魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第一章:プリンセス、冒険者になる

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 盗賊のアジトまでは何事もなくたどり着く事が出来た。有り余る魔力に物を言わせて片っ端から障害を避け続けた。マップは常に表示したし、『気配遮断アンチエンカウント』の魔法も使った。
 この世界では基本的にレベルによって魔法を取得する。勿論それだけではないけれど、基本的な魔法はスキルレベルを上昇させることで習得できる。
 なので今の私は全ての基本魔法を使える状態である。ゲームでは何故か攻撃魔法を全く覚えなかったのだけど、ここでは違うみたい。この最低な世界の中でこの点は、この点だけは評価できる。本当に良かったわ。おかげでなんとか出来そうな気がするもの。……ちょっと気持ちが入りすぎた。
 これで大抵の相手なら魔法でなんとかなる。このゲームの魔法の効果が知力判定じゃなくてよかった。もしそうだったら私の魔法はゴミみたいなもんだ。ああ、これも評価できる点かしら?
 ちなみに魔法には個別に熟練度があり……まぁいいか。今のところ上級魔法の出番はないだろうし……。

 盗賊のアジトは小さな洞窟とその側の二軒のログハウスみたいな小屋で構成されている。ゲームでは洞窟は牢屋代わりに使われていたけれど現実はどうだろうか……。探索の魔法で相手が一〇人いることがわかっている。洞窟に三人と二軒のログハウスに合わせて七人。そのうち二人は扉の前に立っている。見張りだ。

「気付かれないように近づけるのはここくらいまでかしら……」

 ここから先は少し森を切り開いているから隠れられない。
 小屋まではまだ一〇〇メートルくらいある。出来れば明るい内に何とかして服を着たい。もう裸は嫌だ。いくら誰もいない森でも裸でウロウロするのはすごく恥ずかしい。精神的なダメージを受けてる気がする。
 露出狂の気持ちなんてこれっぽっちも理解できないわね……。

「キラリ様どうしましょうか?」
「どうしようかしら……」

 全員が盗賊で確定なら攻撃魔法で無力化するという手段もありだけれど……もしかしたら拐われた一般人がいるかもしれない。それに例え盗賊とはいえ出来れば人を殺めたくない。
 私は魔力と魔法のスキルレベルがおかしな数値になっている。このステータスで魔法を使った場合どれくらいの効力を発揮するかわからない。だからすごく怖い。
 とりあえずゲームと同じだと仮定して検証してみよう。
 そもそもゲームではスキルはレベル10まで、魔力も999までだった。単純に計算してその10倍という事になる……いや違うか、レベル10倍、ステも10倍だから100倍になる……のかな?

「………………」

 やっぱり上級魔法の出番はないわね。というかこれだと基本魔法でもまずいような気がするのだけれど……。
 だって単純計算で普通の100倍でしょ!?
 100のダメージが私の場合は10000になるという事で……。
 これじゃどの魔法を使っても一発で相手を殺してしまうじゃない!?
 ダメだわ。攻撃魔法は使えない。それなら状態異常を付与する魔法ならどう?
 この魔力値だと抵抗できる人はまずいないと思う。だから確実に効果を与えられるはず。そしてその効果範囲は基本が直径スキルレベルメートル。発動点はスキルレベルメートルまでの任意地点……。
 あれ? これって最低でも五〇メートルは距離がないと自分も巻き込んでしまうんじゃ……。
 魔力を余分に消費することで発動点までの距離や効果範囲などを拡張することはできるけれど、逆はできない。最低が基本の範囲から。
 あれ? これってどうなの? ほんの少しだけ浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。放てばほぼ確実に相手を殺してしまう攻撃魔法。効果範囲が広すぎて使いどころが難しい補助魔法……。
 それ以外のステータスはごくごく普通の一般人。どうすればいいのこれ!?

