彼女は空気清浄機

obbligato

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07 告白

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 今週から、七月半ばに開催される学校祭の準備が始まった。

 僕らのクラスの出し物はホットドック屋に決まった。ポスター係になった僕は、放課後の教室でポスターの下書き作業に専念していた。

 そんな時、内装係の美桜が声を掛けてきた。色紙の束を見せながら、彼女は上目遣いで言った。

「花の折り方、教えてもらえないかな?飾りに使いたいんだよね」

「うん……いいよ。何の花がいい?」

「えーと……」

 美桜は良い淀み、周りで作業をしているクラスメイトたちを気にするような素振りを見せた。

「ここじゃ騒がしいし、どこか二人で静かに作業できるとこに移動しない?」

「うん、わかった」

 僕らは連れ立って被服室へ入った。中には誰もいなかった。

「忙しいのにごめんね。自分で調べても良かったんだけど、姫っちに聞いた方が早いかなと思って」

「ううん、全然大丈夫だよ」

「よかった」

「で……何の花を折りたいの?」

「えーと……薔薇とかって折れる?」

「うん。折れるよ」

 美桜は持っていた色紙の中から赤い折り紙を取り出した。

「じゃあ、これでお願い」

「オーケー。じゃあまずは───」 

「ねぇ、姫っちはもう進路決まってるの?」

 藪から棒に彼女は尋ねてきた。僕は首を振った。今を生きるだけでも精一杯なのに、将来のことなんて全然考えられない。

「胡桃沢さんは、もう決まってるの?」

「うん。美桜ね、看護師目指そうと思ってるんだ」

「そっか。胡桃沢さんならきっとなれるよ」

 気休めなどではなく、本当に心からそう思った。世話焼きでしっかりしている美桜にはぴったりの職業だろう。

「胡桃沢さんは、偉いね…。ちゃんと将来のこと考えてて。それに比べて僕は…………」

 思わず本音がポロリと出てしまった。

「姫っちは自分を過小評価しすぎだよ」

 美桜はふいに折り紙を投げ出し、僕の方に身を乗り出してきた。ふわりと良い匂いが漂ってきて、思わずドキリとする。

「美桜、姫っちと席が隣りになって、正直嬉しかったんだ」

「えっ……」

「姫っちのこと、入学当初から気になってたから」

 なんだこの夢のような展開は。まるで告白されそうな流れじゃないか。僕はごくりと生唾を飲み、美桜の次の言葉を待った。

「姫っちは…どう?」

「……どうって、何が?」

「美桜のこと、あんまタイプじゃない?」

「えっ……。いや、そんなことは全然……」

「じゃあさ……付き合わない?」

「えぇっ…」

 冗談かと思ったが、美桜は真剣な顔で僕の返事を待っている。

「で、でも……胡桃沢さんにはもっとふさわしい相手がいるんじゃ────」

「もう、姫っちってば!」

 美桜は怒ったように口を尖らせ、

「どうしてそんな煮え切らないこと言うの。美桜は姫っち本人の気持ちを聞いてるんだよ?」

 永遠のような沈黙が降りた。

 美桜は可愛いし、一緒にいると楽しい反面、ドキドキもする。

 彼女と付き合ったら、僕のスクールライフは180度変わるだろう。

 だけど、美桜のことを本当に好きかどうかわからないし、、中途半端な気持ちで交際するのは彼女に失礼な気もする。

 いいや、それはただの言い訳だ。僕は美桜に惹かれてる。二の足を踏んでしまうのは、五十嵐先生の時のように裏切られるのが怖いからだ。

 だが、立ち竦んでばかりじゃ何も変わらない。

 今こそ勇気を出して、一歩前に進む時なんじゃないか?

 大丈夫、美桜とならきっと───

 僕は折り紙を脇に避け、居ずまいを正した。

「あの……僕も実は、胡桃沢さんのこと前からいいなって思ってて───その……できたら付き合いたいなって……」

 ところが、言葉の途中で突然美桜はケタケタと笑い出した。

「あっははははっ!」

 彼女の笑い声を皮切りに被服室のドアが開き、複数人の男女が爆笑しながらどっと押し寄せてきた。中にはスマホで撮影している者もいる。

「バッカじゃないの!」

 嫌悪感たっぷりに言い放った美桜は席を立ち、ゴミを見るような目で僕を見た。

「何本気にしてるわけ?美桜があんたのこと好きなわけないじゃん。ってか友達にすらなりたくないし」

 僕はしばらく呆然としていたが、周りの状況を見て、最初から騙されていたのだと悟った。

 見物しているクラスメイトの中から、山根が出てきて美桜の隣りに立った。彼は美桜の肩を抱き、僕にとどめを刺した。

「美桜は俺と付き合ってんだよ。お前みたいなゴミと付き合うわけねーだろ」

「……なんで…こんなこと………」

「はぁ?楽しいからに決まってんだろ。天国から地獄に落ちたお前の顔、処刑人みたいでマジウケる」

 げらげらと笑い転げるクラスメイトたちを押し退け、僕は逃げるように被服室を出た。

────本当に、馬鹿みたいだ。

 一階のトイレに駆け込み、便座の蓋に腰を下ろした。ポケットからカッターナイフを取り出し、チキチキと刃を押し出す。

 だが寸でのところで、僕は思いとどまった。ミナツキの言葉を思い出したからだ。

 僕はカッターをしまい、スマホで彼女に連絡を入れた。

<今日、とても辛いことがありました。今から会えませんか>

 僕の味方はミナツキだけ……。そう信じたいけれど、今回の一件で、僕は益々臆病になってしまった。

 それでも、彼女の空気清浄機の力だけは本物だと思っている。彼女がどういうつもりで僕に親切にしてくれるのかはわからないが、今はとにかく、この最悪な気持ちをどうにかしたい思いでいっぱいだった。

 五分後に承諾の返信が来た。
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