魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第三章:プリンセス、迷宮に囚わる

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 冥王様の支度に再度時間を割き、そうしてようやく今日のドレスアップの理由が明らかになった。
 それもまさかのまさかでラブロマンスイベ発生!? という何の因果か神の奇跡か悪魔の悪戯か……単なるエ□ゲー補正か……。うん、最後のやつかもしれないわね。

 約束の地と言われる場所がある。始原の十賢者が降臨したとされる場所。それこそ神話級の場所がある。私たちの遠い祖先。それぞれの賢者が一つの種族を率いてこの世界を作り出したとされている。
 神様と同一視されている彼らだけれども、ゲームの設定的には高度に発達した惑星外生命体ということになっている。それこそ定番の地球文明とよく似た……ね。
 ゲームの話はともかくとして、どうやらこの世界にはほぼその設定通りの場所があるらしい。
 転移門までの道すがら色々と話を聞いた。
 そこは伝説の木の下ばりの告白スポット……ではないけれども王たちにとっては特別な意味を持つ場所。生涯を伴すると決めた相手を連れて行く場所。
 そんな場所に今の私が行っていいのか?
 私はまだ……。
 こんな気持ちではダメだ。

「冥王様……私はーー」
「ああ、勘違いするな。まだだ。今はまだ……だ。それでも俺の意思を示すにはこれが一番だと思ってな。次期天空王如きには負けられんからな」

 何!? その理由は……。ホンネは違うのでしょうけれども……私のため? 少し自惚れてもいいですか……?
 ほんの少し気持ちは軽くなった。
 ある意味では王攻略時の最高に熱いイベントなのだけれど、それをまさか冥王様と体験することになるだなんて。


 転移した先は暖かな日差しが射す木立に囲まれた広場。
 そよ風が木々の緑の葉を揺らし漣の様な音を立てていく。
 目の前には天空城へのゲートと同様の石碑。
 そこから伸びる舗装された石畳の道が緩やかなカーブを描いて伸びている。
 まるで並木道の様に綺麗に揃った木々。
 穏やかで長閑でまるで楽園のように思えた。

「特別な場所だが、聞いたことくらいはあるか?」

 冥王の静かな問いかけ。

「ここが……約束の地?」

 私も少しよそ行きの調子で答える。

「そうだ。さすが魔王の娘だな。それじゃ行こうか」

 差し出された腕に自分の手を絡ませる。
 もう一方の手でスカートを掴み彼の歩みに合わせて進む。
 カーブを曲がるとその先に建物が見えた。道は建物の正面へと続いている。
 青い屋根と真っ白な壁の建物には淡い色の小さな花の模様が散りばめられていてとても可愛らしい。木の温もりを感じる暖かな色合いの両開きの扉にはシンプルながら精巧な飾り模様が施されている。

 ドクン!?

 鼓動が高鳴る。

「ーー!?」

 これはきっとキラリ姫の想い。彼女はとても女の子だから、こういうものに凄く憧れていた。

「どうだ、気に入ったか?」
「はい……」

 そしてその記憶を受け継ぐ私も憧れなのかなんなのか心を震わせる何かがある。

「中も見てみるといい」

 冥王はするりと組んでいた腕を解いて扉を開ける。
 開かられた扉の向こうから眩い光が溢れ出した。

「ふぁぁぁぁ……」

 真正面の壁一面がガラス窓になっていた。そこから射す光が建物の中を走り抜けて今入口から溢れ出した。
 ガラスの窓の向こうに広がる青い空と白い雲、そして草原の緑。その素晴らしい景色が純白の窓枠に区切られてまるで絵画のようにも見える。
 ゆっくりと視線を巡らせると建物の中は石造りで荘厳な雰囲気を感じさせた。暖かさと落ち着きを与える色合いが凄くいい。
 こういう建物を何というか私は知っている。俺くんの知識から。
 愛し合う二人が永遠の絆を誓う場所。
 あら、少し思考がロマンチックになってしまっているようだわ。
 そうここは礼拝堂。それも本来の用途ではなく、結婚式などに使うためのチャペルとしてのもの。

