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第一章:プリンセス、冒険者になる
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「……まぁそれはそれとしてだ。ラーサス覚えてるか?」
「……ああ。不本意ながらな」
「くっくっく……」
「はぁ……なんて事だ……」
何やら後ろが妙な雰囲気になっている。
先ほどまでの張り詰めた緊張感は何処へ行ってしまったのか!?
何なのだこの残念な空気感は!?
まさか私何かやらかした!?
……いやまぁ今キマイラをサクッと一撃で屠りましたけども、なんだかそういう方向性とは違うような?
怯えられるよりは100倍いいけれど、これはこれでちょっとどうなのかしら???
「くっくくくく!!! ザマァ見ろ、ラーサス!! 俺の勝ちだな! 帰ったら10万レンだぞ!!」
!?
「くっ……わかってるさ」
!?
一体二人は何の話をしているのでしょうかね……10万レン??
「おいキラリ! お前のお陰で10万レン儲かった。帰ったら飯奢ってやる!」
「ひゃぁっ!?」
いきなり後ろから掴みかかられてへんな声が出てしまった。
「ちょっと!? いきなり何ですか!?」
「おいおい、まだ涙を拭いてなかったのか? ほれ俺のタオルを使ってもいいぞ?」
「っちょっと!? いらないわよ! だいたい泣いてなんてーーうわっ!? 何よこれ!? へんな匂いするんですけど!?」
「ん? そうか? こんなもんだろ?」
「うそ、やだ、顔に持ってこないでよっ!!」
「んだよ、失礼な奴だな。人がせっかく貸してやるっつってんのによ……まぁいい。お前のお陰で10万儲かったからな!」
強引に私を抱き抱えて喜ぶジェイクさん。いつも通りに私の頭をクシャクシャと撫で回して喜ぶ姿はあっという間に私の不安な気持ちを塗り替えてしまう。
いい加減一人で悲劇のヒロインぶっているのにも疲れた。そしてどうやらこの人たちは変態だったらしい。
私のあの異常な魔法を見たというのに全く態度が変わっていない。
自分ですら自分のことが怖くなっていたというのに、この人は普段通りすぎて……ほんと嫌になるわね。
「お前はよくやった。ホントによくやってくれた。お陰で俺も儲かったし命拾いもした。ありがとよキラリ。街に帰ったら何か美味いもんを食わしてやるからな……」
何か声に湿っぽいモノが混ざり始めた。おっさんの嬉し涙とか一体誰得なのよ。それよりもちょっといつまで抱きついているつもりですか!?
だんだん手元が怪しくなってきてません!?
それ以上いくと胸なんですけど!?
「ーーちょっとジェイクさん!? いつまで抱きついている気ですか!? いい加減に離れてください!! それから私のお陰ってどういうことですか?」
肩に回された手を振りほどいてちゃんと正面を向く。呆れるほどに変わっていないジェイクさんの目に思わず頰が緩みそうだ。
「おおっ、悪い悪い。あんまりにもいい匂いだったからついな。あ、そうそうそれな。お前のお陰で儲かったって話な。いやぁちょっとあれだ、ラーサスとお前が何レベルの魔法まで使えるか賭けてたんだよ。俺の見込み通り10レベルまで使えるとは……笑いが止まらねぜ! よくやった!!」
「何が見込み通りだ。マイナス分を取り返そうと大穴に賭けただけの癖に……」
「バカ言え! 勝てる見込みのない大穴になんて誰が賭けるかよ! クロスパイソンを倒した時に感じた直感は間違ってなかった。溜まってた負け分をチャラにしても数万俺のプラスだな。悪いな」
「言ってろ。どうせまたすぐに負けがこむに決まっている」
「うるせぇ。負け惜しみを言うなよ」
「チッ……」
えっと……取り敢えず匂いネタはセクハラ認定でいいわよね?
それと賭けですと!?
私をネタに面白い事をしてくれますね。
そもそも余計な詮索は無しでと約束した筈なのに、この男共は私がどれほどの魔法使いか話をしていたということになる訳よね?
詮索といっていいかどうかはちょっとわからないけれど、なんだか面白くないわね……。
「……ラーサスさん、ジェイクさんと私がどのくらい魔法を使えるか賭けてたそうですね?」
「あ、ああ、すまない。勝手に賭けの対象にしてしまって……」
「いいえ、それは別に構いません。お二人が何で楽しもうと私がとやかく言うことではありませんから。ですがーー」
別に賭け事自体はいいと思いますよ。でもその内容が私の魔法についてというのはいただけませんね……うふふ。
「ーーそれはつまり、お二人は私が何レベルの魔法まで使えるか検討相談をしたということですね?」
「ま、まぁ相談というか、予想というかだな……」
「うっ……」
言い訳がましいジェイクさんと違ってラーサスさんは私が何を言いたいのかという部分に思い至ったようだ。契約不履行ですよね?
「つまり私のことを詮索したという事ですね。はじめにお約束しましたよね? 私の事を詮索しない事と他言無用と言う事を?」
「いや、待て! 違う!! そうじゃない」
「ーー違いません!」
「お、落ち着けキラリ!? れ、冷静に、冷静にな……」
「うふふ……私は冷静ですよ? 約束を……契約を破って私の事を詮索した二人をどうするべきか考えているところです。どうしましょうか? 特別罰則は設けていませんでしたが、私にとってもっとも重要な案件です。相応のペナルティは覚悟してくださいね?」
「待ってくれ!? 私もジェイクも共に契約者だ。契約者間ですら君の話をできないと言うのは旅をする上で不都合が過ぎる。よってこの場合は契約の範囲内だと考えるべきだ。確かに秘匿すべき事柄で賭けをした事は不適切だった。その点に関してはいかようにも謝罪したい。どうかそれで矛を収めてはくれないだろうか?」
「あー何小難しい事を言ってやがるんだ? んな細かいことはどうでもいいんだよ。おいキラリ、お前は俺たちが信じられないのか? それとも好き勝手にお前のことを吹聴すると思ってんのか? その程度の信頼関係だったのか?」
「そ、そういうことでは……」
ちょっと!? どうして私が責められているの!?
