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第一章:プリンセス、冒険者になる
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斯斯然然。
そんな言葉一つで済めば苦労はしない。
今この場で何が起こっているのか、私が何に対して大声を上げてしまったのかを説明した。
そして暫しの時間を置いてみんなが落ち着きを取り戻したところで、私たちはこのコメディアン……じゃなかった、アリーシャゴーストと向き合う事を始めた。
「ここです。今彼女はここにいます……」
「………………」
ミレーヌさんが何もない空間に手を伸ばす……。
「あ、こっちに動きました」
反対方向に移動したことを伝える。向き直るミレーヌさんをからかうかのようにまた別の場所に移動するアリーシャゴースト……。
「ーーいい加減にじっとしなさい!!」
ミレーヌさんの手をフワフワ躱して揶揄う姿に思わず手が出てしまう。そのままアリーシャさんの前に座らせて肩を押さえる。どうよ! これで動けまい!
どうして私にだけ見えてしかも触れる事まで出来るのかはわからない。わからないけれど出来るんだから仕方がない。何故? どうして? それを考えるのは私の仕事じゃない。出来て都合がいいのなら理由なんて二の次でいい。
だって現代科学だって同じようなものでしょう?
数多くの文明の利器だって多くの人が仕組みを理解しないまま使っているわけだし、これも似たようなものよ。
まぁ兎にも角にも姉妹の再開。一方からは見えてもいないし声も聞こえていないのだけれど、それでも再開には違いない。
「はい! ミレーヌさん!」
私が押さえつけた事でようやく向かい合う事ができた二人。アリーシャさんはきっと悲しみに暮れる妹の顔を見たくなかったんだと思う。その表情をさせているのが自分だってわかっているから。仕方がなかったのかもしれないけれど、もっと他に方法がなかったのか……。
……なかったんだろうな、きっと。あの時はこうする事でしか大切な家族を仲間を守れなかった。残された方も残した方も後悔しかないのかもしれない。
「ね……ぇ、さん……」
ずっと話す事が出来なかったミレーヌさんが声を絞り出した。
「そこに……いるの……?」
切なすぎて胸がぎゅっと締め付けられる。
姿も見えず、触れることも出来ない。そんな二人の再開。せめて姿を見ることができれば二人ならば或いは表情から伝わる事があるかもしれない。
せめて触れ合う事が出来たのなら互いの愛情を確認する事ができたかもしれない。
……でもどちらも叶わない。
それが出来る私では代わりは務まらない。代われるものなら代わってあげたい。
この姉妹をもう一度逢わせてあげたい。魔法のレベルが100もあるのに私にできることは……。
「ねえさん……」
涙声。何とかしてあげたいのに何も出来ない。異世界転生? 定番のチートの一つや二つくらいあったっていいのに……。
情けないことにお姉さんの金の腕輪を握りしめるミレーヌさんをただ見ている事しかできない。
「あ……」
私にも出来る事が一つだけあったかもしれない。今この場に全ての素材が揃っている。奇しくも形見となったお姉さんの腕輪がベース素材に最適で……。
「ミレーヌさん……」
優しく呼びかけて背中から抱きしめる。
「お姉さんの腕輪をお借りできませんか?」
形見の腕輪を素材にしてしまうことへの抵抗は少しだけある。でもそれがこの先ミレーヌさんを守ってくれる物になればいいと思う。
きっと彼女はその腕輪を肌身離さず持つだろう。だからお姉さんの腕輪を命の腕輪に合成する事で二人にずっと一緒にいてもらえるような気がする。
彼女の命から生まれた生命の水晶を使ってミレーヌさんの為の腕輪にする。
腕輪と水晶と触媒である魔獣の血液。そしてそれを合成する事が出来る私。
触媒としてのキマイラの血液は上の下くらいだろうか。惜しむらくはもっと良質な魔力をふんだんに含んだ触媒があればよかったのだけれどーー!?
(アレ? ちょっと待って……??)
魔力を豊富に含んだ血液ということなら……私の血はどうなのかしら? ゲームと違って合成に使える素材に制限はない。それなら私自身の血液を用いる事も不可能ではない。
このチート魔力を有する私のものなら最上級すら上回るのでは?
「あ……!」
もう一つ思い出した。ゲームの主人公にしか扱えない特別な素材。私にしか見えない、私にしか触れない。今目の前にそれがある!?
何この奇跡的な巡り合わせは!?
やばい!? 鳥肌が立ってきた!!