「キラリ……」

 冥王様の真剣な言葉にそちらを振り返る。
 その手には小さな濃紺の箱を乗せていた。

「……はい」

 いつになく真剣な表情の冥王ハデス様。その様子に少しドキッとする。

「お前にやるべき事があるのはわかっているが、それでもお前を俺のものにしたいーーそう言えばお前はどうする?」
「私は……」

 魔王の娘としての責任。
 大切な家族や国の人々に対する想い。
 それらを捨て去って好きな男の側にいる事が出来るか……多分私はずっと後悔をし続けてしまう。だからこそシーラ様の時も全てが終わってから。そう無理を通した。

「ーー手を出せ」

 箱が開かれる。中には……腕輪?
 指輪にしては大きな箱だと思っていたら腕輪か……。このような場面に持ち出してくる腕輪……?

「……まさか約束の腕輪?」
「ほう……コイツの事も知っているのか……」

 冥王攻略時に贈られる神話級の魔法道具。冥王がその伴侶に贈るとされているもので世界で一対しかないとてもレアなアイテム。
 一見するとどこにでもあるような銀の腕輪に見えるのだけれど、見る人が見れば、または鑑定の魔法をかければとんでもない代物だとわかるだろう。
 そもそも素材からしてとんでもない。ベースの地金がオリハルコンとアダマンタイトを組み合わせたもので中心の漆黒の宝石は賢者の石だとされている。石が宝石のように艶めいた輝きを放っているのはその表面に特殊な加工を施しているのだとか何とか……。以上設定資料集からの流用でした。


「お前にいくつかの選択肢を用意してやる。その中から選べ」

 突然何を言い出すの?

 一つ。この腕輪を受け取り俺の妻として過ごす。

 一つ。腕輪を拒み己のすべき事を成す。

 一つ。腕輪を受け取り、更に己のすべき事も成す。

 一つ。全てをなかった事にしてやり過ごす。

「さぁどれがいいか選べ」

 冥王の手の上で神秘的な輝きを放つ約束の腕輪。
 その細身の銀色のバングルにはアラベスク模様のような彫刻が施されていて中央に真っ黒な宝石がはめ込まれている。そのフォルムはまるで結婚指輪のようにも見える。
 これはとても大切な由緒ある代物。これを持ち出してきた以上冥王の気持ちは本物だ。本気で私を望んでくれている。
 今は身につけていないけれどシーラ様がくれた指輪を思い出す。きっと同じような想いが詰まっているはずだ。
 私は冥王が手にするその腕輪から目を逸らす事が出来ないでいた。
 冥王に抱く好意は嘘ではない。でもそれはこれまでに肌を重ねてきた人たちみんなを思う気持ちと違うかどうかわからない。
 特別なモノを目の前に私は冥王を見つめて固まってしまっている。自信に満ち溢れた強い眼差しが私の目を真っ直ぐに見つめ返している。目を凝らせばその漆黒の瞳に自分が映るのではないかとすら思える。
 私は一体どうすればいいのだろうか。冥王の提示した選択肢から一つを選べばいいのか、それとも……。

「………………」

 なかなか言葉を紡げない。
 天空王……シーラ様といいハデス様といいどうして私なんかに惹かれてしまうのか……。ガルム様の時はこんな事は……なかった……本当に? 思い返すと彼も何か言いたそうにしては思い留まっていたようなそんな風に思える事がなくもない……。まさかね……?
 曖昧な気持ちのまま受け取ってしまう事もできるのだけれど、彼の真剣な想いにそれではいけないと思う。だから私はーー。

「とても……とても光栄な申し出ですが……。ご存知のように私は清い身ではありません。とてもハデス様に相応しいとは思えないのです……」
「処女性が尊ばれるのは確かだが、そんな事を俺が気にするとでも思うのか? だいたいその程度の事で逃げられるとでも思っているのか?」

 少しは気にして欲しいのだけれど……。それを私自身が言うのは何か違う気がする……。
 というか、悪足掻きだけれど全く効果がなかったわね。

「あなたが気にしなくても一国の王の妃として私の境遇はあまり褒められたものではないと思います」
「なんだ? 正妻に収まる気だったのか?」
「えっ!?」

 どういう事? 私ってば恥ずかしい勘違い? 妾として囲いたいっていう話だったの!?