「おいジェイク! これ以上事を荒立てるな!?」
「だから! そうじゃねよ! 俺はキラリの事を信頼している。お前はどうなんだって話だ。信頼しているのかいないのかどっちだ!!」
「それはもちろん信頼しているわよ! そうじゃなきゃ隠したかった力を使うわけないでしょ!」
「だろ? 俺もお前の事を信じている。誰が大切な仲間の秘密をバラすんだ?」
「それは……」
「俺たちを信じられないのか?」
「信じてる! 信じてるけど……」
「お前の魔法が凄すぎるのはわかった。正直俺らの想像以上だ。レベル10とか全く未知の領域だがまさかこれほどだったとはな……。お前が隠したくなる気持ちもわかるが、お前は俺たちを救うためにリスクを冒してくれた。そんなお前を俺たちが裏切ることは死んでもない。もし信じられないのなら……俺の命をくれてやる。今すぐにでも!!」
何でそうなるの!? それじゃ私が何の為に力を使ったのかわからなくなるじゃない!?
それに、信じていない相手を、大切に思わない人たちを態々リスクを冒してまで助けるはずがないじゃない……。
「……ジェイクさん、そういう言い方はズルいです。それだと私は何も言えません」
「キラリ、ありがとう!」
俺は今猛烈に感動しているーーみたいな雰囲気のジェイクさんがちょっとおかしくて笑いそうになる。
「……でも! 賭けの対象にしたことは怒ってますから少しは罰を受けてもらいますからね!」
だからついつい弄りたくなってしまう。
「なっ!? 上手く誤魔化せたと思ったのにーー」
「ジェイクさん!!」
「あ、しまった!?」
「お前という奴は……」
本当なら怒っていいところなのに、変わらないその様子が嬉しくて仕方がない。
仲間っていいなって思った。ピンチもチャンスも。嬉しいも悲しいも楽しいも。いろんな事を共有して受け止める事がこんなにも素敵な気持ちにさせてくれるだなんて。
「もう……」
呆れて何も言えない。ホント男ってバカよね。まぁ私もバカなのかもしれないけど。それに多分きっと今初めて女の子になっている事が残念だと思ってしまった。
そんな二人を見ているとミレーヌさんに撫でられた。それからギュッと抱きしめられて「ありがとう」。小さな声でそう言われた気がした。
ちょっとビックリしてミレーヌさんを見返したけれど……やっぱり気のせいだったのかな。無言で見つめ返されてしまった。
ホッとしたような安心したような少し複雑な表情だけど、馬鹿二人を見るときの目は凄く優しそうででも呆れたようでもあって……。多分私も今そんな感じの表情なんだろうなって思えてまた少し笑ってしまった。
こうしていられるのもみんなが無事だったから。変なスキルとセットなのが何とも言えないけれど、それでもこの力を与えられた事に感謝したいと思う。もしもこの力がなかったら。今このほんのちょとした幸せな時間を過ごすことが出来なかったのだから。
さて、ピンチを脱した私たち一行は再び水晶の洞窟を探索することにした。
ここへ来た目的は二つ。
一つは前回やり残した事を完遂する事。
二つ目はアリーシャさんの遺品の回収ーーほんの僅かだけれど生存への希望は捨てていないが、状況と経過時間から絶望的だと言わざるを得ない。それでも人は希望にすがりたくなるもの。奇跡を願ってしまうもの。私だって同じだ。親しくなったみんなの大切な人が生きていてくれたら嬉しい。
ところでみんなが私の異常な力にそれほど忌避感? 畏怖? まぁ何でもいいけどマイナスの感情を覚えていなかった事には理由があった。面倒なので結論から述べよう。
レベル10魔法が伝説クラスの存在で誰もその凄さを知らなかったのである。つまり威力がおかし過ぎる事に根本的に疑問を抱かなかった訳だ。それでは異常だと思いようがない。
幸か不幸か、魔法自体に驚愕はすれどもその使い手がおかしいと言う発想には至らなかったのである。ゲームと違ってレベルカンストとかあり得ない世界でよかった。そうでなければ比較対象が身近にあり、私の異常さが露見していた事だろう。
……まぁその他にも色々とやらかしているのだけれどそこはどさくさに紛れて有耶無耶になった感じだろうか?
ありがたいような拍子抜けしたような少し複雑な心境だ。でもまぁ仲間に怯えられたり畏怖の目で見られることがなくてよかった。反面バレたらどうしようかと悶々としていた今までの私って一体何だったのだろうか? あまつさえ超越者の憂鬱よろしく悲劇のヒロイン像に浸っていた私って……。
ああっ!! 私の黒歴史にまた新たな一ページがッッ!! うわぁっ、めっちゃ恥ずかしい!
