魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第四章:プリンセス、聖都に舞う

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 いつもの森のいつもと違うエリア。
 熊兎の生息エリアは木がまばらで下草が豊富な所が多い。兎のように走り回って草や木の皮、若木であれば丸ごと食べてしまう。あの巨体で草食なので普通に考えると相当な量を食べないと維持できないのだけれど、この森の木々や草花はもともと標準より多くの魔力を含んでいる為、意外と生態系の崩壊までは至っていない。
 まぁ、美味しいお肉を求めて度々人間が狩るのもある意味自然の営みの一つと言えなくもない……のでそれ込みでの生態系の維持ではあるのだろうけれど。
 結果的に良質な餌と増えすぎない適度な間引き。そのことがこの森の熊兎を標準の倍くらいのサイズに成長させてしまったらしい……。

 まぁそのような御託はどうだって良いのよね。

「ね? クマウサちゃん♪」

 視線の先では結構な大物が草を食んでいた。
 サイズは熊だけど、特徴的な長い耳と丸い玉のような尻尾はまさに兎。
 その子が今ゆっくりと私の方を見た。
 あれれ? 気づかれた!?
 気配遮断を使っているのにどうして?
 その疑問はすぐに解決した。

 匂いーー。

 鼻をクンクンさせてそして視線が私に定まった。
 もぐもぐしていた口が止まり、耳がピンと立ち上がる。
 茶色い毛並みが逆立つように波打つと熊のような巨体の兎の眼が鋭くなったような気がした。
 草食だけど、兎だけど……熊なのよね。
 ギルドに記された魔物図鑑によると、性格は極めて凶暴で特に食事の邪魔をされるととっても怒っちゃうらしい。でも基本的に四六時中食べているので相当な幸運の持ち主でもない限り食事の邪魔をすることになる。
 つまり今の私のように兎に牙を剥かれるわけである!!

「ーー姫様!!」
「大丈夫!!」

 木々の間をまるで滑るようにこちらに突進してくる。巨大な茶色い塊を難なく避けて振り返る。
 私の側を通り過ぎたそれは太い木を蹴ってターンして戻ってきた。
 今度は真正面。鋭い爪の前足を振りかざす熊兎はきっと私を捕まえたと思ったに違いない。でもね、そう簡単に女の子は捕まえられないのよ?
 私の眼前一メートル程のところで茶色い塊は急制動がかかって停止する。残念だけど振るう腕は空を切るばかり。あ、風は私に届いたけれど。
 次の瞬間、まるで逆再生のように熊兎は来た方向へと戻っていく。そして途中から斜め上に軌道が変化して、哀れ茶色いクマウサちゃんは宙吊りとなってしまいましたとさ。
 手足をバタバタさせてもがくけれど、私の魔法の蔦は容易く切れたりはしない。

「ごめんね。美味しくいただくからねーー『風の刃エアロエッジ』」

 兎の首筋を風の刃が切り裂き真っ赤な血が流れ落ちる。
 今回は食用討伐なのでしっかり血抜きをしてからストレージに収納する。
 本日の納品数は三頭。コレでノルマは達成した。勿論個人的に料理屋に持っていく分と、ストック分を確保している。乱獲は今後の為にならないのでこれ以上はやめておこう。というか、十分過ぎるとは思うのだけれども。
 今回の獲物はいずれも大型でおそらく各二百キロオーバーだと思う。標準的なサイズで三頭だから、報酬追加もあるかもしれないわね。

「さて、血抜きが済むまで休憩にしましょう……アン周囲の確認をお願い」
「かしこまりました」


 午前中に依頼を終了させて、午後一番に納品とギルドへの報告を行う。
 納品した熊兎の状態がとても良かったので、依頼者のお肉屋さんにはとっても喜んでもらえた。報酬の追加は予想通りだったのだけど、なんと、次回指名依頼を出してもいいかと言って貰えるほど高評価だったみたい。こんなにも喜んで貰えるとなんだか私まで嬉しくなった。
 ちなみに指名依頼は通常依頼に比べて昇格ポイントが優遇されているので私としても願ったりなので、手が空いていれば喜んでお受けしますとお返事をしておいた。何より指名依頼自体も昇格条件の一つでもある。C級とは相応に信頼を築かなければならないということなのだろう、きっと。
 よし! 昇格に向けて頑張ろう!


