彼女は空気清浄機

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12 作戦実行

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 夏休みに入るので、スマホのアラームを切って就寝した。8時くらいまでに起きれればいいやと思っていたが、翌朝目覚めたのは10時だった。

 すでに父は仕事に行っており、家の中はしんと静まり返っていた。取り合えずテレビをつけ、牛乳に浸したシリアルを食べながら、朝の報道番組をぼんやり見ていた。

『昨夜八時頃、T市〇〇警察署の男子トイレで、勤務中の男性警察官が頭から血を流して倒れているのを署員が発見しました。男性警察官はT市内の病院に搬送されましたが、間もなく死亡しました。警察は拳銃で自殺を図ったとみて捜査しています』

 T市というワードを聞き、そう言えばミナツキも昨日T市にいたんだよな…とふと思った。

 野暮用だって椿は言ってたけど、一体何の用事で行ったんだろう。

 ちょうどその時椿から着信が入った。僕はテレビを消して電話に出た。









 翌週の土曜日。僕は椿に指示された通り、ずっと家に込もってスマホを握り締めていた。

 夕方六時頃に椿から連絡が入った。〈近くのコンビニで待機してる〉と。

 僕は夕飯はいらないと言って家を出た後、指定された場所へと急いだ。

 駐車場の端に見覚えのあるハイエースが停まっている。運転席にはミナツキが、助手席には椿が座っていた。

「葉介、乗って!」

 椿に手招きされ、僕は後部座席に乗り込む。後ろのスペースは空の段ボール箱がいくつも置かれてあって少し窮屈だった。

 ミナツキは普段着だったが、椿はパイソン柄のセットアップにサングラスをかけていて、いつもとだいぶ雰囲気が違った。

「どう、このカッコ。似合う?」

 サングラスを押し上げながら椿が感想を求めてきた。今日の彼女はノーメイクだったので、一瞬別人かと思ってしまった。いつもの濃い化粧よりこっちの方が断然良いと思ったが、本人には黙っておく。

 ミナツキはエンジンをかけ、ミラー越しに僕を見た。

「家政婦さんはまだ家にいます?」

「はい。たぶん今頃父と夕飯を食べていると思います」

「わかりました。取り合えず家まで案内してください」

「はい」

 およそ数分ほどで到着した。家の前には茜さんの車が停まっている。

 僕たちはハイエースを近くに停車させ、茜さんが出てくるのを待った。

 七時を過ぎても一向に彼女は出てこない。椿は退屈そうに欠伸をした。

「遅っそいなぁ。息子がいないのをいいことにイチャイチャしてんのかな」

 ぼやきながら椿は足元にあるビニール袋に手を伸ばし、中から菓子パンを取り出した。

「葉介も食べる?」

「……えっ…。あ、ハイ」

「メロンパンとあんぱんとクリームパン、どれがいい?」

「えーと……じゃあメロンパンで」

「オッケー。じゃああたしはあんぱんにしよっと。ミナツキはクリームパンね」

「私は結構です」

「ふーん。そう」

 椿はパンの袋を開け、ぱくりと豪快にかぶりついた。僕も椿に続いて袋を開ける。

「パンくずを溢さないでくださいね。他人様の車なんですから」

「はいはい、わかりましたよー」

 僕はメロンパンを持ったまま、中々かぶり付けずにいた。

 溢してしまったらどうしよう…。ミナツキがあのチンピラみたいな人達から責められて、さらにレンタル料を上乗せされてしまうかもしれない。

 そう思うと中々食べられなかった。僕はメロンパンをそっと袋に戻した。

 そんな時、ようやく茜さんが玄関から出てきた。

 僕の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。愈々だ。緊張で胃のあたりが締め付けられるように痛みだす。全身が火照り、呼吸がしにくくなってくる。