「何か痕跡でも残っていればいいんだがな……」
「そうですね。できる限り隅々まで探しましょう。今更私の力を隠す必要もないのでキマイラが出てきたらやっちゃいますね?」
「それは助かるが、何とも情けない事だ」
「そんな事言わないでください。私も皆さんの仲間です。ミレーヌさんのお姉さんを探すのなら私にも協力させてください」
二つ目の目的を遂行する為に光量をアップした浮遊光を複数浮かべて洞窟内は真昼のように明るい。
そのおかげでキマイラの食べ残しとかがはっきり見えてしまったのは誤算だったけれど、アリーシャさんの痕跡を探す分には役に立っている。
前回キマイラと遭遇・戦闘したのがここだったらしいのでまずはここから捜索した訳だけれど、今のところ有力な手がかりは見当たらない。
みんなを逃した後何処かへ移動したのか、それともあまり考えたくはないけれどキマイラに美味しく召し上がられてしまったのか。言葉には出来ないけれどその可能性は大きい。
酷な話かもしれないが生きている可能性は極めて低い。
「さすがはレベル10魔法使い様だな。もう俺はこの辺で昼寝しててもいいんじゃねぇか?」
レベル10すげーな! とか囃し立てるお前は子供か!! 何かにつけておちょくって来るんだけど、私に気でもあるのかと言いたくなる。まったく妻子持ちのくせに!
「お好きにどうぞ。でもキマイラがおやつを食べに来ても知らないふりをしますからね?」
「おいおい!? おやつって何だよ!? えっ? 俺!? いやいや待て待て!? おいキラリ! それはねぇだろ? 俺たち仲間だろ?」
「仲間だったら私に働かせておいて一人で昼寝とかしませんよね?」
「当然だろ? ったく、冗談も通用しねぇのかよ。これだから女は……」
「こういう事に男も女も関係ないと思いますけど。とにかく今はやるべき事に集中しましょう。ジェイクさんとは街に戻ってからじっくり話をしますからね!」
「チッ、賭けのことならもういいじゃねーか。いつまでもネチネチと……」
「何か仰いました?」
「いいや、何も言ってねぇよ」
「まったく……」
また、ミレーヌさんに生暖かい目で見られたじゃないのよ!
「戯れ合うのはその辺にしてくれ。この先に下の道を見つけた。三層をシラミ潰しに回る前に下を確認しておこう。道幅が狭いからそこなら或いは……」
「待ってください、決して戯れている訳では……」
重要な内容が含まれているにもかかわらずそちらではない方に反応してしまった。違うから、違うからね!? 何だか頰が熱い気がするけどそういうんじゃないから!?
「……よせよガキじゃあるまいし」
などと私が自分自身に言い聞かせていると言うのにーー!?
すぐ隣のジェイクさんが居心地が悪そうに頭をぽりぽりかきながらそっぽを向く……って、おっさんのくせにまるっきり思春期男子みたいな反応しないでくれます!? ホントやめてよ!! これじゃまるで新米カップルの照れ隠しみたいじゃないのよ!? あっ!? まさか!? もしかしてこれって誘惑スキル発動してる!? 冗談でしょ!! 私は人様の家庭を崩壊させるようなのは嫌よ!?
「さ、さぁ! 早速下の層を捜索しましょう!! ほら急ぎましょう!!」
「ああ? しかしどうした急に?」
「何でもありませんから! さミレーヌさんお姉さんを探しましょう!!」
ミレーヌさんの側に移動してその手を引く。
ラーサスさんの提案通り水晶の洞窟最下層、第四層へと足早に向かう。何で私がこんなにも焦らなくちゃならないのよ!?
ジェイクのおっちゃんがしっかりしないからいけないのよ! ホントもうっ!!
そんなタイミングで奥の通路からキマイラんさんが一匹こんにちはーって出てきたので少々八つ当たり気味の魔法が炸裂した。ごめんね。でもどちらにしろ討伐する事に変わりはないのだけれど……。でも何となくごめんねって思ってしまった。
緩やかにカーブする下り路を進むと、次第に魔法の光ではない光が見え始めてきた。この洞窟の本当の価値はこの先にある。少し紫色をした光が私の知る情報との合致を示している。
光源は希少鉱石である命の水晶が発する輝き。
光が強まるほど洞窟の内部も様変わりしていく。ゴツゴツとした岩壁からガラスの様な艶めいたものへと。それは床も天井も壁も全てにおいて。
奥へ進むほどその状態は強まっていき、10メートルも進めばそこはもう宝石の中にいる取り込まれてしまったかと錯覚しそうだ。これで床がフラットだったら絶対に滑ってこける自信がある。
キマイラが入り込めない狭い通路。人であれば十分な余裕がある。だからもしかしたらこの先にアリーシャさんがいるかもしれない。僅かだけれど生きている可能性だってゼロではない。……ううん、それはないか。すでに一ヶ月が経とうとしている。キマイラがいて外に出られなかったのなら仮にここに逃げ込めていたとしても生存は困難だ。
辛い結末ならミレーヌさんには見せたくない。それが私のエゴだとしてもそう思わずにはいられない。
いよいよ最奥だろうか。壁や床が水晶に変質した様な状況が今度は結晶柱がそこかしこから突き出し、天井からは氷柱の様に垂れ下がっている。
まるでアメジストの水晶ドーム。パワーストーンのお店で見たことのあるアレを巨大化したらこんな風になりそうだと思った。
綺麗だと思うと同時に何処か冷たさを感じさせる。刺々しい様相がそう思わせるのかもしれないけれど、まるで地獄の針の山にも見えた。
「……綺麗ですね。でも同時に怖いとも思います」
浮遊光の光で部屋全体が煌めいていて幻想的な光景を作り出している。
「無機質な輝きがそう感じさせるのかもしれないな。私も純粋に美しいとは感じるがどうにも居心地が悪い」
「同感だ。こんなところはさっさと確認して出ようぜ」
