魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第三章:プリンセス、迷宮に囚わる

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 改めて自分自身の事を考えてみる。
 今このキラリ姫の体の主人格は『私』。
 でも私の意識はあの森の中から始まっている。
 最初は『俺』がキラリ姫の体に入ったんだと思っていた。それだけ俺の記憶と意識が強かったみたい。
 でもしばらくしてそうじゃない事に気がついた。ううん、多分私は俺じゃないんだろうなって思うようになった。だって俺くんのパーソナルデータを何も思い出せないんだもの。名前も年齢も性別も……。ただ一人称が俺だったりエ□ゲー好きだったりするところからきっと男の人なんだろうなって……。
 そして私はキラリ姫でもないみたい。キラリ姫として過ごした記憶はあるけれど、まるで自分のものという感覚が持てない。こちらは俺くんと違って色々な事を覚えている。この体もキラリ姫のものだしね。
 だからどちらかと言えばある日突然キラリ姫の中に俺くんの記憶が放り込まれた。その結果キラリ姫の自我と混ざり合い新しい人格ーー私が生まれた。
 そんな風に二人の記憶と意識が合わさったのが私なのか、全く関係がないどこか別のところから生まれたのか……。
 結局考えても答えは出ないのだろうけれど、二人の記憶と意思を引き継いで生きる私はなんとなく……なんとなくだけれど俺くんとキラリ姫の子供のようなものかな……って思うようにしている。

 だから私は……私だ。私はキラリ。魔王国第三王女、キラリ・フロース・ヒストリアだ。
 よし! 大丈夫。


 薄暗い祠の中、天空城へと続く石碑。
 触れると冷たい石の感触。

「……アン……お待たせ……キラリ姫復活よ!」
「はい! お待ちしておりました!!」

 うふふ。元気そうなアンの声はなんだか安心するわね。それもこれも私が不安定になっていたからなのだし、もっとしっかりしないといけない。

「それじゃ行きましょう!」

 立ち上がって外へ出る。
 風が気持ちいい。
 空が青くて高くて……なんだか気持ちが広がったような気がする。ゴチャゴチャ考えていたって答えなんて出ない。わかっていたけれどそれでも考えてしまう。でもそんな事がどうでもよくなる。そんな気持ちのいい青空。
 でも視線を下げると高い山に囲まれている事がわかる。

 ……ここは……。

「ねぇアン……ここどこかしら?」

 あれ? 確かに行きに通った祠じゃないな……とは思っていたのだけれど、外に出た今それは間違いようのない事実となった。

「えっと……マップを開きますか?」
「ええ、そうね! マップを見ましょう!」

 そうそう。マップならある程度目星をつけられそうね。町の名前が分かれば俺くんの記憶からおおよその現在地を把握できるはず。
 だいたい天空門が天山の山頂以外に通じてるだなんて知らなかったわよ。ひょっとしてもっといい場所に行けたんじゃないのかしら? 今更向こうへは戻れないからどうしようもないのだけれど……。

「……えっと……フォーフィスの町?」

 マップに表示された町の名前。
 えっと……俺くんの記憶にない町の名前。つまり……どういう事!?

「姫様? どうされました?」
「い、いえ……どうもしていないわ。聞き覚えのない町の名前ね……」
「そうですね。私も初めて聞く名前です」
「どちらにしろ、行ってみるしかないわよね……」
「そうですね。ではそろそろ姿を消しますね。姫様の肩に乗らせていただきますので、いつも通り会話は小声でいたしましょう」
「落ちないように気をつけて。それじゃ行くわよ」
「はい」


 町まではそれ程遠くはない。
 この丘というか山の中腹かしらね。四方を高い山に囲まれたまるで隠れ里のような立地。山を降り川を越えたらすぐそこに町というか村がある。外周の山自体は結構険しそうだけれど、中腹から下は割となだらかな斜面でちょっとしたピクニックみたいなものね。マップで見たところカルデラかクレーターみたいな感じの地形だ。
 飛んで行けば早いけれど、アレは目立つしやめておいた方がいいでしょうね。
 急ぐ旅ではあるけれど、まだまだ余裕はある。
 焦らず行こう。

 町への出入りに検問のようなものはなかった。不用心な気もしたけれど、中に入って納得。どうも普通の町じゃないみたい。
 町規模は村レベルなのにお店は意外と立派でちょっと違和感がある。
 広場を囲むように宿、道具屋、武具屋、酒場などの木造の建物が軒を連ねている。そして他にもお店のような佇まいの建物が数軒並んでいるにが見えた。
 町の方も普通じゃないけど、町の人も一味違う。どうも冒険者っぽい人が多い。
 確かに町に入ってからここまでいわゆる住居的な建物は少なかった。まだ開墾が始まったばかりの新しい町……なのかとも思ったけれど、この雰囲気はダンジョン都市のそれに近い。
 まぁ、俺くんゲーム情報だけれど……。

「まずは情報収集ね……」
「そうですね。見たところ宿か酒場くらいしかありませんよ?」
「そうね……酒場に行ってみましょう」

 改めてフードを深くかぶり直してウエスタンドアを押し開いた。
 勢いよくーーではなくそっと優しくね。
 バネの軋む音が響くが昼間から賑やかな店内ではこちらを気にした人はいないみたい。気配遮断アンチエンカウントの魔法もそれなりに貢献しているのでしょうけれど。
 さて、怪しいフード付きマントですっぽり姿を隠した私はカウンターの隅の方で周囲の会話に耳をすませる。
 お店の中はオーソドックスなバーカウンターと丸テーブルと椅子のセットが点在する雑然とした飲食店のそれ。客はカウンターで酒や料理を注文して好きなテーブルで飲み食いするフードコートみたいな感じ。だから店員はカウンターの奥にしかいないみたいだ。何か飲み食いしたければカウンターの向こうにいる店員に声をかければいい。
 気配遮断状態の私がそれをやると物凄く驚かせることになるので今回は飲食は我慢ね。
 先日までの大きな街と違ってこういう小さな町では女の子の一人旅(実は二人だけど)なんだから用心はしておかなくちゃね。

