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第8話 誰がおんぼろシャツだ、コラ!

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 陸人は自分の直感だけに頼って森の中を突き進み続けた。できれば夜が明けてから動きたかったが、さすがに墓場で夜を明かすのはちょっと気が引けたのだ。

しかし、そろそろ彼も限界だった。昼からずっと飲まず食わずで、心身はすっかり疲弊しきっていたのだ。

思い返せば、森に入ってからろくなことがない。

魔犬やオーガとの遭遇、見つけたお宝はただの石ころ、頼みの綱だったオーガストは薄情にも去ってしまった。そして、いくら進めど出口はまったく見えてこない。

「もう、ダメだ…。疲れたよ…」

陸人はとうとう心折れて、その場に立ちすくんだ。

せめて夜を明かせそうなログハウスでも見つけられればと思ったが、どうやらそれすらも無理そうだ。

彼は木の幹に背中をもたせて座りこみ、そのままゆっくりと眠りに落ちていった。

 ところがそれから一刻と経たないうちに、何者かが彼を夢の世界から現実へと引き戻した。

「おい…。おい…。おい、起きろ!」

激しく体を揺すぶられ、陸人はびっくりして目を覚ました。

見上げると、灯りを手に持った複数の男達が立っていた。

全員揃いの軍服に黒いマントを羽織っており、腰には長剣を携えている。

陸人は警戒するように身を硬直させた。

――――彼らは一体、何者だろう?

中央にいる黒髪の青年が陸人の傍に屈み、抑揚のないぶっきらぼうな口調で話しかけてくる。

「やぁ、坊や。寝ているところを起こしてしまって悪いな」

「誰だよ、あんた達?僕に何の用?」

「案ずるな。我々は怪しい者ではない」

男は上着の襟を捲り、シルバーのバッジをチラリと陸人に見せた。

「我らは白銀しろがね氷輪ひょうりん団。我がトライデント王国国王直属の帝国騎士団だ。ちなみに俺は第一部隊隊長のシメオン・ヴァロシャーツ」

「えーと…。白髪しらがヒョウキン団の…オン…ボロ…シャツさん?」

「誰がおんぼろシャツだ、コラ!」

「ひっ!ごめんなさい!」

シメオン隊長は一つ咳払いしてから再び話し始めた。

「では、単刀直入に言わせてもらおう。少年よ、君に譲ってもらいたいものがある」

「え…?何?」

「君が今手に持っている、ジャン・ギッフェルの宝の地図だ」

心臓が一気に跳ね上がる。

“ジャン・ギッフェルの宝の地図”――確かに今彼はそう言った。

陸人の胸の中に、次々と疑問が沸き起こってくる。

なぜ地図のことを知っているのか。なぜ陸人が持っていることを知っているのか。

「実は先ほど墓場での君達の会話を偶然聞いてしまってね」

陸人はギクリとした。

まさか会話を盗み聞きするような低俗な連中が潜んでいたとは。

くっくと笑いを噛み殺しながら、シメオンが嫌味ったらしい口調で言う。

「君も今後は“ジャン・ギッフェル”の名を迂闊に口にしないよう、十分注意することだな。まぁ、実際その名を大声で口にしたのは君の連れのようだが」

――――あのスピーカー野郎め。

陸人は胸の中でオーガストを呪った。

「それで、返事は?」

「え?」

「その巻物を我々に渡す気はあるのかと聞いている」

有無を言わさぬ口調。蔑むような冷やかな目付き。狡猾そうにつり上がった口元。陸人は強気な口調で尋ねた。

「なんであんた達に渡さなきゃいけないの?これは僕が見つけた巻物だ」

「君にこれ以上“宝探しごっこ”をさせないためだ。ジャンの秘宝を探すことは、魔法協会が定めた規律に違反することなのだ。たとえ君のような未成年でも、正当な罰を受けることになるだろう。しかし我々の要求を受け入れてくれるのなら、君の犯した罪は内密にしてやってもいい。ついでに、森の出口まで送ってやろう」

陸人にはとてもこの男を信用することなどできなかった。

口調も、表情も、醸し出されるオーラも、全てにおいて怪しすぎる。人を騙そうとする邪悪な心が見え見えなのだ。

おそらく言っていることの大半が嘘に違いない。

森の出口まで送ってくれるつもりもないだろう。

目的のものを手に入れたとたん、陸人のみぞおちにパンチを食らわせて、嘲笑いながら置き去りにして行くに違いないのだ。

その上相手は複数で、全員武器を持った大人だ――抵抗したところで、到底敵うはずもない。

しかしだからと言って、諦めるのはまだ早い。

確かに状況的にはこちらが圧倒的に不利だが、幸い彼らは陸人を子供と思って軽んじている。上手く隙を突けば、逃げられないこともない。

陸人はチラリと巻物に視線を落とした。そして、『おい、あの一撃必殺剣を頼むよ』と心の中で強く念じた。

伝わったかどうかはわからないが、イチがバチか、やってみるしかない。

「わかった。言う通りにするよ」

「見た目ほど馬鹿じゃないみたいだな」

シメオンが満足気にニヤリと笑う。

「それじゃあ、例のブツを渡して貰おうか」

「今出すよ」

陸人は懐に手を伸ばし、指先で紙の端をつまんで、ゆっくりと引き出していった。感触でわかる。巻物が徐々に硬いつかへと変化していくのが――――

「おい、ぐずぐずしないで早く出せ」

「出してもいいの?怪我しても知らないよ」

「は?」

刹那、陸人は懐から一気に柄を引き抜いた。

予想した通り、泡を食ったような表情を浮かべる男達。

よほど予想外だったのか、全員まったく反応できていない。

陸人はここぞとばかりに身を翻し、一目散に駆けだした。

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