魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第二章:プリンセス、岐路に立つ

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 街から二時間程の距離にある割に人の手があまり入っていない自然豊かな森。天山連峰の麓に広がる樹海のような大森林で、豊かな植生と魔物を含む多くの動物が生息している。それらは偏に天山に住むとされる聖獣の影響があると言われている。
 時には村娘が薬草を摘みに分け入る事もあるが人との関わりはその程度である。

 ーー出典ギルドエリア情報よりーー


「ーーアン、マップオープン」
「………………」

 あら? どうしたのかしら?

「アン?」

(ひ、姫様!?)
 耳元ですごく小さな声。

「どうしたの?」
「……お姉ちゃん? 誰とお話してるの?」
「ーーあっ……」

 あまりにも大人しくてシーラくんのことすっかり忘れてた……。完全にいつもの調子でアンに呼びかけてしまったわ。

「えっと……その……」
「時々そうやってお話ししてたけど……お姉ちゃん寂しいの?」

 凄く悲しい表情と優しい声で……後ろからぎゅっとしがみーーもしかして抱きしめようとしてる!? 私、憐れまれている!? 

「あ、あのねシーラくん!」

 優しい抱擁を解いてシーラくんと視線を合わせる。

「なぁに?」
「お姉ちゃんは寂しいんじゃないの。あのね、見えないけれどお姉ちゃんは小さなお友達と一緒に旅をしているの。でも人の国でその事を知られるとどうなるか、何をされるかわからないでしょ? だから他の人に知られないようにしているの」

 純真なこの子になら正直に話しても大丈夫な気がする……。

「そっか……いい子いい子」

 ナデナデされた……。

「僕は優しいお姉ちゃんが大好きだよ」

 あれ? なんかこれって……。

「大丈夫、僕お姉ちゃんのお友達になってあげるからね」

 いやぁぁぁぁ!! まさかの痛い子認定!?

「し、シーラくん……本当なの!? お姉ちゃんの妄想じゃないの!」
「妄想……?」
「えっと妄想っていうのは……何にもないのに病的に思い込んじゃう、誤った判断というか気持ち? みたいなものの事でーーって違う! 妄想の事を説明したいんじゃなくて!!」

 あぁーーーっ!!!!

「もうっ! いいわ、『妖精召喚コールフェアリー』!!」
「ひ、姫様!?」

 驚いた表情のアンが私とシーラくんの前に姿を現した。

「うわーー!! 小さなお友達だ!!」
「ね、嘘じゃないでしょ? お姉ちゃんの妄想じゃないでしょ?」
「うん、お姉ちゃん。僕ね寂しくて側にお友達がいるって思い込んでるんだと思った。死んだお婆ちゃんがそんな感じだったの……」

 そ、それは優しい気持ちになるはずね……。

「ありがとねシーラくん。お姉ちゃんのこと心配してくれたんだね……」

 ギュッと抱きしめて、柔らかな髪を撫でた。
 こんなに小さな子供なのに、人を思いやる優しい気持ちがある。本当にいい子だわ……。
 絶対お家に連れて行ってあげるからね! お姉ちゃん頑張るからね!!

「お姉ちゃん、苦しい……」
「ご、ごめんなさい!」

 慌てて彼を解放する。ちょっと強く抱きしめ過ぎたみたい。えへ。

「それじゃ行こっか、シーラくん」
「うん」
「アン、マップをお願い」
「かしこまりました」

 元どおり姿を消したアンに呼びかけると目の前に半透明のウィンドウが表示される。
 私を中心に半径五キロ程度の範囲をカバーしているこの便利魔法は普通の冒険者は使うことができない遺失魔法に分類されている。ちなみに私も使えないので、使えない理由が何かあるんだと思う。俺くんの記憶によればこれはあくまでゲームシステムの一部で魔法じゃないからだそうだけど、それはこの世界の住人には理解できない概念だと思う。
 さて、ここにこの世界の魔法である探索魔法を使うと二つの世界のコラボレーションとも言える敵配置付きのマップが完成する。ただしこの敵の概念は結構微妙で中立の黄、味方の青であっても油断はできない。
 マップに表示された光点を見ながら最適なルートを検討する。
 村娘が摘みに来るくらいあってこの森は薬草が多種多様に分布している。カンドールのギルドでもそれを採取するクエストが出ていた。なので森の中にいる青や黄の点は多分冒険者だろう。出来るだけ避けて通るようにしよう。厄介ごとはもうゴメンだわ。
 幸いここから山頂へと向かう直線上には誰もいない。これはさっさと空を飛んでいけという神様の思し召しに違いない。