「そうだな……」
皆それぞれに周囲を確認している。何処かにアリーシャさんが倒れていないか。何か痕跡が残っていないかと。
壁も床も天井も。どこもかしこも薄紫の水晶柱が乱立しているというのに不思議な事に人が歩けるだけの細い通路があってまるで来る者を導くかの様に奥へと続いている。進むべき道はそれしかないので私たちは誘われるままに進むしかない。
たとえこの先に何が待ち受けていようとも。
「なぁキラリ、もし……アリーシャがこの部屋に辿り着いていたら……どうなる?」
「………………」
繋いだ手が強く握りしめられた。ミレーヌさん……。不安? それとも結末を知ることへの恐れ? 明確な証拠が出ない限り希望は途絶えない。それでも知りたいと願う。前に進むためには知らなくてはならないから。
ジェイクさんの疑問への答えではないのかもしれないけれど、私が知る限りの情報を言葉にする。
「この薄紫の水晶は生命の水晶と呼ばれています。真偽のほどはわかりませんが、生命の水晶は死者の魂が結晶化したものだそうです。どのような過程を経て水晶となるのかは分かりませんが、もしここで亡くなったとすればその者は結晶と化しているかもしれません……」
「つまり……?」
「はい、アリーシャさんがここで亡くなったと仮定しても今どのような状態にあるのかはまったく分かりません。肉体が水晶へと転じるのか、それとも魂の様な内面的な何かが水晶となるのか。或いはただの言い伝えなだけか……」
いくら水晶に目を凝らしても何かを見出すことはできない。丹念に捜索をしながら歩いているとやがて一番奥まで辿り着いた。
「……行き止まりだ」
第四層、水晶の間は細い通路が曲がりくねりながら奥へと続く部屋というよりは回廊と称したほうがいいような作りをしていた。乱立する水晶で見通しがきかないせいで空間の広さをイマイチ掴めないが、それほど広い空間ではない。ただしこの結晶の向こう側にどれほどの結晶が折り重なっているかはわからないから、ひょっとしたら物凄く広い空間のほんの一部分という可能性はある。
「ーー!?」
不意にミレーヌさんの手に力が入った。ギュッと強く握りしめた彼女を見れば足元をじっと見つめていた。そこには……半ば水晶に埋まる金色の腕輪があった。
もしかしてお姉さんの物? 問いかけようとした瞬間にその必要性はなくなった。
「あッ……」
それはミレーヌさんが腕に着けているものと同じ意匠の腕輪。
繋いだミレーヌさんの手から力が抜け落ちていく。崩れる様にその場に屈むと震える指先がそっと腕輪に触れた。
半分ほど埋もれていた腕輪はミレーヌさんが触れると事を待っていたかの様にポロリと水晶から抜け落ちその手に収まった。
腕輪を抱きしめて小さく肩を震わせるミレーヌさんの声にならない泣き声が水晶の間に響いた。
「ミレーヌ……」
「クソッ……」
仲間の死。その姿はないが、姉妹でつけていた揃いの腕輪。それを見つけた時ミレーヌさん達はかけがえのない仲間アリーシャさんの死を実感してしまったのだと思う。
辛い現実だけれど、冒険者は常に死と隣り合わせ。残す方も残される方もお互いに覚悟を決めているはず。だから平気だという意味ではないけど別れはいつだって悲しいし辛いし出来る事なら訪れて欲しくない。
即席パーティーメンバーでしかない私には何も言える事はないし、言うべき言葉も見つけられない。
すすり泣くミレーヌさんを見下ろす二人の男性陣もその表情からはうかがえない程の想いがあるだろう。
私は彼らから少しだけ離れて静かに見守る。きっと受け入れる為の時間が必要だろうから。きっと泣くだけ泣けば彼らは立ち上がるだろうから。
だから私は黙って待てばいい。
……というとても感動的な、それこそ物語のクライマックスらしい涙を誘うシーンなのだけれど……。これ見えているのは私だけなのだろうか?
いや私だけなんだろうけど、何とも言えない気持ちにさせられてしまう。
まるで墓標の様な水晶の前で泣き崩れるミレーヌさんとその側で佇む二人の仲間たち。
その周りをゆらゆら、ふわふわ? しゅるしゅる? どう表現すればいいかわからないけれど、半透明の美女が三人の周りを回っている。
初見でもわかるけれどその人がアリーシャさんで間違い無い。ミレーヌさんをほんの少し成長させた妙齢のお姉様を想像していただけに双子というのは予想外だった。もしかしたらただの姉妹かもしれないけれど、見れば見るほどそっくりだ。
仲間の無事な姿を見て喜んでいるのか、泣き崩れるミレーヌさんの姿を見て悲しんでいるのか。抱きしめようとして抱きしめられなくて、姉妹の愛情と仲間との絆。そして大切な人達を悲しませてしまった事への後悔が見える様な気がした。
でも……せめて空気を読んでじっとしていてほしい。
どうして所々で茶化すのだろうか?
頭に指を立ててツノーー!?
水晶に隠れて顔をひょっこりーー!?
挙げ句の果てにはミレーヌさんにピタリと重なって幽体りだーー!?
「ーーやめなさい!!」
「「ーー!?」」
「何だっ!? どうした!?」
思わず叫んでしまった私を四人の目が見つめていた。
何事かと誰何する視線の中に一つだけ別の意味がありそうな視線が混ざっているのは……今更なかったことのは出来ないだろうなって悔やんでも悔やみきれない。
ーーーーー
2021.03.13改稿
前話が長くなったので後半部分を引っ越ししたらこちらもちょっと長くなっちゃいました。
二話を同時に改稿していたので少し時間がかかってしまいました、ごめんなさい。
「……ああ。不本意ながらな」
「くっくっく……」
「はぁ……なんて事だ……」
何やら後ろが妙な雰囲気になっている。
先ほどまでの張り詰めた緊張感は何処へ行ってしまったのか!?
