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第二章:プリンセス、岐路に立つ
(17)
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「ぁ……ん……」
しっぽを握る力が弱くなってついには小さな手が離れた。
「やっと、寝てくれたぁ?」
「そ、その様です……姫さまぁ……」
アンの声も相当色づいてるわね。
「ふぁぁ……」
眠気はあるのに体が火照ってしまって大変だわ……。こんな中途半端じゃ眠れない。……どうしよう……。
「……姫さま……」
「大丈夫よ、我慢できるわ……」
「いえ……どうぞ私の事はお気になさらないでください。随分と……その、お辛そうです」
昂ぶった体が辛いのは確かなのだけど……。アンにそういう風に言われると……違う辛さがある。
「ごめんねアン……ヒーリング」
自分にもかけてからベッドの隅に寝そべる。
ん……。身体中がムズムズする……。なんてイヤラシイカラダなの……。
「アン、少し窓を開けるわね……。空気を入れ替えたいわ」
空気と一緒に気分も入れ替えてしまいたい。
「いい風ね……」
日が暮れても街の明かりで賑わっている。通りに面した方だったらもっと喧騒とか聞こえてきたのかもしれない。
コンコンコン……。
「ーーアン」
「わかっております」
こんな時間になんだろう?
「はい……どなたでしょうか?」
宿の人かしら?
「こんばんは、キラリさん?」
あれ、この声……。
「もしかしてソフィス様ですか!?」
「はい。覚えてくれていたんですね。嬉しいですわ」
間違えようがないほどよく通る綺麗な声。でも、聖女ソフィス様が何故私を訪ねて……? しかも宿の客室に?
「こんな時間にごめんなさいね。宿の人にお願いして通してもらったの。こういう時、癒しの聖女の名声は役に立つのよ?」
なるほど。
「それでどのようなご用件でしょうか?」
「あら、部屋へ入れてもらえないのかしら?」
「すみません、もう寝ようと思っていましたので服装が……」
自分の姿を改めて見る。シルクっぽい白のベビードールと下着のみというまぁ人前に出られるような格好じゃない。
「あら、女の子同士なんだから気にしなくて平気よ?」
「そういう訳にもいきません。申し訳ありませんが、明日時間を改めてにしませんか?」
「ん~でもそうすると貴女街の外へ逃げ……天山に向かってしまうでしょう?」
逃げる? 私が? どうして?
「ごめんなさい、逃げるっていうのは言葉のあやよ。貴女の場合、人の国では色々過ごし辛いのではないかしら?」
「ーー!?」
この人……気がついてるの!?
どうする……。このまま押し切るのは簡単だけれど、何をどこまで気がついているのか把握した方がいいのでは……?
「アン……」
小声でアンを呼ぶ。
「聞いていたわね? 会うべきかしら?」
「はい、姫様。このまま追い返すのは早計かと。聖女様お一人のようですし一度話を聞いてみても良いのでは? その上で最悪の場合……姫様の魔法でどうにかするしかないかと……」
出来ればそれは避けたいわ……。
「ねぇキラリさん、少し話がしたいだけよ? そろそろ中に入れてもらえないかしら?」
「……わかりました……」
少しだけドアを開けると、昼間と変わらずにこやかな笑顔の聖女ソフィス様が立っていた。手には小さな箱を持っている。
「もう、遅いわよ。せっかく美味しいケーキを買ってきたのに」
「……部屋にはお水くらいしかありませんよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと用意してきたわ」
悪足掻きだけど、やっぱり通用しなかった。仕方がない、諦めるしかなさそうね。
「ハァ……。どうぞ……」
扉を開いて聖女様を迎え入れる。アイテムボックスという名の収納魔法があるこの世界では見た目が丸腰でも大した意味はない。簡単に物騒なモノを取り出すことができてしまうから。そして魔法という力がある以上、単純に武器だけを警戒すればいいというものでもない。
「お招きありがとう。そんなに警戒しないで。本当にただのケーキよ」
手にした小さな箱を持ち上げてにっこり。
「それにしても、本当にちょっとアレな服装だったのね……。断る口実かと思ったわ……」
「そんなにジロジロ見ないでください、恥ずかしいです」
戸締りをして振り返るとソフィス様は私の頭に手を伸ばしてきた。
「初めて見るわ……とっても可愛いアクセサリーねーー」
「ひゃぁ!?」
ミミに触られた瞬間、言いようのない感覚が体を走り抜けた。
「………………」
しまった! 非常にマズイ! ネコミミとしっぽ生やしたままだったーー!!