───どうしよう…。上手くやれるかな…。

「シンさん」

 ミナツキが体を半回転させ、僕に右手を差し出した。

「大丈夫ですか」

「あ……」

 僕は手を伸ばし掛けたが、先日の椿の言葉が頭を過り、すぐにひっこめた。

「大丈夫です」

「本当に?」

 僕は大きく頷いた。

 間も無く、茜さんを乗せた軽自動車が緩やかに発進した。

「準備してください」

 車のエンジンをかけながら、ミナツキが椿にマスクと帽子とナイフを渡す。

 そのままバックで急発進させ、ハンドルを右へ左へと切って別ルートから回り込んだ。激しい揺れに僕も椿も体を揺さぶられ、何度もシートベルトに体が食い込んで痛かった。

「ちょっと、ミナツキ!もう少しマシな運転できないわけ?万一事故でも起こして警察のご厄介になったらどうするのさ!」

 ミナツキは車を路肩に停車させた。椿を一瞥し、不敵な笑みを浮かべる。そんなヘマはしないとでも言わんばかりに。

「さて…計画実行といきますか」

 ミナツキの言葉を合図に、僕たちはいっせいに車を出た。あらかじめ用意してきた空の段ボール箱を十字路のど真ん中に無造作に置いていく。

 茜さんの車のヘッドライトが見えた。ミナツキは先に車に戻り、僕と椿は電柱の陰に身を隠す。

 茜さんは車を一時停車させ、段ボール箱を避けるために運転席から出てきた。

「なんなのよ、もう…!」

 悪態をつきながら段ボール箱に近付こうとする茜さん。変装した椿が素早く彼女の背後に迫る。

 左手で口を塞ぎ、腕を掴んで首にナイフの峰をぐっと押し当てる。ナイフと言ってもペーパーナイフだが、冷たい金属の感触に茜さんはかなり動揺しているようだ。

 その状態のまま、椿は茜さんにスマホの画面を見せる。そこには、ミナツキの考えた脅しの文言が綴られている。

<姫川氏と関係を切れ。少しでも近付こうものならタダじゃおかない。命令に背けば、容赦なくお前の私生活をぶち壊す。言っておくが我々はカタギではない。お前のような一般人を海外に売り飛ばすことくらい、いとも簡単なんだからな――――以下略>

 椿が茜さんを脅している間、僕はこっそり茜さんの車に忍び込み、鞄の中身を漁った。

 財布に身分証、スマホ、顧客情報の手帳、ハンカチに化粧ポーチ。ペンダントはどこにも見当たらない。

 自宅に保管してあるのか、それとももう売り払ってしまったのか…。

 ミナツキから着信が入った。

『見つかりました?』

「…いいえ。鞄の中にはありませんでした」

『ダッシュボードは?』

 僕は鞄を置き、助手席の前のグローブボックスを開けてみた。

 書類やパンフレットばかり。奥の方に、収納ホルダー付きのクリアファイルを発見した。

 開いてみると、アクセサリーやジュエリー、貴金属などの金目のものが一袋ずつ収められてあった。

「それっぽい収納ファイルを見つけました…。母の形見がないか探して見ます」

 スマホのライトを当てながら一ページずつ捲っていく。真珠のペンダントは最後のページに収納されていた。

 他のジュエリーと一緒にまとめて売るつもりだったに違いない。俄然怒りが込み上げた。

 袋の中からペンダントを取り出し、ポケットの中へと滑り込ませた。

 他のアクセサリー類はどうしよう。そのまま置いて行くべきだろうか。ミナツキに意見を求めてみた。

『他の物もおそらく盗品でしょう。ファイルごと持ってきてください』

「わかりました」

 僕が車から出て来るのを確認すると、椿は茜さんを突き飛ばし、背を向けて走り出した。僕も椿とは別の細い通路を抜けて、ミナツキの待つハイエースまで全力疾走した。

 その後は駅の近くにあるファミレスに入り、軽く食事を取った。

「大丈夫かな。あの家政婦、警察に被害届とか出したりして」

「その可能性はおそらく低いでしょう。彼女だって、やましい事がありますからね。下手をすれば警察に調べられて、過去の犯行がバレるおそれもありますから」

「じゃあ、万事解決だね」

 椿は僕の肩をぽんぽん叩いた。

「よかったじゃん、葉介。お母さんの形見取り戻せて」

「はい。ミナツキさんと赤城さんのおかげです。本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいのか…」

「そんなのいらないよ。戦利品だって手に入ったし」

 椿はさりげなくミナツキに視線を向けた。僕と椿は食事を頼んだが、ミナツキは何も頼まず、茜さんの盗品ファイルを一品ずつ確認していた。

「あ。あたしこの指輪欲しいなー。あとこのピアスも!」

「戦利品として持ち去ったわけではありませんよ。あなたも盗人になりたいんですか?」

 ミナツキにぴしゃりと言われ、椿は不服そうに頬を膨らませた。

「じゃあ多数決で決めようよ。葉介はどう思う?」

 椿には悪いが、僕の答えはすでに決まっていた。

「ネコババするのはどうかと思います。ちゃんと警察に届けるべきですよ」

 椿は機嫌を損ねてそっぽを向いた。 

「やっぱそう言うと思った。葉介はいつだってミナツキの味方だもん」 

 話し合いの結果、盗品ファイルはミナツキが預かることとなった。

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