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第28話 あなたはあと五分で心肺停止になるわ
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ぶかぶかの修道服を着た六、七歳の女の子が、純真な瞳で陸人を見上げている。その小さな手に、十字架をしっかりと握りしめて。
「あら、変ね…」
自分の体をしげしげと観察しながら、エレミアが困ったように吐息をつく。
「体が少し縮んだような気がするわ」
「少しじゃねーよ。服ぶっかぶかじゃねーか」
と、シメオンが指摘するや否や、突如エレミアの修道服が縮み始め、その体に見合ったサイズへと変形した。
「え?どういうこと?」
「この服は伸縮自在なの」
エレミアはスカートの裾を直し、顔を上げて陸人をじっと見据えた。
「陸人くん、これはどういうことなのかしら?」
「えーと…」
陸人は口ごもりながら、
「一言で言うと、“呪い”ってやつかな。でも、朝日を浴びると一時的に解けると思うよ」
――――そうだよな?ジャン・ダッシュ。
『ああ。“狼牙の餌食”や“水神の零落”と同種の呪いだ。ちなみにこの“無穢の雪蕾”は白いモノを目にすると童子化する呪いだ』
陸人はその言葉をそっくりそのままエレミアに伝えた。
「なんですって…?!」
さすがの彼女も相当なショックを受けたらしい。
「この姿じゃ18禁の劇物販売店に出入りできないわ!」
「劇物とか何に使うんだよ!っていうか心配する点そこなの?!」
「ええ。他に困ることは特にないわ。むしろメリットの方が多いんじゃないかしら。バス賃も半額になるし」
「この世界の交通手段は馬車だろ!何勝手に設定変えてんの?!」
「いや…ちょっと待てよ」
シメオンは陸人達の会話を遮り、閂の取り付けられた氷の板を横目で見やった。
「陸人には無理でも、今のあんたの手なら閂に届くんじゃないか?」
「そうだね!やってみようよ!」
シメオンの読み通り、幼女化したエレミアの手は楽々と格子の隙間を通り抜けた。
ガシャンと閂の外れる音が響くと共に、檻の扉がゆっくりと開き始める。
「やった!開いた!」
陸人達は晴れて自由の身となった。
「残る問題はさらわれたオーガストだね。一応助けに行かないと」
「あの吹き溜まりのババアから石を奪うついでにな」
「でも、どうやってあのおばさんの根城を突き止めればいいんだろう?」
「そりの跡を辿ればいいのよ。まだしっかり跡が残ってるわ」
「確かにそうだね!よし、行ってみよう」
陸人達は深く刻まれた二本の線をひたすら辿り続けた。
三十分ほど歩くと、小高い丘の上に聳え立つ氷の城が見えてきた。
城門は設置されておらず、正面扉の前には衛兵すら立っていない。
「だがさすがに玄関の鍵はかかってるんじゃないか?」
「そうかな?」
しかし取っ手を引くと何の抵抗もなく扉が開いた。
「いくらなんでもセキュリティーが甘すぎるんじゃないか?」
シメオンは罠なのではないかと少々疑っているようだ。そんな彼を、陸人は笑い飛ばした。
「田舎だと鍵を掛けないのは普通だよ。チャイムがないから、ドアを開けて家主を呼ぶんだ」
陸人は先陣を切って玄関に入り、「ごめんくださーい」と大声で叫んだ。
「おい!何大声出してるんだ!」
続けてシメオンとエレミアも中に入ってくる。
「だって、黙って入ったら不法侵入になっちゃうじゃん」
「あの吹き溜まりのババアは俺達を寒ざらしの刑に処そうとしたんだぞ?そんな奴に気遣う必要なんてねーんだよ!」
「誰だ、ご主人様をババアと呼ぶ無礼者は」
突如どこからともなくしゃがれた声が聞こえた。しかし、辺りを見回しても誰もいない。
「な…何、今の声?」
「おい、見てみろ…アレ―――」
シメオンが右側の壁を顎でしゃくる。艶やかな氷の壁から、ウサギが顔だけ突き出してこちらを見つめていた。
「あいつ…僕を噛んだ化けウサギだ!」
「化けウサギとは失敬な。我が名はスモア。女王様の側近じゃ」
スモアと名乗る化けウサギは陸人達をねめつけながら、
「貴様ら、どこかで見た顔だと思ったら、先ほど女王様に無礼な口を利いた者達だな。あの頑丈な檻から抜け出してここまでやってくるとは――――なんとおぞましい…」
「壁から顔だけ出てるお前の方がよっぽどおぞましいわ!」
「そうだそうだ!この首だけ化けウサギ!吹き溜まりおばさんとオーガストはどこだよ!」
「緊急事態じゃ。女王様に報告せねば…」
スモアは陸人達の言葉を完全に無視し、ゆっくり壁の中へ戻っていった。
「待ちなさい」
エレミアは瞬時に手を伸ばし、まだ壁に吸い込まれていないウサギの右耳を掴んで引き戻した。
