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1巻

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 第一話 クズ悪役貴族に転生しました


「ぐ、ぐるしい……っ!」

 気がつくと俺は、ベッドの上で女の子の首を絞めていた。

「はっ! ご、ごめんっ!」

 俺はとっさに、女の子の細い首から手を離す。
 いったい俺は何をして……? 
 というか、ここはどこなんだ? 
 大きなベッドに、高級そうな調度品が並ぶ部屋。
 まるでどこかの貴族の屋敷みたいだ。

「はあはあ……アルフォンス様、今日はこれでおしまいですか?」

 少女が自身の首元に手を当てながら、俺に向かって聞いてきた。

「……?」

 アルフォンス? どこかで聞いたことのある名前だな。
 たしか俺がやっていた十八禁ゲーム『ドミナント・タクティクス』に同じ名前のキャラクターがいたような……
 俺はおそるおそる女の子に聞いてみる。

「もしかして君が言ってるのってアルフォンス・フォン・ヴァリエのこと?」
「……? そうですけど」

 マジかよ。
 彼女の反応を見て、俺は察した。
 慌てて机の上にある鏡に目を向けると、そこには頬の肉がみにくくたるんだ銀髪の少年の顔が映った。
 どうやら俺は、自身がプレイしていたゲームと同じ世界に転生してしまったらしい。
 しかもこの姿は主人公ではなく、悪役貴族のモブであるアルフォンスというキャラクターだ。

「それで、アルフォンス様……その、今日の『窒息ゲーム』はおしまいですか?」

 彼女の言う窒息ゲームとは、アルフォンスが大好きなメイドいじめのことだ。
 制限時間を設けて、お付きのメイド――リコの首を死ぬ限界まで締め、もし時間切れまで生きていたら金貨を一枚渡す……性格最悪なゲームだ。
 ということは目の前の少女がリコか。

「おしまいだ」
「……本当に、おしまいですか?」

 リコが怯えた目で俺を見つめる。
 この様子を見る限り、アルフォンスはリコに相当酷いことをしてきたらしい。

「あぁ。もう二度と、こんなことしない」

 アルフォンスは、アルトリア王国の侯爵令息だ。
 ゲームの設定では、魔法を使えるのは貴族だけであり、魔力の強さは血統によって決まるとされる。そして、その中でもヴァリエ家は古代から代々続く優秀な魔術師の家系だ。
 そしてこのゲームの舞台であるアルトリア王国は強烈な身分制社会であり、平民は貴族に絶対服従させられる。
 そんな世界で貴族に生まれたアルフォンスは、高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュを身につけるどころか、平民をイジメまくる最低最悪のクズ。
 容姿は豚のように太ってみにくく、性格は傲慢ごうまん怠惰たいだ・陰険で、女の子を痛ぶるのが大好き。
 そんなアルフォンスのこれからは、ゲームの序盤で主人公にボコられ、中盤に入るとこれまでの悪事を暴かれて、断罪され王国を追放される。
 いわゆるざまぁの対象だ。
 ネットではクズフォンスと揶揄やゆされているキャラクターでもある。

「えっ!?」
「今まで本当にごめん」

 信じられないものを見るような顔をしたリコに俺は頭を下げた。

「アルフォンス様……頭でも打ちましたか?」
「いや……とりあえずひとりにさせてくれないか?」
「わかりました」

 リコを部屋から出して、俺はひとり今後の生き方について考え始めた。

「さて……どうしようか?」

 たしか学園入学時のアルフォンスは十五歳。
 今はおそらく十歳くらいだろう。
 これから五年後に、アルフォンスは学園で主人公と会い、非道な行いをしているところを見られてボコボコにされる。
 ゲームと同じ目に遭わないようにするためには、不用意に主人公やヒロインに近付かないこと。
 それからゲームでのアルフォンスのような悪辣あくらつな行為は絶対にしないこと。
 できれば追放された時を考えて、生き残れるだけの強さも手に入れておきたい。
 冒険者になってダンジョン探索などをして、鍛錬するのもいいかもしれないな。

「よし。大体の方針は決まった。まずは明日から早速魔法の練習だ」


   ◇ ◇ ◇


「ぐ……っ! あと十秒だ」

 空中に浮いていた水玉が、地面に落ちる。

「はあはあ……今の力じゃ三十秒が限界か」

 屋敷の庭で、俺は魔法操作の訓練をしていた。
 ヴァリエ家は魔術師の家系だけあって、魔法に関する本がたくさんあったので、俺は本を読みまくり、少しでも魔法のことを知ろうとした。
 メイドたちも親も俺――アルフォンスが自主的に勉強する姿にめっちゃくちゃ驚いていた。
 だがおかげで、魔法の基礎が魔法操作――魔力を使って物を動かすことにあるらしいことはわかった。
 そこで今は、バケツに入った水を球体にして宙に浮かせて魔力操作の感覚をつかもうとしていたのだった。