「ーーというわけで空を飛んでいきます」
「何がというわけなのか分かりかねますが、かしこまりました。ですが姫様、出来るだけ、本当に出来るだけゆっくりお願いしますね」
「大丈夫よアン。結構慣れたから任せておきなさい!」
「姫様、本当にお願いしますね!?」

 アンったら自分の羽根で空を飛び回れる癖に……。
 さぁ! テイク・オフよ!!


「……姫様のウゾづぎ……」
「ごめんてば!」

 仕方ないじゃない! あんな変な気流? みたいなのがあるだなんて思わないでしょ!? いくら魔法改変スキルを身につけて効率化しても大自然の力の前には無力よね。
 今はその気流を抜けて天山の中腹まで登ってきたところ。
 高度が上がるにつれて吹き付ける風が強さを増していて、ほんの少し姿勢制御に気を使う。特に私の可愛いお世話妖精さんが一緒だとね。

「あわわ! また揺れましたー!!」
「ちょっと! 耳を引っ張らないで!」

 ほんの少し横風に煽られて一回転しそうになっただけじゃないのよ。シーラくんを見習ってほしいわ。私の背中で楽しそうに鼻歌歌ってるわよ?

「だってーー!」
「もう、あと少しだから頑張ってアン!」

 この調子でいけばもう暫く飛べば山頂付近にたどり着けるわ。今日はいい天気で雲も薄く広がってるだけだし、そうそう何かが起こったりしないわよ。

「そ、そうです、姫様、そろそろ一度休憩を挟みましょうよ!」
「上に着いてからね~」

 あ、また風に煽られた。

「いやぁぁぁぁーーーー」

 アンの可愛らしい悲鳴が結界内に響く。可愛いのだけれど、耳元で叫ばないでほしい。あと息がくすぐったい。我慢してるけれどちょっと変な気持ちになってしまうの。
 ほら、思わずクルンと一回転しちゃったじゃない。

「ひやぁーー!!」

 もう、だから耳元でハァハァ言っちゃダメだってばぁ……。

「あら? 何かしらあれ……」
「ハァハァ……。何か向かって来てますね……」
「……なんだか嫌な予感がするわ! シーラくんしっかり掴まっててね!」
「はーい!」

 ムギュ……。
 あん……。
 シーラくん……そこはそんなに強く掴まないで……あ……。

「ひ、姫さまぁ!!」
「いけないいけない。ちょっと飛ばすわよアン!!」
「はいぃぃーーーー」

 突風の出力を上げて接近する黒い影から遠ざかるように、かつ山頂に向けて飛行する。丁度山の斜面を螺旋状に登って行くような感じ。
 結構速度を上げたけど……ダメだわ、追いつかれる!?
 次第にハッキリする黒い影の正体。あれって飛竜!?
 この世界での竜の立ち位置を思い出して戦慄する。彼らは……人族とも魔族とも相容れない孤高の完全生命体。魔法にも物理にも強く、古竜ならたった一頭で一つの国を簡単に滅ぼすことができる。小国ではなく大国を。それに比べれば飛竜はまだマシだと思う。飛ぶことに特化したから戦闘力は古竜に劣る。それでも国が滅ぶレベルなのは変わらない。かかる時間が少し増えるだけだ。
 ああ……ここにもまた開発陣の妙なこだわりが……。

「アン……ごめんなさい」

 返事を聞かずに更に加速する。耳元で悲鳴が上がるけれど、ホントごめん! だからお口から〇〇を出さないでね!!
 左右二つから四つへ。突風の魔法を追加発動させる。そして更に結界の形状を流線型に変形させた。翼も真横ではなく斜め後方に向かってもっと鋭く。そう、イメージは戦闘機。
 新たなスキルのおかげで変なポーズを取らなくていいのは助かるわね。
 さぁて、四機のエンジンならどうかしら!?
 速度は間違いなく上がったけれど、その分制御が難しい。真っ直ぐ飛ぶのもキツイのにこのカーブは……。

「くっ……」

 お腹にグッと力を入れていないと死んじゃいそうだ。これ以上の加圧は私の方が保たない。
 世界最強の存在だってただの生物。私のインチキ魔法のレベルなら……。
 ーー嘘でしょ!? 近づいてる!? いくらなんでも早すぎる!! スピードじゃ敵わない!? くそ~何でもかんでも高レベルにしなくていいのにー!!