「な、なんてね……」
「可愛い飾りね? よぉ~く見せてもらえるかしら?」
「それはちょっと……」
迫り来る聖女様から素早く距離を取る。
「ーーしっぽもあるのね?」
右手でネコミミを、左手でしっぽを隠す?
どうしよう、全く誤魔化せる気がしないわ。これはもう、開き直るしかないわね!
「聖女様、ミミもしっぽも魔法です」
「そんな魔法始めて聞いたわ」
「そうでしょうね。私も先日使ってみて初めて効果を知りましたから」
魔狼招来……。口元を隠して小さく唱えるといつものように淡い光に包み込まれてミミとしっぽが消え去った。
「へぇ……。すごいわね……」
「ご覧の通りです。それで、ご用件をお伺いします。どうぞお掛けください」
小さなテーブルにフォークとお皿とティーカップを用意して向かい合わせに腰を下ろす。ガルム様がくださったお茶会セットが思いがけず役に立ったわね。
「まずは、ケーキはいかが? とっても美味しいと評判のお店なのよ。ケンカにならないように一番人気のものを選んできたのよ。ほら、美味しそうでしょ?」
綺麗に箱を開くとふわっとバニラの香りが広がった。スタンダードなショートケーキ。ただし飾りつけはとっても豪華で美味しそうな果物をふんだんに使ってある。
「わぁ~ホント美味しそうですね!」
「でしょ? 紅茶も用意してきたのよ、どうぞ」
カップに注ぐとまるで入れたてのような芳しい香りが湯気と一緒に立ち上った。上級アイテムボックスね……。
容量こそストレージに劣るけれど、それ以外の性能はほぼ同等の高級品だわ。さすが聖女様ね。
「遠慮せずに召し上がれ」
ーーこうして奇妙な夜のお茶会の幕が開いた。
しっぽを握る力が弱くなってついには小さな手が離れた。
「やっと、寝てくれたぁ?」
「そ、その様です……姫さまぁ……」
アンの声も相当色づいてるわね。
「ふぁぁ……」
眠気はあるのに体が火照ってしまって大変だわ……。こんな中途半端じゃ眠れない。……どうしよう……。
「……姫さま……」
「大丈夫よ、我慢できるわ……」
「いえ……どうぞ私の事はお気になさらないでください。随分と……その、お辛そうです」
昂ぶった体が辛いのは確かなのだけど……。アンにそういう風に言われると……違う辛さがある。
「ごめんねアン……ヒーリング」
自分にもかけてからベッドの隅に寝そべる。
ん……。身体中がムズムズする……。なんてイヤラシイカラダなの……。
「アン、少し窓を開けるわね……。空気を入れ替えたいわ」
空気と一緒に気分も入れ替えてしまいたい。
「いい風ね……」
日が暮れても街の明かりで賑わっている。通りに面した方だったらもっと喧騒とか聞こえてきたのかもしれない。
コンコンコン……。
「ーーアン」
「わかっております」
こんな時間になんだろう?
「はい……どなたでしょうか?」
宿の人かしら?
「こんばんは、キラリさん?」
あれ、この声……。
「もしかしてソフィス様ですか!?」
「はい。覚えてくれていたんですね。嬉しいですわ」
間違えようがないほどよく通る綺麗な声。でも、聖女ソフィス様が何故私を訪ねて……? しかも宿の客室に?
「こんな時間にごめんなさいね。宿の人にお願いして通してもらったの。こういう時、癒しの聖女の名声は役に立つのよ?」
なるほど。
「それでどのようなご用件でしょうか?」
「あら、部屋へ入れてもらえないのかしら?」
「すみません、もう寝ようと思っていましたので服装が……」
自分の姿を改めて見る。シルクっぽい白のベビードールと下着のみというまぁ人前に出られるような格好じゃない。
「あら、女の子同士なんだから気にしなくて平気よ?」
「そういう訳にもいきません。申し訳ありませんが、明日時間を改めてにしませんか?」
「ん~でもそうすると貴女街の外へ逃げ……天山に向かってしまうでしょう?」
逃げる? 私が? どうして?