「こらっ、離さんか小娘!」
「可愛いウサギさん、一緒にお人形ごっこして遊びましょう?」
無邪気に笑ってそう言うと、彼女はどこからともなく藁人形を取り出し、スモアの鼻先に突き付けた。
「なんじゃ、この小汚ない人形は―――ふがっ…!」
人形の口から噴射された得体の知れない液体が、醜いウサギの顔面を直撃する。
スモアはしばし咳き込みながら悪態をついていたが、ふいに四肢を痙攣させ、苦し気に呻き始めた。
「きっ…貴様、今わしに何を吹きかけた…!?」
無垢な少女の口元に、不気味な妖しい微笑が広がる。
「致死量の毒薬よ。あなたはあと五分で心肺停止になるわ。解毒魔法をかけてもらいたければ知っていることを全て吐きなさい」
「くっ…この卑怯者!主人公サイドがそんな汚い手を使っていいと思ってるのか!」
「怒っちゃダメよ。毒の回りが早くなるわ」
エレミアは猫撫で声でスモアを宥め、陸人達に目配せした。
「よし、でかしたぞ」
愉快極まりないといった様子で、シメオンがスモアに近付いていく。
「さて、何から教えてもらおうか。そうだな…まずはあの吹き溜まりババアの目的を聞かせてもらおう。ババアが河童をさらっていったのはなぜだ?」
スモアは悔し気に顔を歪め、渋々答え始めた。
「女王様は白くて美しい動物をこよなく愛していらっしゃる。それらを収集するのが女王様のご趣味なのじゃ」
シメオンは腑に落ちないといった様子で顔をしかめた。
「あの河童が白くて美しいだと?お前のご主人様は目ン玉腐ってんのか?」
「なんじゃと?!このチンケな豚め!」
「豚じゃねーよ!羊だっつーの!」
「落ち着いて、シメオン!もしかしたらオーガストの頭に乗ってる白い皿を見てコレクションに加えたいと思ったのかもしれないよ」
「いいや、あの男はコレクション用ではない」
スモアはきっぱりと否定し、さらにこう続けた。
「あの河童は世話係として連れてきたのじゃ」
「世話係…?女王様の?」
「違う。女王様のコレクションの世話係じゃ」
「ふーん…。で、オーガストは今どこにいるの?」
「城の裏手にある厩舎じゃ」
「よし、すぐに向かうぞ」
シメオンと陸人は連れ立って城から出て行った。
「おい、小娘!」
陸人達の後に続いて城を出ようとするエレミアを、慌ててスモアが呼び止める。
「居場所を吐いたんだからさっさと解毒魔法をかけろ!」
「ああ、それなら大丈夫よ。解毒は必要ないわ」
「何…?」
「さっきあなたに吹きかけたのはただの痺れ薬だから、体には何の影響もないわ。三十分もすれば動けるようになるでしょう」
「はあぁぁぁ?!」
「あら、変ね…」
自分の体をしげしげと観察しながら、エレミアが困ったように吐息をつく。
「体が少し縮んだような気がするわ」
「少しじゃねーよ。服ぶっかぶかじゃねーか」
と、シメオンが指摘するや否や、突如エレミアの修道服が縮み始め、その体に見合ったサイズへと変形した。
「え?どういうこと?」
「この服は伸縮自在なの」
エレミアはスカートの裾を直し、顔を上げて陸人をじっと見据えた。
「陸人くん、これはどういうことなのかしら?」
「えーと…」
陸人は口ごもりながら、
「一言で言うと、“呪い”ってやつかな。でも、朝日を浴びると一時的に解けると思うよ」
――――そうだよな?ジャン・ダッシュ。
『ああ。“狼牙の餌食”や“水神の零落”と同種の呪いだ。ちなみにこの“無穢の雪蕾”は白いモノを目にすると童子化する呪いだ』
陸人はその言葉をそっくりそのままエレミアに伝えた。
「なんですって…?!」
さすがの彼女も相当なショックを受けたらしい。
「この姿じゃ18禁の劇物販売店に出入りできないわ!」
「劇物とか何に使うんだよ!っていうか心配する点そこなの?!」
「ええ。他に困ることは特にないわ。むしろメリットの方が多いんじゃないかしら。バス賃も半額になるし」
「この世界の交通手段は馬車だろ!何勝手に設定変えてんの?!」
「いや…ちょっと待てよ」
シメオンは陸人達の会話を遮り、閂の取り付けられた氷の板を横目で見やった。
「陸人には無理でも、今のあんたの手なら閂に届くんじゃないか?」
「そうだね!やってみようよ!」
シメオンの読み通り、幼女化したエレミアの手は楽々と格子の隙間を通り抜けた。
ガシャンと閂の外れる音が響くと共に、檻の扉がゆっくりと開き始める。
「やった!開いた!」
陸人達は晴れて自由の身となった。
「残る問題はさらわれたオーガストだね。一応助けに行かないと」
「あの吹き溜まりのババアから石を奪うついでにな」
「でも、どうやってあのおばさんの根城を突き止めればいいんだろう?」
「そりの跡を辿ればいいのよ。まだしっかり跡が残ってるわ」
