魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第四章:プリンセス、聖都に舞う

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「ワードさん、こんにちは!」

 ここ半月ほどお約束になった気配遮断からの朝の挨拶。

「……おはようございます、キラリさん。今日はどうされますか?」

 驚いてはいるはずなのに、段々動じなくなってきた。凄い適応力だわこの人。

「もう全然驚いてくれませんね……」
「そ、そんな事はありませんよ!?」

 少し拗ねたようにいうと、ワードさんは慌てて否定してくる。こっちはまだまだみたいね。ふふふ。

「そうですか?」
「そうですよ。単に反応が鈍いんですよ僕は……」
「そ、そんな事はーー」
「あるでしょう?」
「……えっと……ワードさんはとても落ち着いていて動じないというか……」

 ワードさんは気にしていないのかもしれないけれど、やっぱりはっきりとは言いにくいわ。

「ありがとうございます。そんな風にいいように思っていただけるのは珍しいですね。さて、遊んでないでお仕事の話にしましょうか?」
「そうですね~」

 確かに私も遊んでばかりはいられない。まずは目前に迫った昇級に向けて全力で頑張りましょう。

「それでは今日のオススメは何でしょう?」

 まるで料理屋でオススメのメニューを聞くような気軽さだけれど、ワードさんにはちゃんと希望を伝えてあるのでそれに則したものをピックアップしてくれている。なので私はその中から気に入ったものを選ぶだけ。とっても楽だわ。
 もちろん直接自分でクエストボードを見ることも怠ってはいない。俺くんの情報と合致するようなクエストがあれば最優先で受けたいと思っているから。
 聖都で受けられるクエストで時代が違う今でも受けられそうなものは限られていると思うけれど、世界樹ーー枯れかけていたけれどーーがあったように他の有力な素材やアイテム等の回収が可能かもしれない。
 そのトリガークエストだって発生するかもしれない。例えば定番のゴブリン王のクエストとかだ。アイツらはいくら駆除しても何処からか湧いてくる。まるで一匹見たらその十倍は……みたいな。
 ひぃっ。考えただけで鳥肌が立ったわ。特に虫がどうこうはないのだけれど、あれは無理だわ。

 というわけで本日のシェフーーじゃなかった、ギルド受付担当のオススメは熊兎の討伐(食用討伐)クエストです。
 名は体を表すの通り熊サイズの兎で討伐難易度はそれほど高くはないし、魔物としての脅威度も低い。でも食材としての価値はとても高くて、ステーキだと二百グラムで五千レンくらいになる。一頭仕留めれば大体食用部位で百キロから二百キロ程度。もちろんクマウサのサイズ次第だけれど。
 とにかくなかなか美味しいクエストである。色々な意味で……。そう色々な意味で美味しい。だってホントに美味しいのよクマウサのお肉。癖がなく煮ても焼いても良し。部位によるけれどしっかりとした歯ごたえもあるし、蕩ける様な柔らかさもある。今まで食べた中で一番美味しいお肉だと断言できますわ!! もういっそクマウサのステーキ屋さんでも開きたいくらいよ!

「ぷっ……お好きですねクマウサのお肉」

 あらやだよだれが溢れそうだわ。それにワードさんに笑われてしまったじゃない。

「そ、そんな事は……」
「そんな事は?」
「……ありますけどぉ……それじゃあまりにも私が食いしん坊みたいじゃないですか……」
「ははは……そうですね。まだ若いお嬢さんに失礼な言い方をしてしまいました。申し訳ありません。でも僕も好きですよクマウサのお肉。ちょっと高いので滅多に食べられませんけどね」
「ですよね~」

 ステーキで食べようと思ったら、大体五千レンくらいする。端肉を使ったシチューとかでも普通のものより二割か三割アップしてしまう。それでも美味しいから食べたくなる。俺くんの感覚でいうと高級和牛みたいな位置付けかしら?