「ひ、ひめ……さま……」
「アン!?」

 待って! ちょっと、いや、だからーー!!!

「ぅぷ……」
「いやぁぁぁぁ!!!!」
 
 アンの名誉の為に音声はカットしています。

「ーーお姉ちゃん、変な匂い……」
「シーラくん何も言わないの。男の子でしょ?」
「う、うん……? わかった」

 私の真剣な眼差しから何かを感じ取ってくれたに違いない。

「あとね、うしろ……」
「ーーそうだった!! ドラゴン!!」

 慌てて振り返るともうすぐ後ろに迫っていた!!
 ギザギザの牙みたいな歯が見えて……。その奥にチラチラと赤い炎のようなものが……!?

 ーーキラリ姫絶体絶命!? 次回竜のアギトをかいくぐれ!! 見てくれないとあなたの夢にお邪魔しちゃうわよ♡

「ーーなんて、バカなことやってる場合じゃないわ!!」

 噛みつきかブレスかどっち!?
 正解はどっちも!!

「にゃぁぁぁ!!」

 噛みつきを辛うじて避けて続くブレスを宙返りで回避! 相手の後ろにつくまるでドッグファイトのような動き。
 華麗だわ! でも犠牲は大きかった!?

「ぅ……」

 アン! 耐えて!! お願いぃぃーーー!!!

 ………………。
 ツンとした匂いが鼻腔を刺激する。

「ーーよくもやってくれたわね!!」

 ちょっと涙目。
 若干八つ当たりではあるけれど、目の前の飛竜を睨みつける。
 ドラゴン相手に私の魔法がどこまで通用するか……。まずはーー!

「『雷光の矢ライトニングボルト』!!」

 眼前に浮かぶ無数の雷の矢を一斉に放つ!!
 空に走る稲妻のような軌跡。

 ガァァァァ!!

 次々と着弾するけれど……どう!?
 咆哮するくらいだから少しは効いたの?

「お姉ちゃん! 来る!!」
「ーー!!」

 目の前の飛竜が一瞬で体を反転させてこちらを向いた!? 進行方向は変わらずに!? なにそれ!! ずるい!!

 グガァァッー!!

 再び咆哮する飛竜。周囲に槍のような巨大な矢が出現した!!
 帯電するその姿はまるで私が放った雷の矢のようで……。

「そんな……」

 レベル100の私の魔法を上回るの!?

「『魔法障壁マナフィールド』!! 全開!!」

 急減速の重圧に耐えて魔法障壁を多重展開。
 そこに次々と突き刺さる雷の矢……というか槍。

「さすがにちょっとこれは厳しいわね……」

 だいたい二、三発で障壁が一枚、まるでガラスが割れるみたいにパリンって破壊されていく。
 割れた分だけ新たに展開して無数に飛来するまさに稲妻を受け止め続ける。
 空気を裂く轟音を響かせて迫る閃光はとても脅威的でそして美しい。空間に亀裂が入ったようにして破壊される魔法障壁すら美しく感じてしまう。それは消えゆくものに感じる刹那的な感傷も含まれているのもしれない……。
 全ての槍を耐えきった時、展開した多重障壁は最後の一枚になっていた。

「なんとか……凌ぎきったわ……」

 安堵の吐息ーー。

「ーー!?」

 そして眼前にいない竜の姿を探して周りを見れば、私の頭上で凶悪な牙を剥き出しにする飛竜と目が合った!!
 アレはーードラゴンの象徴ともいえる灼熱のブレス!!

「ーーきゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 真っ赤な火焔が私を消しとばしたーー。
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