「確かにそうだね!よし、行ってみよう」
陸人達は深く刻まれた二本の線をひたすら辿り続けた。
三十分ほど歩くと、小高い丘の上に聳え立つ氷の城が見えてきた。
城門は設置されておらず、正面扉の前には衛兵すら立っていない。
「だがさすがに玄関の鍵はかかってるんじゃないか?」
「そうかな?」
しかし取っ手を引くと何の抵抗もなく扉が開いた。
「いくらなんでもセキュリティーが甘すぎるんじゃないか?」
シメオンは罠なのではないかと少々疑っているようだ。そんな彼を、陸人は笑い飛ばした。
「田舎だと鍵を掛けないのは普通だよ。チャイムがないから、ドアを開けて家主を呼ぶんだ」
陸人は先陣を切って玄関に入り、「ごめんくださーい」と大声で叫んだ。
「おい!何大声出してるんだ!」
続けてシメオンとエレミアも中に入ってくる。
「だって、黙って入ったら不法侵入になっちゃうじゃん」
「あの吹き溜まりのババアは俺達を寒ざらしの刑に処そうとしたんだぞ?そんな奴に気遣う必要なんてねーんだよ!」
「誰だ、ご主人様をババアと呼ぶ無礼者は」
突如どこからともなくしゃがれた声が聞こえた。しかし、辺りを見回しても誰もいない。
「な…何、今の声?」
「おい、見てみろ…アレ―――」
シメオンが右側の壁を顎でしゃくる。艶やかな氷の壁から、ウサギが顔だけ突き出してこちらを見つめていた。
「あいつ…僕を噛んだ化けウサギだ!」
「化けウサギとは失敬な。我が名はスモア。女王様の側近じゃ」
スモアと名乗る化けウサギは陸人達をねめつけながら、
「貴様ら、どこかで見た顔だと思ったら、先ほど女王様に無礼な口を利いた者達だな。あの頑丈な檻から抜け出してここまでやってくるとは――――なんとおぞましい…」
「壁から顔だけ出てるお前の方がよっぽどおぞましいわ!」
「そうだそうだ!この首だけ化けウサギ!吹き溜まりおばさんとオーガストはどこだよ!」
「緊急事態じゃ。女王様に報告せねば…」
スモアは陸人達の言葉を完全に無視し、ゆっくり壁の中へ戻っていった。
「待ちなさい」
エレミアは瞬時に手を伸ばし、まだ壁に吸い込まれていないウサギの右耳を掴んで引き戻した。
「こらっ、離さんか小娘!」
「可愛いウサギさん、一緒にお人形ごっこして遊びましょう?」
無邪気に笑ってそう言うと、彼女はどこからともなく藁人形を取り出し、スモアの鼻先に突き付けた。
「なんじゃ、この小汚ない人形は―――ふがっ…!」
人形の口から噴射された得体の知れない液体が、醜いウサギの顔面を直撃する。
スモアはしばし咳き込みながら悪態をついていたが、ふいに四肢を痙攣させ、苦し気に呻き始めた。
「きっ…貴様、今わしに何を吹きかけた…!?」
無垢な少女の口元に、不気味な妖しい微笑が広がる。
「致死量の毒薬よ。あなたはあと五分で心肺停止になるわ。解毒魔法をかけてもらいたければ知っていることを全て吐きなさい」
「くっ…この卑怯者!主人公サイドがそんな汚い手を使っていいと思ってるのか!」
「怒っちゃダメよ。毒の回りが早くなるわ」
エレミアは猫撫で声でスモアを宥め、陸人達に目配せした。
「よし、でかしたぞ」
愉快極まりないといった様子で、シメオンがスモアに近付いていく。
「さて、何から教えてもらおうか。そうだな…まずはあの吹き溜まりババアの目的を聞かせてもらおう。ババアが河童をさらっていったのはなぜだ?」
スモアは悔し気に顔を歪め、渋々答え始めた。
「女王様は白くて美しい動物をこよなく愛していらっしゃる。それらを収集するのが女王様のご趣味なのじゃ」
シメオンは腑に落ちないといった様子で顔をしかめた。
「あの河童が白くて美しいだと?お前のご主人様は目ン玉腐ってんのか?」
「なんじゃと?!このチンケな豚め!」
「豚じゃねーよ!羊だっつーの!」
「落ち着いて、シメオン!もしかしたらオーガストの頭に乗ってる白い皿を見てコレクションに加えたいと思ったのかもしれないよ」
「いいや、あの男はコレクション用ではない」
スモアはきっぱりと否定し、さらにこう続けた。
「あの河童は世話係として連れてきたのじゃ」
「世話係…?女王様の?」
「違う。女王様のコレクションの世話係じゃ」
「ふーん…。で、オーガストは今どこにいるの?」
「城の裏手にある厩舎じゃ」
「よし、すぐに向かうぞ」
シメオンと陸人は連れ立って城から出て行った。
「おい、小娘!」
陸人達の後に続いて城を出ようとするエレミアを、慌ててスモアが呼び止める。
「居場所を吐いたんだからさっさと解毒魔法をかけろ!」
「ああ、それなら大丈夫よ。解毒は必要ないわ」
「何…?」
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