無くやってきたようです」
「そう……。何度きても同じ事なのに……」
今度はどうやって殺そうかしら。
燃やしたり、凍りづけにしたり、切り裂いたり……。それとも深い絶望を与えた方がいいのかしら?
目の前で女を犯す? ダメね。私一人じゃできないわ……。ああ、その辺の屑肉から屍人でも作ればいいのだわ。仲間の前でおぞましいゾンビに犯されるさまを見せるのもいいかもしれないわね。
「うふ……うふふ……んふふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
ああ……私はもう狂ってきているのかしら。こんな碌でもない事を実行しようとしても何とも……ええ、何とも思わない。ただただ人間を苦しめて苦しめて苦しめたいだけ。
もう他はどうでもいい。
「さぁ、早くいらっしゃい。私の前にいらっしゃい。殺してあげるから……ふふふ……ふふふふ……ふふふふーー」
開け放たれた扉の向こう。暗がりの中から現れたのは……。
「キラリ……」
ああ……。ついにきたわね。
「キラリさんーー」
「これは酷い……」
「だねぇ……。ただ……この惨劇を引き起こしたのはーー」
「わかっている。ーー俺たち人族だ」
「ねぇキラリさん……帰りましょう? ね?」
……お……聖女。
「私が帰る場所はここです。今はもうただの屍しかありませんけれども……くふふふふ」
「ソフィス……あれはもうキラリちゃんじゃないねぇ……心が……」
「ーーキラリくん! 俺たちと一緒に帰ろう! 人も魔族も何も変わらない。この大陸に生きる同じ命だ。俺たちなら君を守れる! だからっ!!」
「……『刺シ貫ク光』」
四人の手足を狙って放った光線は魔法障壁に阻まれて消えた。
「何をするんだ!? 仲間だろっ!!」
「へぇ……仲間と話すのに魔法の盾が必要だなんて知らなかったわ……ねぇ仲間って何?」
「くっ……本当はこんな事はしたくなかった。しかし君が正気かどうかわからなかった。あくまで保険のつもりだったんだが……。しかし君は魔法で俺たちを殺そうとしてきた。もし備えていなければ俺たちは死んでいたかもしれない。君の事は仲間だと思っているが、無防備に命を危険にさらす事は出来ない」
「そうでしょうね。そうでしょうとも。だって敵同士なんだもの。仕方がないわ。惜しかったわね。仲間のフリをして近づけば私を殺せたかもしれないのに……くふふふふふふふふふふふふふふふーー」
絶望に歪む表情。一緒に旅をして泣いたり笑ったりした仲間……だった人たち。
そんな彼らの顔を見ても何とも思わない。いいえそんな事はないのかしら? 彼らと一緒にいた頃の自分を蔑みたくなるような黒い感情が溢れてくる。
「ここで私を止めないと今度は人族が滅びる番かしら?」
「キラリさん……」
ギシッ……。ああ心が軋む。
「そんな顔をしてもダメよ……」
「お願い……」
ピシッ……。もう遅いのよ。
「『水の方陣』」
百もあれば十分かしら?
「ーーなんという数だ!?」
「……これが彼女の本当の実力よ……あの時の彼女は本気どころか一割もその実力を発揮していなかったわ……」
「嘘だろ……」
「この場で嘘をついて何になるの? 言ったでしょう!? 説得できなければ皆んな死ぬわよって」
「………………」
「それでまだ説得するカードはあるのかねぇ……?」
「………………」
「最後のお別れは済んだかしら? ではサヨウナラーー」
『雷光の矢』ーー!!
跡形もなく消し去ってあげるわ……サヨナラみんな……。さようなら楽しかった思い出……。ああ……こんな事なら夢など見なければよかった。こんな事になるのなら……。
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