「あ、そうだ! ワードさんよかったら一緒に食べにいきませんか? クマウサちゃん。最近通っているお店なんですけど、素材を持ち込めばすごくお安く調理してもらえるんですよ! いつも一人だと寂しいのでもしお時間があれば一緒にどうですか?」
「え……あ……いや……その……」
「あ、もしかしてお忙しかったですか? そうですよね、急に夕食をご一緒しましょうだなんてワードさんにも予定がありますよね……。でも、今日じゃなくても大丈夫ですよ? お時間のある時にどうですか?」
「いえいえ! 時間がないとかそう言う事ではなくてですね……あの、その……じょ、女性と二人で食事とかですね……そのしたことがなくて……」
「あ……」

 その瞬間どうしてこうもワードさんが照れてしまっているのかを理解した。
 そして何故か私もフワフワしてきてしまう。え、あ、え、うぅ? 待って待って!? 落ち着いて、落ち着いて私!? 何を狼狽えているのよ!?
 別に食事に誘うくらい普通でしょう? 日頃お世話になっている担当さんに夕食をご馳走するくらい……普通よね?
 チラリと前を見ると赤い顔のワードさんが目に入る。それはまるで告白でもされたかのようにーー。
 あ、どうしよう!? 私も凄く緊張してきた……。
 何で急に喉が乾いてくるのよ!?
 あーーん。

「「………………」」

 気まずい沈黙。顔を真っ赤にした……二人。
 絶対私も真っ赤になってるよぉ。だって物凄く顔が熱いもの。
 あーどうすればいいの!?
 なんて言えばいいの!?
 乾いた喉をどうにか動かして口を開こうとしたその時!!

「ーーよぉ! ワードどうしたそんな固まって? お、キラリちゃんおはようさん! 今日も可愛いね!」

 と、突然の乱入者。今日のお隣はカーティスさんらしい。この人は珍しくワードさんにもごくごく普通に接する。なんていうか主人公の親友ポジみたいな人だ。
 ついでに初対面の私にも今と変わらぬテンションで話しかけてきた。更についでのように食事に誘われたけれど、ワードさんが初対面の女性に失礼だろ! と叱っていた。それも含めて親友ポジキャラだなって思った。ばーい俺くん情報。

「あれ? 二人ともなんでそんなに顔赤いの? さては告白か? 羨ましいなワード。こんな美人に口説かれて!!」
「ーーちょっと!?」

 喉の渇きも何処へやら、咄嗟に抗議の声が出た。
 いや、多分状況を好転する好機だと咄嗟に判断したのだと思う……たぶん。

「ナニさキラリちゃん?」
「なんで私が口説く側なのよ!? 普通逆でしょ!?」
「お、さすが美少女様。それだけいつも口説かれてるってことね! だったら俺もアピールするぜ? どうだい、今夜俺と一緒に?」
「お断りです! まったく! いいからちゃんと仕事してください!!」
「つれないねー。まぁそんなキラリちゃんもまた可愛いけどね。ほら、ワード。お前も仕事しろ仕事」
「あ、ああ! そうだな。……ではキラリさんクエストの受注処理をしますのでギルドカードをお願いします」
「は、はいーー」

 胸元からチェーンに吊るされたカードを取り出してワードさんの手に渡す。

「ヒュー♪ いいね、美女の胸の温もりが残ったギルドカード」

 カーティスさんの冷やかしの声に思わず体が反応してしまう。それは首から下げたチェーンを伝い私のギルドカードへ至り、果てはカードを持つワードさんに伝わる。

「なっ!?」
「あっ!?」
「「えっ!? 」」

 ーーチュッーー。

「あらら~朝から見せつけてくれるね~~♪ じゃあな、お二人さん」
「「………………」」

 二人の間にある鎖のついたカードに引き寄せられてーー。

 キスしちゃいましたーー。ラブコメですか!?