「ロゼリア先生、どうすれば水玉をもっと長い時間浮かすことができますか?」

 俺は近くにいた女性に声をかけた。
 彼女はロゼリア・フォン・アインベルン――アルフォンスの家庭教師を務めるキャラクターだ。
 たしか二十五歳くらいで、メガネをかけた、緩い巻き髪の女性魔術師。
 ゲームだと、アルフォンスの度重なるセクハラや嫌がらせが原因でボロボロになって、命を絶つ。
 リコと同じくアルフォンスの被害者のひとりだ。
 ロゼリア先生は俺の言葉を聞いて、困惑した顔を浮かべる。

「……アルフォンス様、す、すみませんっ! これ以上、水玉を浮かせる方法はありません……」
「え? そうなんですか? 魔力操作は魔法の基本だから、もっとしっかりできるようになりたいのですが……」
「教えたいのはやまやまですが、アルフォンス様はすでに三十秒間継続して水玉を浮かせることができています。これ以上は……私では教えられなくて……」

 ロゼリア先生はビクビクしながら言う。
 まるで恐ろしいものを見るような目をしていた。
 きっとこれまでのアルフォンスが散々いじめまくってきたから、怯えているのだろう。
 嫌がらせを執拗にしながらも、ロゼリア先生が少しでも抵抗するとクビにすると脅すような男だ。
 おそらく嫌われているに違いない。
 俺がしばし黙り込んでいたら、ロゼリア先生がおそるおそる尋ねてきた。

「わ、私はクビですか……?」
「クビになんかしませんよ。先生にはいつも感謝していますから」
「……!」

 ロゼリア先生が口を押さえて固まった。
 もしかして今の発言も何か気に障るところがあったのだろうか。
 やっぱりアルフォンスはかなり嫌われているんだな。

「もっと魔法を教えてください。俺、先生のもとでもっと強くなりたいんです」
「……無理ですっ!」
「あっ! 待って!」

 ロゼリア先生がその場から走り去ってしまった。

「ここまで嫌われていると……さすがにショックだな」

 さすがいいところがひとつもない悪役キャラだ。
 ネットで、「ざまぁ」されるシーンは何度も動画を上げれられていただけのことはある。
 じーっ。
 俺がため息をつくと、今度は背後に誰かの視線を感じた。
 俺が振り返ると、リコが立っている。

「リコ! 何か用かな?」
「ひっ! す、すみません……!」

 リコも謝るだけで、その場から逃げるように去ってしまった。

「二人からこの対応なんて……ひどい嫌われようだな」


   ◇Si‌d‌e‌:ロゼリア◇


 私はロゼリア・フォン・アインベルン。
 準男爵家の長女にして、普段は魔法を教える家庭教師をしています。
 準男爵家は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵と爵位が並ぶ中で、貴族の中では一番下。
 当然、生活は裕福とは言いがたいので、こうして家庭教師の仕事をすることで、家を助けているのです。
 最近は、ヴァリエ侯爵家の子どもを担当しているのですが、この子がまた酷い生徒でした。
 魔法の鍛錬そっちのけであたしの胸やお尻を平気で触ったり、無理矢理キスしようとしたりするようなただのクソガキ。そして、バカで無能。
 あまりにも何も学習しないので、私は見切りをつけて辞めようとまで思っていたのですが……

「昨日までは何もできなかったはずが、今日いきなり水玉を浮かせられるようになっているなんて……す、末恐ろしい……っ!」

 魔法の才能がない――能無しだと思っていたアルフォンス様が、尋常ではないスピードで成長していたのです。
 アルフォンス様からはさらに上のレベルを要求されたのですが、思わず逃げ帰ってきてしまいました。
 今は自分の部屋で、頭を抱えています。

「今までは単に本気を出していなかっただけなのでしょうか……? いやいや、それにしても、もうあの精度の魔力操作ができているなんて……」

 わずか一日で、すでに大人の貴族のレベルまで到達している。

「しかも、水玉自体の形もキレイで、揺らぎもなくて……完璧すぎるのよね」

 正確に水玉のコントロールを持続して行えるのは、膨大な魔力と、それを操るセンスがあるという証拠だ。
 だが、ここでひとつ問題がある。

「次の授業、何を教えたらいいんだろう……」

 生徒の才能が開花することは嬉しいが、もう教えることがなくなってしまった。

「侯爵からの依頼は、アルフォンス様に魔法を知ってもらうこと。教えるのも、初級レベルの魔法までだ。この先を教えようとすると上級レベルになってしまう……これ以上は私の手に負える生徒ではないかもしれない」