 いや落ち着け私。相手に見つかっていないのだから普通に距離を取ればいいだけだ。うん。麻痺か睡眠でいこう。これなら誤って殺してしまうことはないだろうし、多少効果範囲が広くてもそれほど気にしなくてもいいような気がする。うん大丈夫きっと。

「アン、周囲に盗賊たち以外は誰もいないわよね?」
「探索にかからない魔物や隠密スキルを持っているような場合はわかりませんが、おそらくキラリ様の魔法スキルのレベルだとまず大丈夫だと思います」
「そうね。よし。眠りの霧スリープミストを使うわ……念のため私より後ろにいてくれるかしら」

 アンの返事が少し遠くなったことを確認して魔法を発動させる。
 発動点をしっかりと見つめて魔力を解き放つ。魔法の使い方は何故か体が知っている。

「スリープミスト」

 力ある言葉を紡ぎ出すと私の体から何かが抜けていく感覚がある。これが魔法を使うということ。
 私が見つめる一点を中心に広範囲に白い霧が立ち込める。それは瞬く間に二軒の小屋と洞窟を包み込んだ。
 見張りの男たちがほんの少し驚いたような反応をしたけれど、声をあげるほどの余裕はなかったみたいで、すぐにその場に蹲ってしまった。
 
 みんな眠ってしまっているとは思うのだけれど、それでも足音を忍ばせて音を立てないように慎重に扉を開ける。
 魔法の眠りだから普通と違ってそう簡単には目覚めない。確か効果時間は……あれ? レベル時間……。
 あれ!? まずくないかな……。私の魔法スキルのレベルは……100。つまり彼らは何事もなければ100時間目覚めない。あ、いや大丈夫だ。何かそれなりの衝撃を受けたら目を覚ます筈だ。ゲームでも攻撃を受けたら起きてたし。
 うん。なんとかなるなる。

「まずは洋服ですねキラリ様。いくら眠っているとはいえキラリ様のお身体をこのような連中に晒しているかと思うとアンは……。ただ、このような盗賊連中がキラリ様が着るに相応しいものを持っているとは思えませんが、それでも裸よりはマシでしょう。さぁ、急いで探しましょう」
「そ、そうね……」

 なんだろう、そんなつもりはないと思うけど、なんかすごく裸を強調されたような気がする。私別に好きでこの格好してるわけじゃないのよ? ねぇアンわかってくれてるわよね?
 不安に思う気持ちは一先ず飲み込んで相槌をうつけれど……。
 ダメだわ気になって仕方がない。


 小屋の中は乱雑に物が置かれていて、天井から吊るした布で簡易的に仕切っただけのワンルームになっていた。
 蹲って眠る盗賊は三人。大丈夫。ちゃんと眠っている。

「ほっ……」

 実は室内まで効果があるのか不安だったけど、ちゃんと発揮していてよかった。

「キラリ様……何というお姿……」

 ロープに吊るされていたうちの一枚、大きめのTシャツをすっぽりと被ってワンピースのようにしてみた。ちょうどいい革紐を腰のあたりで結んでいるので素朴な感じに見えなくもないのだけど……。アンは相当不満そうだ。元がお姫様のキラリだから普段着ていたものは当然もっと立派なものばかり。お世話妖精のアンが不満に思うのは無理もない。
 勿論私だって満足はしていないわよ。だって下着なしなんだもの。
 でも仕方ないじゃない! 誰が使ったかわからないような下着を……男の人の下着なんて身に付けられるわけないじゃない!!
 恥ずかしいけど我慢するしかないのよ。
 そう自分に言い聞かせながら二軒目の小屋を確認しに行く。こちらもみんな眠っている。どちらの小屋もいたのは全員盗賊だと思う。それっぽい格好の男たちだから多分そう。
 あと見ていないのは洞窟だけだけど……どうしようかな、見ておいたほうがいいかな……?
 少し迷いはしたけれどやっぱり確認しておくことにする。もしかしたらゲームのシナリオ同様に私が捕まるはずだったかもしれない。その場合は確か洞窟に繋がれて散々嬲られる流れだったはずだ。
 でも現状私は盗賊には捕まっていない。そもそもゲームのヒロインじゃないからシナリオ通りじゃないかもしれない。でももしかしたら? っていう気持ちもある。結局自己満足なんだろうけど、さっさと確認してしまおう。
 適当な靴……ブーツは嫌だったので紐で括り付けるようなサンダルみたいなのを貰っていく。サイズが合わない分は紐をきつめに縛ることでどうにかなった。
 森を歩くには不適切だけど裸足よりはマシね。そう納得させて洞窟へ向かう。
 入り口は少し狭くて人一人がやっと通れるくらい。中はだいぶ奥まで続いていそうだ。実際は少し先で右に折れていてそこで行き止まり。木製の柵の檻になっているはずだ。