「それで……そうするのよコレ?」

 隣のブースから顔だけを覗かせる元凶、カーティスを睨みつける。
 今私の目の前には手にしたギルドカードを強く握りしめたままフリーズするワードさんがいる。距離はおよそ二十センチといったところだろうか。
 カードに通した鎖は私の首にかけてあるのでこれが限界距離だった。

「ん~アツイネ!」
「カーティスさん!」

 語気を強める。何だったら魔力込めましょうか?

「冗談だよ。大体さ、好きでその姿勢でいるんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょう!?」
「だったらさ……チェーン外せば?」

 ……あ!

「おいおい……まさか気付いてなかったのかよ?」
「う、うるさいわね……」

 首の後ろのホックを外してカードとチェーンをワードさんの手に残す。
 椅子の背もたれに体を預けてほっと溜息を一つ。短い時間だったけれど緊張していたのか体が硬くなっている気がする。軽くほぐしてから私はもう一度元凶を睨みつけた。

「気がついてたならもっと早く言いなさいよ!」
「イヤイヤ……机に押し付けられた魅惑の胸元に意識を持っていかれていたからな。あー惜しいことをした。気付いてないなら放って置けばもっとみていられたのにさ」

 カードを出すために開けた襟を掻き寄せて胸元を覆う。我がことながら裸への抵抗が薄くなってる気がする……。だからと言って恥ずかしくないわけではない。この辺はきっとあれよ。エ□ゲー補正に違いないわ。だって恥じらいなく脱いだりしたら興奮度激減だもの……。
 ……そうじゃないわ、今はそういうことじゃないのよ。改めてニヤけた優男……カーティスを睨む。

「本当にあなたという人は……」
「おいおい、そっちが見せてたんだろ?」
「何ですって!?」
「怒るなよ。だいたいさ、胸元を開いたのは誰だ?」
「私」
「前かがみになったのは?」
「私」
「その状態で動きを止めてたのは?」
「……私」
「ほら? 俺が一体何をしたっていうんだよ? 何ならその不自由な体勢から救い出してやったのが俺じゃねぇのか? あれれ~何かこういう時の大事なセリフ聞いてない気がするな~」
「くっ……」

 悔しい! 何よ何よ何よ!! 人の胸をタダで眺めてたくせにーー!!

「まぁ、お礼くらいはちゃんと言えるようにした方がいいんじゃねぇか? お嬢ちゃん」
「い、言えるわよ……お礼……くらい……ぁ……がと…ぅ……」
「聞こえなーい」
「くっ! ありがとうございました! コレで満足!?」
「クックク……満足したぜキラリちゃん。まぁ、原因を作った俺にすらお礼を言える良い子のキラリちゃんにはお兄さんが特別に受付処理を代行してあげよう」
「なっ! そうよ! 何で元凶のあなたに私がお礼を言わなくちゃいけないのよ!? くやしぃーー!!」
「まぁまぁ落ち着け。さすがにちょっと悪い気がするから代わりにクエストの受注処理をしといてやるからさ……」

 そう言ってワードさんの手からするりとカードを抜き取り端末に通して処理をする。何でそんなにさらっと取れるのよ!? 私が引っ張ってもビクともしなかったのに!?

「ーー力のかかり具合を見極めなくちゃな?」

 なんて私の内心を見透かしたかのようなセリフを口にしながらワードさんの端末を操作する。
 その手慣れた様子はさすがは受付担当。伊達に主任をしてはいない。
 セクハラ主任といいこの人といい……主任にはロクな人がいないわね!

「ほらよ。あとサービスで今夜の食事の件はワードに伝えといてやるよ。こいつの予定が空いてるのは確かだからそれで良いか?」
「え、あ、うん大丈夫……」
「何だよ?」
「ん……ありがと……」
「ぷっ……どういたしまして」
「何よ、何で笑うのよ……」
「悪い悪い。年相応に可愛いなと思っただけだよ。それじゃ気をつけて行ってこい!」
「ーーもう! いってきまーす……」

 思わず子供っぽいことをしそうになってしまった。どうもこの人の相手をすると調子が狂うわね……もう……困った人だわ……。
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