何なのだこの残念な空気感は!?
まさか私何かやらかした!?
……いやまぁ今キマイラをサクッと一撃で屠りましたけども、なんだかそういう方向性とは違うような?
怯えられるよりは100倍いいけれど、これはこれでちょっとどうなのかしら???
「くっくくくく!!! ザマァ見ろ、ラーサス!! 俺の勝ちだな! 帰ったら10万レンだぞ!!」
!?
「くっ……わかってるさ」
!?
一体二人は何の話をしているのでしょうかね……10万レン??
「おいキラリ! お前のお陰で10万レン儲かった。帰ったら飯奢ってやる!」
「ひゃぁっ!?」
いきなり後ろから掴みかかられてへんな声が出てしまった。
「ちょっと!? いきなり何ですか!?」
「おいおい、まだ涙を拭いてなかったのか? ほれ俺のタオルを使ってもいいぞ?」
「っちょっと!? いらないわよ! だいたい泣いてなんてーーうわっ!? 何よこれ!? へんな匂いするんですけど!?」
「ん? そうか? こんなもんだろ?」
「うそ、やだ、顔に持ってこないでよっ!!」
「んだよ、失礼な奴だな。人がせっかく貸してやるっつってんのによ……まぁいい。お前のお陰で10万儲かったからな!」
強引に私を抱き抱えて喜ぶジェイクさん。いつも通りに私の頭をクシャクシャと撫で回して喜ぶ姿はあっという間に私の不安な気持ちを塗り替えてしまう。
いい加減一人で悲劇のヒロインぶっているのにも疲れた。そしてどうやらこの人たちは変態だったらしい。
私のあの異常な魔法を見たというのに全く態度が変わっていない。
自分ですら自分のことが怖くなっていたというのに、この人は普段通りすぎて……ほんと嫌になるわね。
「お前はよくやった。ホントによくやってくれた。お陰で俺も儲かったし命拾いもした。ありがとよキラリ。街に帰ったら何か美味いもんを食わしてやるからな……」
何か声に湿っぽいモノが混ざり始めた。おっさんの嬉し涙とか一体誰得なのよ。それよりもちょっといつまで抱きついているつもりですか!?
だんだん手元が怪しくなってきてません!?
それ以上いくと胸なんですけど!?
「ーーちょっとジェイクさん!? いつまで抱きついている気ですか!? いい加減に離れてください!! それから私のお陰ってどういうことですか?」
肩に回された手を振りほどいてちゃんと正面を向く。呆れるほどに変わっていないジェイクさんの目に思わず頰が緩みそうだ。
「おおっ、悪い悪い。あんまりにもいい匂いだったからついな。あ、そうそうそれな。お前のお陰で儲かったって話な。いやぁちょっとあれだ、ラーサスとお前が何レベルの魔法まで使えるか賭けてたんだよ。俺の見込み通り10レベルまで使えるとは……笑いが止まらねぜ! よくやった!!」
「何が見込み通りだ。マイナス分を取り返そうと大穴に賭けただけの癖に……」
「バカ言え! 勝てる見込みのない大穴になんて誰が賭けるかよ! クロスパイソンを倒した時に感じた直感は間違ってなかった。溜まってた負け分をチャラにしても数万俺のプラスだな。悪いな」
「言ってろ。どうせまたすぐに負けがこむに決まっている」
「うるせぇ。負け惜しみを言うなよ」
「チッ……」
えっと……取り敢えず匂いネタはセクハラ認定でいいわよね?
それと賭けですと!?
私をネタに面白い事をしてくれますね。
そもそも余計な詮索は無しでと約束した筈なのに、この男共は私がどれほどの魔法使いか話をしていたということになる訳よね?
詮索といっていいかどうかはちょっとわからないけれど、なんだか面白くないわね……。
「……ラーサスさん、ジェイクさんと私がどのくらい魔法を使えるか賭けてたそうですね?」
「あ、ああ、すまない。勝手に賭けの対象にしてしまって……」
「いいえ、それは別に構いません。お二人が何で楽しもうと私がとやかく言うことではありませんから。ですがーー」
別に賭け事自体はいいと思いますよ。でもその内容が私の魔法についてというのはいただけませんね……うふふ。
「ーーそれはつまり、お二人は私が何レベルの魔法まで使えるか検討相談をしたということですね?」
「ま、まぁ相談というか、予想というかだな……」
「うっ……」
言い訳がましいジェイクさんと違ってラーサスさんは私が何を言いたいのかという部分に思い至ったようだ。契約不履行ですよね?
「つまり私のことを詮索したという事ですね。はじめにお約束しましたよね? 私の事を詮索しない事と他言無用と言う事を?」
「いや、待て! 違う!! そうじゃない」
「ーー違いません!」
「お、落ち着けキラリ!? れ、冷静に、冷静にな……」
「うふふ……私は冷静ですよ? 約束を……契約を破って私の事を詮索した二人をどうするべきか考えているところです。どうしましょうか? 特別罰則は設けていませんでしたが、私にとってもっとも重要な案件です。相応のペナルティは覚悟してくださいね?」
「待ってくれ!? 私もジェイクも共に契約者だ。契約者間ですら君の話をできないと言うのは旅をする上で不都合が過ぎる。よってこの場合は契約の範囲内だと考えるべきだ。確かに秘匿すべき事柄で賭けをした事は不適切だった。その点に関してはいかようにも謝罪したい。どうかそれで矛を収めてはくれないだろうか?」
「あー何小難しい事を言ってやがるんだ? んな細かいことはどうでもいいんだよ。おいキラリ、お前は俺たちが信じられないのか? それとも好き勝手にお前のことを吹聴すると思ってんのか? その程度の信頼関係だったのか?」
「そ、そういうことでは……」
ちょっと!? どうして私が責められているの!?