「どうした急に変な声を出して?」
「変な声ってあのね……いいえ、今はそんなことはどうでもいいです。ミレーヌさん、その腕輪にお姉さんの魂を宿らせてみませんか?」
ピクリと反応はしたけれど返答はない。考える時間が必要なのかもしれない。
だから私はアリーシャさんにも同じ問いかけをする。言葉は不要だった。彼女は既に私の提案にのる覚悟を決めていた。真剣な眼差しで小さく頷いた。私も同様に頷き返す。
あとはミレーヌさんだ。彼女が決心するまでこのまま抱き締めていよう。
お互いに装備を着けたままだから温もりも感情も伝わりにくいかもしれないけれど、僅かに触れ合う部分から何かを感じあえる気がした。
気のせいかもしれないけれど、それでも私に姉妹の絆を繋がせて欲しいと願いを込めて抱きしめる。
「……いい……の?」
掠れる声はほとんど聞き取れない。でも何故か何を言おうとしたのか分かる気がした。お姉さんの思い出が詰まった腕輪。ほんの数日一緒に旅しただけの私に簡単に託せるものではない。しかもそれを合成素材にするというのだから相当な覚悟が必要だろう。信じられないのも無理はない。それでもーー。
「ーー私を信じてください!」
私は言葉にあらん限りの気持ちを込めた。
今から私が行うのは魔法錬金というゲームにありがちなアイテム合成機能だ。想像通り不要になった複数のアイテムを合成して新たな別のアイテムヘと作り変える。定番中の定番機能だと思う。
主として不用品のリサイクルが目的なのだが、当然その機能でしか入手できない、もしくは入手困難なアイテムも沢山あった。この世界にその全てを当てはめてしまうのは早計かもしれないけれど、少なくとも今から作ろうとしている命の腕輪は合成でしか入手ができないアイテムの一つだった。
腕輪のレシピは簡単で素材も特別なものはたった一つだけ。ここにはその特別な一つがあり、その他もちょうど揃っている。これはちょっと運命的なものを感じずにはいられない。私がここに来る事になった事すらも何かに導かれているかのような……。
同時に思い出すあの苦難の日々。
攻略情報必須のコンテンツ。やり込み要素と言えば聞こえはいいけれど膨大なパターンを試すユーザーの身にもなって欲しいものだと心底思った。思い出すだけで気が遠くなりそうだわ。
そして今回は標準のレシピではない素材でぶっつけ本番、やり直しのきかない一発勝負をしなければならない。ああっっもうっ!! 何でセーブロードの機能はないのかしらっ!! それがあれば……。
今更だけれど大切な物を扱う責任と重圧に息が詰まりそうになる。安請け合いをしてしまったかもしれない。自分から手を差し伸べたとはいえ、失敗すれば取り返しがつかないというのに……。
それなのに……。
お姉さんの死を確かな事として受け止めようとしている彼女を見ていると何か力になりたいと思ってしまう。
今回の冒険で始めて出会いほんの僅かな時間を共に過ごしただけの言ってみれば赤の他人。そんな人の為に私は大きなリスクを背負おうとしている。同じだけの……いいえ、もしかしたら私以上のリスクをミレーヌさんに負わせようとしている。
正しいかどうかなんてわからない。ただ何かしたいと思った。それだけ。
そして二人はは私が提示する賭けにのった。
共にありたいと願った。
だったら腹を括ってやるしかない!!
大丈夫! 私なら出来る。
預かった形見の腕輪とお姉さんの魂が結晶化したと思しき生命の水晶。そしておそらく特殊素材に該当するであろうアリーシャさんの魂とでも言うべきゴースト。それらを一つに結びつける触媒として私の血液。
これでダメならそれはきっと何をしてもうまくいかないだろう。だから大丈夫。絶対大丈夫!!
少し離れたところから見つめる三人に小さく頷き、私は合成魔法を発動させる。掌に魔法陣が浮かび上がって腕輪が光に包まれるとふっと重さが消える。
魔法は正常に発動した。あとは順に素材を合わせていくだけ。
ベースとなる腕輪に一つ一つ素材を合わせていく。魔方陣の光の中へ素材を入れていく事で各素材は今、物質というカテゴリーから何か他の物。言うならば腕輪は腕輪という概念としての存在に変化している。
そこへ同様の存在となった素材を加えて一つの新しい概念へと組み立てていく。それを可能にするのが魔力を含んだ血液。
触媒である血液には含まれている魔力が大きければ大きいほど魔法錬金は最高の結果を生み出す。
ここまでは通常レシピの範囲内。いよいよ最後の素材。アリーシャさんの魂を腕輪に込める。
不安がないわけじゃない。でも今この時に必要なのは出来るかどうかじゃない。私がやるんだ。必ず成功させてみせるという気持ちだと思う。
お願いだから二人をもう一度巡り会わせて!! お互いを感じさせてあげて!! お願いっっ!!!
全ての素材が一つになる。光が弾けて消えると私の手に金属の重みが戻ってきた。
命の腕輪。少なくともそこまでは問題なく到達しているはず。でもその先へと至ることができたかどうかは正直私自身もわからないとしか言えない。
「ミレーヌさん……お姉さんの魂を腕輪に込めました」
見た目は元の腕輪と殆ど変わらない。元々刻まれていた意匠に紫の水晶が加わっただけ。でもどこか不思議な感じがする。
「あッ!? ぁあ……」
腕輪に触れた瞬間。ミレーヌさんの目から涙が溢れた。一瞬ダメだったのかと絶望しかけたけど、小さく姉さんと呟いたのが聴こえてうまくいったのだと直感した。
よかった。本当に良かったわ……。
「「ありがとう」」
よか……った!? 声が二重に聞こえた!?
「キラリ……ありがとう」
「ミレーヌさん……」
まだ少し話辛らそうだけどちゃんと話せるようになれそうでよかった。そんな涙を流しながら微笑むミレーヌさんを見てたらなんだか私まで視界がボヤけてきてしまった。
「どういたしまして」
ちょっと涙声。涙はこぼさなかったけれど鼻の奥がグジュグジュだわ。何となく恥ずかしくて顔を逸らすと私たちーーというかミレーヌさんを見つめるラーサスさんと目が合った。
……あら? あらあら?
「……おい、いやらしい目で見るな」
「そんな目で見てません。ふふふ」
「変な勘違いをするなよ?」
「ええもちろんです。勘違いだなんてそんな……ふふふ」
するわけないじゃないですか。そんな目で異性を見つめる人の気持ちに気が付かないわけないでしょ?
今の私になってからなんだかそういうことに敏感になった気がするのよね。色恋沙汰大好き桃色魔族だからかしら? まぁ色恋というか何というかだけれどもねぇ……。
ーーーーー
2021.03.20改稿
少々加筆修正をしておりますが、話の流れに変更はありません。
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