 魔法は人を傷つける力があるので、魔法学園に入るまでは初級レベルより上の内容は教えてはいけない決まりだ。
 だとすれば、ここでそろそろ身を引いた方がいいだろう。


   ◇Si‌d‌e‌:リコ◇


 あたしはリコ・フリーレ。
 今年で十八歳になる、ヴァリエ侯爵家のメイドです。
 仕えている主人はアルフォンス様という、最低の侯爵令息……だったのですが、その主人が最近、別人のごとく変わりました。
 ひとつは、食事の時に「あーん」をしなくなりました。
 これまでのアルフォンス様なら「貴族は自分の手で飯を食わない」というよくわからない理由をつけて、私にご飯を食べさせるよう促してきたのですが、その行動がなくなったのです。
 でも、最近は普通に食事をとりますし、それどころかあたしに一緒に食事をとるようにまでおっしゃります。
 貴族と平民の身分差が絶対のこの社会において、主人がメイドと同じ食卓を囲むなんてあり得ない話なのですが、アルフォンス様は気にせず対等に接してくれています。
 それから見た目も別人のようになりました。
 野菜嫌いで運動もせずだらけていただけだったので、以前まではかなり太っていたのですが、今は好き嫌いもしませんし、日々しっかり鍛錬しています。
 そのせいか、どんどん痩せてかっこよくなっているのです。
 魔法の学習にも熱心で、毎日、毎日、お屋敷の庭で倒れるまで、魔力操作を続けています。
 どうやら魔力操作は、相当な集中力が必要らしく、毎日汗だくになるまで頑張っています。
 その結果、浮かせられる水玉は毎日増えていき、今では同時に二十個も浮かせられるようになりました。
 家庭教師のロゼリア先生も、驚くほどの成長ぶりです。

「アルフォンス様は、きっと才能があるのよね……」

 あたしは平民なので自分で魔法を使うことはできませんが、アルフォンス様に才能があるのはわかります。
 今まではきっと本気を出していなかっただけなのでしょう。
 夜は魔法の本を読みあさっていて、お夜食にも手をつけないほどの集中ぶりです。
 ロゼリア先生曰く、かなり高度な魔法理論もすでに習得されているようです。

「この手紙はどうしたらいいか……」

 そんな頑張りを見ている人もいたようで、私のもとにラブレターまで届くようになりました。
 もちろんあたし宛ではなく、貴族のご令嬢から預かったアルフォンス様宛の手紙です。
 話を聞くと、お庭でアルフォンス様を見かけて一目惚れされたとのこと。

「でも、アルフォンス様にはまだ早いですよね……」

 あたしはラブレターを隠しておくことにしました。
 うん。これは、専属メイドの務めです。
 ここまで素敵に成長されているアルフォンス様に悪い虫を近付けるわけにはいきませんから。


   

 第二話 許嫁いいなずけの来訪


「アルフォンス様、今日はレギーネ様が来る日です」

 レギーネ・オルセン。侯爵令嬢で、アルフォンスの婚約者だ。
 ゲームのシナリオでは、アルフォンスが主人公にボコられた後、アルフォンスと婚約破棄して、主人公の攻略対象になるヒロインのひとりだ。
 たしかアルフォンスとの仲は初期の頃から険悪だと聞いているし、ここは会わない方が安全か……

「……今日は風邪だから会えないと断ってくれないか?」
「えっ? レギーネ様は婚約者ですよ? お会いしないわけにはいきません」

 レギーネとの婚約は、完全な政略結婚だ。
 オルセン家は現国王の親戚で、王族に連なる家系なのだが、先代が領地経営に失敗して、財産の多くを失ったという歴史を持つ。
 そこで、王国一の金持ちであるヴァリエ家に目をつけ、関係性を強化することで領地の財政基盤の立て直しを図っているようだ。
 アルフォンスの悪評も相まって、二人は愛し合っていなかった。

「最近のアルフォンス様は、前とは違います! とってもカッコよくなったのですから、きっとレギーネ様も……」
「いや、でも――」
「でも、じゃありませんっ! 以前までのアルフォンス様とは別人のようですよ! この間も街で女の子のことを助けていたじゃないですか! ちまたでは『水の魔術師』なんて言われているみたいですよ?」

 リコが言っているのは、先日侯爵領内の街・ガレオンに行った時の話だ。
 迷子の女の子と会い、見るに見かねて俺が世話をしたのだが、その様子に彼女はとても感動しているみたいだった。
 俺がなおも渋っていると、リコが力強く言った。

「さあ早く支度してくださいっ!」

 リコに無理矢理、背中を押されて会うことになってしまった。


「…………」
「…………」

 レギーネとのお茶会が始まった。
 だが、席に着いてから一言も会話はなく沈黙が続いている。
 めっちゃくちゃ気まずい……
 金髪の巻き髪に、青い瞳。
 紅茶を飲む仕草は、美しく優雅で本物の貴族って感じだ。
 俺も貴族だけど……

「最近……魔法の鍛錬をされてるとか」

 ずっと黙っていたレギーネが、ようやく口を開いた。

   
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