「おいジェイク! これ以上事を荒立てるな!?」
「だから! そうじゃねよ! 俺はキラリの事を信頼している。お前はどうなんだって話だ。信頼しているのかいないのかどっちだ!!」
「それはもちろん信頼しているわよ! そうじゃなきゃ隠したかった力を使うわけないでしょ!」
「だろ? 俺もお前の事を信じている。誰が大切な仲間の秘密をバラすんだ?」
「それは……」
「俺たちを信じられないのか?」
「信じてる! 信じてるけど……」
「お前の魔法が凄すぎるのはわかった。正直俺らの想像以上だ。レベル10とか全く未知の領域だがまさかこれほどだったとはな……。お前が隠したくなる気持ちもわかるが、お前は俺たちを救うためにリスクを冒してくれた。そんなお前を俺たちが裏切ることは死んでもない。もし信じられないのなら……俺の命をくれてやる。今すぐにでも!!」
何でそうなるの!? それじゃ私が何の為に力を使ったのかわからなくなるじゃない!?
それに、信じていない相手を、大切に思わない人たちを態々リスクを冒してまで助けるはずがないじゃない……。
「……ジェイクさん、そういう言い方はズルいです。それだと私は何も言えません」
「キラリ、ありがとう!」
俺は今猛烈に感動しているーーみたいな雰囲気のジェイクさんがちょっとおかしくて笑いそうになる。
「……でも! 賭けの対象にしたことは怒ってますから少しは罰を受けてもらいますからね!」
だからついつい弄りたくなってしまう。
「なっ!? 上手く誤魔化せたと思ったのにーー」
「ジェイクさん!!」
「あ、しまった!?」
「お前という奴は……」
本当なら怒っていいところなのに、変わらないその様子が嬉しくて仕方がない。
仲間っていいなって思った。ピンチもチャンスも。嬉しいも悲しいも楽しいも。いろんな事を共有して受け止める事がこんなにも素敵な気持ちにさせてくれるだなんて。
「もう……」
呆れて何も言えない。ホント男ってバカよね。まぁ私もバカなのかもしれないけど。それに多分きっと今初めて女の子になっている事が残念だと思ってしまった。
そんな二人を見ているとミレーヌさんに撫でられた。それからギュッと抱きしめられて「ありがとう」。小さな声でそう言われた気がした。
ちょっとビックリしてミレーヌさんを見返したけれど……やっぱり気のせいだったのかな。無言で見つめ返されてしまった。
ホッとしたような安心したような少し複雑な表情だけど、馬鹿二人を見るときの目は凄く優しそうででも呆れたようでもあって……。多分私も今そんな感じの表情なんだろうなって思えてまた少し笑ってしまった。
こうしていられるのもみんなが無事だったから。変なスキルとセットなのが何とも言えないけれど、それでもこの力を与えられた事に感謝したいと思う。もしもこの力がなかったら。今このほんのちょとした幸せな時間を過ごすことが出来なかったのだから。
さて、ピンチを脱した私たち一行は再び水晶の洞窟を探索することにした。
ここへ来た目的は二つ。
一つは前回やり残した事を完遂する事。
二つ目はアリーシャさんの遺品の回収ーーほんの僅かだけれど生存への希望は捨てていないが、状況と経過時間から絶望的だと言わざるを得ない。それでも人は希望にすがりたくなるもの。奇跡を願ってしまうもの。私だって同じだ。親しくなったみんなの大切な人が生きていてくれたら嬉しい。
ところでみんなが私の異常な力にそれほど忌避感? 畏怖? まぁ何でもいいけどマイナスの感情を覚えていなかった事には理由があった。面倒なので結論から述べよう。
レベル10魔法が伝説クラスの存在で誰もその凄さを知らなかったのである。つまり威力がおかし過ぎる事に根本的に疑問を抱かなかった訳だ。それでは異常だと思いようがない。
幸か不幸か、魔法自体に驚愕はすれどもその使い手がおかしいと言う発想には至らなかったのである。ゲームと違ってレベルカンストとかあり得ない世界でよかった。そうでなければ比較対象が身近にあり、私の異常さが露見していた事だろう。
……まぁその他にも色々とやらかしているのだけれどそこはどさくさに紛れて有耶無耶になった感じだろうか?
ありがたいような拍子抜けしたような少し複雑な心境だ。でもまぁ仲間に怯えられたり畏怖の目で見られることがなくてよかった。反面バレたらどうしようかと悶々としていた今までの私って一体何だったのだろうか? あまつさえ超越者の憂鬱よろしく悲劇のヒロイン像に浸っていた私って……。
ああっ!! 私の黒歴史にまた新たな一ページがッッ!! うわぁっ、めっちゃ恥ずかしい!