 とまぁ、そっちはいいのだけれど、こっちは……。

「あの……ワード……さん?」
「………………」

 見間違いかしら? 朝と全く同じ姿勢のままに見えるのだけれど……まさか……ね?
 カウンター越しに椅子に座って反応を待つけれど……どうしようかしら、ダメかもしれないわね……。

「………………はぁ……」

 私とのキスくらいでここまでなっちゃうだなんて、ワードさんの将来が心配だわ。女の子に不慣れすぎでしょう? 既に不慣れとかそういう次元ではないような気もするけれど。

「お? もう帰ってきたのか? 相変わらず早いな」
「出ましたねカーティス……さん」

 睨まれたから仕方がなくさんを付けて呼ぶ。一応年上だしね。

「そうそう。年長者は敬いたまえよキラリくん。しかしせっかく早く帰ってきたのにこの通りこいつはまだ止まったままだぜ? よっぽどキラリちゃんの唇が気持ち良かったんだな」
「はいはい……。でもここまで女性慣れしていないというのもどうなのかしら?」
「それは仕方がないさ。結構散々な目にあってるからなこいつ……」
「また昔の話? ちょっと仲が良すぎないかしら? もしかしてーー」
「ーーそれ以上は口にするなよ? お兄さんもそれを言うと怒っちゃうからね? こう見えても生粋の女好きなんだからね?」
「そう言う人に限って実は……」
「キラリちゃん……口は災いの元だよ? それ以上は覚悟してもらうよ?」
「ふ、ふん。そんな脅しには屈しないわ……屈しないけれど、ワードさんの名誉のためにも黙っていてあげるわよ」

 まさかギルド職員に冷や汗をかかされるなんて……。戦う強さとはまた違う凄みを感じたわ……。

「やれやれ……仕方がない。ここはお兄さんが一肌脱いであげよーー」
「服は脱がなくていいわ。そういうボケは間に合っているわよ?」

 一際冷たい声を意識して前をはだけかけた男を牽制する。チラリと見えた胸は意外と逞しく鍛えてあった。

「いいのかい? こう見えても脱いだら凄いよ?」
「だから間に合ってます!」
「えっ!? そうなの!? 見た目は清楚なお嬢様なのに……」
「そういう意味ではありません!! そういう冗談は不要だという意味です!!」
「残念。でもお兄さんの胸でよければいつでも貸してあげるからね? 遠慮しなくていいよ。こう見えて誠実な男だから添い寝も安心だよ?」
「全く安心できませんが!?」

 一体どこまで本気なのか……このナンパ男め……。
それにしても……。

「それにしてもワードのやつ目の前にこんな美女がいるのにいつまで呆けてるのかね?」
「この状態で業務に支障は出ないの?」
「出ないのさ……悲しいことにね」
「そ、それは確かに哀しいわね……何というか……悪い人ではないと思うのだけれど……」

 関わってみると仕事熱心だし、ワードメモはとても役に立つし……あと真面目よね。
 ただ……目が見えないくらいの長い髪と慣れるまでのオドオドした様子がちょっと……。
 まぁ私の場合は最初にメモを目にしたから少し入口が違っていたのだけれどもね。

「よし、今度こそ本当にお兄さんが一肌脱いであげよう」
「………………」
「いや、そんな目で見ないで。本当に真面目にだからさ? ね?」

 今ひとつ信用できない。信用できないけれど……。目の前のワードさんに目を向ける。朝と変わらず静止した彼はまるでリアルな銅像のようで……。

「はぁ……。仕方がないか……。カーティスさんなんとかしてください」
「おっけーおっけー。お兄さんに任せなさい。でもキラリちゃんも少し手伝ってね~」
「えっ? あ、はい……別に構いませんが……何を手伝えばいいのかしら?」
「簡単簡単。ワードの手を両手で握りしめてあげてよ。俺が握ってもいいんだけど、またキラリちゃんに疑われるからね~」
「はいはい」

 真っ直ぐにワードさんに向き合って彼の手を握る。ほんのりと温かくて男の人の手なのに柔らかい。あ、でもこれはペンだこかしら? 利き手の指には硬くなった部分があった。それと意外と厚み(?)があって、なんていうか男の人の手だなって思う。

「それでどうするの? 手を握ったくらいで起きないわよね?」
「まぁそうだろうな……反応は?」

 黙って首を横に振る。
 ギュッと握りしめてみても反応はない。前髪で目が見えないから表情は今ひとつ分からないけれど、どうも変化はなさそう。

「まずは呼びかけてみようか?」
「ワードさん……ワードさん……」

 ギルドの中なのであまり大きな声は出せない。

「朝ですよーとかそういう感じでどう?」
「ワードさん、朝ですよ。起きてください」
「いいね、いいね。もっといってみようか。そうだな……朝だニャーとか?」
「朝だニャー……ってそういうの意味あります!?」
「いや、でも今肩がピックって反応したぞ! 男はみんなそういうのが好きだからな。こいつだって好きに違いない!」

 そういうものかしらね……俺くん……?