「何を驚いている?」
「いえ……だって……そのてっきり王妃としてあなたの隣に居られるのだと……」

 側室でも側にはいられるけれど、なんだか少し寂しくて……。

「それで、そんな顔をしてるくせに俺の側にいる事を拒むのか? いいから手を出せ。お前の心が望む選択肢を選ばせてやる」
「あっ……」

 左の手を引かれ彼に引き寄せられる。その手を支えるようにして甲を上に。
 まるで大切な指輪をはめるかの様にそっと腕輪を通していく。

「ーー嫌なら抵抗しろ、させるかどうかはわからねぇがな?」

 腕輪は私の手首に収まるとそれを喜んでいるかの様にキラリと光を弾けさせた。

「どうした? いいのか?」
「……抵抗させる気もないくせに……」
「当たり前だろ? こんないい女をみすみす逃すと思うか? 魔王の娘? 天空王に求婚されてる? やりまくりのビ◯チ?」
「ーーちょっと!?」

 酷い言われようね!?

「だが、そんなもんはどうだっていい!! 最初はいいもんが手に入ったと思ったぜ? 魔王の娘を隷属させていいように使ってやろうってな。それなのに気がつけばこの俺が夢中になってやがった。お前なんか変なスキルでも持ってんじゃねえのか? そんなバカみたいな事を疑っちまうほどにな」

 んー。持ってるといえば持ってるけれど、それでも冥王を魅了してしまうようなスキルはないと思うのよね……。

「おいおい、まさか心当たりでもあるのか!? 残念だがその心当たりは無関係だ。そもそも俺に精神異常系のスキルは効果がないからな。それに仮にも世界に君臨する王の一角がこんな小娘にいいように魅了されてたら世話ねぇだろ?」

 確かにボスキャラだから状態異常系はほとんど無効よね。現実でもそうなのね……。

「ゴチャゴチャ考えるなよ。お前が悩んでることなんてほとんどどうでもいい事だぜ? 俺が好きか嫌いか、その事だけ考えりゃいい!!」
「………………」

 左手に腕輪の心地よい重みを感じる。真っ黒な石がまるで彼の瞳のように見える。

「ふふふ……」

 本当に無茶苦茶な人だわ……。確かにアレコレと考えたわよ。でもそれって普通のことでしょ? 私たちのような特殊な立場の人間ならなおさらそうした事に縛られてしまうのに……。この人はその全てをどうでもいいと。そうじゃないと言ってしまった。俺を好きか嫌いか、それだけでいいと。

「ふふふ……本当に無茶苦茶だわ。だから私もそれに倣うわね。好きでも嫌いでもないわーー」
「ーーなに!?」

 おっ!? 少し慌てたわね!?
 彼の手を軽く振りほどいてその胸に飛び込む。
 首にぶら下がるように抱きついて顔を近づけていく。

「……愛しているわ……」

 ちょっと恥ずかしくて顔が熱い。それを隠したくて強引にキスをする。

 結局こうなっちゃった。彼に惹かれていたのはわかっていた。シーラ様を裏切るような気持ちがあったのも確かだけど。どうしても割り切れなかった。
 これはもう逆ハールートに乗ってると思っていいのではないかしら? ゲームじゃないからその責は全て自分で負わなくてはいけないけれど、我慢するくらいならいっそ破滅してもいい! そんな風に思ってしまった。
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