「何か痕跡でも残っていればいいんだがな……」
「そうですね。できる限り隅々まで探しましょう。今更私の力を隠す必要もないのでキマイラが出てきたらやっちゃいますね?」
「それは助かるが、何とも情けない事だ」
「そんな事言わないでください。私も皆さんの仲間です。ミレーヌさんのお姉さんを探すのなら私にも協力させてください」
二つ目の目的を遂行する為に光量をアップした浮遊光を複数浮かべて洞窟内は真昼のように明るい。
そのおかげでキマイラの食べ残しとかがはっきり見えてしまったのは誤算だったけれど、アリーシャさんの痕跡を探す分には役に立っている。
前回キマイラと遭遇・戦闘したのがここだったらしいのでまずはここから捜索した訳だけれど、今のところ有力な手がかりは見当たらない。
みんなを逃した後何処かへ移動したのか、それともあまり考えたくはないけれどキマイラに美味しく召し上がられてしまったのか。言葉には出来ないけれどその可能性は大きい。
酷な話かもしれないが生きている可能性は極めて低い。
「さすがはレベル10魔法使い様だな。もう俺はこの辺で昼寝しててもいいんじゃねぇか?」
レベル10すげーな! とか囃し立てるお前は子供か!! 何かにつけておちょくって来るんだけど、私に気でもあるのかと言いたくなる。まったく妻子持ちのくせに!
「お好きにどうぞ。でもキマイラがおやつを食べに来ても知らないふりをしますからね?」
「おいおい!? おやつって何だよ!? えっ? 俺!? いやいや待て待て!? おいキラリ! それはねぇだろ? 俺たち仲間だろ?」
「仲間だったら私に働かせておいて一人で昼寝とかしませんよね?」
「当然だろ? ったく、冗談も通用しねぇのかよ。これだから女は……」
「こういう事に男も女も関係ないと思いますけど。とにかく今はやるべき事に集中しましょう。ジェイクさんとは街に戻ってからじっくり話をしますからね!」
「チッ、賭けのことならもういいじゃねーか。いつまでもネチネチと……」
「何か仰いました?」
「いいや、何も言ってねぇよ」
「まったく……」
また、ミレーヌさんに生暖かい目で見られたじゃないのよ!
「戯れ合うのはその辺にしてくれ。この先に下の道を見つけた。三層をシラミ潰しに回る前に下を確認しておこう。道幅が狭いからそこなら或いは……」
「待ってください、決して戯れている訳では……」
重要な内容が含まれているにもかかわらずそちらではない方に反応してしまった。違うから、違うからね!? 何だか頰が熱い気がするけどそういうんじゃないから!?
「……よせよガキじゃあるまいし」
などと私が自分自身に言い聞かせていると言うのにーー!?
すぐ隣のジェイクさんが居心地が悪そうに頭をぽりぽりかきながらそっぽを向く……って、おっさんのくせにまるっきり思春期男子みたいな反応しないでくれます!? ホントやめてよ!! これじゃまるで新米カップルの照れ隠しみたいじゃないのよ!? あっ!? まさか!? もしかしてこれって誘惑スキル発動してる!? 冗談でしょ!! 私は人様の家庭を崩壊させるようなのは嫌よ!?
「さ、さぁ! 早速下の層を捜索しましょう!! ほら急ぎましょう!!」
「ああ? しかしどうした急に?」
「何でもありませんから! さミレーヌさんお姉さんを探しましょう!!」
ミレーヌさんの側に移動してその手を引く。
ラーサスさんの提案通り水晶の洞窟最下層、第四層へと足早に向かう。何で私がこんなにも焦らなくちゃならないのよ!?
ジェイクのおっちゃんがしっかりしないからいけないのよ! ホントもうっ!!
そんなタイミングで奥の通路からキマイラんさんが一匹こんにちはーって出てきたので少々八つ当たり気味の魔法が炸裂した。ごめんね。でもどちらにしろ討伐する事に変わりはないのだけれど……。でも何となくごめんねって思ってしまった。
緩やかにカーブする下り路を進むと、次第に魔法の光ではない光が見え始めてきた。この洞窟の本当の価値はこの先にある。少し紫色をした光が私の知る情報との合致を示している。
光源は希少鉱石である命の水晶が発する輝き。
光が強まるほど洞窟の内部も様変わりしていく。ゴツゴツとした岩壁からガラスの様な艶めいたものへと。それは床も天井も壁も全てにおいて。
奥へ進むほどその状態は強まっていき、10メートルも進めばそこはもう宝石の中にいる取り込まれてしまったかと錯覚しそうだ。これで床がフラットだったら絶対に滑ってこける自信がある。
キマイラが入り込めない狭い通路。人であれば十分な余裕がある。だからもしかしたらこの先にアリーシャさんがいるかもしれない。僅かだけれど生きている可能性だってゼロではない。……ううん、それはないか。すでに一ヶ月が経とうとしている。キマイラがいて外に出られなかったのなら仮にここに逃げ込めていたとしても生存は困難だ。
辛い結末ならミレーヌさんには見せたくない。それが私のエゴだとしてもそう思わずにはいられない。
いよいよ最奥だろうか。壁や床が水晶に変質した様な状況が今度は結晶柱がそこかしこから突き出し、天井からは氷柱の様に垂れ下がっている。
まるでアメジストの水晶ドーム。パワーストーンのお店で見たことのあるアレを巨大化したらこんな風になりそうだと思った。
綺麗だと思うと同時に何処か冷たさを感じさせる。刺々しい様相がそう思わせるのかもしれないけれど、まるで地獄の針の山にも見えた。
「……綺麗ですね。でも同時に怖いとも思います」
浮遊光の光で部屋全体が煌めいていて幻想的な光景を作り出している。
「無機質な輝きがそう感じさせるのかもしれないな。私も純粋に美しいとは感じるがどうにも居心地が悪い」