「にゃ……ニャーニャー……起きてニャー……」
「いいぞその調子だ!」

 とワードさんの肩に手を置き私を煽るカーティス……さん。
 確かに握った手もピクリと反応はしているのだけれど……ニャーニャー……は恥ずかしい。

「そういえばこいつは犬好きだったな……ワンワンとかどうだ?」
「どうだって……わん……お仕事の時間だワン。ワンワン……」

 あ!? 今私の手を握った!?

「いいんじゃないか? その調子でワンニャン適当に言ってみろ」
「わ、わかったわ……。ワードさん。起きてくださいニャー。お仕事の時間だワン」
「ワード、起きろ。キラリちゃんが困ってるぞ。こんな美少女がお前の目の前でワンワン言ってるのを見逃すぞ!」
「ちょっと、カーティスさん!? そういう事は言わないで。ただでさえ恥ずかしいのに……」
「すまんすまん。あ、でもほら、なんか反応してないか? もっとニャンニャン言ってみて」
「もう! わかったわよ。とにかくワードさんに起きてもらわないとーー」

 握った手にもう一度力を込める。もう、早く起きてくださいよ! いつまで私にこんな恥ずかしい事をさせるつもりですかワードさん!!

「ワー・ド・さん! お・き・て・くださいワン!! 仕事ーー」
「キラリちゃん猫マネで!」

 わかってますよ!

「ーーニャンニャンしてくださいニャン!!」
「「えっ!?」」

 今まで一番大きな反応そしてうつむき加減だった顔が動いた。声も聞こえた!! でも待って!?

「ーーち、違うから! 今のは違うからね!!」

 自分の発言を聞いてニヤニヤしてるカーティスを睨む。

「ワンとかニャーとかそういうことばっかり言わされて変にくっついただけですからね!?」
「いいな~ワード。キラリちゃんがニャンニャンしてほしいそうだぜ?」
「あ……え……あ……」
「ち、違います!! ワードさん!? カーティスの話なんて聞いちゃダメですからね!?」
「おいおい酷いなそれは……それよりもそんなに近付いてまたキスでもするのか?」
「「ーー!!」」

 慌てて手を離してカウンターから体を離すとワードさんも同じような姿勢で仰け反っていた。

「おいワード、その手のぬくもりはどうだ? ずっとキラリちゃんが握ってくれてたんだぞ? どうする、そんなキラリちゃんとニャンニャン……」
「カーティスさん!!」
「ぼ、僕は、その……あの……」
「ワードさん! カーティスさんのいう事は聞かないでください。あれは、そのそういう事じゃなくてですね。単なる言い間違えというか、変に言葉が混ざったというか……」
「は、はい。大丈夫です、キラリさん。僕なんかとそういう事をするわけがない事はちゃんとわかってますからーー」
「違います!! そうじゃなくて、ワードさんにはワードさんの魅力がちゃんとあります! あくまで先程の発言はそういうつもりで言ったわけじゃないってだけです! ちゃんとワードさんのことはすごいと思ってますからね!!」
「え、あ、う……」
「お、お!? やっぱ口説いてるじゃん!? いいね~ワード。こんな美人に言い寄られてさ~」
「だから! そうじゃないですってば!!」
「それにさワードよ……キラリちゃんてばニャンニャンがどいうことかちゃんとわかってるみたいだぜ? ヤダヤダ……最近の若い娘さんは進んでるわね~」
「ーーな゛!?」

 ワードさんの表情が凄いことに……!?
 ーーというか、このっ!!

「カーティスさん!!!」
「うひゃぁーこれは怖い! お兄さんは退散しまーす!」
「ちょっと! 待ちなさいよ!!」
「いやー忙しい忙しい!」

 そんな白々しい事を言いながらあっという間に退散していった。
 ちょっと! このばカーティス!! 覚えてなさいよ!!
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