魔力の灯火ライティング

 明かりの魔法を唱える。手のひらに生み出されたテニスボールほどの光の球体。周囲を照らす眩しいくらいの明かりなのに暖かさは全く感じない。俺からするとすごく不思議な光。
 薄暗い洞窟というか洞穴レベルだよねこれは。その中を照らし出す。
 ジャララ……。

「ひっ……!?」

 小さな金属音が穴の中で響いた。
 光に反応したの? 眠っていないの!?

「ア、アン……ちょっと見て来てよ……」

 私は穴の入り口まで戻ってきた。そしてアンに頼んでみる。

「………………」
「アン?」
「………………」

 返事がない!? 何で!?
 キラリ姫の記憶が急に思い出される。あれはそうお城の倉庫を探検していた時のこと。私たちが中にいることに気付かれずに施錠されて閉じ込められたことがあった。
 日が暮れてきて外に出ようとしてようやくそのことに気がついたんだけど、その時にはもう周りがずいぶん暗くなっていて、昼間の明るい時には何も感じなかったのだけれど、暗くなってくると急に怖くなって私とアンは二人で抱き合って泣いた。アンはとても小さいのでまるでお人形を抱いているような感じだったけど、それでも一人じゃないっていうのは心強かった。
 その時の私にほんの少しだけ余裕があったのはきっと私以上に怖がるアンがいたから。そうだ。彼女は暗いところが大の苦手なのだ。
 仕方がない私が確かめなきゃ。

「ごめんねアン。私が見に行くわ」

 魔法の明かりをめいいっぱい前方に突き出すようにして穴の奥へと進む。曲がったところに小さなテーブルと椅子、すぐ側に盗賊が二人倒れている。洞窟の反応は三人だった。あと一人……。
 ジャララン……。

「ーーぃやぁぁ……」

 怖くない怖くない。鎖? の音は一番奥、多分牢屋の中からだ。

「ひ、姫さまアンも一緒にいます」
「アン……」

 肩のあたりで温もりが震えている。もう少し頑張れそうな気がする。

「行くわ!」

 小声で勇気を奮い立たせて奥の牢屋を照らし出す。
 床で何かが蠢いている!?
 小さい……子供……ううん、違う犬……狼……もしかして魔狼の子供!?

「それとこの匂いって……血!?」

 駆け寄って牢屋の中を覗き込む。そこには鎖を巻き付けれれた真っ黒な仔犬……じゃなくて子狼が横たわっていた。
 牢の扉には鍵が掛けられている。探しに戻る? それとも……。
 牢は木製。魔法で何とかできないかな……。

「キラリ様、火種の魔法を使ってみましょう」
「え!? でもあれはランプに火を灯すだけの魔法でしょ?」
「はい、ですが姫様の魔力なら錠を焼き切れるのではないかと……」

 火種の魔法。ロウソクの炎くらいの火を指先に灯す魔法。主な用途はランプの着火。勿論普段の食事の支度や薪に火をつけたりもできるとても便利な生活魔法の一つ。ゲーム中では設定のみでプレイヤーが使うことはなかったのだけれど……。
 もしかしたら私の魔力とスキルレベルならとんでもない火種になるかもしれない。イメージはバーナー。錠前を破るだなんて稀代の大泥棒みたいね。

「わかったわ。やってみる」

 人差し指のその先に火種を作り出す。

火種イグニス

 どう見ても種火ではない高温の炎が生み出された。その青い炎はまさにイメージ通りのバーナーを彷彿とさせる。
 金属の錠前は私の炎の前にあっさりとその役目を放棄してしまった。威力ありすぎよ!