「同感だ。こんなところはさっさと確認して出ようぜ」
「そうだな……」
皆それぞれに周囲を確認している。何処かにアリーシャさんが倒れていないか。何か痕跡が残っていないかと。
壁も床も天井も。どこもかしこも薄紫の水晶柱が乱立しているというのに不思議な事に人が歩けるだけの細い通路があってまるで来る者を導くかの様に奥へと続いている。進むべき道はそれしかないので私たちは誘われるままに進むしかない。
たとえこの先に何が待ち受けていようとも。
「なぁキラリ、もし……アリーシャがこの部屋に辿り着いていたら……どうなる?」
「………………」
繋いだ手が強く握りしめられた。ミレーヌさん……。不安? それとも結末を知ることへの恐れ? 明確な証拠が出ない限り希望は途絶えない。それでも知りたいと願う。前に進むためには知らなくてはならないから。
ジェイクさんの疑問への答えではないのかもしれないけれど、私が知る限りの情報を言葉にする。
「この薄紫の水晶は生命の水晶と呼ばれています。真偽のほどはわかりませんが、生命の水晶は死者の魂が結晶化したものだそうです。どのような過程を経て水晶となるのかは分かりませんが、もしここで亡くなったとすればその者は結晶と化しているかもしれません……」
「つまり……?」
「はい、アリーシャさんがここで亡くなったと仮定しても今どのような状態にあるのかはまったく分かりません。肉体が水晶へと転じるのか、それとも魂の様な内面的な何かが水晶となるのか。或いはただの言い伝えなだけか……」
いくら水晶に目を凝らしても何かを見出すことはできない。丹念に捜索をしながら歩いているとやがて一番奥まで辿り着いた。
「……行き止まりだ」
第四層、水晶の間は細い通路が曲がりくねりながら奥へと続く部屋というよりは回廊と称したほうがいいような作りをしていた。乱立する水晶で見通しがきかないせいで空間の広さをイマイチ掴めないが、それほど広い空間ではない。ただしこの結晶の向こう側にどれほどの結晶が折り重なっているかはわからないから、ひょっとしたら物凄く広い空間のほんの一部分という可能性はある。
「ーー!?」
不意にミレーヌさんの手に力が入った。ギュッと強く握りしめた彼女を見れば足元をじっと見つめていた。そこには……半ば水晶に埋まる金色の腕輪があった。
もしかしてお姉さんの物? 問いかけようとした瞬間にその必要性はなくなった。
「あッ……」
それはミレーヌさんが腕に着けているものと同じ意匠の腕輪。
繋いだミレーヌさんの手から力が抜け落ちていく。崩れる様にその場に屈むと震える指先がそっと腕輪に触れた。
半分ほど埋もれていた腕輪はミレーヌさんが触れると事を待っていたかの様にポロリと水晶から抜け落ちその手に収まった。
腕輪を抱きしめて小さく肩を震わせるミレーヌさんの声にならない泣き声が水晶の間に響いた。
「ミレーヌ……」
「クソッ……」
仲間の死。その姿はないが、姉妹でつけていた揃いの腕輪。それを見つけた時ミレーヌさん達はかけがえのない仲間アリーシャさんの死を実感してしまったのだと思う。
辛い現実だけれど、冒険者は常に死と隣り合わせ。残す方も残される方もお互いに覚悟を決めているはず。だから平気だという意味ではないけど別れはいつだって悲しいし辛いし出来る事なら訪れて欲しくない。
即席パーティーメンバーでしかない私には何も言える事はないし、言うべき言葉も見つけられない。
すすり泣くミレーヌさんを見下ろす二人の男性陣もその表情からはうかがえない程の想いがあるだろう。
私は彼らから少しだけ離れて静かに見守る。きっと受け入れる為の時間が必要だろうから。きっと泣くだけ泣けば彼らは立ち上がるだろうから。
だから私は黙って待てばいい。
……というとても感動的な、それこそ物語のクライマックスらしい涙を誘うシーンなのだけれど……。これ見えているのは私だけなのだろうか?
いや私だけなんだろうけど、何とも言えない気持ちにさせられてしまう。
まるで墓標の様な水晶の前で泣き崩れるミレーヌさんとその側で佇む二人の仲間たち。
その周りをゆらゆら、ふわふわ? しゅるしゅる? どう表現すればいいかわからないけれど、半透明の美女が三人の周りを回っている。
初見でもわかるけれどその人がアリーシャさんで間違い無い。ミレーヌさんをほんの少し成長させた妙齢のお姉様を想像していただけに双子というのは予想外だった。もしかしたらただの姉妹かもしれないけれど、見れば見るほどそっくりだ。
仲間の無事な姿を見て喜んでいるのか、泣き崩れるミレーヌさんの姿を見て悲しんでいるのか。抱きしめようとして抱きしめられなくて、姉妹の愛情と仲間との絆。そして大切な人達を悲しませてしまった事への後悔が見える様な気がした。
でも……せめて空気を読んでじっとしていてほしい。
どうして所々で茶化すのだろうか?
頭に指を立ててツノーー!?
水晶に隠れて顔をひょっこりーー!?
挙げ句の果てにはミレーヌさんにピタリと重なって幽体りだーー!?
「ーーやめなさい!!」
「「ーー!?」」
「何だっ!? どうした!?」
思わず叫んでしまった私を四人の目が見つめていた。
何事かと誰何する視線の中に一つだけ別の意味がありそうな視線が混ざっているのは……今更なかったことのは出来ないだろうなって悔やんでも悔やみきれない。
ーーーーー
2021.03.13改稿
前話が長くなったので後半部分を引っ越ししたらこちらもちょっと長くなっちゃいました。
二話を同時に改稿していたので少し時間がかかってしまいました、ごめんなさい。
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