「ごめんなさい、逃げるっていうのは言葉のあやよ。貴女の場合、人の国では色々過ごし辛いのではないかしら?」
「ーー!?」
この人……気がついてるの!?
どうする……。このまま押し切るのは簡単だけれど、何をどこまで気がついているのか把握した方がいいのでは……?
「アン……」
小声でアンを呼ぶ。
「聞いていたわね? 会うべきかしら?」
「はい、姫様。このまま追い返すのは早計かと。聖女様お一人のようですし一度話を聞いてみても良いのでは? その上で最悪の場合……姫様の魔法でどうにかするしかないかと……」
出来ればそれは避けたいわ……。
「ねぇキラリさん、少し話がしたいだけよ? そろそろ中に入れてもらえないかしら?」
「……わかりました……」
少しだけドアを開けると、昼間と変わらずにこやかな笑顔の聖女ソフィス様が立っていた。手には小さな箱を持っている。
「もう、遅いわよ。せっかく美味しいケーキを買ってきたのに」
「……部屋にはお水くらいしかありませんよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと用意してきたわ」
悪足掻きだけど、やっぱり通用しなかった。仕方がない、諦めるしかなさそうね。
「ハァ……。どうぞ……」
扉を開いて聖女様を迎え入れる。アイテムボックスという名の収納魔法があるこの世界では見た目が丸腰でも大した意味はない。簡単に物騒なモノを取り出すことができてしまうから。そして魔法という力がある以上、単純に武器だけを警戒すればいいというものでもない。
「お招きありがとう。そんなに警戒しないで。本当にただのケーキよ」
手にした小さな箱を持ち上げてにっこり。
「それにしても、本当にちょっとアレな服装だったのね……。断る口実かと思ったわ……」
「そんなにジロジロ見ないでください、恥ずかしいです」
戸締りをして振り返るとソフィス様は私の頭に手を伸ばしてきた。
「初めて見るわ……とっても可愛いアクセサリーねーー」
「ひゃぁ!?」
ミミに触られた瞬間、言いようのない感覚が体を走り抜けた。
「………………」
しまった! 非常にマズイ! ネコミミとしっぽ生やしたままだったーー!!
「な、なんてね……」
「可愛い飾りね? よぉ~く見せてもらえるかしら?」
「それはちょっと……」
迫り来る聖女様から素早く距離を取る。
「ーーしっぽもあるのね?」
右手でネコミミを、左手でしっぽを隠す?
どうしよう、全く誤魔化せる気がしないわ。これはもう、開き直るしかないわね!
「聖女様、ミミもしっぽも魔法です」
「そんな魔法始めて聞いたわ」
「そうでしょうね。私も先日使ってみて初めて効果を知りましたから」
魔狼招来……。口元を隠して小さく唱えるといつものように淡い光に包み込まれてミミとしっぽが消え去った。
「へぇ……。すごいわね……」
「ご覧の通りです。それで、ご用件をお伺いします。どうぞお掛けください」
小さなテーブルにフォークとお皿とティーカップを用意して向かい合わせに腰を下ろす。ガルム様がくださったお茶会セットが思いがけず役に立ったわね。
「まずは、ケーキはいかが? とっても美味しいと評判のお店なのよ。ケンカにならないように一番人気のものを選んできたのよ。ほら、美味しそうでしょ?」
綺麗に箱を開くとふわっとバニラの香りが広がった。スタンダードなショートケーキ。ただし飾りつけはとっても豪華で美味しそうな果物をふんだんに使ってある。
「わぁ~ホント美味しそうですね!」
「でしょ? 紅茶も用意してきたのよ、どうぞ」
カップに注ぐとまるで入れたてのような芳しい香りが湯気と一緒に立ち上った。上級アイテムボックスね……。
容量こそストレージに劣るけれど、それ以外の性能はほぼ同等の高級品だわ。さすが聖女様ね。
「遠慮せずに召し上がれ」
ーーこうして奇妙な夜のお茶会の幕が開いた。
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