「酷い……」

 狼は血だらけだった。その上鎖で身動きが取れないようにされている。

「もう少しの辛抱よ。すぐに外してあげるからね」

 縛り付けていた鎖をどうにか外して、子狼の状態を確認する。拘束を解いても全く動こうとしない。怪我も酷いけれど随分と衰弱している。このままじゃまずいかもしれない。
 どうしてこんな小さな子にここまで酷い仕打ちを……。どうして人間はこんなにも残酷なのかしら……。私たちだって狩をする。でもこれは違う。酷すぎる……。

「キラリ様、まずは一度回復した方がいいかもしれません。この子随分弱っていますがとにかく怪我が酷いです」
「ええ……そうね。まずは回復魔法ね。ありがとうアン。少し落ち着いたわ。あなたがいてくれて本当によかった。さぁ、少しじっとしていてね……ヒーリング」

 触れると子狼の体に緊張が走るのがわかった。これだけいたぶられていたんだから当然かもしれない。大丈夫よ。私はあなたを虐めたりしないわ。
 気持ちが伝わったかどうかはわからないけれど、子狼はじっとしてくれていた。

「これでいいわ。あとは衰弱した体を何とかできれば……」
「姫さま、水を……」
「そうね」

 テーブルの上からお皿を取ってそこに水を生み出す。飲み水を作り出す魔法。この魔法は作り出す量が決まっていてスキルレベルが上がるとコストが下がっていく。だから私が使っても洞窟を水没させるような心配はない。それでもお皿からは大量に溢れてしまったけれど。
 さっと洗ったお皿に水を注ぎ子狼の前に差し出す。でも飲もうとはしない。どうして……相当な飢えと渇きに苛まれているはずなのに。やっぱり人を警戒しているから? また同じ目に合うかもしれないから? そうすればいいの……。

「お願い……少しでいいから呑んで……」

 願いを言葉に。でもそう上手くはいかない。野生の狼。しかも人によって危害を加えられたばかり。こんなの信用できるわけがない。
 でもなんとか飲んでもらわなくちゃ……。
 こういう時は……そうだ。お姫様には思いつかなくても俺には覚えがある。漫画やアニメは偉大だ。たぶん。
 思いついた事をすぐに実行に移す。これでどうにかなればいいけれど……。

「大丈夫毒なんて入ってないわ……ほら、見てて……」

 私は魔狼の子供に語りかけながらそっとお皿に口をつけて水を舐めとる。
 大丈夫飲んでも平気よ。そう言い聞かせるように、見せつけるように。

「ーーキラリ様!?」
「ね?」

 大丈夫よ。だからお願い、飲んで。お願い。この子に伝わって!
 真っ黒な目がじっと私を見つめている。この子が手をつけるまで私はぺろぺろと水を舐め続ける。
 このような体勢で舌を伸ばすのは思っていたよりも辛いけれど、それでもこの子の命には変えられない。
 私に出来るのはこうして飲んで見せてあげるだけ。あとはこの子が信じてくれるかどうか。生きたいという思いが強いかどうか。

 ぺろぺろ……。

「………………」

 そしてついに子狼が動いた。
 私はそっとお皿から体を離す。

「よかった……」

 飲んでくれた。

「アン、飲んでくれたわ。よかった……本当に良かったわ」
「……そうですね。キラリ様にあんなことまでさせたのです。何が何でも元気になってもらいます!」
「私は何もしてないわ。この子が飲んでも大丈夫って判断してくれただけよ。あとはそう、何か食べ物を探しましょう」

 この子を置いていけないから飲み終わったら連れて探しに行こう。



ーーーーー
2021.02.03改稿
誤字脱字の訂正と少し加筆しました。
お話の流れに変更はありません。
この話をチェックしていて気がつきましたが数字の表現がバラバラでした。(例)一〇と10。気になるかとは思いますが一先ずそのままにしています。ご容赦ください。
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