 それほど広くない店内だけどお客はかなり多い。こんな昼間なのにテーブル席は八割方うまっている。
 男女比は8:2くらい。そのほとんどが一目で冒険者だと分かるような出で立ち。一割か二割が普通の町人っぽく見える。装備を外した冒険者かもしれないけれど、飲んでる姿を見てもそれ以上は判断のしようがない。
 ただし、八割程が冒険者風という時点で普通の町とは考えにくい。でもいわゆる山賊の根城ではなさそうだ。町の様子からある程度判断はしていたけれど、店内の様子から十中八九ダンジョン都市、それもまだ作られ始めたばかりの町だと思う。現状では隠れ里みたいだけれども。
 まぁ観察は程々にして周りの人のお話に耳を傾けてみましょうか。


 フォーフィスの町に一軒しかない宿。そこに部屋をとった。一軒しかない代わりに部屋数はすごく多い。部屋のグレードはピンキリだけれど。もちろん私たちは最上級……とは言わないけれど、それなりの部屋をとった。というか空いているのが割とお高い部屋しかなかったのだけれど。
 女の子の一人旅だから宿の主人には少々驚かれたけれど、あんたも『逆さの塔』に挑むのかい? という問いには頷いておいた。それが冒険者としてごくごく当然の事だから。
 そう、ここフォーフィスの町は『逆さの塔』という名のダンジョンを中心にできた町というか前線基地みたいなもの。ほんの半年程前に発見された新たなダンジョンらしい。現在八層まで攻略されているが何層まであるのかは不明。最新の情報かはわからないけれど、酒場のとあるパーティーが九層へ降りる階段を発見したとか話をしていた。
 『逆さの塔』という呼び名は一層にあるプレートに記された概要図から取られたそうだ。その辺りは見ればわかるらしくその話で盛り上がっているテーブルもあった。
 酔っ払いの話から有用な情報をピックアップするのは結構大変……。なんせ話が結構飛ぶのよ。今Aの話をしていたかと思えば急にBの話になったりとね。
 でもまぁそれなりに収穫はあった……ような気がする。

「それで、アンは何か面白い話を聴けた?」

  私の方は今あげた程度。流石にカウンターの隅から聴ける話には限度がある。でも……。
 情報収集作戦プランαならば……その限りではない!

「そうですね……私の方は……」

 姿を消した状態のアンが各テーブルを回って堂々と会話を盗み聞きしてくるというシンプルだがとても効率の良い作戦。それがプランαである。(笑)
 それによると……。
 まず塔の中にはモンスターがいる。五層まではゴブリンなどのランク3程度の低レベルモンスターのみ。六層へはボス部屋を通らなければならず、ボスは一定の時間が経過すると再出現する。五層のボスはランク5のミノタウロス。迷宮といえばミノタウロス。なんだか定番のボスキャラね。
 ちなみに次のボスは十層だと予想されている。
 それから六層以降はオーガやボスで登場したミノたん等のランク5までのモンスターが出現する。
 塔の中は基本的に20メートル四方の部屋で区切られ通路はなく部屋同士が直接繋がっている。部屋の作りはどれも同じで四方に扉があり、鍵はかかっていない。今のところトラップもない。あ、部屋の中には矢が飛んできたりするトラップがあるみたいだけれど、不思議と扉にはそういうのはないらしい。
 八層までは完璧な地図ができており、入り口側のギルド出張所で販売されている。値段は一万レンらしい。また、新たな情報が追加される度に更新されるが、情報は有料であるらしい。
 その分新情報をギルドに報告すれば内容により報奨金が支払われる。直近では八層のマップ情報の提供がそれなりの報酬額になったようだ。
 今後は九層以降の情報ならいい値がつくだろう。

「なるほどね……」

 似たようなダンジョンに覚えはあるけれど、逆さの塔なんて名前のダンジョンは知らない。正式名称じゃないだろうけれど、特徴は捉えてると思うのよね。でも俺くんの記憶に該当する情報はない。
 未踏破ダンジョン……ちょっとワクワクしちゃう。
 ダンジョンを完全攻略してる余裕はないかもしれないけれど、それでも私にとって有用なアイテムが入手できるかもしれない。
 ステータスアップ……。出来る限りなんとかしたい。それを考えると命の腕輪は悔いが残る案件だったわね。

「よし、少しのぞいて見ましょう。十層までならすぐにでも到達可能。それくらいなら全く問題ないわ」
「姫様ならそう仰ると思いました」

 呆れたようなアンの声と、何よ、その表情は。
 軽く睨むとやれやれとでも言いたそうな素振りをわざとらしくして見せながら断言した。

「それは……城の中ですらあれだけ探検して回ったのです。本物のダンジョンを目の前にしたら行ってみないわけがありません」
「……ふふふ……そうね。その通りよ!」

 確かにキラリ姫の記憶にあるわ。宝物庫に忍び込んだ時はそれはもうお母様に滅茶苦茶怒られたもの。その後でお尻が消し飛ぶかと思うくらい叩かれたのよね……。
 それでもめげないキラリ姫……この娘結構凄いわね。

「明日は忙しくなるわよ!」

 必要な物を買い足して準備が整い次第ダンジョンへ。
 逆さの塔……か。
 ふふふ。面白そうじゃないの!
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