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エンドロールのあとに
しおりを挟む言い訳のひとつくらい。
夜はいつもひとりきりだ。
誰もいない部屋、静かな時間。
誰かが傍にいない、暗い夜。
テレビ画面の中では、鬱々とした場面が延々と繰り返され、乱れたベッドの上で事の真相を暴こうとしている探偵が訳知り顔で自慢の推理を披露しているのがむかつく。
なんだろうな、これ。
全然好みじゃないこの映画を観ようと言ったのは、今はここにいない誰かだ。ずっと忘れていて、さっきふと思い出したのだ。
でも、観なくてよかったかも。
観てたら…
何かが変わったんだろうか。
着信音が鳴り始めた。放り出していたスマホを手に取って、目を落とす。探偵はいまや犯人を追い詰め、悪事の一切を暴き散らしていた。
そこまでする必要、あるか?
『…もしもし?』
かすかな息遣い。
かつて慣れ親しんだ体温が、今もそこにあるように。
声を聞いただけで鼓動が乱れる。
「もしもし」
『何してる?』
今、と問われる。
前置きも本題も、挨拶もない会話。
何してる?
何してるか?
「おまえが置いてったDVD観てるよ」
『ビールとつまみ、要らないか?』
高飛車な探偵が、半裸の令嬢を下着一枚で糾弾している。おまえがやったんだろう、そうだろう、証拠はここにあるのだ。
言い訳をするんじゃない。
『もしもし…?』
ああ、と返事をした。
「要るかも」
『じゃあ』
そのまま切れる通話。
途切れたその向こうにはもう誰もいない。
長い電話は必要ない。
令嬢のつけまつげは取れ、泣きじゃくるその顔は哀れだった。
言い訳の一つくらい、許したっていいのに。
「…かわいそうに」
そう、どんな人間にも言い訳は必要だ。
飲み干したビールの缶が、つま先に当たって落ちる。金属が落ちるその音は、夜更けにはやけに響いたけれど、自分の上げる声のほうがよほど甲高かった。
「…あ、…っあ、ぁ」
気持ちよさに体が震える。どれくらいぶりの悦楽か、思い出せない。
のしかかる重さが心地よい。
まるで獣に喰われているかのように、俺を支配している。
「気持ちいい?」
「い、…っ、いい、い、…あ」
ベッドにも行けない、狭いソファの上で、広い背中に爪を立てる。ワイシャツから香るほのかな香り、俺は全部脱がされているのに、服を着たままだなんてずるくないか。
「ぬ、…ぃ、あ」
シャツを引っ張ると、耳元で笑われた。どうしていつも、どうしていつも、俺ばかりが…
「えっろ」
「あ、ん、んんんっ…!」
「いい声…、好き」
かき混ぜられてどうしようもなくなる。よくなじんだ体温が、俺の中で膨らんで育ち、奥を穿つ。小刻みに揺すり上げられて、声は止まらなくなっていく。
「あ、っ、ぁ、あ、ッあ、っあ、ア」
「ほら、いって、いって? ねえ」
「や…っあ、あああっ!」
ぐっと押し付けられた途端、行き止まりの先を熱が貫いた。仰け反った体を抑え込まれ、どこにも逃げられない。
「や、やっ、も、あ、あ、も、や、っや、」
ああ、いつもこうだ。
こうなるって分かってたのに。
耳元で息を詰めた気配がした瞬間、俺の背筋を快楽が突き抜け体がぶるぶると震えた。
「ア──」
きつく抱き締められる。
抱き返したいけれど、力が上手く入らない。ずるりと落ちた腕がまだ揺すられている体に合わせてぶらぶらと揺れる。
「許してくれたの?」
涙でぼやけた視界。目尻を舐められて何のことだろうと思った。
「俺が悪かった…、もうしないから」
ああ、そうだった。
こいつは浮気して俺の傍からいなくなっていたんだった。もう、半年も前のことだ。
「ごめん」
抱き締められたまま見上げた天井に、つけっぱなしのテレビの光が映っている。ちらりと見た画面の中はエンドロールが流れていた。
途中から何も観ていなかった映画は、一体どんな結末を迎えたのだろう。
あのまま、電話だけで終わっていたら。
長い電話で済ませていたら。
「…許してないよ」
「え?」
驚いたように離れた体に、俺は小さく笑った。
汗の浮いた頬をそっと撫でる。
「でも、言い訳なら聞いてやるよ」
あのときは問答無用で追い出した。
一方的に、何も聞かずに。
「忘れ物に感謝しろよ」
「…え?」
俺は探偵じゃない。
言い訳の一つくらい許してもいいはずだ。
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